柴犬のお尻愛好会

高梨 千加

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告白と入部届 2

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 俺は野球部でピッチャーをしていた。ボールを投げることが大好きだった。

 去年の夏の大会が終わったあとから、練習試合などで投げさせてもらえる機会が増え、練習量を増やした。
 その結果、冬になろうかという頃から肘に痛みを感じるようになった。俺はそのことを家族にもチームメイトにも顧問の先生にも、誰にも言わずに湿布を貼って誤魔化していた。

 そうして年が明けた頃。
 部活のピッチング練習中に、肘に激痛が走り、それ以降、ボールを投げられなくなった。
 病院に通っても、今まで無理しすぎていたようで、速い球を投げるのは難しいだろうということだった。

 最初に痛みが出たときに、隠したりせず、きちんと病院に行っていれば、ここまで悪化しなかっただろう。
 後悔が俺を打ちのめし、結局、失意のまま退部届を二月の終わりに出した。
 三月からは、何か部活に入る必要があるので、興味を持てるものを探そうと思ったのだが、うまくはいかなかった。
 俺は、野球にしか興味がなかったんだ。

 自分のやりたいことが見つからず、これから何をして生きていけばいいのかもわからず。
 チームメイトに合わせる顔もないので、みんなのことを避けながらも、放課後になると教室に居座って、野球部の部活風景を眺める毎日だ。
 一年のときも二年の今も、教室の窓からグラウンドを見下ろせる。窓側の席に座って外を眺めていれば、野球部が見えるんだ。

 混ざりたい。
 俺もみんなのように、汗水垂らして、ユニフォームを泥で汚して走りまわり、そして、球を投げたい。
 キャッチャーミットにボールが収まる瞬間の気持ちよさをもう一度、体験したい。

 そこまで考えて、いつもハッとする。
 どんなに願っても、俺はもうマウンドには立てない。

 そんな毎日を繰り返し、今日もいつものように野球部の練習風景を見ていた。
 夕方の四時半も近くなり、そろそろ帰ろうかという頃、副島が「話がある」と言ってやってきて、話は冒頭へ戻るのだった。


 現実逃避していた俺は、教室で副島に押し切られ、副島の家に連れてこられていた。
 副島の家は学校から歩いて十分という近さだった。

 肩から副島の体温を感じそうなほど近くで一緒に歩くという、正常な高校生男子ならドキドキする展開だというのに、副島の口から漏れるのは愛犬の話ばかりで、俺は正直なところ辟易していた。
 ときめきなんてものがカケラも湧いてこない。

 副島の家は、上下にクリーム色とベージュ色の二色に分かれた外壁に、赤い屋根の可愛い家だった。
 女子が喜びそうな感じだ。
 ちなみに、俺は生まれてからずっとマンション暮らしだ。

 副島は玄関ドアを開けると、「メロー」と愛犬の名らしきものを呼んだ。
 変わった名前だな、と思う。
 今日、なんか似た言葉を聞かなかったっけ。
 そんなことを考えていると、どこからともなく、チャッチャッチャッと小気味よい音が聞こえてくる。

 何の音だ。
 眉を寄せたところで、廊下の向こうの半開きのドアから、赤毛の柴犬が顔を出した。そのまま廊下を歩いてくる。
 柴犬が歩くたびにチャッと音が鳴り、どうやらそれは柴犬の足の爪がフローリングに当たる音だと気づく。
 柴犬はつぶらな瞳を副島に向け、ハッハッハッと舌を出し、しっぽを振りながら、副島の足下までやってきた。

「メロ、ただいま」

 副島は柴犬の顔をわしゃわしゃとなで回した。

「中村くん、この子がうちの柴犬のメロです」

 副島は俺に向き直り、メロを紹介した。メロもつられて俺を見る。

「メロメロになるくらい可愛いからメロって名前にしたんです」

 副島は尋ねてもいないのに、名前の由来の説明をした。その内容に、俺は脱力する。

「メロメロに可愛いからメロって、安直すぎだろ」
「安直? どこがでしょう」

 副島は本気でわかっていないようで、首を傾げている。
 副島の相手をしていると疲れる。
 頭の中を切り替えたくて、メロに目を向けた。

「体は大きいけど、なんか顔が幼いな」
「メロは豆柴なんです」
「豆柴?」
「小さな柴犬です。でも、そういう犬種があるわけじゃないので、豆柴として購入しても大きく育つことがあって、メロは大きく育ちました。でも、顔はちょっと幼いままなんですよね。これでももう五歳になります」
「へー。豆柴なんて初めて見た」

 俺はかがみ込むと、メロの頭をそっとなでた。メロは目を細めながらも動かず、されるがままとなっている。

「それで、メロのお尻なんですけどね」
「お、おお……」

 他人に聞かれたら変な誤解でもされそうな単語だな、と引き気味になりながら返事をする。

「わたしがメロの散歩をするので、そのあとを着いてきて、お尻を堪能してください!」
「は」

 また突拍子もないことを言い出した。

「俺が」
「わたしのあとを着いて」

 副島はにっこりと笑いながら復唱する。

「お尻を堪能?」
「はい! ぜひ!」

 がっくりと肩から力が抜け、床に手をついた。

「中村くん、どうしました」
「あーいや、いいんだけどさ、おまえ、もうちょっと言葉考えた方がいいぞ」
「そうですか?」

 副島は、何がおかしいのかわからないという顔で、目を瞬いている。
 今の言葉、柴犬のお尻の可愛らしさを教えるという目的を知らないやつが聞いたら、副島のお尻を堪能しろってことだと誤解する。

「とにかく、外では不用意に発言しないでくれ」
「えー。よくわかりませんけど、まあ、気をつけます」

 気をつける気なんてないだろ!

「俺、疲れた。もう疲れた」

 ため息をつく。
 俺がどうして疲れたのか全く理解していない副島は「大丈夫ですか、散歩行けます?」と慌てだした。

 大事なのは俺の体調よりも一緒に散歩することなのか。
 ああ、時間を巻き戻したい。戻れるなら、放課後の教室にいて、副島から告白されるのかもって誤解していた時間よりも前に戻りたい。

 項垂れていると、メロの瞳と目があった。
 メロのつぶらな瞳は澄んでいて、俺の方が悪いことしている気分になってくる。
 俺はもう一度ため息をつくと立ち上がり、副島を見下ろした。
 散歩に付き合えばいいんだろう。散歩に。
 で、お尻を見た結果、入部しませんって断ればいい話だ。

「行くか、散歩」
「はい! ちょっと待ってください」

 副島は嬉しそうに瞳を輝かせると、散歩の準備をした。
 俺は犬を飼ったことがないのでよくわからないが、ティッシュとか、ビニール袋とか、水を入れたペットボトルとか、色々と必要らしい。

 副島とメロと一緒に副島の家を出ると、街はオレンジ色に染まっていた。
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