セラフィエルの憂鬱

笑顔猫

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幼少期編

第14話 脱走

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「外が見たい!」

 私は叫んだ。
 私は王族なんだから、これまで民の生活をあまり見ていないというのはおかしい。
 アルベールと私の実力をもってすれば悪漢の二十や三十はどうということはない。

「で、でも僕も学園へ行く時以外は、外に出てないよ?」

「それはお前が自ら出てないだけだ引きこもり。それに学園にもまともに通っていなかっただろうこの不養生め。王族のくせに民との交流が無いのは不自然だとは思わないのか?」

 そう、不自然だ。
 なんなら私は民どころか世話をするメイドを除き、
 私自身、本やメイドの話で外の世界を知った気でいた。前世のせいで想像できてしまう分、新鮮さも無かった。

 よくよく考えれば、おかしな話だ。

 これはいけない。
 そう思って講義ついでにエヴァンに聞いてみたのだが。

「そ、そもそも王族は学園に通う歳まで外にお、お披露目しないというのがあったような……」

「は?   十二歳まで外出を控えろというのか?」

「僕に怒らないでよ!で、でもそういうのがあった気がするよ。興味が無いからわ、忘れてしまったけど」

 私はこの国の常識に疎い所がある。数少ない私の弱点だ。あまりに常識的な事を尋ねると妙な勘繰りを起こされかねないから聞けずじまいな事が多い。
 学園についてもそうだった。

 だが、子供を十二歳まで家に閉じ込めるとは納得いかん。庭や敷地内の外に出る事はできるが、これでは民の生活が分からん。
 アルベールの情操教育には不適切だ。

「どうにか外に出る方法は無いか?」

「う、うーん。そうだなぁ。魔術の実験がしたいから広い土地に案内して欲しいとか?」

「それでは外に出ることが目的になってしまう。私の目的はアルベールに民の生活を見せることだ」

 エヴァンはその限られた脳みそで必死に考えてくれている。私の為ならその大事な脳のリソースを意外と割いてくれる事が多くなった。

「む、難しいよ。それこそ抜け出さないと……」

 !!
 そうか、抜け出せばいいのか。
 大人を説得する事ばかり考えていた。

「……ありがとうエヴァン。大変参考になった」

「えっ。ま、まさか」

「…………大変参考になった」

 私は真面目な顔で頷いた。



 ◇◇



 そうと決まれば話は早い。
 アルベールを勝手に巻き込んだ計画を練り、どうにか抜け出す算段をつける。
 また、抜け出す先を考えなければならないだろう。

 アストリアの王都はよく栄えており、人口も多い。露店や劇など様々なものがあるという。
 だが、そんなものは学園に通い出せばいくらでも見れる。

 私はあえて郊外の方に行きたいのだ。
 そこには王都では見れない民の生活が、王族にとっては私達に生活があると思うのだ。
 私は、それを見たい。そしてアルベールに見せたい。
 
 ただ、郊外は遠い。大人をだまくらかし、少しの時間抜け出して土地を観察して戻ってくるとなると相当の時間を食うし、そんな時間はあまりない。

 そうだな、ここは…………。



「で、俺に話がきたって訳か」

「はい。子供に外の世界を見せないなど、国の損失にしかなりません。子供の情操教育に有用ですし、それが今後の人間形成に大きな影響を与えます」

 ソロンに話を持ち込んだ。

「その子供が、情操教育が必要そうに見えないんだが?」

「何を言いますか。私ほど尊敬の心が足りない子供は、私を置いて他にいませんよ」

 またソロンが苦笑いした。
 こやつは私と会話する時苦笑いしかしていない。

「確かに、それは言えてるな。それで、どうやって脱出するんだ?   メイドの監視もあるし、王城の外には騎士団が駐屯している」

「そこは私の魔術でなんとかしますよ。アルベールもいますし、二人で力を合わせれば出来ない事は何一つありません」

 私は自信満々にそう言い放った。
 私が苦手とする事も、できる限り教えた。具体的には、精密な演算術式を必要とするタイプの魔術だ。
 アルベールはこれを既に実戦レベルにまで仕上げている。精緻な魔術に関しては、既に私の力を超えていると言っていい。
 
 私が出来るのは、魔力をフル稼働して力いっぱい自分を強化すること。
 そして、あの黒い魔力を用いた"魔法"のみだ。
 私はそれだけを鍛え上げた。私が得意としている魔術以外は、逆に苦手だ。

 だからこそ、私の下手な隠密魔術が誰かに察知される無様な真似をしでかした訳だ。

「んで、俺の役目は?」

 ソロンが続きを促す。

「ソロン兄様には、私たちが仮訓練場で一日中籠って勉強と訓練を続けているというアリバイをお願いします。ソロン兄様の言ならば、誰も追求できないでしょう。そもそも私達に用事のある人間はほとんどいません」

「ふぅん。で、俺のメリットは?」

 やはりそうか。タダで協力してくれるほど甘い人間ではなくなった。ソロンは学園卒業後、父上の元で政務を手伝っていた。
 外交関係や利害関係、それに癒着の問題。様々な物を見聞きしたソロンは、私たちが幼かった頃のソロンとはまるで別人だ。

 根元は変わらないが。
 今回も引き受けてくれそうな辺りを見ると、まだまだ私達に甘いところがある。

 もちろん考えていた。ソロンのメリット。すなわち、交換条件を提示させればいい。
 限りある私たちの財産の中でソロンが喜びそうなもの。

 それは。

「私達二人の力を一日だけ自由に扱える権利、というのはいかがでしょうか?」

 戦力だ。
 ソロンはこの価値を果たして理解してくれるかな?

 その瞬間、ソロンの形相が歪んだ。

「……わははは!いいだろう、その程度のことでお前たちを手足のように使える権利を貰えるなど僥倖だ。お前のささやかなその願い、叶えてやろう」

 まるで魔王のような凶悪な笑みだ。
 頼る相手、間違えたか?

 

 
 数日後、私はアルベールとソロンに計画を伝え、修正し行動に移す。
 まぁ、私程度が考える計画だ。大変杜撰だが、私達なら決行できる。

 まずはいつものように仮訓練場へ向かう。アルベールも普段のように来る。
 ここへはいつもメイドを伴って来るが、この仮訓練場に入れば数時間は出てこないなど当たり前だ。
 中に飲み水や軽食が大量に用意されており、メイドが補充しなくても数日は過ごすことができるだろう。

 その為、メイドには私たちの事を待つ無駄を何回も懇切丁寧に説明してある。まぁ、居たとしてもあまり関係無いが。

「来たなアルベール」

「はい。ソロン兄上も外で待機していらっしゃいます」

 計画通りだ。
 ソロンも上手いこと動いてくれるだろう。何故なら私たちを自由にできる権利が餌としてぶら下がっているんだ。
 ソロンとしても絶対に成功させたいことだろう。私達以上に緊張しているかもしれない。

「よし、実行だ。行くぞ」

「うん」

 私達は隠密魔術をお互いにかけ、仮訓練場を出る。
 ソロンは暇そうに仮訓練場手前の部屋で本を読んでいる。

 目指すは南東だ。
 南東は王城に入るための門が無く、ただの壁だ。私たち程度なら魔術を使えば飛び越えられる。
 それに、門が無い事で騎士も待機していない。そして、南東方面に真っ直ぐ行くと小さな村落がある。

「アルベール、術をかけ直せ」

「うん。なんだかワクワクするね。外を見るために城を抜け出すなんて、まるでおとぎ話のお姫様みたいだ」

「私たちの存在は数百年後まで語られ続けるだろう。おとぎ話の最中だと思えばいい」

 王城の高き壁を駆け上がった時、アルベールは瞳を輝かせていた。


  
 道中は森や草原を駆け抜けることになる。馬などは無いし目印も無い為、方向をしくじれば私たちは忽ち遭難者だ。

 まあ、そこは日の出のタイミングと魔術的な痕跡を残す事で大体の方向が分かるだろう。
 カストルム帝国近衛騎士流、森の駆け抜け方講座だ。この世界でも通用するだろう。

 まぁ、南東の森は大した脅威の無い普通の森だ。一般人が入るなら危険はそこら中に潜んでいるだろうが、私は平気だ。
 だが、アルベールにとっては初の森だ。全てが新鮮に映るだろう。

 

「姉さん、これが虫なんだね……!」

「あぁ、デカイだろう。王城では虫除けの結界が魔道具によって張られているらしいからあまり見かけないだろう」


 
「姉さん、木ってこんなに大きくなるんだね。庭に生えてる木なんて、森にすれば雑草だ」

「そうだ。大きい木というのは下手をすれば数千年前から生えてる物もあるようだ。木工芸術というのは、先祖代々よりも前から生えてる木を切り倒して作り上げられた罪深き作品だ。そこに美しさを感じるか、儚さを感じるか、人間の業の深さを感じるか。人間の感性とはつまりそれを感じ取る能力のことだ」

 

「姉さん、あれ魔物じゃない?」

「大したことないヤツだが、初めての魔物だな。あれはグレートファングだ。アルベール、身体強化の術をかけて蹴り上げてみろ。本気を出せば破裂するから返り血には気をつけろよ」



 アルベールは終始にこやかだった。
 余程楽しかったに違いない。

 ほぼ一日を費やした草原と森の旅路は終わりを迎えた。

 
 そして目的の村落に到着した時、私たちの笑顔も消えた。
 

 
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