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第1話 夕闇のカフェテラス (2)
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リーサは石畳の通りを走っていた。
既に赤い夕空は青紫の色味を帯びて、夜空へと変りつつある。
店長に事情を話し、店から一時、抜けさせてもらった。店長にはついでに「お前一度病院に行け。この間もふらついてたじゃないか」とたしなめられた。リーサは曖昧な笑顔で頭を下げた。
息を切らして走ったリーサは、前方に目標の青年を見つけ、ほっとする。
「あ、あの!」
大声で声をかけると、青年はぴたりと歩みを止めた。こちらを振り向く。
「ああ、あなたか」
「あの、先ほどはありがとうございました。私のせいですみません」
「いいえ、あなたは何も」
「お金、お返しします!い、今すぐは無理ですが、必ず……」
「やめて下さい、どうかお気になさらないで下さい。私があの男に詫びたかっただけですから」
「いえ、本当に必ずお返ししますので!」
リーサの真剣な様子に、青年は困ったように笑った。
「では、いつか」
リーサは安堵したように微笑んだ。そしてちょっと躊躇ってから、口を開く。
「お客様は、よく夕闇の時間にカフェに来て下さいますね」
「ああ、ちょうど店じまいをする時間なので」
「お店を……?」
「ええ、しがない薬屋を営んでおります」
「親御さんが経営してらっしゃるんですか」
「いいえ、私が一人で。私は見た目ほど若くありません、あなたと同い年くらいでしょう」
「まあ、そうなんですか!」
リーサは今二十七だった。忌人の中には、歳の取り方が普通の人間と違う種がいるというが、紫眼もそうなのかもしれない。
「お一人で薬屋さん、もしかしてご自分で調合を?」
「ええ、一応」
「驚きました、魔道士様でいらっしゃったのですね」
「魔道士なんてとんでもない。薬の調合くらいしか出来ませんよ。ところであなたは……」
青年はどこか遠慮がちに何かを尋ねようとしている。
「なんでしょう?」
「あなたはいつも、私にまで笑顔で接して下さります。紫眼である私のことが恐ろしくないのですか?」
リーサはにこりと笑った。
「お店にはいろいろな種族の方がいらっしゃいますから。皆よいお客さんです」
「そう言っていただけると救われます。あなたはとてもよい人だ」
青年は紫の目を細めた。
それはとても不思議な表情だった。笑っているようでもあり、何か別の感情を隠すための表情のようでもあり。
「あの、お名前をお聞きしてもよろしいですか」
「サギト。サギトと申します」
「サギトさん。今度、薬屋さんに寄らせてくださいね」
「ぜひいらしてください。お待ちしています。ルイスさんはまだお仕事の途中でしょう?どうぞお戻り下さい。わざわざ、ありがとうございました」
そしてサギトは丁寧に頭を下げると、青い宵の闇の中にまぎれて行った。
リーサはその背中を見送り、なんと感じのよい人だろうと感心した。そしてなんと綺麗な人なのだろう、とも。黙っている姿を見るだけでは少し恐ろしさもあったが、面と向かって話してみれば、吸い込まれるような美貌の青年であることに気付かされた。
この国の多くの者が、忌人と見ると犯罪者と決めてかかるが、そんなはずはない、とリーサは思っていた。
たとえばあの美しく優しげな人が、犯罪などするわけがないではないか。
その時ふと、リーサは疑問に思った。
そういえばこちらは名乗っていない。なのになぜサギトは、「ルイス」というファミリーネームを知っていたのだろう、と。リーサというファーストネームならともかく。リーサのファミリーネームを知っている人なんて、店長くらいのものだ。
ともあれ、仕事場に戻らなければならない。
リーサはすぐに疑問を忘れ、踵を返した。リーサはどんなに体調が悪くても、働けるうちは働いてお金を貯めておきたかった。
これから生まれてくる、小さな命のため。
既に赤い夕空は青紫の色味を帯びて、夜空へと変りつつある。
店長に事情を話し、店から一時、抜けさせてもらった。店長にはついでに「お前一度病院に行け。この間もふらついてたじゃないか」とたしなめられた。リーサは曖昧な笑顔で頭を下げた。
息を切らして走ったリーサは、前方に目標の青年を見つけ、ほっとする。
「あ、あの!」
大声で声をかけると、青年はぴたりと歩みを止めた。こちらを振り向く。
「ああ、あなたか」
「あの、先ほどはありがとうございました。私のせいですみません」
「いいえ、あなたは何も」
「お金、お返しします!い、今すぐは無理ですが、必ず……」
「やめて下さい、どうかお気になさらないで下さい。私があの男に詫びたかっただけですから」
「いえ、本当に必ずお返ししますので!」
リーサの真剣な様子に、青年は困ったように笑った。
「では、いつか」
リーサは安堵したように微笑んだ。そしてちょっと躊躇ってから、口を開く。
「お客様は、よく夕闇の時間にカフェに来て下さいますね」
「ああ、ちょうど店じまいをする時間なので」
「お店を……?」
「ええ、しがない薬屋を営んでおります」
「親御さんが経営してらっしゃるんですか」
「いいえ、私が一人で。私は見た目ほど若くありません、あなたと同い年くらいでしょう」
「まあ、そうなんですか!」
リーサは今二十七だった。忌人の中には、歳の取り方が普通の人間と違う種がいるというが、紫眼もそうなのかもしれない。
「お一人で薬屋さん、もしかしてご自分で調合を?」
「ええ、一応」
「驚きました、魔道士様でいらっしゃったのですね」
「魔道士なんてとんでもない。薬の調合くらいしか出来ませんよ。ところであなたは……」
青年はどこか遠慮がちに何かを尋ねようとしている。
「なんでしょう?」
「あなたはいつも、私にまで笑顔で接して下さります。紫眼である私のことが恐ろしくないのですか?」
リーサはにこりと笑った。
「お店にはいろいろな種族の方がいらっしゃいますから。皆よいお客さんです」
「そう言っていただけると救われます。あなたはとてもよい人だ」
青年は紫の目を細めた。
それはとても不思議な表情だった。笑っているようでもあり、何か別の感情を隠すための表情のようでもあり。
「あの、お名前をお聞きしてもよろしいですか」
「サギト。サギトと申します」
「サギトさん。今度、薬屋さんに寄らせてくださいね」
「ぜひいらしてください。お待ちしています。ルイスさんはまだお仕事の途中でしょう?どうぞお戻り下さい。わざわざ、ありがとうございました」
そしてサギトは丁寧に頭を下げると、青い宵の闇の中にまぎれて行った。
リーサはその背中を見送り、なんと感じのよい人だろうと感心した。そしてなんと綺麗な人なのだろう、とも。黙っている姿を見るだけでは少し恐ろしさもあったが、面と向かって話してみれば、吸い込まれるような美貌の青年であることに気付かされた。
この国の多くの者が、忌人と見ると犯罪者と決めてかかるが、そんなはずはない、とリーサは思っていた。
たとえばあの美しく優しげな人が、犯罪などするわけがないではないか。
その時ふと、リーサは疑問に思った。
そういえばこちらは名乗っていない。なのになぜサギトは、「ルイス」というファミリーネームを知っていたのだろう、と。リーサというファーストネームならともかく。リーサのファミリーネームを知っている人なんて、店長くらいのものだ。
ともあれ、仕事場に戻らなければならない。
リーサはすぐに疑問を忘れ、踵を返した。リーサはどんなに体調が悪くても、働けるうちは働いてお金を貯めておきたかった。
これから生まれてくる、小さな命のため。
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