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第38話 追憶 (2)

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 一年前のその日、リチェルは書庫で本をめくっていた。
 城に住む亡霊のように。ただ、夜が来ることに怯えながら。

 兄たちは気まぐれで、毎晩のように犯されることもあれば、一か月何もないこともあった。

(今夜は地下室に連れて行かれるだろうか?どうか今夜は、兄上たちが来ませんように)

 ぼうっとした頭でめくっていたそれは、古い詩集だった。
 男女の性愛をテーマにした詩で、愛と性の素晴らしさを情熱的に描いた作品だった。

 リチェルは文字を目で追ううちに、やがて雷撃に打たれたように固まる。

 その詩に何度も出て来る「愛」という言葉が深く突き刺さった。
 兄達にされている行為が性的な行いであることは理解していた。だが。

(あんな拷問が愛?)
(本来、あれは愛の行為だったのか?)

 その時初めて、リチェルをずっと支配していた恐怖が、怒りに変った。
 何かを踏みにじられた感情が、身のうちから湧き上がった。
 押しとどめていた涙が溢れるように出てきた。

(本当は愛のための行為だったんだ)

 もう絶対にあんな拷問を身に受けたくない。受けてはならない。心からそう思った。
 でも、愛とはなんだろう。
 幼い頃は愛されていた気がするが、今はもう幼くもなく、母もいない。誰もリチェルを愛していない。

 リチェルは気が付けば、その詩集をズタズタに破っていた。舞い散る紙片の中、虚ろだったリチェルの瞳に決意の火が灯る。

 リチェルはこの日、首をくくり自殺を図った。

 発見が早かったため一命はとりとめた。だが当然、大騒ぎになった。
 久方ぶりに顔を見た父に、とても心配してくれた父に、リチェルは一つの願いを告げた。

 あの屋敷を出たい、兄たちと離れて暮らしたいと。
 父王はうなずいた。詳しくは何も聞かなかったが。

 リチェルは尋ねて欲しかった。兄たちと何があった、と問いただしてくれない父を、卑怯だとも思った。そして自分からは告白することができない己を、みじめだと思った。

 それでも父は、城の敷地の中、使われていなかった別邸にすぐにリチェルをうつしてくれた。
 そしてこの屋敷に絶対に近づくなと、兄たちに言い含めてくれた。
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