魔道暗殺者と救国の騎士

空月 瞭明

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第10話 回想/逃亡者(2)

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 そんな日々の最中、サギトは街角のポスターで、「賞金稼ぎ」という儲け方があることを知った。
 この街に来て一ヶ月程が経過していた。

 サギトはその日、虚ろな瞳でそのポスターをじっと見つめた。
 ポスターの似顔絵の人物を殺せば、金をもらえるという。
 サギトはぼんやりとした意識でそのポスターをはがす。

 試しに、やってみた。
 ネズミやスズメ、ハエといった小動物たちに術をかけ、使いとした。ギャングの金を持ち逃げしたというチンピラの似顔絵を、使い達に覚えさせた。

 スズメがチンピラの居場所を特定した。チンピラは隣町にいた。
 次にサギトは、使い魔を殺しに向かわせた。その時使ったのは、例のカエルの使い魔だった。カエルは指示から半日も立たないうちに、チンピラの生首を背中のフォークに突き刺して戻って来た。サギトの指定した、町外れの廃屋まで。

 生首を見て、サギトは夢から醒めたようにはっとした。なんてことをしてしまったんだろう、と。
 先の五人の殺人とは違う。これは正当防衛ではない、単なる「殺し」だ。
 サギトは嘔吐した。
 なぜ自分はこんな気軽に殺しなど「やってみた」のか。サギトに流れる魔人の血が、こういう行為へと誘惑したのか。

 サギトはそのおぞましい生首を前に、苦悩した。どうすべきか。どうしようか。どうすれば。
 悩んで悩んで、サギトは結局、「せっかく殺した」その首を、ギャングの事務所に持って行った。

 ギャング達は、ぼろぼろに汚れきった紫眼の子供がやって来たことに驚いていたが、褒めてくれた。

「よくやったぞ、ガキ」
「大したタマだ」

 闇社会に恐る恐る足を踏み入れたサギトは、そこで予想外の歓迎を受けた。初めて、自分を受け入れられた気がした。
 ギャングは金もきっちりくれた。法外な額を。いきなり大金が転がり込んだ。

 おかげで、もう手に入らないと思っていた「普通の生活」を取り戻した。
 清潔な服を着て、安全な宿に泊まりベッドで眠り、温かい食事を取る。
 久しぶりのまともな生活に、サギトは涙した。
 今日はみじめな物乞いをしなくてもいい。今日は犯そうとする男達に怯えなくてもいい。
 二度と浮浪者に戻りたくないと、強く思った。

 こうしてサギトは、「今だけ」と思いながら賞金稼ぎを続けてしまった。闇社会がサギトの唯一の居場所となった。

 だがそれでも当時は、真面目な未来を思い描いていた。いつか必ず足を洗おう、と。
 ある程度金を貯めたサギトは、不用意に顔を晒し過ぎた第二都市から、王都へと居場所を移した。
 そこで賞金稼ぎで集めた金をつぎ込み、住居つき店舗を買った。材料を買い揃え、自身で調合し、薬屋を開店した。

 でも、薬屋は儲からなかった。紫眼の店など繁盛するわけがないのだ。月々の売り上げは微々たるもので、完全に赤字だった。
 それでもサギトは、いつかは薬屋も軌道に乗る、殺しから足が洗えると信じようとした。ただの一時しのぎとして、巧妙に正体を隠しながら、賞金稼ぎを続けた。

 サギトは使い魔に生霊を融合させる方法を用いるようになった。もちろん禁忌の術、外法の中の外法だが。
 これにより依頼人にも使い魔の姿しか見せずに済み、さらに確実にターゲットを殺せた。

 その使い魔「影の目」は、サギト自らの血肉を混ぜて作ったものだ。髪、爪、血、精液。生霊と融合させるために一年かけてこしらえた、正真正銘のサギトの分身。
 だから目が影で覆われているのだ。
 誰にも見せたくない紫の眼を、いっそ影で塗りつぶしたのだ。

 そうして三年、四年と過ぎた。
 結局、薬屋はいつまでも軌道に乗らなかった。
 一方で、闇社会でのサギト、すなわち「影の目」の評判は上がった。

 マフィアは「影の目」を褒めそやし、仕事が成功するたびに優しい労わりの言葉をかけてくれた。
 やがて彼らはサギトに、賞金稼ぎではなく「暗殺者」になるよう勧めてきた。

 マフィアをいわば代理店にして、人々がマフィアに殺しを依頼する。マフィアはサギトに殺しをさせ、幾らかの手間賃をいただく。報酬のほとんどはサギトのもの。

「君にとっても安定収入となる。いい話じゃないか?」

 闇社会にしか居場所のない孤独なサギトは、流されるようにその話にのった。
 代理店と言いながら、その実態はマフィアの雇われ暗殺者に過ぎないことも分かってはいたが。サギトの弱さは、居場所を失うことを恐れさせた。
 
 こうしてサギトは賞金稼ぎどころか暗殺者と成り果てた。
 本業は殺し。薬屋は本業がバレないための隠れ蓑。

 そして凄腕の魔道暗殺者「影の目」の名は、世の中を震撼させるほどに高まっていった。
 グレアムがサギトの力で英雄となる一方で。

 どこにいても、彗星の如く現れた新人騎士の大活躍の話題が耳に入って来た。その夢物語のような出世話も。
 年月が経るにつれて、サギトの心はどんどんささくれ立っていった。

 孤児院を抜け出して最初の数年は、ただ生きて食いつなぐことに必死だった。だが、生活に余裕が出てくると、どうしても浮上してくる。

 ――危険な魔人を早く殺してくれと頼まれたわ

 ――サギトのことはお任せします。あいつが魔人です

 あの場面を何度も何度も、夢に見た。
 忘れたくても忘れられなかった。
 なぜ、と思う。
 なぜサギトを裏切ったのか。共に過ごした六年はなんだったのか、全てが偽りだったのか。

(お前にとって俺は、なんだった)

 そしてなぜ同じ邪悪な魔力なのに彼は騎士になれて、自分は宮廷魔道士はおろか、薬屋にすらなれないのか。
 鬱々とした妬ましさは、サギトをさいなんだ。
 グレアムの名声が高まれば高まるほど、そのまばゆい光によってサギトの闇は濃く育っていく。

 いつしかサギトは、「影の目」という虚飾に救いを求めるようになっていった。暗殺者という仕事を心から恥じるその一方で。
 影の目の殺しを新聞がセンセーショナルに書き立て、人々が恐れ大騒ぎする。
 そこに俗物めいたナルシシズムを感じなかったといえば、嘘になる。

(俺は無様な紫眼のガキなんかじゃない)

(本当の俺は冷酷で残忍な、世界最凶の化け物なんだ)

(誰もが俺を畏怖している)

(なにが救国の英雄だ。お前の名より俺という悪魔の名を、世界に轟かせてやる)

 こうやって、偽悪的な誇大妄想に逃げ込んだ。

 だが心の中でグレアムに呪詛を吐いた次の瞬間に、孤児院でグレアムからもらった優しさを思い出し、感傷に浸ったりもした。

 ただ単純に憎み切るには、記憶の中のグレアムとの日々は美し過ぎた。
 あの日々はサギトの宝物のようなものだった。

 サギトの心の中からグレアムへの、愛憎とも言える憂鬱な執着心が失われることはなかった。
 十年の歳月がたっても。
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