魔道暗殺者と救国の騎士

空月 瞭明

文字の大きさ
3 / 71

第1話 夕闇のカフェテラス (2)

しおりを挟む
 リーサは石畳の通りを走っていた。
 既に赤い夕空は青紫の色味を帯びて、夜空へと変りつつある。

 店長に事情を話し、店から一時、抜けさせてもらった。店長にはついでに「お前一度病院に行け。この間もふらついてたじゃないか」とたしなめられた。リーサは曖昧な笑顔で頭を下げた。
 息を切らして走ったリーサは、前方に目標の青年を見つけ、ほっとする。

「あ、あの!」

 大声で声をかけると、青年はぴたりと歩みを止めた。こちらを振り向く。

「ああ、あなたか」

「あの、先ほどはありがとうございました。私のせいですみません」

「いいえ、あなたは何も」

「お金、お返しします!い、今すぐは無理ですが、必ず……」

「やめて下さい、どうかお気になさらないで下さい。私があの男に詫びたかっただけですから」

「いえ、本当に必ずお返ししますので!」

 リーサの真剣な様子に、青年は困ったように笑った。

「では、いつか」

 リーサは安堵したように微笑んだ。そしてちょっと躊躇ってから、口を開く。

「お客様は、よく夕闇の時間にカフェに来て下さいますね」

「ああ、ちょうど店じまいをする時間なので」

「お店を……?」

「ええ、しがない薬屋を営んでおります」

「親御さんが経営してらっしゃるんですか」

「いいえ、私が一人で。私は見た目ほど若くありません、あなたと同い年くらいでしょう」

「まあ、そうなんですか!」

 リーサは今二十七だった。忌人いみびとの中には、歳の取り方が普通の人間と違う種がいるというが、紫眼もそうなのかもしれない。

「お一人で薬屋さん、もしかしてご自分で調合を?」

「ええ、一応」

「驚きました、魔道士様でいらっしゃったのですね」

「魔道士なんてとんでもない。薬の調合くらいしか出来ませんよ。ところであなたは……」

 青年はどこか遠慮がちに何かを尋ねようとしている。

「なんでしょう?」

「あなたはいつも、私にまで笑顔で接して下さります。紫眼である私のことが恐ろしくないのですか?」

 リーサはにこりと笑った。

「お店にはいろいろな種族の方がいらっしゃいますから。皆よいお客さんです」

「そう言っていただけると救われます。あなたはとてもよい人だ」

 青年は紫の目を細めた。
 それはとても不思議な表情だった。笑っているようでもあり、何か別の感情を隠すための表情のようでもあり。

「あの、お名前をお聞きしてもよろしいですか」

「サギト。サギトと申します」

「サギトさん。今度、薬屋さんに寄らせてくださいね」

「ぜひいらしてください。お待ちしています。ルイスさんはまだお仕事の途中でしょう?どうぞお戻り下さい。わざわざ、ありがとうございました」

 そしてサギトは丁寧に頭を下げると、青い宵の闇の中にまぎれて行った。

 リーサはその背中を見送り、なんと感じのよい人だろうと感心した。そしてなんと綺麗な人なのだろう、とも。黙っている姿を見るだけでは少し恐ろしさもあったが、面と向かって話してみれば、吸い込まれるような美貌の青年であることに気付かされた。
 この国の多くの者が、忌人と見ると犯罪者と決めてかかるが、そんなはずはない、とリーサは思っていた。
 たとえばあの美しく優しげな人が、犯罪などするわけがないではないか。

 その時ふと、リーサは疑問に思った。
 そういえばこちらは名乗っていない。なのになぜサギトは、「ルイス」というファミリーネームを知っていたのだろう、と。リーサというファーストネームならともかく。リーサのファミリーネームを知っている人なんて、店長くらいのものだ。

 ともあれ、仕事場に戻らなければならない。
 リーサはすぐに疑問を忘れ、きびすを返した。リーサはどんなに体調が悪くても、働けるうちは働いてお金を貯めておきたかった。
 これから生まれてくる、小さな命のため。
しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

姉の婚約者の心を読んだら俺への愛で溢れてました

天埜鳩愛
BL
魔法学校の卒業を控えたユーディアは、親友で姉の婚約者であるエドゥアルドとの関係がある日を境に疎遠になったことに悩んでいた。 そんな折、我儘な姉から、魔法を使ってそっけないエドゥアルドの心を読み、卒業の舞踏会に自分を誘うように仕向けろと命令される。 はじめは気が進まなかったユーディアだが、エドゥアルドの心を読めばなぜ距離をとられたのか理由がわかると思いなおして……。 優秀だけど不器用な、両片思いの二人と魔法が織りなすモダキュン物語。 「許されざる恋BLアンソロジー 」収録作品。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

胎児の頃から執着されていたらしい

夜鳥すぱり
BL
好きでも嫌いでもない幼馴染みの鉄堅(てっけん)は、葉月(はづき)と結婚してツガイになりたいらしい。しかし、どうしても鉄堅のねばつくような想いを受け入れられない葉月は、しつこく求愛してくる鉄堅から逃げる事にした。オメガバース執着です。 ◆完結済みです。いつもながら読んで下さった皆様に感謝です。 ◆表紙絵を、花々緒さんが描いて下さいました(*^^*)。葉月を常に守りたい一途な鉄堅と、ひたすら逃げたい意地っぱりな葉月。

処理中です...