セラフィエルの憂鬱

笑顔猫

文字の大きさ
30 / 35
学園編

第29話 告解

しおりを挟む


「あんた、どうしたのよ……」

 その日、寮に戻った私を驚いた目で見たティナ。

「どうもこうもない。話しかけるな」

 八つ当たりで魔物を数十匹ほど殺し尽くしたが、怒りが収まらん。いけないと分かっているが、負の感情が私を責める。

「ダメよ。話しなさい」

 私に命令するのか?
 殺意を持って振り返ったその瞬間、目に入ったのは涙を堪えるように顔を顰めたティナの表情だ。

 私は、十三の子供に殺意をぶつける程乱れている。

 だが、クリスタの事ならまだしもソロンの事は話せない。次期国王に内定しているんだ。ソロンの良くない話を貴族に吹聴するなど、翻意があるとみなされてしまう。

「……信じていた者に、裏切られた。ただそれだけだ」

「そ、それだけって……。イザベラ、詳しく聞かせなさい」

「ダメだ」

 それだけはダメだ。ティナを巻き込む訳にはいかない。クリスタの件は、単なる私への裏切りではない。
 国家と宗教、そして前世という複雑な要素が絡み合い、揉みくちゃになっている。
 ティナを巻き込んでしまえば貴族の大家に影響し、王国が揺らぐ可能性がある。それだけはまずい。

 だが、ティナも引き下がらない。

「あのね、イザベラ。あんた今見た事ない顔してんのよ。裏切りなんてあんたにとって大きな問題のはずで、強いストレスを感じたはずよ。それを誰にも話さなくてもいいから……話せない事もあるのは分かってるから……お願いだから抱き締めさせて……」

 ティナは大粒の涙を流しながら私を抱き留めた。

「王族だからといって、強くなくてもいいのよ……」

 私の服を濡らしながらそう言うティナ。
 私は、王だった。でも、それ以前に騎士だった。

 たった一人愛した女を守り切る事のできない、未熟な騎士。
 新しく生まれ直しても、身内からも友人からも裏切られる蒙昧な騎士だ。

 そんな者が強いわけがない。

「私は、どうすれば……」

「お馬鹿ね。ゆっくり私を抱き締めて寝ればいいのよ」

 そうか。
 未だ十三の小さな娘にここまで慰められるとは思わなんだ。

 だが、今日は。今日だけは。
 
 その大きな器に、少し甘えさせてくれ。

 

 ◇◇



 ふと目覚めた。
 ティナのベッドだ。

 あぁ、情けなくも抱き締められ、慰められたのだった。

 ……また、魔力の質が向上したな。

 負のエネルギーは私を強くさせる。
 皮肉なものだ。弱い私は、弱くなればなるほど強くなる。

 セラフィエルに勝てる頃には、私には何が残っているのだろうか。家族も、友人も、感情すらも全て負の力に変換されていく。

 どれほどの原罪を持つというのだ、私は。

「イザベラ?もう起きたの?」

 おや、ティナは起きていたようだ。机に向かって座っている。
 同居人の勉強の邪魔をする訳にはいかんな。

「ああ。もう大丈夫だ」

 またも心配そうな顔でこちらを見てくる。
 お礼を言わなければならないな。

「ティナ、助かった。ありがとう。お前がいてくれてよかった」

 そう言うと、ティナは笑顔で応えた。

「もう夜か。少し出てくる。門限までには戻る」

 外の空気を吸いに行く。

「私もついて行く?」

 気遣いのできる女だ。だが、無用だ。

「心配いらん。門限までには戻る」

 少し、やっておきたい事があるんだ。



 外に出た私は、とある魔術を組み上げる。これは、呼応の術式。特定の魔力波長を持つ相手に小さな振動を与える術式だ。
 つまり、アルベールを呼び出している。

 しばらくすると、見慣れた男前が走って現れた。

「姉さん、どうしたの?」

「少し顔を出せ」

 それを聞くとアルベールは顔を顰めた。

「何かあったんだね」

 その通りだ、我が弟よ。


 
 そのまま寮の裏手にある川向うにたどり着いた。密談するならここにすると約束していたんだ。

「私の力がソロンとヴォルコフに暴かれた」

「!!」

 アルベールは目を剥いた。

「私の唯一の友として行動していた女がヴォルコフだった。もちろん偽名で「クリスタ・ウィンドミア」と名乗っている。一学年Cクラスの栗毛の女だ。だが、問題はそこじゃない。ソロンだ」

 神妙な顔つきで聞いていたアルベールが口を開く。

「分かってるよ姉さん。ソロンの監視がまだ続いてたんだね。……あの愚兄は必要なのかい?」

 おお、怖いアルベールだ。私の為に動く時は大抵この顔になる。

「必要だ。ソロンが死ねばエヴァンが次期国王だが、奴は辞退するだろう。お前が国王になどなれば必ず暗殺を疑われる。それに、ミネルヴァが敵対するのは避けたい。奴の権力は絶大だ。昨日の友が今日殺しに来る事だって日常になる」

 そう、ソロンは私をどうこうするつもりは今のところは無いはずだ。何故なら、危険な理由を知っているから。危険度を分かっているから、手を出せばどうなるかも分かっている。
 故に安全。逆にソロンを殺してしまえば全てが敵になる。

 私達は国を追われ、逃避行になるだろう。

 二度目の逃避行など、御免被る。

 そして、実際私の力は危険なんだ。制御が甘い災厄など、放置しておく方がどうかしている。
 ユリウスとソロンはまだ優しい方だ。私が王ならば既に危険分子として殺しているだろう。

 だが、これは私の力を正確に把握していないからだとも言える。もし、ソロンの勘違いで私を殺してしまった場合、大問題になるだろう。
 アルベールは発狂し、アナスタシアはルベリオに戻る。下手をすれば戦争だ。周辺国を巻き込むかもしれない。

 そうなれば崩壊だ。秩序無き国政になる。それだけは避けなければならない。

「アルベール、慎重に行動しろ。私は国家の崩壊は望まない。だが、ソロン達は私を警戒する事を止めないだろう。私たちの行動で警戒を解くしかない。……私の力の制御さえ上手くいけばこんな事にはならん。すまない」

 真剣な顔付きのアルベール。こやつは、埒外の力を持つ姉をどう感じているのだろうか。

「姉さん。心配しなくていいよ。僕は姉さんを裏切らない。他の人は、いらないよ」

 ……内心を見透かされていたか。さすがだな。

 私は、何がしたいのだろうか。
 この世界で、何を成し遂げる事を望まれているのだ。

 『魔神』

 その存在は、未だ掴めない。
 
 私は未だ、神々に翻弄されている。



 ◇◇



 それから、二年の月日が経った。

 私達は十四歳になった。この歳にまでなると、身体つきはほとんど大人だ。

 表面上はクリスタと仲良くしながらも学園の生活は続いていた。
 今後の事を考えれば学園はきちんと卒業した方がいい。わざわざ攻撃される材料を与える事はしないでおく。

 アルベールは未だにAクラス、というか三学年の星だ。この二年で背も大きくなり、より逞しく成長した。すでに学園内どころか国を見渡してもアルベールに勝てる存在は片手に収まるだろう。

 ティナもよくアルベールに合わせて行動してくれている。そこそこの頻度で魔術を教えているお陰か、もう基礎魔術理論は完全に把握している。
 あの魔法への信仰心は何処へやら、こちらから積極的にならずとも魔術の虜になっていった。


 エイルは……。

「うわぁん!やだよォ!ヤダヤダヤダー!!」

「うるっさいわね!出て行きなさいよ!」

「うわぁーー!イジー!!離れたくないよォー!!!」

 情けない悲鳴を上げている。
 
 そう、エイル卒業の年だ。それの時期が迫っている。

 

「エイル、落ち着け。卒業後は婚約者として行動するんだろう。アストリア王家の世話になれ。あそこなら私も行く事があるし、卒業後はそっちに戻る。私がそうしろとソロンに手紙を送っておいた」

「え!本当かい!?……でも今は離れたくない気分なんだ!うわぁん!」

「あんた本当にうるさいわね!魔法ぶっ放すわよ!」

 同居人のティナがお怒りだ。
 まぁ、もしティナの婚約者がこんな所で泣き叫んでいたら私もぶん殴って追っ払っていただろう。

 私は王族だから、婚約者を部屋に招く事は半分無理やり寮長に納得させた。
 内緒話をするには打ってつけだ。

 それに、エイルは女だ。問題は起こらないだろう。

「全く、学園の王子様がこんな様になっているなんて知られたら……アンタを慕っているみんなが気絶するわよ?」

 はは。見てみたい気もするが、明かす気はない。

「私の前だけだからな。許してやれ、ティナ。こうして我儘を言えるのも私の前だけなんだ。エイルには重い枷がある。解放させてやるのも人徳だ」

「あぁ~!僕の事をそんな風に言ってくれるのはイジーだけだ!愛おしいよォ~!離れたくないよォー!!」

 まぁ、少々頭のネジが取れてしまっているが、優秀な私の犬だ。その優れた嗅覚は筆舌に尽くし難い。

「はぁ……。あんた達がラブラブなのは良いことなんでしょうね……。巻き込まれる側はたまったもんじゃないわ」

 そんな呆れた事を言うティナも、もう大人の年齢。少々身長が小さい気もするが、気にしているらしいので言わぬが花だ。

 そういえば、聞いてなかったな。

「エイル、ティナはどんな匂いがするんだ?」

 エイルはビクッとして動かなくなった。

 ……なんなんだ?

「ティナ嬢は……言わなくちゃダメかい?」

 当然だろう。私が聞いているんだ。

「え、匂い?私ヘンな匂いする?なんで?」

 ティナは何も知らない。見当違いな事で慌ただしくしている。

「エイル、どうした。言え」

「…………」

 黙り込んでしまった。
 
 これは…………まさか。

「え、何なの?何なの?なんの話?」

 ティナは慌てている。 

 おいおい、頼むよ。変なことは言わないでくれ。

 頼む。


  

「ティナ嬢は…………裏切りの匂いがする」




 世界が凍りついた。
  
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

処理中です...