悪夢〜やまの恵多短編集〜

やまの恵多

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財布の持ち主

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20代後半の田中さんと言う男性の方からお伺いしたお話です。

田中さん、中学生の頃、近所の大型ショッピングモールに友人たちと買い物に出かけたんだそうです。そのショッピングモールは、洋服屋さんだったり、ファーストフード店だったり、ゲームセンターだったり、そういったお店がたくさんテナントとして入っている商業施設で、田中さん達はよくそこを遊び場にしていたそうです。

その日も田中さん達はゲームセンターで遊んだり、ご飯を食べたりして過ごしていましたが、田中さんトイレに行きたくなったそうで、そのショッピングモール内のトイレに行ったそうです。

男子トイレの中、個室が3つ並んでまして、両脇の個室は誰か入っているようで、ドアが閉まっていました。真ん中の個室だけ空いていたので、田中さんはそこに入ったんですが、用を足して、ふと田中さんが脇を見ると、トイレットペーパーホルダーの上に、黒い二つ折りの財布が置かれていたんだそうです。

本当だったら中身も見ないで開けもしないで、そのままサービスカウンターに「落とし物です」って持っていくべきところだったんですけど、ちょうどその時田中さん、ゲームセンターで結構お金を使ってしまっていて、それでちょっと魔が刺したというか。

「今なら誰も見てないし、この財布からお金をちょっと抜いちゃってもいいんじゃないか」、そんなことを考えてしまったそうなんですね。それで田中さん、財布を開けて中を見ました。

そしたら、中学生にとっては大金である、万札が何枚も入っていて。田中さん、お札を抜こうかどうか、迷いました。で、財布をこう広げて見たときに、お札が入っているところに運転免許証が入っているのを見つけたんですね。

それで、この財布の落とし主はどんな人なんだろうということが気になった田中さんは、その免許証を取り出して見てみたそうなんです。で、まず顔写真を見ると、細身の若い男性の顔が写っています。

その次に名前と生年月日を見ます。ちょっと特徴的な名前だったので、そんな名前の人もいるんだと思いながら、田中さんは生年月日を見ます。そうすると、ああ、今年で30歳なのか、仕事は何してる人なんだろう、このお金欲しいけど、やっぱり抜いちゃうのはまずいよな、って。顔と名前を見ちゃうと罪悪感が湧いてきて、一瞬でもそんなこと考えちゃってすいません、って気持ちで、田中さん、もう一度その免許証の顔写真に目を向けました。

そしたら、その顔写真の目が、ギョロっと田中さんを睨んだんだそうです。田中さん、びっくりして財布を落としそうになります。

で、その直後。遠くの方からバタバタバタバタッ!!って走ってくる足音が聞こえてきて、あっという間に田中さんの入っている個室の前まで、その足音が来たと思った瞬間、ドンドンドンドンッ!!と、すごい勢いでトイレのドアを外からノックしてきます。

田中さん、財布の持ち主が、トイレに置き忘れたってことに気がついて取りに来たんだ、と思ったそうです。でもその足音とノックの音の勢いがあまりに凄かったんで、田中さん、すぐにドアを開けることができなくて、その外からの激しいノックに対して、コンコン、と弱々しくノックを返すことしかできなかったそうです。

でも外のノックは、そんな田中さんのノックなんか気にする様子もなく、ドンドンドンドンッ!!と相変わらず激しくドアを叩いてきます。まるで、「早く開けろ、いるのはわかってるんだ」、そういったことを訴えるように、ノックがしばらく続いている中。田中さんの入っていた、中央の個室の右隣から、水を流す音が聞こえました。そして鍵を開けてドアを開けて中に入っていた人が出て行きました。

そしたら、田中さんのトイレをノックする音が止んで、空いた隣の個室に入っていく足音が聞こえました。田中さん、もしかして財布を取りに来たんじゃなくて、ただ早くトイレに入りたかった人だったのかなあ、って思って少し安心して、この財布はそのままサービスカウンターに届けよう。そう思って、便座に座ったまま財布を一旦トイレットペーパーホルダーの上に戻しました。

で、その時視界の隅に何か見えた気がして、田中さん、フッと上を見ました。そしたら、右隣の個室を隔てている壁。その上から、壁越しに1人の男性が田中さんを覗き込んでいます。おそらく便座の上に乗って、壁の上から見下ろしていたのでしょう。その男性の顔は、さっき見た免許証の男性の顔とは、似ても似つかない、50代位の丸々太った男の顔でした。

その男は、ニヤニヤとエビス様のような笑顔を浮かべながら、腕を伸ばしてきて、そのトイレットペーパーホルダーの上の財布を掴み取ろうとしてきます。田中さんは小さな悲鳴を上げて個室の鍵を開けると、財布を置いて、そのままダッシュで逃げたそうです。そしてトイレの外で待っていた友人たちに理由も告げず、気分が悪いから今日は帰ると言って急いで自転車で家まで帰りました。

免許証の写真の男性の目がこちらを睨んできたこと、そして、まるで財布がそこにあることを知っていたかのようにドアをノックし、隣の個室から財布を取ろうとしていた、あの太った男性のこと。頭の整理がつかず、田中さんはずっと心臓をドキドキさせながら考えていました。

そしてその日の夕方、両親も帰ってきて、一緒にテレビのニュースを見ていると、あるニュースでニュースキャスターが言った一言に、田中さんは凍りつきます。

「今日午前、アパートの1室で、胸にナイフが刺さった状態で男性が死亡しているのが発見されました。発見されたのはこの部屋に住む…」

と言って読み上げられた。その名前。田中さんが免許証で見た、あの特徴的な名前と全く同じでした。

つまり、田中さんがそのトイレで見たって言う男性は、その財布の持ち主を殺して財布を奪って、で、その足でショッピングモールに行って。奪った財布をトイレに置き忘れたんで、なんとしても取り返そうとしていたんでしょうか。私、そんなことを田中さんに聞きました。

もしかすると、そうなのかもしれません、と田中さんは言いました。ただ私、あれが生きてる人間とはあまり思えなかったんですよ。だって、トイレの上から覗いてきたあの顔。笑ってましたけど、目が空洞みたいに真っ黒だったんです。それに伸ばしてきた手。普通の人間じゃ考えられない位長くて。普通、トイレの壁のてっぺんから、トイレットペーパーホルダーまで、手を伸ばしても届きませんよね。でも、私がトイレを飛び出したとき、そいつ、財布をガシッと、鷲掴みにしてたんですよ。

田中さんが見たものは何だったのでしょうか。財布の持ち主を殺した犯人だったのか、得体の知れない何かだったのか。

そして田中さんを睨んできた免許証の写真。それは、「人の財布を盗むなよ」と言う持ち主の訴えだったのか、それとも、自分が殺された無念を、何とか伝えようとしたかったのか。今となっては知るよしもありません。

以上でございます。ありがとうございました。
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