セラフィエルの憂鬱

笑顔猫

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幼少期編

第15話 ナヤ

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 目的の村落は王都から馬でも一日はかかる距離だ。王都から一番近い町は馬で四時間と考えるとかなり遠く思えるが、森で遮られて遠回りをせざるを得ないだけであり、直線距離でいうと大したことは無い。

 私とアルベールは身体強化の魔術をほぼ一日中かけ続けることくらいは可能だ。一気に森を直線に駆け抜けて数時間でその『ウルネラ村』に到着した。

「……妙だな」

「変な空気だね」

 和やかな村人か賑やかな子供が駆けずり回っていると思っていたが、随分暗く、元気の無い村だ。

 何かあったか?
 我が父ユリウスは無能じゃない。あのソロンが素直に付き従っている姿を何度も見た。ヤツなりに学ぶべきだと考えている。
 王都からほど近い村落が暗い雰囲気などまともじゃない。

「人に話を聞いてみようか?」

「あぁ、頼む。私はこう見えても高圧的で傲慢な態度だとよく言われてしまうからな。村人に怖い思いをさせたくはない」

「……どう見ても高圧的で傲慢な態度だけどね」

 心外な。
 前世が近衛騎士で国王だっただけだ。

 アルベールが村にある一番大きな家へ向かい声をかけ、入っていった。

 私は村でも歩き回ってくるか。前世では散々見てきた世界だが、この時代の外は初めてだ。
 国も恐らく違うだろうし、文化も異なるだろう。

 田畑を見る限りでは野菜が痩せていたりはしていない。近くの川も見てきたが干ばつになる心配も無さそうだ。

 そもそもこの川は王都に流れているものと同一だ。問題があるなら王都にも被害がある。
 だのに、この嫌な雰囲気はなんなんだ。

 それに、この鼻につく臭い。

 嫌な予感がする。

 私もどこかの村人に事情を聞いてみよう。
 軽い皮鎧と大きめの剣を着用している私は村人には見えないだろう。警戒されるだろうが、女の子供だ。

 アルベールが入っていった家より少し離れた、恐らく畑の持ち主であろう家にノックをしに行った。

「私は王都の騎士に連なる者だ。この村の事情を聞きに参った。中に入れてくれないだろうか」

「え!?   は、はい。少々お待ちください」

 若い女の声だ。驚いているのは仕方ない。家に王都の騎士が来るなど普通の村人にとっては一大事だ。何も犯罪を犯していないのは分かっていても不安になるだろう。

 扉が開き、出てきたのは十五にも三十にも見える女だ。恐らく若いが、顔がやつれており疲労の色が濃い。
かなり老けて見える

「な、何かあったでしょうか……」

「たまたま寄ったが、どうも村の様子がおかしい。事情を聞きたい。立ち話もなんだから、中に入れさせてくれるか?助けが必要なら手を貸すぞ」

「いえ!騎士様を中に入れるなどできません。申し訳ありませんが、外でもいいでしょうか」

 はて、中に入れるなどできないとはまた酔狂だな。普通は逆だろう。

 私達は畑が一面に見える離れたところで立ち話をする事になった。
 この女の名はナヤと言うらしい。私はナヤに聞き込みを開始した。

「この村は元々暗いのか?」

「いえ、そのような事はありません。騎士様、助けて頂きたいことがあります」

 やはり何かあったな。
 ナヤの顔つきが、恐れから畏れに変わった。

「申してみよ」

「実は……病が蔓延しております」

 病…………流行病か?

「家に患者がいるな?だから私を入れようとしなかったのか」

「そうです」

 その程度なら浄化の魔術で対抗できる。アルベールの方も特に問題は起きないだろう。だが、原因は聞いておくか。

「出処の原因は分かっているのか?」

「一人、村の狩人が魔物と対面した後から具合が悪くなりました。最初は咳が出ていただけなので、持ち前の体力で治ると思っていましたが……」

 そこまでは普通の風邪や流行病にありがちだ。村の衛生状態や年齢によっては重症化もするだろうが、通常は数人が感染する程度で治まる。
 
 だが、そうはならなかった。

「そうか、魔物の毒か……」

「恐らく。その狩人は咳が止まらず、最終的には身体中に無数の黒い斑点が出てきて、手足が黒く染まり……うぅ」

 そんな毒は聞いたことが無い。突然変異か、似た新種か。
 悲惨な最期だっただろう。

「ただ不思議なのは、相手にした魔物はそのような毒を持っている魔物では無かったことです」

「何?どういう魔物だ?」

「ディアサーペントです」

 ディアサーペントとは大型の蛇だ。毒そのものは持っているが、相手を動けなくし、安全な住処へ持ち帰って捕食するための麻痺毒だと本に書いてあった。

 流行病のような症状を引き起こす毒、ましてや黒い斑点ができるなど……。ただ事ではない。

 …………流行病?


「他に患者がたくさんいるのか?」

「……はい。家の中には母が。もう既に全身の痛みを訴えてから意識が朦朧としてます。……もう長くありません」

「見せろ」

 治るか分からんし、私に出来ることなどたかが知れてる。そもそも治癒なんざ全てクロエに任せていたため得意にしておらん。

 だが……見過ごせない。



 
 
「うっ……これは...」
 
 家の中に入った瞬間、強烈な腐敗臭がした。
 
 前世で嗅いだことはある臭いだ。これは、千切れた手足をそのままにした、肉の腐敗臭だ。過酷な戦場を生き残った奴はみんなこの死臭に吐き気を感じる。
 ……私も慣れてはいるが、嫌な臭いだ。

 そして、ナヤの母親の姿を見た。

 
「……これは無理だ」


 私は目を細め、静かに胸を痛める。 
 両の手足は黒く腐っており、身体には黒い斑点。そして昏睡している身体からは強烈な腐敗臭が漂っている。生きていても死んでいるようなものだ。
 もはや痛みを訴えることもできない。

 ナヤは改めて見た母親の姿、そして私の発言に嗚咽を漏らし泣いていた。

「ナヤ、ナヤ。落ち着け。だが、このまま放ったままにした方が残酷だ。……母に別れを告げろ」

 この母親はもうダメだ。全身に毒が回ってしまっているのだろう。浄化の魔法はかけたが、解毒にはならん。

「うぅ……お母さん……ごめんなさい。ごめんなさい……」

 ……罪の告解。お前の罪は母の死によって償われるのだろう。お前自身の罪が何かは知らん。ナヤ、お前がこの先無事に生きる事を願う。

 そして、これはユリウスの罪ではない。突然変異の魔物が今までの性質と異なる強毒を持つ事など誰にも予想できない。たまたまウルネラ村が被害を被っただけだ。

 これは、伝えねばならない。
 私の役目だ。

「ナヤ、お前の母をこれ以上苦しめたくない。一思いに心臓を貫く。恨むなら私を恨め」

「いや、やめて、やめて……やめて…………お母さん!」

 ナヤは涙を止めなかった。
 
 私が王城で自分のための鍛錬をしている間、我が国の民は病により手足を腐らせ、もはや痛みを感じる事すらできなくなった。

 この罪は、その手で親を殺してしまう罪は、ナヤが背負うものでは決してない。
 国が、王族が一手に請け負うのだ。それが、王である者の罪なんだ。

 大きく泣き崩れるナヤが、私の力の無意味さを物語っているように感じる。

 私が涙を流しても、そこには何の意味もない。


 私は感染を止めるべく、ナヤの母を焼き払った。
 
 


「ナヤ、他に感染者の遺体はあるか。全て私が焼き払う」

「…………」

 話を聞いてくれなくなった。
 自分の母親を殺し、焼いたのだ。口も聞きたくないのは当然だ。そこに理由があろうとも、心が納得しない。

 しかし、どうするか。
 アルベールと合流し、対応するか。

「共に来た騎士と合流する」

 私がそう言うと、呆然としていた肉付きの無い身体がこちらを向いた。

「そうですか……」

 目に力が無い。
 この何も無い村で唯一の肉親が殺された事実は、彼女の心を蝕むだろう。

 だが。
 だがな小娘。

 お前は生きねばならないぞ。

「ナヤ、健やかに育ち、育め。母が死のうと、お前は生き残った。お前の母は、お前だけには死んでほしくなかっただろう。母の意志を継ぎ、お前は子を産み、この惨事を伝えていくのだ」

「私が、お母さんの……」

 俯いていたナヤが顔を上げた。

「お前が死ねば、母の命は無意味になる。お前が生きねば母は無駄死にだ」

 また涙が出てきた。
 ナヤも私も、すぐに涙が出てしまうな。

「なればこそ、お前が生きていることに意味がある。母親の意志を継ぐことは、お前にしかできない役目だ。ナヤ、非業の死を遂げた母のために、戦え」

 ナヤは力強い目でこちらを睨んだ。
 生きる意味を考える事は難しいだろう。

 この凄惨な村には生きる目的が必要だ。

「……貴女の事が、嫌いです」

 思い切り睨みつけられてしまった。
 
 ハハッ、なんだ。
 いい瞳を持った美しい女じゃないか。
 
 抱きしめてやったら殴られるだろうか。

「私は私の役目を果たす。病の感染拡大をなるべく抑えてやる。泣いてもいい、悲しんでもいい。でも、その後は必ず立ち上がるんだ」

 もうナヤに言う事はない。

 既に背を向けたナヤを横目に、私はアルベールと合流しに元の場所へ引き返した。

  
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