セラフィエルの憂鬱

笑顔猫

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幼少期編

閑話 アルベール・ルシアン・アストリア

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 僕はアルベール。
 アストリア王国第三王子だ。

 あまり昔のことは覚えてないけど、姉さんの事についてならよく覚えてる。

 あの日、あの時。
 僕にとっての運命の日。

 『父と母を、お前の大事な人を守れる偉大な人になりたいか?』

 当時は正直言ってよく分からなかったよ。なぜなら、三歳だったからさ。姉さんがおかしかったんだ。

 その日から僕は、地獄のしごきを受けた。
 切り傷、裂傷は当たり前。気絶するまで走り込みをさせられたり、死ぬ寸前まで殴打されたりした。

 でも僕は姉さんを信じてたんだ。何故かは分からないけれど、幼い僕は姉さん以外とあまり話さなかったから。

 そう、幼い僕にとっては唯一と言っていいほどの庇護者だったんだ。強く痛めつけられ、厳しく指導されようとも、その愛情は伝わっていたんだ。

 当初は恐かった姉さんが、次第にその圧倒的な力を見せつけるようになり、憧れに変わっていったんだ。
 
 姉さんの言葉は絶対だ。文字通り血の滲む指導を受けた僕にとってそれは当たり前だ。
 
 僕の世界には、姉さんしかいなかったんだ。

 それは、今になっても変わらない。
 僕の世界には、姉さんがいればいい。

 でも、姉さんはずっと何かを隠してる。何かは分からない。でも、幼い頃から賢かった事の理由の一端なんじゃないかと思ってる。

 姉さんの気持ちを少しでも理解できるよう、母さんに教えを乞うた。人の気持ちとは、人の仕草とは、人の感情とは。

 練習がてら、姉さんにバレないようにあの悲惨な死体があった『ウルネラ村』の村人に尋問をしたりもした。嘔吐する演技はちょっと辛かったけどね。口に手を突っ込んで無理やり吐いたんだ。
 そうして少しずつ姉さんの事が分かってきた。

 一言で言えば姉さんは、孤独だ。
 
 誰にもその存在を明確に表すことは出来ない。
 母さんは言葉にしていたけれど。

 『異質な魔力と、異様な頭脳と、異常な剣術』

 そう言っていた。
 でも、僕はそれでも足りないと思う。
 
 誰も姉さんの力に近付く事ができないこと。
 僕らに打ち明けられない秘密。
 身内でさえ切り捨てる覚悟。

 姉さんは、ひたすらに孤独だ。僕も姉さんに鍛えられてそこそこ強くなってはいる。そんな僕でもソロン兄さんには勝てない、もしくは互角な気がする。そして、そんなソロン兄さんが束になっても姉さんには勝てないだろう。

 それでも、姉さんはまだ力を付けている。多分、

 今になっても姉さんの目的が分からないんだ。おかしいだろう。
 これは僕を信用していないんじゃなくて、本当に話せない事なんだ。
 そして、それは姉さんの異質な魔力と、異様な頭脳と、異常な剣術が関わっている。
 それに父さんも昔指摘していたあの口調。僕らの周りであんな話し方をするのは父さんだけだ。でも姉さんは父さんを特別視している訳じゃない。
 つまり、元からあの喋り方なんだ。
 最後に、入学試験の帰り道の言葉。

 『昔を、思い出した』

 
 姉さんは多分、過去の記憶を持ったまま転生している。


 そうじゃないと説明できない事が多過ぎる。

 でも、それにしたっておかしい。記憶を持ったまま転生するなんて物語があったとして、普通の人間なら王族という身分を使って何をする?
 多分だけど、多くの人が贅沢をする選択を実行する。それができる立場なんだ。誰だってそうする。
 それに、あの異常な努力も説明がつかない。もし僕が今のまま次の人生を歩んだとしたら、努力はむしろ減るはずだ。

 でも姉さんはしない。それどころか、この世の誰よりも壮絶な訓練を一人でひたすら続けている。
 
 ……今のままじゃ力が足りないとしたら。
 そこまでして勝てない相手と、現実的に戦う想定をしている事になる。

  
 一体何と……?

 
 分からない。
 姉さんは、僕に何も話さない。

 ただ、一つ気になることはあった。あの学園の入学試験の帰り道。ティナとかいう身の程知らずに絡まれた姉さんは珍しく、本当に珍しく怒りを顕にした。

 姉さんは怒らない。

 そもそも、姉さんはあまり感情を表に出すことが無い。もちろん感情が無い訳じゃなく、あえて抑えているみたいだ。
 絶対者として常に冷静にいるために、大きく怒りもしないし、大きく喜びもしない。

 そんな姉さんが、初めてあそこまで怒りを向けた相手。いらない首を切り捨ててやろうと思い、その足りない頭を地面に固定してやったんだ。

 でも、その直前。
 怒りを抑えられなかった姉さんが放った言葉。

 『あの女が』

 あの女。
 それまでセラフィエルの事について話していたはずだ。

 僕はあまり興味がなかったが、セラフィエルとかいう神がこの世界を見守っているのだと信じている宗教があり、それに所属している光神教徒がいる。

 僕の記憶によれば、セラフィエルに性別は存在しないはずだ。

 個人の趣味趣向で女神派と男神派がいるが、争っている訳ではない。聖書に対しての解釈が若干異なるだけで、信じている考え方の根本は同じだそうだ。

 姉さんは、光神教など興味は無いはず。

 にもかかわらず、女神だと信じている。
 そうじゃなければあの場で『あの女』と言わないはずだ。心から女神だと信じている。

 
 


 荒唐無稽な話かもしれない。
 意味の無い思考かもしれない。

 でも考えざるを得ない。

 姉さんは、セラフィエルが女神だと知っている。


 あぁ、そうか。
 姉さんは、セラフィエルと戦うことを……。

 でも、何故?
 いや。それこそがなのかもしれない。

 
 もしそうなら……姉さんはこの世界で誰にも理解されない存在だ。
 
 究極の孤独。
 
 圧倒的な力で人を寄り付かせないとか、あの黒い魔力で忌避されるとか、そんなのとは比較にもならない最悪の孤独だ。
 姉さんは、それを日頃感じているのかもしれない。

 更に、それを誰にも打ち明ける事ができていない。

 まるで悪夢だ。なぜ正気を保っていられるのか、不思議な程だ。

 姉さんは僕を『王国の守護者』と言っていたけれど、そんなつもりは微塵も無いんだ。
 僕はね、姉さんの騎士でいたいんだよ。一人孤独に戦う姉さんの背中を守り通す騎士になりたいんだ。
 王国の守護者なんてものは乳飲み子マザコンのソロン兄さんに任せるとするよ。

 転生者という仮説を母さんに話した事は無い。でも母さんもここまでは辿り着いてるはず。
 あの人は化け物だ。僕らが分かっている事は何でも知っていると思った方がいい。

 でもセラフィエルに関しては、気づいてないだろう。姉さんはそこまで決定的なものを見せない。

 ……母さんも母さんだ。
 
 姉さんは気づいてないけど、母さんはルベリオを嫌悪してる。
 姉さんに婚約者ができてからすぐにルベリオの様子がおかしくなった。
 あの姉さんに婚約者を用意したのは母さんだ。それに、母さんはルベリオ第二王女だけど、第一王女のサリアとは不仲。ルベリオの上層部からも相当無茶な要求をよくされているらしい。

 それに、決定的なのは母さんの恋愛結婚説だ。
 あの化け物が恋愛結婚なんかする訳ない。
 
 これは母さん自身の策略だ。
 アストリア王国の王妃という立場で、為すべき事があるんだ。
 

 ……姉さんを利用してルベリオを滅ぼすつもりか!


 この考えに辿り着いた時、怒りで身体中の血液が沸騰しそうになった。

 とすれば、あの不可思議な学園の襲撃も……。
 
 そんな事はさせない。
 そんな事は僕が許さない。

 姉さんは僕が守るんだ。
 他の誰にも守らせやしない。


 姉さんはやるべき事があるはずだ。
 前だけ向いていればいい。

 露払いは任せてよ。
 誰にも邪魔させやしない。


 どんな手を使ってでも、絶対に。
 

 
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