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第66話 新王

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 ダーリアン三世崩御から、三ヶ月が過ぎた頃。

 娼館の一階で、客とおぼしき中年男性が怒声をあげていた。
 肥えた腹をダブルボタンの茶色の兵服が包む。憲兵の制服である。

「おいおい、なんだこの貧相なガキは!ガリガリなうえに、ろくにちんぽもしゃぶれねえじゃねえか!」

 男は片手にひきずっていた、やせ細った少女を蹴り飛ばした。少女の体は枯れ木のように床に転がる。うつろな目の周囲には、紫色の痣ができていた。

 ひょろりとした痩せぎすの店主は媚びへつらう笑みを浮かべた。

「これはこれは、憲兵隊長のドミニク様。お気に召しませんでしたか。では他の娼婦にいたしましょう。こちらからお選びくださいますか」

 店主はドミニクを隣室に案内する。そこには控えの売春奴隷たちが詰められていた。足を曲げ床に直接座る、やせ細った少女達。ドミニクはぺっと唾を吐いた。

「なんだこりゃ、どいつもガリガリじゃねえか、こんなんで勃つかってんだ!」

 店主はすまなそうに手もみする。

「このご時勢ですからなかなか栄養が行き渡りませんで。ほら三ヶ月前の国葬で税の臨時徴収、その後は地方の反乱鎮圧のために、と臨時の取り立てが続いてますでしょう。うちの営業も、正直カツカツですよ」

 ドミニクはぎろりと店主を睨みつける。

「偉大なる国王陛下の葬儀や王国の治安維持のために国民が出費するのは当然のことだ。貴様、さては反王家か?」

 店主は顔色を変え、ぷるぷると首を振った。ジルソンが新王になってから、「反王家」の取締りが強化され、次々と逮捕されるようになっていた。

「反王家」として連行された者の道は二つだ。憲兵たちから拷問を受けて獄中死を遂げるか、広場で公開処刑されるか。
 公開処刑はかつては一種の娯楽だった。一年に一、二度、大悪党が処罰される様子を、国民は興奮して見学した。

 だがジルソン治世下で連日行われる公開処刑を喜んで見に行く者はいない。
 昨日まで善良な市民として生活していた普通の者達が、許しを乞い泣け叫び、絞首台に引きずられていくのだ。
 その凄惨さは人々を震撼させた。

 民は皆、ジルソン王政の「反王家狩り」に震え上がっていた。

「まま、まさかぁ!もう、冗談はやめてくださいよドミニク様。あ、素敵な指輪ですね、新調なさったのですか?」

 黄金と巨大ルビーの、見るからに高価な指輪を褒められ、ドミニクは機嫌を直す。

「おぉ、よく気づいたな。王家御用達の宝石商が私のために仕立てたんだ。私はジルソン陛下と仲が良いので特別にな」

「さすがでございます、ドミニク様」

「謀反人リチェルも剣闘士アルキバも見つからない。ジルソン陛下はご心労が絶えないのだ、おいたわしい」

「剣闘士と言えば、ジルソン陛下は過激な闘技会がお好きのようですね。先日の御前試合なんて、生き残った剣闘士は二十人中一人、ルシスだけ。残りのベテラン一級剣闘士全員、魔獣に食われたらしいじゃないですか」

 猛獣と剣闘士を戦わせる猛獣戦は以前も行われていたが、魔獣は強すぎて圧倒的に人間が不利なので闘技会に使われることはなかった。
 そんな魔獣戦を、ジルソンは御前試合として毎週のように開催するようになった。
 何かのストレスをぶつけるように。

「御前試合は王家主催だから無料で観覧できる。国民だって喜んでるだろう」

「はあ、そうですね。まことに太っ腹なことでありがたいことでございます。ジルソン陛下の御世は素晴らしいですね」

 実はすでに、御前試合の客足は遠のいていた。最初の頃は熱狂した観衆たちも、そのうち一方的な殺戮に嫌気がさしてしまった。
 むしろ剣闘士たちへの同情論が噴出していた。憲兵隊のいないところで密やかに。

「ああ、大したお方だジルソン陛下は。長らく敵対状態にあったメギオン王国とも和平条約を締結なさった」

「ええ、城のお隣に随分と立派なメギオンの領事館も建築中ですし、港の船の半分くらいがメギオン船になりましたねぇ」

 内陸国であるメギオンはかねてからナバハイルの港湾を欲しがっていたが、条約によりメギオン商人は通行手形なしでナバハイルを通過し港湾を利用できるようになった。
 これによりメギオン人は、これまでナバハイル商人に卸していた鉱物や特産品を直接、海の向こうの国々に売れるようになった。

 突然の産業構造の変化は、ナバハイルの商人達に打撃を与えた。メギオン商人に市場を侵され利益は大幅に減り、ナバハイルの経済は恐慌に陥っている。

 商いだけではなく、治安の面でも重大な問題があった。
 メギオン人たちは領事裁判権を有し、つまりナバハイルで罪を犯してもナバハイルの国法で裁くことができないから、狼藉を働き放題だった。

 民は皆、急増した粗野な赤目の異人達に怯えている。

「とにかく俺は萎えた、帰る。客から金を取る気なら商品管理くらいちゃんとしておけ。そこらへんに転がってる廃棄奴隷と大差ねえぞこんな棒っ切れ」

「面目ございません。しかし廃棄奴隷も増える一方ですねえ。臭いし怖いし、なんとかしてくださいよ」

 店主は鼻をつまんで嫌そうな手振りをする。ドミニクはその言葉に、悪辣な笑みを浮かべた。

「なに、大掃除をするからそこは任せておけ。明後日、祭りがあるぞ」

 ドミニクはそう言って、娼館の扉を押し開けて去っていった。

◇  ◇  ◇
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