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学園編
第30話 裏切りの匂い
しおりを挟む「ティナ嬢は…………裏切りの匂いがする」
は?
裏切り?
……誰を?
「……」
ティナは愕然とした表情でエイルを見ている。
これはどっちの反応だ?分からん。
「正直、イジーとの信頼関係がある相手の事を悪く言うのは僕の感情による物だと思われる可能性があったから言えなかった。それに、イジーはとっても楽しそうだった。言えなかったんだ」
頭が真っ白になった。何も考えられない。
考える事を拒否している自分がいる。
「ごめんよイジー。嫌いにならないで……」
…………分からん。
何も、分からん。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って!裏切り!?私が?何の話なのよ!」
分からん。だが、エイルが嘘をつくメリットが無い。
……分からん。
そういう事にしたい。
デも、そうはいかんだろうなァ……。
「"薄闇"」
小さい魔神の領域が発生する。五感の全てを奪う黒魔術だ。闇の世界へ強制的に引きずり込む埒外の術。
これを抜け出せる生徒はアルベール含め、存在しない。
五感を奪われたティナは未知の恐怖に襲われている事だろう。
エイルも巻き込んでしまったが、目を瞑り甘んじて受け入れている。
……やはりエイルは白だ。ここで嘘をつくことに意味が無さ過ぎる。
エイルの言葉は正しいという事だ。
「ティナ、私だ。イザベラだ。お前に最後の質問をする」
「い、イザベラなの?何が起きたの……?何も見えないし、何も触れないし、何も感じない……。ねえ、裏切りなんてしてない……お願いよ、ここから出して」
ここ二年の制御のおかげで指定した感覚だけ戻す事ができるようになった。取り戻した感覚は、聴覚だ。
今ティナは恐怖で足がすくんでしまい立てていない。だが、感覚が無いからか立つことも歩く事もできなくなっている。
私は、怒りに震える拳を握りしめた。
「ティナ、お前は…………お前は、ソロンと通じているか?」
「あ、あぁ……」
ティナは感覚が無いはずなのに、震え出した。
エイルは可哀想だから、範囲から出してやった。驚いた後、エイルも顔を青くして震え出した。
「ティナ、聞いているだろう。ソロンだ。私の兄上と繋がりがあるのかと、そう聞いてるんだ。答えろッ!!」
目の前が真っ赤に染まっていく。
怒りの感情が抑えられない!
全てを破壊してしまいたい衝動に駆られる。
「はぅぅ……。あ、あの、その、怒らないで。お願いよ。裏切る、つもりなんて、本当に……。ヒッ、い、イザベラ、私達は友達……でしょ?」
「…………もういい、分かった」
急に目の前が真っ暗になった気分だ。
薄闇を解いた私は、冷たく言い放つ。
「何処へなりとも行くがいい。私は追うことはしない。だが、二度と私の前に現れるな。次会った時がお前の最期だ。お望みの死を与えてやる」
「…………」
呆然としたようにこちらを見るティナ。その頬には、一粒の涙。
その涙の訳は、何だ。
「あ、あの。イザベラ……私……」
「早く行けと言っただろうッ!!」
私の拳がティナの腹を叩く。
大きく吹き飛ばされ、窓の外の寮外まで飛んで行ったティナはもう見えない。
残ったのは、ティナの涙が床に落ちた跡だけだ。
◇◇
少し冷静になるまで時間を要した。たかが数秒だが。
私がティナを窓の外まで吹っ飛ばしてしまった後、エイルが口を開いた。
「イジー!何をしているのさ!確かに僕はティナちゃんを裏切りの匂いだと言ったけど、ティナちゃんの顔は敵対する人の顔だったのかい!?」
…………!
そうだ。ティナは涙を流していた。
何故だ。そして、その涙の理由を考えられた筈だ。
見逃していた。考えられなかった。怒りの感情が抑え切れず、視界が赤く染っていた。
「……」
この身を焼く程の後悔が私を襲う。心臓がうるさいくらいに叫んでいる。
怒り、後悔、悲哀、様々な感情が胸中で暴れ回っている。
これは……魔神の力の侵蝕が本格的に始まっている。
感情のコントロール、特に負の感情に抑制が効かない。
技のコントロールにばかり気を取られ、私自身の心に向き合い切れていなかった!
「イジー、どうか落ち着いてほしい。これは僕が口走った言葉が原因だ。でもどうか、ティナちゃんを信じてあげて欲しい」
そうだ。私は、エイルの言葉が真実かどうかでしか判断していなかった。
瞬時に予測した嫌な予想とエイルの言葉で乱れ、ティナの心の機微まで見ていなかったんだ。
「……しまった!」
私の感情のコントロールが効かなくなった時の抑制の為、怒りの感情が規定域を超えると自動でアルベールに情報がいく魔術を構築している。
アルベールが今のティナと遭遇したら、状況を瞬時に理解して処分しようとするだろう。
あのアルベールなら、やりかねない。
「……クソッ!」
「イジー!待って!」
急いで窓を飛び出した私を追いかけるエイル。
とてつもない後悔が押し寄せる。私の責任だ。
ティナは私の事を心底好きでいてくれていた。嫌いなのであればあの初めの頃から態度が変わることはなかっただろう。
素直な子なんだ。好きな時は好きだと言い、嫌いな時はきちんと言葉をぶつける。真面目で、素直で、優秀な子だ。私の嘘の身分まで用意して私を支援してくれた。
「ティナ……ティナ……くっ」
なぜ事情を聞かなかった!ソロンや母上なら裏切っている自覚が無いまま裏切らせる事など簡単にやってのけるだろう。
だからこそ私を警戒し、クリスタすら操って私の情報を得ようとしていたではないか!
ティナは私と敵対しているつもりはない。ただ、ソロンを通じて何かをしていたのは確実だ。ティナを巻き込まないよう、ソロンとの関係を伝えていなかったのが裏目に出た。
こんな事なら、最初から協力してもらえばよかった……!
ティナを信用し、親愛の情を向けていた。だからこそ、巻き込みたくは無かったんだ……!
よくよく考えれば分かっていたはずだ。エイルが初めてティナと会った時に警戒していなかった。裏切りの匂いを感じ取っていた筈のエイルが、だ。
それは何故か。警戒しなくていい相手だからだ。
ティナの本質を見抜いていたのは、エイルだけだ。
エイルが青い顔をしていたのは私の怒りに怯えたからではなかった。
この後の惨劇を予見したからだ!
「間に合え……間に合え……!!」
その時、見慣れた金髪ロングが視界に入った。
「ティナ!!」
私が次に見た光景は、既にアルベールが剣を抜き放ち、ティナの首を目指してその刃を滑らせた場面だった。
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