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61話 ヨル(1)

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主人公視点です

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 僕は深い眠りに落ちていた。
 眠くて、眠くて、とても眠くて、もっと眠っていたかったのだけれど。

「ヨルっ!ヨルっ!」

 遠くで誰かが必死に僕の名前を呼んでいるのが聞こえた。
 誰だっけ、この声。
 この超かっこいいイケメンボイス。

 あ、そうだ、これは彼の声だ。
 僕の大好きな人。

 ……レン。

 だめだ、寝てる場合じゃない。起きないと。起きろ僕。起きろ、起きろ、起きろ。

 僕は重いまぶたを無理矢理こじあけた。
 
 目の前に、レンがいた。

 レンが横たわる僕の体を抱えて、必死の形相で僕を見下ろしていた。

「レ……ン……?」

 僕が聞くと、

「ヨルっ……!」

 レンの顔が歪んで、その目から涙が零れ落ちた。
 レンが僕の体をぎゅっと抱きしめて僕の耳に唇を押し付けた。

「ヨル、ヨル!俺のヨル……!」

 僕は赤くなって、耳を疑った。
 今、レン、「俺のヨル」って言った?

 しかもヨウじゃなくて、ヨル……?

 レンは嗚咽しながら、僕をかたく抱きしめ続けた。
 僕はなんだか分からないけど、とても幸せな気持ちだった。

 やがて抱きしめる腕を緩めて、レンは僕を泣きはらした目で見つめた。

「よかった、もう目覚めないんじゃないかと、本当に怖かった」

 胸がキュッと締め付けられた。

 僕の足の下は土の感触で、レンの背後は木々。

 どこかの森の中……?

 僕はぼんやりした頭で考える。
 一体、何がどうなってるんだっけ。
 僕は懸命に記憶をたどる。

 ええと、僕らは、ラガドの街で、ええと。
 そうだ、宿で、僕がヨウじゃなくてヨルなんだってことがばれてしまって。
 僕はレンから逃げ出して。そこまではよく覚えている。

 でも、その後の記憶が曖昧だった。
 街から突然、人がいなくなって。
 長い銀髪の、目が三つの、すごく怖い男の人が出てきたような気がする。
 とても恐ろしかった。

 それで、なんだっけ?

「僕達、ラガドの街にいたよね?僕、君にヨルってばれてショックで逃げ出して、それで、その後のことよく覚えてないんだ……」

 レンは、はっとしたように目を見開いたあと、こみ上げる感情を押し殺すように唇をかみ締めた。
 僕の髪を撫で付け、

「……そっか。全部、忘れちまったか……」

 そして僕の瞳にキスをした。
 くすぐったくて、僕の口元がふわっとほころぶ。

「俺達、戻ってこれたんだよ、日本に。なぜかどこかの山奥に飛ばされちまったが。ほら、俺の髪も黒いだろ」

 言われてみれば、確かに。レンの髪は黒く、長く伸びていたのがさっぱり短くなっている。一年前と同じように。そして学生服を着ていた。白い長袖ブラウスに黒いズボン、どっちも僕の高校の制服のものだ。
 
 て、ことは?

 僕は、がばと上体を持ち上げ、自分の姿を確認した。僕もレンと同じ格好をしていた。僕は怖くなって自分の頭とか顔とかべたべた触った。

「じゃ、じゃあ、僕、顔、よるいちに戻って……」

 伊達メガネはどこかに行ってしまってる。
 僕は必死に顔をそむけた。

 見られたくない。レンにこんな間近で「ヨル」の顔を、見られたくない。

「ど、どうした?」

 レンは、急に青ざめて顔をそむけた僕に困惑している。

「み、見ないで……!僕の顔、気持ち悪いんだっ!」

「お前、あっちでもそんなようなこと言ってたな。まさか本気で、そんなこと思ってたのか?ずっと?」

 レンは僕の顎をつかんで、レンのほうに向かせた。
 僕は真正面から見られるのが、恥ずかしくて悲しくて、怯えるように身をすくませた。

 レンは眉を下げて、呆れたように笑っている。

「言っただろ、可愛いって。俺の好みだって」

「そ、それは向こうの……。ヨウの顔……」

「まるっきり同じ顔してるぞ?お前いっつもメガネかけてたから、最近の顔はっきり分からなかったけど、こうやって見るとやっぱり同じじゃん。ずっと似てるって思ってたよ、ヨルに」

「う、嘘、そんなわけ……」

 レンはおかしそうに笑いながら、顔を傾けた。色っぽく口を半開きにして、その綺麗な顔が僕に迫る。

 この、ヨルの顔に。

 レンが僕の唇を食んだ。優しく濡らし、そして舌がするりと入り、僕の口の中を甘く満たす。

 うそっ……。
 ヨルが、本当の僕が、レンにキスされてる……。

 唇を離したレンを、僕は顔を上気させ見つめる。

 レンは照れくさそうに言った。

「俺の片思いの相手って、お前。ずっとヨルのこと、好きだった」

「ふえっ……」

「俺と付き合って」

「ふえええっ……」

 僕は耳まで顔を真っ赤にした。
 じわじわと涙がこみ上げる。

 夢だ、きっと夢を見てるんだ。

 言っていいの?
 ヨルの姿で、あの言葉を君に言っても、いいの?
 嫌がられない?冷たくされない?

「レン……好き。僕、レンのこと、ずっと前からずっと好き……なんだ……」

 僕は泣きながら告白をする。
 レンは嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあ俺たち、両思いだな」

「や、やじゃない?僕なんかに好きって言われて、レン嫌じゃないの?」

「やなわけねえじゃん、両思いなんだから」

「だって僕、顔、こんな顔」

「可愛い。すげえ可愛い」

「うっ……。こ……、これからも、好きって言っていい?レンにいっぱい、好きって言いたいんだ」

「言ってよ。むちゃくちゃ嬉しい」

「うっ……。ううううううううっっ」

 しゃくりあげる僕の頭を、レンは困ったように笑ってよしよしと撫でる。

 そしてまたキスをしてくれた。
 甘くて激しい、とろけるようなキスを。

 ああ、やっぱり夢だ、もう夢でいい。
 その代わり二度と覚めないことにする。
 僕はずっとこの夢の中にいよう。
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