セラフィエルの憂鬱

笑顔猫

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学園編

第31話 ヴァレンティーナ・オルシュ

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「ぐぅぅ…………」

 私はイザベラの拳で窓の外まで吹き飛ばされた。当てられた脇腹が、拳が原因とは信じられないほどの衝撃により大きく凹んでいる。

 あのイザベラの魔術を込めた殴打だ。効かない訳が無い。

 でも、何故、どうして知られたの。
 それに、裏切り……?

 

 それに、あのイザベラの表情。
 何が起こったの……?

 
 ある日の事、ソロン様から私宛に手紙が届いた。内容は、イザベラから教えて貰ってる魔術について教えてくれと、そういう内容だった。

 そもそもこの世界に魔術という概念は存在しない筈だった。でもソロン様はしっかりと手紙に書いている。

 魔術について知っているという事は、イザベラとも魔術についてよく話す相手だと、そう思った。

 思ってしまった。
 今思えば、これは思考の誘導だった。

 私がそう思うように仕向けられた、巧妙な罠。
 
 いくつも年下の妹に教えを乞うのは外聞が悪いから、可愛い妹の授業の内容をこっそり教えてくれと、ラフな言葉で書いてあった。

 私はイザベラと仲良しの兄が、その学友に手助けを求めていると思い、迷わずにイザベラとの会話を手紙に添えて返答した。

 イザベラに報告しなかったのは、ソロン様の顔を立てる為だった。

 でも、あのイザベラの表情。

 『ソロンと通じているのか?』

 まるで、ソロン様とは敵対しているかのような言い方だ。
だとすれば、私の行為は……。

 『裏切りの匂い』

 まさに裏切り。
 気づかない内に、イザベラと敵対してしまった。

 あの子のあんな表情……。二年前、強く抱き締めたあの感触。強くてかっこいい、私の憧れのイザベラとは正反対の、すごく弱々しい姿だった。
 そんな彼女を支えたいと、心から思った。

 私は、そんな彼女を裏切ってしまった。

 壊してしまった……!

 もう元には戻らない。


「おや、奇遇だね。こんな所で何をしているんだい?」

「!?」

 後ろを振り向くと、剥き出しの剣を持つ恐ろしい存在が、凶悪な笑顔でこちらを見ている。

 アルベール悪魔の子だ。

「ふふ、何故涙を流しているんだい?身の程知らず。まるで姉さんを裏切ったクソ虫を殺す為にやってきた処刑人ぼくを待つ罪人の顔つきだよ」

「……」

 知られている。
 ……何故。

 私は想像を超える程の綱渡りをしていたのだと、ようやく気づいた。イザベラを取り巻く環境は、魔の巣窟だ。三重にも四重にも重なった複雑な思惑が彼女を取り巻いている。
 
 私は、そんな彼女と同居人になってしまった。

「あはは……。やっぱり私、ツイてなかったのね」

「いやいや、君は幸運だよ。優しい姉さんに甘やかされたんだからね」

 痛む腹を抑えながら笑う私。
 でも最期に思い出したのは、やっぱりイザベラの凛々しい横顔だった。
 
 私の憧れの人。私の尊敬する人。

 お父様のような、頼れる人。

 私の、愛しい人。

 どうか、穏やかな人生が待っていますように。

 そう願いながら、私の首を斬り落とす軌道の刃が放たれた。




 






  



「"薄黒葉"」
 
 ガキンッ!!




「!!?!?」

 悪魔の子アルベールが私の首を目掛けて放った瞬刃を何者かが防ぎ、そのまま悪魔の子を吹き飛ばした。


「姉さん……どうして」


 私の目の前に立っていたのは、イザベラだった。

「慎重に行動しろと言い含めてあっただろうアルベール。今のお前はエイルより大胆だぞ」

 イザベラ……!

「イザベラ、あの、私……」

「すまない。私がどうかしていた。エイルは悪気があった訳じゃない。全て私の責任だ。どうか許して欲しい」

 アルベールを凝視しながらも、優しい語り口で私に話しかけてくれた。

「姉さん。そいつは、いらないよ」

 ドキリとする。
 そうだ、私はイザベラを裏切ってしまった。いらないと言われても仕方が無い。

「馬鹿が。私が気に入っている。それ以外に生かす理由は無い!」

 そう言ってアルベールに斬り込んだ。
 
 ……なんて強いの。
 私は、見捨てられたと思った。そうされても仕方がないからだ。
 
 一緒に暮らしてからの三年間、イザベラについて分かったことはいくつかある。

 彼女は弱い。
 恐らく、過去に何かしらのトラウマを抱えている。それが、今の彼女を強くしているし、弱くしている。
 それを乗り越えようと必死に生きている。

 私は、それを妨げる行為をしたに違いない。でも、そんな私を気に入っていると言ってくれる。

 私は、持つべき言葉を知らない感情の波に飲まれた。

「おい、アルベール。お前弱くなったか?」

「くそ!姉さんが強過ぎるんだよ!」

 間近で最強の姉弟喧嘩を見せられた。
 なんて激しい攻撃なんだろう。

 アルベールが雷の術式を組み上げながら、目にも止まらぬ速さでイザベラの肘に剣を吸い込ませる。
 あらかじめ決めていたかのようにピンポイントで肘に小さな防壁を張っていたイザベラは、返す刀でそのまま強大な力を持つ拳をアルベールの顔面に打ち込んだ。

「ヘブッ!……ぐあっ!」

 倒れた弟の肩に地面ごと剣を突き刺し、動きを止めた。

 え、やり過ぎでは……?

「アルベールよ、反応が遅い。罠に引っかかるとは蒙昧の騎士にのみ許される特権だ。愚かなお前には似合うだろうが、私の弟としては見過ごせん怠惰だ」

「ち、違うよ姉さん!姉さんの動きが早すぎるだけだって!いたたたた!」

 ……学園最強を一方的に嬲り説教をする。これがどれほど凄いことなのか、イザベラは分かっていない。

 ふと横を見ると、王子が佇んでいた。

「さすがだね、僕の婚約者は」

 ……エイルだ。イザベラを追いかけてきたのかしら。

「……ごめんよ、ティナちゃん。僕のせいで怖い思いをさせてしまった。そんなつもりじゃなかったんだ。いつものイジーなら事情を聞いたハズだった。だけど、様子がおかしかったからイジーに聞かれても答えづらかった。イジーに何が起きたのか分かるかい?」

 いや、確かに死ぬほど怖い思いはしたが、それ以上に怖いのは私が知らない内にイザベラに敵対してしまう事だった。

 何が起こったのか分からないが、イザベラが私を赦すと言うのならそれに越した事は無い。

「……いいえ、私も気づかない内に裏切り者にさせられていたわ。あなたのせいじゃない。私の責任よ。貴族として有るまじき信用問題だわ」

 エイルは驚いたようにこちらを見た。大きな目をパチパチした後、

「君はとっても気高い女性だね!イザベラが気に入る理由がとても良く分かるよ!」

 そう言ってくれた。

 そう、気に入ってくれているのね。
 こんなに嬉しい事はないわ。

 うちのクラスのエースにまだ説教を続けている、頼り甲斐がある背中を見てそう思った。

 

 ◇◇



 間一髪、ギリギリ間に合った。あと数瞬遅れていたらティナの首は斬り落とされていただろう。
 アルベールは叱っておくべきだな。その忠誠心は悪しざまに働くこともある。暴走する部下を抑えることは私の義務だ。

「ティナ、すまなかった。如何様にも詫びる」

 魔神の力に翻弄された。

「いいえ、私こそごめんなさい。あなたの情報をソロン様に無断で流してしまっていたわ」

 そうか……。

 ソロン…………!
 またしても、お前か。

「ソロンと私は敵対していると言っていいだろう」

「……!姉さん!」

 アルベールが焦ったように引き止める。
 
 やかましい。情報伝達の不足で起きた事件だ。
 ここまで協力してくれたティナには開示するべき情報だろう。

「それって……私に言ってもいいの?」

「構わん。表面上は仲良くしていなければ国政に影響が出る。それに、本格的に敵対している訳じゃない。せいぜい、小競り合いをしている程度だ。お互い本気で争えば国が割れる。それは避けなければならないからな」

 ティナに伝えるという事は、オルシュ侯爵家にも伝わる。だが、それでいい。

「私は、ソロンと敵対したい訳ではないんだ。だが、敵と判断されてもおかしくない状況だから、仕方なく甘んじて警戒を受け入れている」

「敵と判断されてもおかしくないって……イザベラ、あんた何したの……?」

 訝しげな目で見られた。
 また私が何かした前提で話をしているな?

 全く、私は何もしていない。

 それに、こんな重い話をこんな所で続けるわけにいかん。

「アルベール、お前は戻れ。あと、その傷は治すな。しばらくそのままにしておけ。化膿するから処置はしておけよ。お前への罰だ」

「……はぁ。酷い姉さんだね」

 何を言うか。
 ここまで慈悲に溢れた姉はいない。

 生傷を治癒魔法に頼り切って治す奴は痛みに弱い。怪我をした後動けなくなるだろう。
 痛みに慣れておくべきだ。訓練だと思えばいい。

「寮に戻るぞ」

 間に合ったことに心底安堵した。


 よかった。
 間に合わなかったら、私はどうなっていただろう。


 王国が滅ぶ前に、自殺でもしなければならなかっただろうか。
 
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