柴犬のお尻愛好会

高梨 千加

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告白と入部届 1

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 高校二年生に進級したばかりのある日。
 俺、中村なかむら大吾だいごは放課後の教室にいた。クラスメイトはもう皆、帰るか部活に行くかしており、教室に残っているのは俺とクラス委員をしている女子、副島そえじま柚希ゆずきの二人だ。
 副島から話があると言われ、俺たちは向かい合って立っている。

 開けた窓から入る風が俺と副島の間を通り抜ける。副島の肩より長い髪の毛がほんの少し風に絡め取られる。
 窓側に面したグラウンドからは、野球部のランニングしているかけ声が聞こえる。
 副島は髪の毛のことも気にせず、何やら真剣なまなざしで一心に俺を見ていた。
 その顔を見て、ごくりと唾を飲み込む。

 この状況で期待するなと言う方が無理である。恋だなんだと気になる年頃なのだ。
 副島が俺のことをそんな風に見ていたなんて知らなかったし、クラスでも可愛い方の女子という程度の認識しかなかったけど、放課後に真剣な顔で二人きりとくれば、アレだ。

 そう、告白!

 今まで十六年と少し生きてきて、告白なんてされたことのない俺は、知らずと頬が緩んでしまう。イケメンでもなんでもない俺のことを好きになってくれる女子がいるなんて、考えたこともなかった。

「あ、あの……」

 副島はとうとう何かを言いかけた。俺の心臓はドキドキと早鐘のように脈打つ。
 いよいよだ。
 と期待しながら待った副島の言葉は不可解なものだった。

「柴犬のお尻愛好会に入りませんか!」

 言われたことを理解できなかった。
 たっぷりと時間を置いてから、「は?」とようやく言葉を発する。

「中村くんが野球部を退部したって橋本先生に聞いて」

 副島は頬をピンク色に上気させ、きらきらと輝く瞳で俺を見ていた。

「ちょっと、待って。色々と理解できない」

 副島の前にパーに広げた手を出し、制止をかける。副島は首を傾げた。

「橋本先生ってうちの担任の?」
「そうです。我が柴犬のお尻愛好会の顧問でもあるのです」

 橋やん、何してるんだ。
 橋やんというのは、橋本先生のあだ名だ。どうしてそう呼ぶのかは知らないが、一年の頃にはそういう呼び名が定着していた。
 橋やんはまだ三十代だったか。教師の中では比較的若い方で、生徒と仲がいい男の先生だ。

「で、えーと、なんだっけ。柴犬の……?」
「お尻愛好会です」
「って、何する部活なわけ」
「何する……」

 むむむ、と副島がうなりだし、俯く。副島は俺より二十センチくらい背が低いので、俯かれると顔が見えない。
 というか、俺に表情を見られたくなくて、わざと俯いているとか。
 そこまで考えて、もしや……と思いつく。

「まさか、部活内容が決まってないなんてこと、ないよな」

 少しかがんで、副島の顔をのぞき込むようにして尋ねた。副島はとっさに目をそらす。
 これは当たりだ。

「部活内容の決まってない部活なんてあるわけ?」
「実は、うち、同好会なんですけど、正式な同好会じゃないんです。橋本先生は去年もわたしのクラスの担任だったんですけど、わたしが橋本先生と柴犬のお尻の素晴らしさで意気投合して、去年設立しました」
「橋やん、何してるんだ」

 これ、さっきも心の中で言った!
 さっきも言ったけど、何度でも言いたくなる。

「橋本先生も可愛い柴犬飼ってるんですよ」
「橋本先生もってことは副島も?」
「はい!」

 副島は満面の笑みで答えた。
 こういう顔を見るとドキッとする。副島は女子の中ではそこそこ、いや、結構可愛い方なんだ。

「あ、それで、設立したのはいいのですが、部員がまだわたし一人で」
「一人?」

 思わず大きな声になってしまう。

「同好会って一人でも設立できるのか」
「いえ、三人必要なんです。なので、今は仮設立状態で、正式に発足するためにはあと二人必要なんです」
「ふーん」

 と俺は何とも他人事な気のない返事をしてしまった。
 去年のいつ設立したのか知らないが、年をまたいでも一人のままで設立不可にならないなんて、変なところでのんびりした学校なんだな。

「それで、是非! 新しい部活の決まっていない中村くんに入部していただけたらと!」

 副島の意気込みを聞きながら、これが決して他人事ではなかったことを思い出す。

「いやいやいや、俺、柴犬なんて興味ないし!」
「大丈夫です! とっても可愛いので、うちの愛犬を見に来てください。一度見れば、柴犬の愛らしさとお尻の可愛らしさにメロメロになること間違いなしです!」
「メロメロになんかならないし、そんな変な部活には入らないから」
「変。変って言いました? 可愛い柴犬のお尻を愛でる素晴らしい同好会なのに!」
「そんな部活聞いたことないし!」
「では、全国にこの活動の素晴らしさを広めましょう。そうしたら、どこの学校にも柴犬お尻愛好会が……」
「できないから!」

 副島の言葉を遮るように言うと、副島は頬を膨らませて不機嫌な顔をした。
 あああ、こんな顔も可愛いと思ってしまう俺、やばくないか。
 何よりもだ。クラス委員で、真面目で大人しい女子だと思ってたのに、柴犬のことになれば興奮する変な女子だったなんて、ちょっとショックだ。
 男の幻想を返してくれ。

「とにかく」

 副島はコホンと咳払いをすると、脱線していた話を戻した。

「中村くんは去年、野球部を辞めてから、新しい部活に入ることなく、体験入部もせずにぼーっとしていると聞きました」

 情報源は橋やんってところか。

「うちの高校は、絶対にどこかの部活に入らなくてはいけない決まりですので、いつまでもこのままとはいかないでしょ。どこかに入るなら、うちでもいいと思うのです!」

 副島は胸の前で右手をグッと握った。
 確かに、うちの高校には帰宅部なんてものはなく、必ずどこかの部に入るという決まりがある。でも、それって、別に柴犬のお尻なんちゃらなんて変な部活でなくてもいいだろう。
 まともな部活はたくさんあるのだから。

「とにかくさ、柴犬とかお尻とか興味ないし」
「うちは柴犬を愛でるだけのゆるい部活ですから、運動部に入るより楽ですよ」

 糠に釘ってこういうことを言うのだろうか。
 何を言っても話が通じない気がして、遠い目になった。
 そもそも、どうしてこんなことになったんだっけ。
 俺は今までのことを思い返した。
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