二度目の初恋はあなたと

宮野入颯真

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一章

永遠を賭けた約束

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 美容院から出た楠瀬美羽わたしは、歩きながら前髪を摘んだ。
 明日は高校の入学式。
 だから、軽く髪を整えてもらうつもりで美容院に行ったんだけど……。
 私の説明が下手だったのか、毛先はこんな感じでと見せたスマホの画像が印象深かったのか、結構切られてしまった。
 女性らしく見られるようにと伸ばしていたセミロングの髪は、毛先が肩に触れるかどうかのミディアムヘアへと変わってしまった。前髪はギリギリ眉が隠れる程度に残ったものの、子供っぽい見た目に拍車がかかってしまう。
 こうして少し大人っぽいコートを羽織っていても、落ち着いたワンピースを着ていても、高校生と言い張るには無理がある。中学二年生くらいに間違われればいいほうかな。
 この見た目なら、レストランでお子様ランチを頼んでも違和感なさそう。
「短いほうが楽と言えば楽だけど……」
 それよりも、歳相応に見られたい。
 せっかく高校生になるんだから、いい加減野暮ったいお子様な見た目から卒業して綺麗になりたい。そう思っていたのに……。
 私は肩を落とした。
 家路をトボトボと歩きながら、地を這いそうなほどの溜め息をつく。
 ……今日って厄日かも。
 まず、夢見が最悪だった。
 久々に大嫌いなあの夢を見た。
 あの夢を見ると、起きたときにはすでに疲れきっているし、涙が溢れて止まらないから目が腫れぼったくなるしで、登校前のお兄ちゃんを心配させてしまった。
 夢といっても、ただの夢ではない。
 忘れていた過去を追体験する夢だ。
 初めて、過去を夢で追体験したのが中学二年生の五月下旬。
 あのとき見た夢は、布団の中で誰かに会いたいと声を殺して泣く記憶だった。
 それが忘れていた記憶だと気づくまで数カ月かかった。
 お母さんが再婚して、お父さんとお兄ちゃんに恵まれて、お兄ちゃんの彼女とそのお姉ちゃんが優しくて、幸せ尽くしになった小学三年生の時の記憶。幸せなはずなのに、その時の記憶を失くすなんて信じられなくて、素直に認めるのに時間がかかってしまった。
 いくつか見た夢の中でも、大切な二人を困らせて泣かした過去を追体験する夢は最低最悪でしかない。
 ありえないはずの出来事だから、余計にダメージを受けてしまう。
 実の父のDVと、親戚や世間からの冷たい目、私を庇って傷を負い、無理を重ねたお母さん。
 その姿を見て、極度な男性恐怖症と対人恐怖症を患っていた私は、今の家族と打ち解けるのさえ大変だった。あのときの私は、お母さん以外の誰に対してもハリネズミ状態だった。
 お兄ちゃんとお父さんは特別だ。普通なら、私みたいな人間は見捨てるはずなのに、根気強く接してくれた。
 そうしてやっと、私は一部の人にだけ心を開いた。
 今でもそうだ。
 簡単には心を開けない私。人のちょっとした言動にさえ過敏に反応し、見極めようとする癖も、目立たないように意識するのも、嫌われないように曖昧な態度をとってしまうのも、気遣いだけで疲れてしまうのも変わらない。
 そんな私が、初めて会った相手に心を開くはずがない。
 なのに、やっとできた大切な人たちを傷つけてまで、初対面の誰かと暮らしたいと願った記憶。ずっと一緒にいたいと駄々をこねた記憶。
 そんなの、簡単に認められるはずがなかった。
 起きるたびにある苦しい胸の痛みがなかったら、私は今でも記憶であることを否定し、夢だと思い続けただろう。
 あの夢を見ると、起きて数分、切なさに胸が締めつけられて、涙が止まらなくなる。
 夢を見ている間はすべての記憶がある。
 けれど、起きた途端、一部の記憶が必ず欠落してしまう。
 そのため、泣きながら起きた私は、どうして息をするのも苦しいほど切ないのかわからないまま、落ち着くまで泣き続ける。
 夢で追体験するのは、七年前の初夏の夕暮れ時の出来事。そして、そこから多分一カ月か二カ月くらいの出来事。
 どれだけ考えても、胸が壊れそうなほど切なくなる理由だけは思いだせない。
 それでも、私は諦め切れずに追体験した過去を思いだしていく。思いだせれば、きっとラクになれる。そう信じて……。


 一番つらい記憶は、七年前の初夏。
 夕暮れ時のこと。
 空の七割近くを、白と灰色の雲が隠していた。
 僅かに見える空は赤に近い夕暮れのグラデーションを作り、傍の雲や地上を染める一方、頭上の雲の切れ間からは、黒を混ぜた薄い青色が覗いていた。
 初夏にしては涼しかったのを覚えている。
 当時、小学三年生の私は、大好きな二人と家路を歩いていた。
 一人は、一件挟んだ隣に住む小学四年生の冴ちゃんこと和久井わくい冴子さえこちゃん。
 優しくてしっかり者の冴ちゃんは、二人姉妹の末っ子だ。美人と可愛いがミックスされた冴ちゃんは、胸とお臍の間くらいまで艶やかな黒髪を伸ばしていた。目はパッチリと大きくて、例えるなら愛らしい仔猫のよう。
 冴ちゃんはお兄ちゃんの恋人であり、実の妹のように私を可愛がってくれた。
 もう一人は、私のお兄ちゃん。名前が一臣かずおみだから、冴ちゃんに「カズくん」と呼ばれている。私より二つ年上の小学五年生で、地元のサッカークラブに所属している。優しくて、頼りになって、運動も勉強もできて、落ち着いた姿がカッコよくて、自慢のお兄ちゃんだ。
 学校の女の子たちも、先生も、ご近所のおばさんたちも、お兄ちゃんのことを「カッコイイ」と言う。
 それほどモテながらも、お兄ちゃんは冴ちゃん一筋だから凄い。
 しかも、二人は私と出会う前から、結婚を誓い合う恋人同士。
 今年の春、私のお母さんとお兄ちゃんのお父さんが再婚した。
 だから、私とお兄ちゃんの血は繋がっていない。
 それでも、私たち三人はどこの誰よりも仲がいいと、三人揃って自負していた。
 私が冴ちゃんとお兄ちゃんを追いかけて、冴ちゃんが私の手を引きながらお兄ちゃんを追いかけて、お兄ちゃんが私たち二人を優しく包み込んでくれる。そういう関係だ。
 いや、関係だった。
 数時間前までは……。
 その関係を崩したのは私自身。
 この日、お兄ちゃんのサッカークラブが別のサッカークラブと練習試合を行った。
 私はお弁当を持った冴ちゃんに引っ張られて、お兄ちゃんの応援に出掛けた。
 今はその帰り道。
 並んで歩く冴ちゃんとお兄ちゃんが、トボトボとついてくる私にスピードを合わせてくれる。
 普段は、私と冴ちゃんが並んで歩き、お兄ちゃんが後ろについている。
 置いていかれても仕方がない。
 二人に嫌われて、二度と話してもらえなくても仕方がない。
 私は二人に好か続けることを、半ば諦めていた。
 私はただただ淋しくて堪らなかった。ポッカリと胸に穴が空いたような……とても大切なものを置いてきたような、そんな感覚に苛まれていた。
 今すぐ、河川敷のグラウンドに引き返したい。
 引き返して、『あの人』に会いたい。
 会って、ずっと一緒にいたい。
 『あの人』と離れてから少ししか経っていないのに、胸が痛いほど苦しい。
 病気とは全然違う苦しさに、涙が溢れそうになる。
 一人、悲しみと淋しさと苦しみに堪える私に、
「美羽ちゃんのウソつき!」
 可愛くて負けず嫌いの冴ちゃんが、突然叫んで振り返った。大きな目を潤ませながら、真っ赤にした顔を怒りで歪ませていた。
 今まで、大好きな冴ちゃんに怒られたり嫌われたことがない私は、覚悟していたはずなのに驚いて固まった。
 冴ちゃんはセーラーカラーの白いワンピースが汚れるのもお構いなしに、アスファルトに座り込むと、両腕で顔を隠しながらしゃくりあげた。
 私は初めて見る冴ちゃんの激昂と涙に、立ち尽くした。
 大切な人を傷つけてしまった罪悪感に押し潰されかけた私は、スカートの端をギュッと握ると、下唇を噛んだ。
 ごめんね。
 冴ちゃん、悲しませてごめんね。
 でも、気持ちは変わらない。
 私は『あの人』と約束した。
 叶えられるのなら、今すぐにでも叶えたい約束をした。
 その約束を破るほうが、冴ちゃんを悲しませるよりもつらい。
 絶対、冴ちゃんには許してもらえないだろう。
 一生、嫌われるだろう。
 でも、これだけは譲れない。
 だって、冴ちゃんにはお兄ちゃんがいる。
 けれど、彼には……。
 ユニフォーム姿のお兄ちゃんが、肩にスポーツバッグをかけたまま、剥き出しの片膝を地面につけた。
 そして、冴ちゃんの顔を覗き込みながら、宥めるように背中をさする。
 細くて小さな腕で、冴ちゃんが何度も涙を拭う。拭っても拭っても、大きな瞳からは大粒の涙が次々と零れて流れを作る。
「ヤダヤダヤダッ! 絶対に結婚したら、カズくんと美羽ちゃんとおじさんと果歩さんと住むんだもん。ちゃんと約束してたんだもん。あいつよりも先に、あたしとカズくんが美羽ちゃんと約束してたんだもん。なのに……なのに……」
 お兄ちゃんはバッグからタオルを取りだすと、駄々っ子のように泣き続ける冴ちゃんの顔を優しく拭った。
 けど、冴ちゃんの涙は止まらない。
「……あいつ、大っ嫌い! 今日……ずっと美羽ちゃん…あいつばかり気にして……カズくんの応援…しなかったんだよ? ……初めて…会ったのに……あたしとカズくんの美羽ちゃんを……一人占めしたんだよ? ……あんなヤツに……美羽ちゃん…盗られるくらいなら……サッカー観に行くの……我慢する。美羽ちゃんと一緒にお留守番する! 待ってれば……カズくんは…帰ってきて…くれるもん。……ずっと……一緒だもん。一緒に暮らすんだもん」
「冴子」
 家まで僅かという歩道で大泣きする冴ちゃんを、お兄ちゃんが抱きよせた。
「美羽まで……」
 私を見上げたお兄ちゃんが、困ったように笑った。
 お兄ちゃんが私を手招く。
 風景ごとお兄ちゃんたちが歪んで見えるのはなぜだろうと考えながら、私はお兄ちゃんへと近づいた。
 お兄ちゃんが、私の手首を捕らえて引いた。
 されるままに、私はお兄ちゃんと冴ちゃんの横にしゃがんだ。
 すると、お兄ちゃんは私も抱きよせた。
「ほらほら、二人とも泣きやんで」
 言われて初めて、私は自分が泣いているのに気づいた。
 気づいたら声を抑えられなくなって、私も冴ちゃんと一緒に大泣きした。
 声をだして泣けば泣くほど、涙とともに溢れる底なしの負の感情が私を追い詰めた。
 冴ちゃんを泣かせた申し訳なさ、切なさ。それらを超える『あの人』が傍にいない淋しさ。
 もしも今、『あの人』がいてくれたら、どれだけ冴ちゃんに責められようとも、私は泣かなかっただろう。もしも泣いたら、『あの人』より冴ちゃんを大切にしているように見えてしまうから。もしも泣いたら、『あの人』との約束を悔いているように見えてしまうから。
 ……でも、今ここには『あの人』がいなくて……。
「冴子、俺だって大切な妹をライバルに盗られたくないよ。でも、美羽を泣かせてまで邪魔したくない。それに、結婚は大人にならないとできないだろう? だから、今度はこういう約束をしよう」
 私と冴ちゃんは、懸命に嗚咽を堪えながらお兄ちゃんを見上げた。
 お兄ちゃんが、私たちに平等の笑みを向けた。
「俺たちが結婚するまでに美羽の気持ちが変わらなかったら、美羽の好きにすればいい。でも、変わったら必ず俺たちと暮らすこと。冴子と俺は、結婚するまでに美羽の気持ちを変えさせればいいんだ。いいね」
 お兄ちゃんが右手の小指を立てた。私と冴ちゃんは、鼻をすすりながらその指に自分たちの小指を絡めた。
「指切りゲンマン。嘘ついたら針千本飲ーます」
 お兄ちゃんに釣られて、私と冴ちゃんも震える声で歌った。
「指切った」
 お兄ちゃんが軽く手を振り下ろした。
 不思議だけれど、指切りが終わると同時に私も冴ちゃんも鼻をすすりながらも泣きやんだ。
 私は指切りした自分の小指を見つめた。
 そして、揺るがない決意を胸に、ゆっくりと顔を上げた。
「あいつになんか、絶対にあげないんだから」
 目を赤くした冴ちゃんが、両腕でしっかりと私を抱きしめた。
 お兄ちゃんが、ホッとしたような笑みを深めた。
 私は二人へと強張る顔で笑みを作ると、心の中で何度も「ごめんなさい」を繰り返した。
 どれだけのときを隔てても、この思いは絶対に変わらない。
 大人になったら、私は『あの人』と暮らす。
 だから、二人とは一緒に住めない。
 それが、『あの人』との約束だから。
 『あの人』と同様に、私もその未来を望んだ。
 だから、私は大切な冴ちゃんを傷つけた。
 でも、後悔はしていない。
 『あの人』との約束は、私の一番の望みだから……。


 いくつか見る過去の夢。
 冴ちゃんを泣かせた夢は、必ずここで覚める。
 私は小さく唸った。
 問題は、当時の私がそこまで魅力を感じた『あの人』が誰なのかってこと。
 そして、その人といつどこで、どんな風に出会ったのか。
 そして、夢を見るくらい過去を引き摺りながら、どうして肝心なことを起きると忘れてしまうのか。
 高校生になろうという今、私は『あの人』の面影すら思いだせない。
 正確には、今も絶対に『あの人』を覚えている。
 ただ、夢を見ている間だけ思いだし、起きるとすぐに忘れてしまう。
 起きても鮮明に覚えているのは、冴ちゃんが大泣きしてから泣きやむまでのシーンと、私の感情のみ。
 あの頃の私のナンバーワンは、容姿がずば抜けている上に優しいお兄ちゃんと冴ちゃんだった。
 二人に相手をしてもらえる。それが、嬉しくて仕方なかった。
 だからこそ、一時いっときでも別の人が私のナンバーワンであった事実が信じられない。
 それほど、当時のお兄ちゃんと冴ちゃんは、私にとって絶対的で特別だった。
 そして今、私のナンバーワンは空白状態だ。
 もちろん、今でもお兄ちゃんと冴ちゃんが大好きだ。
 けれど、現実を知るにつれて、『ずっと一緒にいたい』という好きではなくなった。
 あれからも、私は冴ちゃんと共にお兄ちゃんの試合を何度か観戦した。
 ただし、クラブ内での紅白戦に限っていた。
 その夏の暮れ。お兄ちゃんは「外科医いしゃになる」と宣言をして、突然サッカークラブを辞めた。
 馬鹿がつくほどのサッカー好きだったお兄ちゃんに何があったのか、私は知らない。
 一変して、お兄ちゃんは勉強中心の生活を送るようになった。
 当然、金魚のフン同然の私と冴ちゃんも一緒に勉強をする。
 お兄ちゃんと冴ちゃんの成績はグングン伸びていった。
 けれど、注意力散漫ですぐに逃げてしまう私は別。今まで、テストで欠点はとったことないけれど、平均点を超えることはなかった私。お兄ちゃんたちと同じ高校に受かったのは奇跡に近いんじゃないかな。
「お兄ちゃんのサッカー、好きだったのになあ」
 小さな公園に差しかかった私は、フェンスを越えて道行く人にも花弁のシャワーを降り注いでくれる桜を見上げた。
 満開を少し過ぎた感じはあるものの、まだこれほどの花びらを残している木は珍しい。
 密集する住宅が風よけになったから、まだ見頃を保っているのかもしれない。
「……綺麗……」
 塞ぐ心を癒してくれる優しい色の花弁が、柔らかな風にフワリと舞う。
 私は愛おしさに目を細めると、舞い降る花弁へと指を伸ばした。
 途端、前から突風が襲ってきた。
「うわっ」
 眼前に片手を翳した私の聴覚を、木々のざわめきが支配する。
 吹き飛ばされそうになるショルダーバッグの紐をしっかりと掴み、私は目蓋を閉じた。
 風が弱まる。
 ゆっくりと目を開けた私は、木々を仰いだ。
 風を受けた反動で、枝々が花を散り急がせるように大きく揺れている。
「桜か」
 目を細めた私は、珍事件を思いだして小さく噴きだした。
 幽霊といえば柳が常識だけど、楠瀬家の場合、幽霊といえば桜になる。
 あれは、お母さんの二度目の結婚式だった。


 咲き乱れる桜に、埋もれるように建つ白い教会。
 そこで、お母さんたちは二度目の結婚式を挙げた。
 お父さんとお母さんが腕を組んで、バージンロードから教会の外へ。
 お母さんはブーケを冴ちゃんに渡すと、冴ちゃんがブーケを持って嬉しそうにクルクル回った。
 そのとき、お母さんが「あっ」と小さな声を上げたんだ。
 みんな、ちょっと驚いてお母さんを見遣った。
 すると、お母さんが門の片隅に佇む幽霊を見たと言いだしたんだ。
 サッカーボールを持った少年の幽霊だったそうで、怖がるわけでもなく、ただ純粋に「幽霊を見た」と感動するお母さんに、ホラー全般が苦手な私はただただ怖がり、なぜかお兄ちゃんは難しい顔をして、新しいお父さんと冴ちゃんは呆気にとられていた。
 結婚式に幽霊を見るなんて不吉すぎる。
 後々、この結婚が最悪なものになる気がして、私は涙ぐんだ。
「実は美羽、今のは幽霊じゃ」
 私に空色のハンカチを持たせると、お兄ちゃんが気まずそうに口を開いた。
 それと同時に、年配の神父様が声を上げて笑いだした。
 ギョッとした私に、神父様が二度大きく頷いた。
「ここは出ますよ。幸福の幽霊がね。見た人は幸せになるそうですから、安心して下さい」
 神父様が私の頭を撫でた。
 神父様が言うくらいだから、お母さんが見たのは幸福の幽霊だろう。
 私は泣いて迷惑をかけまいと、奥歯を噛みしめた。
「えーっ! だったらあたしも見る。見て、みんなが幸せになれるようにお祈りしなくちゃ」
 騒ぎだした冴ちゃんに、お兄ちゃんが肩を落とした。
「冴子、安心しろ。俺も見た」
 嫌そうな顔でお兄ちゃんが言った。
 お兄ちゃんも幽霊が怖いのかな?
 だから、さっきから変な顔をしているのかな?
「ホント?」
 冴ちゃんがお兄ちゃんの顔を覗き込んだ。
「ああ、お前と美羽の分は拝んどいた」
 お兄ちゃんが面倒臭そうに答える。
「父さんの分は?」
 新しいお父さんが自分を指差した。
「俺と美羽と冴子と母さんが幸せなら、十分親父も幸せだろ?」
 お兄ちゃんが盛大な溜め息をついた。
「あれが、幸福の幽霊ねえ」
 呟いたお兄ちゃんを見て、神父様が自身の
唇の前に人差し指を立てた。


 そういえば、あの結婚式の日に初めて冴ちゃんと会ったんだっけ。
 ドレスアップした冴ちゃんとお兄ちゃんは、まんま小さな花嫁と花婿だった。
 懐かしいな。
 愛しい思い出に、顔が綻んでいく。
 あの教会も今、満開の桜に囲まれているかなあ。
 桜の教会か。
 行きたいな。
 でも、今日は無理だよね。
 私と冴ちゃんのお姉ちゃんであるあいさんの進学が重なるからと、楠瀬家と和久井家の合同でお昼からお祝いだもん。
 腕時計を見る。
 今は一一時八分。
 いつまでも過去を引き摺ってないで、私も料理を運ぶくらいは手伝わないと。
 歩きだした私は、一際大きな喚声がした公園の出入り口へと視線を向けた。
 同時に、小学生低学年くらいの少年が、サッカーボールを追って公園から飛びだした。
「危ないっ!」
 叫んだ私は立ち竦んだ。
 全身から血の気が引いていく。
 白の乗用車が少年の横を走り去っていく。
 歩道ギリギリでボールを止めた少年はチラリと私を見ると、怒号がする園内へと「大丈夫大丈夫」と笑顔で手を振った。
 少年はボールを強く蹴ると、追いかけるように戻っていった。
 安心して気が抜けた私は、恐怖で冷たくなった指先を擦った。
 昔も、お兄ちゃんの試合を見ながら、何度も恐怖を味わった。
 サッカーって練習場所が限られるのはもちろん、グラウンドはグランドで転倒したりするから冷や冷やさせられるスポーツだ。
 だから、お兄ちゃんの試合を見るたび、私も冴ちゃんも興奮したり泣きそうになったりして大変だった。
 サッカーか。
 お昼まで、まだ少しだけ余裕があるし……。
「ちょっとだけ覗いて行こうかな」
 思い立ったら即実行。
 私は公園の出入り口へと向かった。

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