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第8話 サーカス ②
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「あわわわわわ」
有珠斗は目を泳がせる。明るい音楽が流れ、踊り子の女性たちが舞台に上る。
華やかで息の合った舞を披露するが、露出度の高すぎる衣装はとても正面から見られるものではない。
というか隣の女性たちの視線が気になる。
うっかり凝視してしまったらこの人たちに何を言われるか。
きっと絶対に「えっち」とか言われるに違いない。「えっち」とか。
(耐えられない!そのような風評をこうむるわけにはいかない!)
おじさんたちが口笛を吹いたり歓声をあげたりする楽しい空気の中、有珠斗は一人青ざめ、頭を抱え、まるっきり明後日な方向に煩悶懊悩していた。
そのうちに、踊り子たちの出番は終わる。
「ねえ、あなた」
隣の女性たちがまた声をかけてきた。有珠斗はビクッとする。
「私は断じて!えっ、えっ、えっ……ち、など、ではっ!」
「大丈夫?気分が悪いの?トイレ行く?」
女性たちは心配そうに有珠斗の顔を覗き込んでいた。
「え?あ……。だ、大丈夫です。問題ありません」
(思われてない!えっちとは思われてない!)
誤解させ心配させてしまったのは申し訳ないが、耐え難い風評の危機は免れたことに、有珠斗は胸を撫で下ろした。
「そう?ならいいけど、無理しないでね。次はいよいよ魔女の大魔術よ!」
(魔女……サマエルさんか)
ふいに照明が全て落とされ真っ暗になった。
何かを期待した観客たちの口笛や拍手が鳴る。
数秒後、中央舞台の隅にスポットライトが落ち、赤いジャケットに黒いシルクハットの座長、バフォメットが現れる。
座長は両腕を高々と広げ観客を見回すと、通る声で呼ばわる。
「レディーーーーーーース、アンド、ジェントエルメーーーーーーン!かつて世界を震撼せしめた恐るべき悪夢、おぞましき怪物、その名も魔女!」
(英語……。この世界の言葉は全部日本語に変換されるはずなのに、ちょくちょく外来語が混ざるのは何故なのか。いや英語というかいわばカタカナ語という外来系日本語としてそういうニュアンスを含めてこのように変換されているのか?)
と、うっかりどうでもいいことに引っかかってしまったが、それよりも別の違和感に気づく。
「そういえば、ターラ教は厳しい宗教なんですよね。魔女とか怒られそうな題材な気がするんですが」
有珠斗の疑問に、女性たちは顔色を変える。不安げに周囲に気を配りながら、しかし声をひそめて、黒髪の女性が答えてくれた。
「それはほら、最後に必ずザンドギアス大王に倒されるから」
ザンドギアス大王、というのは確か、三百年前に魔女狩りを行ったターラ教徒の王様のことだ。
有珠斗は納得する。魔女はあくまで「悪役」として登場させ、最後にターラ教に倒される演出にすることで規制を免れているのだろう。
座長の口上が終わる。
「……かくして今宵、皆様の目前で、かの大悪党、魔女が大復活をいたします!よみがえりし邪悪の化身、とくとご覧くださいませ」
照明が落ちて再び暗転した後、舞台中央が明るくなる。
そこにいたのはサマエルだ。
長い木の杖を右手に持っている。
杖の先端は飾り彫りが施され、大きな紫水晶の原石のようなものが付いている。
いわゆる「魔法使いの杖」だろう。
今日一番の大歓声が上がった。
サマエルはすっと、杖を前に差し出す。杖の先に、赤い火の玉が出現する。
おお、と客席がどよめいた。
サマエルが杖を軽く回すと、火の玉は振動し、もう一つの火の玉が出現した。今度は青い火の玉だ。
杖を回すたびに火の玉は増えた。黄色、緑、橙、紫。
色とりどりの火の玉が次々と出現した。
杖を高く掲げると、火の玉は縦横無尽に舞台上で踊り出した。
「おお~~」
その鮮やかさに客たちは嘆息する。
かつん、と杖を床に叩き音を立てれば、火の玉は整列し、渡鳥のようにVの字の隊列を組む。
火の玉は天井近くをぐるぐると飛翔した。
飛翔しながら合体して、虹色の火の鳥と化す。鳳凰によく似ていた。
幻想的な鳥の出現に、客たちが喝采する。
杖を振れば、火の鳥は客たちにギリギリまで近づいてきた。子供たちがキャーキャーと声を立てる。
火の鳥は客たちの頭上を通過しながら円形客席を旋回した。
「綺麗~~!」
間近に火の鳥が掠めていき、隣の女性二人はうっとりと手と手を合わせる。
熱さは一切ない、だが見た目は確かに炎。
有珠斗もすっかり見惚れてしまった。こんな光の演出、現代日本でも見たことはない。
「一体、どうやってこんなことを」
有珠斗がつぶやくと赤毛の女性も不思議そうに言う。
「不思議よねぇ。もちろん、タネも仕掛けもあるんでしょうけど」
黒髪の女性がたしなめた。
「やだ、そんな興醒めなこと言わないで」
有珠斗は首をかしげた。タネや仕掛けと言っても、現代日本の技術でも難しそうなことを、どうやって行っているのだろう。
その時、テント全体を揺るがすような大きな振動があった。
「なんだなんだ!?」
これも演出か、と思うが、他の客たちも慌てた様子だ。ならば地震か?でも地震の揺れとは違う振動だった。
舞台上のサマエルや、舞台の下にいるバフォメットも、怪訝な様子で周囲を見回している。
有珠斗はふと予感がして天井を見上げた。
テントの天井部分が不自然にへこんでいた。
まるで何か、とても大きいものがテントのてっぺんに乗っているかのように。
有珠斗は立ち上がって天井を指さし、叫んだ。
「上!天井です!何かいる!」
有珠斗は目を泳がせる。明るい音楽が流れ、踊り子の女性たちが舞台に上る。
華やかで息の合った舞を披露するが、露出度の高すぎる衣装はとても正面から見られるものではない。
というか隣の女性たちの視線が気になる。
うっかり凝視してしまったらこの人たちに何を言われるか。
きっと絶対に「えっち」とか言われるに違いない。「えっち」とか。
(耐えられない!そのような風評をこうむるわけにはいかない!)
おじさんたちが口笛を吹いたり歓声をあげたりする楽しい空気の中、有珠斗は一人青ざめ、頭を抱え、まるっきり明後日な方向に煩悶懊悩していた。
そのうちに、踊り子たちの出番は終わる。
「ねえ、あなた」
隣の女性たちがまた声をかけてきた。有珠斗はビクッとする。
「私は断じて!えっ、えっ、えっ……ち、など、ではっ!」
「大丈夫?気分が悪いの?トイレ行く?」
女性たちは心配そうに有珠斗の顔を覗き込んでいた。
「え?あ……。だ、大丈夫です。問題ありません」
(思われてない!えっちとは思われてない!)
誤解させ心配させてしまったのは申し訳ないが、耐え難い風評の危機は免れたことに、有珠斗は胸を撫で下ろした。
「そう?ならいいけど、無理しないでね。次はいよいよ魔女の大魔術よ!」
(魔女……サマエルさんか)
ふいに照明が全て落とされ真っ暗になった。
何かを期待した観客たちの口笛や拍手が鳴る。
数秒後、中央舞台の隅にスポットライトが落ち、赤いジャケットに黒いシルクハットの座長、バフォメットが現れる。
座長は両腕を高々と広げ観客を見回すと、通る声で呼ばわる。
「レディーーーーーーース、アンド、ジェントエルメーーーーーーン!かつて世界を震撼せしめた恐るべき悪夢、おぞましき怪物、その名も魔女!」
(英語……。この世界の言葉は全部日本語に変換されるはずなのに、ちょくちょく外来語が混ざるのは何故なのか。いや英語というかいわばカタカナ語という外来系日本語としてそういうニュアンスを含めてこのように変換されているのか?)
と、うっかりどうでもいいことに引っかかってしまったが、それよりも別の違和感に気づく。
「そういえば、ターラ教は厳しい宗教なんですよね。魔女とか怒られそうな題材な気がするんですが」
有珠斗の疑問に、女性たちは顔色を変える。不安げに周囲に気を配りながら、しかし声をひそめて、黒髪の女性が答えてくれた。
「それはほら、最後に必ずザンドギアス大王に倒されるから」
ザンドギアス大王、というのは確か、三百年前に魔女狩りを行ったターラ教徒の王様のことだ。
有珠斗は納得する。魔女はあくまで「悪役」として登場させ、最後にターラ教に倒される演出にすることで規制を免れているのだろう。
座長の口上が終わる。
「……かくして今宵、皆様の目前で、かの大悪党、魔女が大復活をいたします!よみがえりし邪悪の化身、とくとご覧くださいませ」
照明が落ちて再び暗転した後、舞台中央が明るくなる。
そこにいたのはサマエルだ。
長い木の杖を右手に持っている。
杖の先端は飾り彫りが施され、大きな紫水晶の原石のようなものが付いている。
いわゆる「魔法使いの杖」だろう。
今日一番の大歓声が上がった。
サマエルはすっと、杖を前に差し出す。杖の先に、赤い火の玉が出現する。
おお、と客席がどよめいた。
サマエルが杖を軽く回すと、火の玉は振動し、もう一つの火の玉が出現した。今度は青い火の玉だ。
杖を回すたびに火の玉は増えた。黄色、緑、橙、紫。
色とりどりの火の玉が次々と出現した。
杖を高く掲げると、火の玉は縦横無尽に舞台上で踊り出した。
「おお~~」
その鮮やかさに客たちは嘆息する。
かつん、と杖を床に叩き音を立てれば、火の玉は整列し、渡鳥のようにVの字の隊列を組む。
火の玉は天井近くをぐるぐると飛翔した。
飛翔しながら合体して、虹色の火の鳥と化す。鳳凰によく似ていた。
幻想的な鳥の出現に、客たちが喝采する。
杖を振れば、火の鳥は客たちにギリギリまで近づいてきた。子供たちがキャーキャーと声を立てる。
火の鳥は客たちの頭上を通過しながら円形客席を旋回した。
「綺麗~~!」
間近に火の鳥が掠めていき、隣の女性二人はうっとりと手と手を合わせる。
熱さは一切ない、だが見た目は確かに炎。
有珠斗もすっかり見惚れてしまった。こんな光の演出、現代日本でも見たことはない。
「一体、どうやってこんなことを」
有珠斗がつぶやくと赤毛の女性も不思議そうに言う。
「不思議よねぇ。もちろん、タネも仕掛けもあるんでしょうけど」
黒髪の女性がたしなめた。
「やだ、そんな興醒めなこと言わないで」
有珠斗は首をかしげた。タネや仕掛けと言っても、現代日本の技術でも難しそうなことを、どうやって行っているのだろう。
その時、テント全体を揺るがすような大きな振動があった。
「なんだなんだ!?」
これも演出か、と思うが、他の客たちも慌てた様子だ。ならば地震か?でも地震の揺れとは違う振動だった。
舞台上のサマエルや、舞台の下にいるバフォメットも、怪訝な様子で周囲を見回している。
有珠斗はふと予感がして天井を見上げた。
テントの天井部分が不自然にへこんでいた。
まるで何か、とても大きいものがテントのてっぺんに乗っているかのように。
有珠斗は立ち上がって天井を指さし、叫んだ。
「上!天井です!何かいる!」
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