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第33話 狂王子 (1)
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リチェルの住む屋敷は、雑木林を縫っていったところに、隠されるようにひっそりと存在していた。
とはいえもちろん王城内の屋敷であり、間違いなく豪奢な屋敷ではあったが。
玄関広間では、執事らしき初老の男と、侍女頭らしき中年女性がうやうやしく「お帰りなさいませ」と頭を下げた。外泊への文句ひとつ言わず。時刻は既に午後を回っていた。
だが執事は当然、アルキバを怪訝そうに見た。
「殿下、その者は?」
アルキバは観客向けのとびきりの笑顔を向けてみたが、執事の眉間のしわがますます深くなっただけだった。
リチェルはアルキバのほうにちょっとすまなそうな視線を送った後、説明をする。
「街で私の用心棒として買った……奴隷……だ。アルキバ、こちらは執事のルパードと侍女頭のクラリスだ」
奴隷、という単語を使いたくないようでそこは小声だった。侍女頭のクラリスは信じられない、という顔をする。
「リチェル殿下!いくら殿下でもそんな、街で買った奴隷など王城内に持ち込まれては困ります!陛下のお命を狙う賊だったらどうするのです!」
リチェルはむっとした顔で反論する。
「アルキバが賊のわけないだろう!史上最高の剣闘士だ!」
クラリスは、「は?」という顔をする。
「剣闘士アルキバ?まさか、あの……?」
その言葉に、せわしなく働いていたメイドたちがぴたりと止まる。
台座に載せた食器を運んでいた者も、正面の赤絨毯敷きの両階段を掃き掃除していた者も、巨大な花瓶の水を替えていた者も。くるりと振り向き、黄色い声を上げた。
「ほ、ほんとだわ、本物のアルキバよ!」
「あ、握手してくださいっ!」
仕事を放り出してワラワラとアルキバの周囲に寄ってくる。愛想よく手を握ってやるアルキバ。
「今日から同僚だ、よろしくな」
「ええっ!?どういうことですか!?」
「毎日アルキバさんと会えるんですか!?」
「きゃああああっ」
若いメイドたちの突然の大騒ぎに、クラリスは目を白黒させた。
「なんなのですか、はしたない!相手は奴隷ですよ!持ち場に戻りなさい!」
侍女頭の一喝でメイドたちは蹴散らされる。リチェルはおかしそうに笑いながら執事に言う。
「そいうことなので、アルキバの鉄輪を頼む、ルパード。私所有の鉄輪に交換してやってくれ」
執事のルパードは変らぬ渋面で、アルキバの鉄輪を確認する。
「確かに、バルヌーイ剣闘士団と刻まれておりますが……。剣闘士アルキバ、この爺も名前くらいは存じていますが、なにゆえ剣闘士などを用心棒に?ヴィルター・ダウネス殿の代わりの護衛騎士なら、また近衛の者から引っ張ってくれば良いではありませんか」
そこでリチェルは目を見張った。
「ヴィルターのこと既に知ってるのか!?」
ルパードはうなずく。
「ええ。お母様と一緒に田舎にお帰りになると。農園を営む叔父様が倒れて、ヴィルター殿が農園を引き継ぐことになったそうで」
リチェルは青ざめ、唇を振るわせた。
「だ、誰に聞いたそれを」
「城の者は皆、知っております。掲示板にも貼られております」
王城内には、広く伝達する事柄を張り出す掲示板があった。
リチェルは声を荒げた。
「違う!そんなのは嘘だ!ヴィルターに叔父などいない!不幸が続いて親戚は皆亡くなり、母一人子一人だと言っていた!」
「しかし殿下」
「ヴィルターは既に死んでいる!ヴィルターは私を裏切った!ジルソン兄上に母堂を人質に取られ、私を殺そうとしたんだ!私はこのアルキバに命を助けられた!」
執事と侍女頭は顔を見合わせ、ため息をついた。
侍女頭は、優しげにリチェルの背中をさする。
「またそのようなことを……。夜遊びでお疲れでしょう、さあお部屋のほうにお戻り下さい。お召し物も着替えねば」
「本当だ、信じてくれクラリス!私はヴィルターに腹を刺されたんだ!グリンダス通りのホテル・グラノードに行け!そこにヴィルターの死体がある!」
クラリスは首を振った。
「あまり困らせないでください、殿下」
ルパードがぱんぱんと手を叩き、通る声で呼ばわる。
「殿下をお部屋へ!」
すると使用人らしき男達が三名やってきて、激昂しているリチェルを取り押さえる。
そこでアルキバは「おい!」と割って入った。
「黙って聞いてりゃ、いい加減にしろ!どうして信じてやらないんだ?あんたらの主人だろ?リチェルは本当のことを言っている!ヴィルターは俺の前でリチェルを刺した!」
執事はじろりとアルキバを睨んだ。丁寧な口調を豹変させる。
「殿下を呼び捨てとは何事だ!口の聞き方がなってないな、奴隷。ここは闘技場ではない。お前には即刻立ち去ってもらおう」
執事の言葉に、リチェルが悲鳴をあげた。
「やああああああああああああっ!」
突然の金切り声に、皆がびくっとする。
「いやだルパード頼む、アルキバを追い出さないで!アルキバを追い出したら自殺してやる!お前は私を自殺に追い込んだ咎で処刑されるぞ、いいのか!」
騒々しかった玄関ホールがしん、と静まる。
リチェルの過呼吸のような荒い息遣いだけが聞こえた。
執事はうんざりしたような顔で、長いため息をついた。
「……畏まりました殿下。そこまでおっしゃるなら、この剣闘士めを殿下の用心棒として受け入れましょう」
リチェルはほっとした顔をして、男達に連れられていった。連れられながら大声で礼を言った。
「ありがとうルパード!この恩は決して忘れない!」
執事はもう一度ため息をつく。
「さあ来い、奴隷。殿下の名入りの鉄輪をはめてやる。だが下手なことをしたら、すぐ追い出してやるからな」
アルキバは険しい表情で、目の前で繰り広げられた一連のやり取りを見つめていた。
◇ ◇ ◇
とはいえもちろん王城内の屋敷であり、間違いなく豪奢な屋敷ではあったが。
玄関広間では、執事らしき初老の男と、侍女頭らしき中年女性がうやうやしく「お帰りなさいませ」と頭を下げた。外泊への文句ひとつ言わず。時刻は既に午後を回っていた。
だが執事は当然、アルキバを怪訝そうに見た。
「殿下、その者は?」
アルキバは観客向けのとびきりの笑顔を向けてみたが、執事の眉間のしわがますます深くなっただけだった。
リチェルはアルキバのほうにちょっとすまなそうな視線を送った後、説明をする。
「街で私の用心棒として買った……奴隷……だ。アルキバ、こちらは執事のルパードと侍女頭のクラリスだ」
奴隷、という単語を使いたくないようでそこは小声だった。侍女頭のクラリスは信じられない、という顔をする。
「リチェル殿下!いくら殿下でもそんな、街で買った奴隷など王城内に持ち込まれては困ります!陛下のお命を狙う賊だったらどうするのです!」
リチェルはむっとした顔で反論する。
「アルキバが賊のわけないだろう!史上最高の剣闘士だ!」
クラリスは、「は?」という顔をする。
「剣闘士アルキバ?まさか、あの……?」
その言葉に、せわしなく働いていたメイドたちがぴたりと止まる。
台座に載せた食器を運んでいた者も、正面の赤絨毯敷きの両階段を掃き掃除していた者も、巨大な花瓶の水を替えていた者も。くるりと振り向き、黄色い声を上げた。
「ほ、ほんとだわ、本物のアルキバよ!」
「あ、握手してくださいっ!」
仕事を放り出してワラワラとアルキバの周囲に寄ってくる。愛想よく手を握ってやるアルキバ。
「今日から同僚だ、よろしくな」
「ええっ!?どういうことですか!?」
「毎日アルキバさんと会えるんですか!?」
「きゃああああっ」
若いメイドたちの突然の大騒ぎに、クラリスは目を白黒させた。
「なんなのですか、はしたない!相手は奴隷ですよ!持ち場に戻りなさい!」
侍女頭の一喝でメイドたちは蹴散らされる。リチェルはおかしそうに笑いながら執事に言う。
「そいうことなので、アルキバの鉄輪を頼む、ルパード。私所有の鉄輪に交換してやってくれ」
執事のルパードは変らぬ渋面で、アルキバの鉄輪を確認する。
「確かに、バルヌーイ剣闘士団と刻まれておりますが……。剣闘士アルキバ、この爺も名前くらいは存じていますが、なにゆえ剣闘士などを用心棒に?ヴィルター・ダウネス殿の代わりの護衛騎士なら、また近衛の者から引っ張ってくれば良いではありませんか」
そこでリチェルは目を見張った。
「ヴィルターのこと既に知ってるのか!?」
ルパードはうなずく。
「ええ。お母様と一緒に田舎にお帰りになると。農園を営む叔父様が倒れて、ヴィルター殿が農園を引き継ぐことになったそうで」
リチェルは青ざめ、唇を振るわせた。
「だ、誰に聞いたそれを」
「城の者は皆、知っております。掲示板にも貼られております」
王城内には、広く伝達する事柄を張り出す掲示板があった。
リチェルは声を荒げた。
「違う!そんなのは嘘だ!ヴィルターに叔父などいない!不幸が続いて親戚は皆亡くなり、母一人子一人だと言っていた!」
「しかし殿下」
「ヴィルターは既に死んでいる!ヴィルターは私を裏切った!ジルソン兄上に母堂を人質に取られ、私を殺そうとしたんだ!私はこのアルキバに命を助けられた!」
執事と侍女頭は顔を見合わせ、ため息をついた。
侍女頭は、優しげにリチェルの背中をさする。
「またそのようなことを……。夜遊びでお疲れでしょう、さあお部屋のほうにお戻り下さい。お召し物も着替えねば」
「本当だ、信じてくれクラリス!私はヴィルターに腹を刺されたんだ!グリンダス通りのホテル・グラノードに行け!そこにヴィルターの死体がある!」
クラリスは首を振った。
「あまり困らせないでください、殿下」
ルパードがぱんぱんと手を叩き、通る声で呼ばわる。
「殿下をお部屋へ!」
すると使用人らしき男達が三名やってきて、激昂しているリチェルを取り押さえる。
そこでアルキバは「おい!」と割って入った。
「黙って聞いてりゃ、いい加減にしろ!どうして信じてやらないんだ?あんたらの主人だろ?リチェルは本当のことを言っている!ヴィルターは俺の前でリチェルを刺した!」
執事はじろりとアルキバを睨んだ。丁寧な口調を豹変させる。
「殿下を呼び捨てとは何事だ!口の聞き方がなってないな、奴隷。ここは闘技場ではない。お前には即刻立ち去ってもらおう」
執事の言葉に、リチェルが悲鳴をあげた。
「やああああああああああああっ!」
突然の金切り声に、皆がびくっとする。
「いやだルパード頼む、アルキバを追い出さないで!アルキバを追い出したら自殺してやる!お前は私を自殺に追い込んだ咎で処刑されるぞ、いいのか!」
騒々しかった玄関ホールがしん、と静まる。
リチェルの過呼吸のような荒い息遣いだけが聞こえた。
執事はうんざりしたような顔で、長いため息をついた。
「……畏まりました殿下。そこまでおっしゃるなら、この剣闘士めを殿下の用心棒として受け入れましょう」
リチェルはほっとした顔をして、男達に連れられていった。連れられながら大声で礼を言った。
「ありがとうルパード!この恩は決して忘れない!」
執事はもう一度ため息をつく。
「さあ来い、奴隷。殿下の名入りの鉄輪をはめてやる。だが下手なことをしたら、すぐ追い出してやるからな」
アルキバは険しい表情で、目の前で繰り広げられた一連のやり取りを見つめていた。
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