2 / 3
第2話
しおりを挟むㅤ魔王に一矢報いるためには、さすがに我々二人だけとはいかない。我々は冒険者ギルドを利用し、魔王に仇なす覚悟のある仲間を集めた。
ㅤ冒険者ギルドとは、魔王に攻め入られる前は大きな動物や被害をもたらす地方の魔獣などを狩り、得た素材を換金したお金と依頼料を受け取って生計を立てる冒険者を纏める組合の組織だ。大体の冒険者は平民で構成されている。
ㅤ冒険者ギルドの拠点は支部という形で世界中に点在しており、小国の都市にも必ず存在している。地方の魔獣を打ち倒すために態々騎士団を派遣するには金がかかり過ぎる。腕っ節が強いだけの平民は騎士になりづらい。貴族と平民とのお互いの領分を守れば十分共生できる存在だ。
ㅤまぁ、今や魔人を片っ端から潰しているだけのバラバラな組織になってしまっているが。
ㅤ仕方がない。そもそも所属している国が無くなってしまっているような状態が各地で起きているのだ。いくら冒険者ギルドといえど情報が錯綜している中で冒険者を制御することは困難だ。
ㅤ私たちは滅びかけている小国の冒険者ギルドの扉を叩いた。
「魔王に仇なす愚かな人間がいれば、私と一緒に来い!一矢報いたい馬鹿者も来い!夢破れし夢追い人も来るがいい。命が惜しい奴もどうせ死ぬのだから共に来い!魔王を一目見てから、死に行くぞ!」
ㅤ姫様、かっこいいです……。
ㅤ私は傍にいるだけだ。何か問題があるのか?まさか私が姫様を置いて演説すると思ったか。この大馬鹿者め。
ㅤなかなか酷い演説だったが、数日後には二十八人も集まった。冒険者ギルドは底無しの愚か者がたくさんいたらしい。
ㅤ姫様は満足気だ。そのようなお顔もお美しい。
ㅤ冒険者の中には北の大地に詳しい者が六名いた。その三名を中心にルートを検討し、現実的に魔王のいる場所まで到達出来るよう戦力を吟味した。
ㅤ私の力は街中で使えるようなものではない。ましてや信用ならない冒険者の見えるところでは使えない。攻撃範囲が広く、姫様に被害が及んでしまっては元も子も無いという大変使い勝手が悪い魔術だ。ここは大人しく冒険者たちに従い、ほどほどの剣技と魔術をもって魔人と相対するしかない。
ㅤまぁ、なんとかなる。姫様と私のコンビネーションを甘く見るなよ。
ㅤ冒険者たちは私の強さに目を剥いていた。我が帝国の近衛騎士だったと言うと更に驚いていた。数人は姫様に声をかけていたが威嚇して退散させた。どうやら何かを感じ取られたようだ。
ㅤそれからの旅では毎日が魔人との戦闘だった。朝も昼も夜も関係なく襲ってくる奴らに辟易していた。夜は交代制で見張りを立てて寝入っていたが、魔人が現れれば寝ていようが戦うしかない。
ㅤ数ヶ月が過ぎた頃、冒険者の連中の犠牲もありつつ、北の大地に到達することができた。私のことを英雄だと持て囃す奴も出てきたが無視してやった。祖国を見捨てた近衛騎士には重過ぎる称号だ。
ㅤすでに全員満身創痍だ。この中では一番体力の無い姫様がおつらそうだ。何度もおぶって移動していたが、北の大地に入ってからの気温の低さに更なる体力を奪われた。
ㅤそこからは地獄だ。肌を出せば凍傷になるほどの寒さの中、魔人は一つも堪えていない。まぁ、寒さに耐えきれない奴らが住むには北の大地は過酷過ぎるからな。それなりに耐性があるのだろう。
「ここまでの寒さとは思わなんだ。皆、苦労をかけるな」
「お姫サン、そりゃ野暮だぜ。みんなここへは死ぬために来てんだよ。苦労なんか大した問題じゃねえよ!ハハハ!」
ㅤこれから死に行くというのに、擦り傷だらけの身体で皆が笑っていた。冒険者というのはこれほど器の大きい連中なのだろうか。それとも、皆が死ぬと分かっているからどのような困難も楽に思えるのだろうか。
ㅤお姫サンというのは本当に姫だと気づかれた訳ではなく、近衛騎士の私が守るように立ち回っているからお姫サンと呼ばれるようになったのだ。まぁ、当たっているのだが。
ㅤそれから数日、冒険者の数が半分以下にまで減ったところで魔王がいると噂される魔王城に到着した。
ㅤすでに疲労は限界だ。戦うのも精一杯。斧や弓を持つ手は震えている。それでも皆が明るい顔をしていた。姫様も笑っていた。
ㅤ私は…………死にたくはなかった。
ㅤ魔王の城の門扉から現れたのは、感じたことの無いほど濃密な魔力の波だ。溺れると勘違いするほど強烈な魔力の奔流に皆の足が竦んでいた。
ㅤその人の形をした黒い何かが言葉を発した。
「我が名は魔王ヴァルハザールである」
ㅤハハハ。こりゃ勝てん。
ㅤここまで来れたんだ。勝ち目があるのかもしれない。そう会議していた昨日までの我々を嘲笑うかのような絶対者。鍛えた肉体が、痛めつけた神経が、全てを担う全身の魔力が逃げろと悲鳴をあげている。
「ここまで辿り着いたことに敬意を表し、我自らが出張ってやったぞ。喜ぶことを許す」
「私はクローディア。ただのクローディアだ。魔王ヴァルハザールよ、その間抜けな横っ面を叩きに来てやったぞ」
ㅤなんてことだ。私の可愛い姫様が魔王と会話していらっしゃる。
「それにしても、噂に違わぬ汚らしい魔力であるな!」
ㅤ姫様が挑発なさっておいでだ。なんとも可愛らしいが、心做しか魔王からの圧が増したように感じた。
「ふム……生意気な童女だ。この私を恐れていないように思える。そこの人間の力で守られているからか?」
「は? アーサーよ、私は今も守られているのか?」
ㅤおいおい、バラすなよ魔王。姫様に気づかれないように強固な魔術防壁貼るのめちゃくちゃ大変だったんだ。
「そういうのいいから、ヤろうや……!」
ㅤ冒険者の皆さんは魔王の魔力にあてられて血気盛んでおいでだ。私はうんざりだ。だが、姫様が横っ面を叩きたいと仰ったのだ。そこまでは姫様を守らねばならないな。
ㅤそして、魔王との戦いが始まったのだ。
ㅤ魔王との戦いは熾烈を極めた。地形を変える魔術、当たっただけで刃が欠ける防御力、殴られただけで鎧が破壊される膂力。全てをとっても我々の全てを上回る最強の個だ。それが魔王だった。
ㅤ周囲にいた魔人たちは手を出さなかった。手を出す必要が無いからなのか、魔王に手を出すなと言われていたからか、戦いを神聖なものとする文化があるのか。理由は不明だが、好都合だ。
ㅤ好都合だが、勝てるビジョンが少しも見えないな。
「アーサーよ、お前の力を使え」
ㅤ冒険者の数が残り僅かまで減ってしまった頃、姫様は私にそう言った。
ㅤそう、言ってしまったのだ。
「……姫様。私は姫様を巻き込みたくはありませぬ」
「阿呆が。このまま嬲られて死ぬつもりか?あのヴァルハザールとやらは天変地異そのものだ。まるで勝機が見えん」
ㅤ確かにその通りだ。姫様はこのまま死ぬつもりは無いのだろう。
「しかし、お前から僅かに感じるその力も強大だ。冒険者など巻き込んでしまえばよい。魔王を一目見たのだからアヤツらも満足して死に絶えるであろ」
ㅤなんとも非情な選択だ。これが王族に生まれるべくして生まれた血筋か。
ㅤこの力は、近衛騎士になるため血反吐を吐きながら修行をしていた時に発現したのだ。騎士とは真逆の性質を持つため私自身忌避していた。
ㅤそして、強大な力でもあった。無闇に使用していいモノではなかった。模擬戦など以ての外だ。制御出来ず破壊を齎すことは避けたかった。
ㅤやるか。姫様、幻滅しないといいなァ。
「"薄闇"」
ㅤ突如として世界は暗くなった。光は無く、一寸先は闇だ。魔王も突然の事態に困惑しているようだった。ざまぁみやがれ。
「"闇棘"」
ㅤ私が手に握ったのは黒く妖しい光を放つ槍のようなものだ。これをただ魔王に向けて投げるだけだ。ヤツはまだ困惑している。当てられるとしたら今しかない。
「アーサー、お前……。その力は…………」
「死ネ」
ㅤ"コレ"を使う時、私の精神も暗闇と同化してしまう。凄まじいスピードで全身は黒く染まり、心は汚染されていく。短期決戦で決めないと私は戻って来れなくなるだろう。
ㅤ投げた闇棘は魔王に無事当たったようだ。凄まじい轟音と衝撃。周囲数十メートルは草も生えない闇の魔力の汚染地域となるだろう。騎士たる私が帝国の領土を破壊する訳にはいかなかった。今まで使えなかった理由はそれだ。
ㅤそれに、こんな姿を誰かに見られたくはなかった。
「お、オォ、グオオ……」
ㅤ姫様を巻き込んでしまうと本末転倒だ。威力を多少抑えたのだが、やはりと言うべきか魔王は倒れてはいなかったが、まともに立つこともできていなかった。初めてまともに通った攻撃が、破滅的な威力を持ったのだ。魔王の衝撃は如何程か。
「に……ンゲん。その力は…………魔神の…………」
「ごちャゴチゃうるセェよ。もうすグ楽にシてヤル」
ㅤあぁ、そろそろまともな思考ができなくなるな。薄闇も晴れてきてしまっている。姫様の顔はあまり見たくないから後ろを振り返ることはしないでおこう。
ㅤ見えた魔王の姿は最初に見た時とは比べ物にならないほどに全身がズタボロだ。身体のあちこちから出血しており、纏っていた衣装は元の形が分からないほど凄惨な具合だ。
ㅤ右腕は千切れており、左の指も欠損があるようだ。
ㅤさては右腕で防御しようとしたな?ざまぁみやがれ。
ㅤ冒険者数人はギリギリのところで逃げられたようだ。さすがの嗅覚だ。そうでないと冒険者はやっていけないのだろう。私も見習いたいものだ。
ㅤそう考えながら最後の攻撃の準備をしている。未だ片膝をついたままの魔王に対し、決め手を用意せねばならない。
ㅤそう、私は生きることを諦めてはいない。
ㅤ生きて、姫様に生涯仕えるのだ。
ㅤなめるなよ魔王。私はお前に勝つつもりだぞ。
「!! グゥ……!」
ㅤまずい。魔力による精神汚染が随分進んだ。身体の魔力回路が悲鳴を上げている。今にも身体が破裂しそうだ。
ㅤアレを放ってから数十秒も経っていないのにこの有様だ。あと数秒もすれば鼻から血が出て、その後穴という穴から血が噴き出て死に絶えるだろう。尤も、この身に余る力の代償としては優しいものかもしれないが。
ㅤあと少しだけ保ってくれよ。あと少しだけナんダ。
ㅤその時、身体に優しい魔力が流れ込んできた。
ㅤこれは……姫様だ。少し身体が楽になると同時に力が溢れてくる。なんとお優しい力だ。
「惚れ惚れするほどだ。アーサーよ。私はお前の子が欲しくてたまらなくなったぞ」
ㅤ私は爆発した。
ㅤ魔王よ、お前は今日死ぬのだ。
「"神斬"」
ㅤ世界が、割れた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる