望まぬ英雄王

最終話

ㅤ残った数体の魔人を冒険者連中と姫様で狩り尽くしたあと、我々はそのまま来た道を引き返した。

ㅤ私か？私はしばらく意識を手放していたよ。その間は姫様が健気に私の世話をしていたようだ。記憶が無いことに歯噛みする思いだ。

ㅤ生き残った冒険者は四人。どいつも運が良かった。決定的な一撃を貰ったヤツらは即死だった。死に場所を探していたヤツらだったが、心の底から死にたい訳では無かっただろう。未練があったヤツもいただろう。

ㅤ助けられたのだ、私は。


「アーサーよ、国を興すぞ」

ㅤ小国に戻ってきたつもりが国が無くなっていたことに気づき、呆然としていた我々に姫様はそう仰った。

「そりゃいいな！英雄王の帰還ってワケか？」

ㅤいやいや、私が王などと畏れ多い。姫様が女王として君臨するべきだろう。私はお傍でお仕えするだけでいい。

「アーサーよ。お前が王として民を導き、魔王との戦いの傷跡をお前が癒すのだ。魔王を倒してみせたのであろう。そのくらいの後処理はやってみせよ」

ㅤ英雄などと呼ばれる度に心臓に汗をかく思いだ。私はそのような立場にはなれそうにない。
ㅤそれに、"そのくらいの後処理"とは？まるで大したことのないように仰るが、それがどれほどの時間と労力を必要とするのか分かっておいでなのか？
ㅤそう陳言したのだが。

「時間がかかるのは当然だ。私たちは永く王をやらねばならないだろうな。王妃の私としては願ったり叶ったりだ」

ㅤ……なるほど。

「さて、ゆくぞ朴念仁。お前を支えてやる。今は亡き私の国を彷彿とさせる大国を作るぞ。アーサー・アルバス・カストルムよ」

ㅤカストルムとは、今は亡き帝国の名前で、姫様の姓だ。どうやら本当に姫様は王妃として私に国を作れと仰っているらしい。

「畏まりました。クローディア・"アルバス"・カストルム様」

ㅤ姫様は満足気にした後、すぐに眉を顰めた。

「王妃に対して我が王が遜るものではない。その口調はやめよ」

「……分かった。クローディア」

「クロエと呼べ」

「……クロエ」

「それでよい」

ㅤなんだか小っ恥ずかしいな。

ㅤまぁ、私の忠誠は姫様に捧げたのだ。近衛騎士の私が国を興したとて、今は亡き皇帝陛下もお許しくださるだろう。

ㅤそうして、生き残った冒険者たちが勝手に私たちの活躍を喧伝しまくり、その私たちが国を興したため民たちの統制は思いの外上手くいくことができた。

ㅤ生き残った四人の冒険者に対し、王宮の側仕えにするか提案したが全て断られた。

「俺たちは根っからの平民なんだよ。王様にまでなっちまったお前たちの綺麗な顔に泥を塗るわけにはいかない。ま、たまに酒でも送ってくれよ、アーサー」

ㅤ彼らにとっては魅力的な提案だったに違いない。後ろ髪を引かれる思いだっただろう。私の顔に泥を塗るだと？

ㅤそんな、そんなこと思うわけが無い！

ㅤ連れ戻そうとした私だったが、クロエに止められた。彼らの意志を尊重すべきだと。

ㅤ彼らには戦うことの自信はあったが、王宮での仕事を問題なくこなす自信は無かったのだろう。彼らには彼らの人生がこれから待っているのだと。

ㅤしかし、王たる私の誘いを断ったのだ。多少の罰はあって然るべきだろう。
ㅤ一通り復興の目処が立った頃、私とクロエは国一番の劇団に、英雄王の裏に隠れた四人の勇者の話を持ち込んだ。
ㅤどうせ私の活躍ばかりが劇になっていくのだ。多少はあやつらの活躍も広まるべきだろう。


ㅤその後は順調に国の統治が進んだ。おそらく、姫様の暗躍もあっただろう。私は特別なことはしていない。お膳立てされた道筋を辿るだけで英雄王として名を馳せることができた。

ㅤ恐ろしいことだ。その気になれば、誰でも王にすることができるのだろう。それほどまでに、姫様……クロエの統治の能力は圧倒的だ。
ㅤそんなことを愚痴るように言ったのだが。

「馬鹿者め。お前が私の王だからこそ私はここまですることができるのだ。お前があの活躍をしたから冒険者連中はここまでお前に尽くしてくれたのだ。お前の活躍が本物だから、民はついてきてくれるのだ」

ㅤなんとも嬉しい言葉だ。今の私には沁みる。

「そのような口を二度と開けなくしてやるぞ。さぁ服を脱げ朴念仁」

ㅤあぁ、姫様！いけません！アァーーーーッ！！

「私はもう姫ではない。お前だけの王妃なのだからな」

ㅤ魔王より威力の高い一撃だった。



ㅤ三十年後、子宝に恵まれた私はまだ健在だ。クロエもよく私を支えてくれている。国も小国と思えないほど発展した。まぁ、これはクロエのお陰という側面が非常に大きいのだが。

ㅤ第二王妃や側室など魅力的な誘いも多かったが、全てクロエが一刀両断していた。王妃としてはいかがなものかと思ったが、ここまで想われているのであれば仕方がない。そもそも私はクロエには逆らえないのだ。

ㅤ三人の息子、二人の娘たちはもう全員結婚している。長男のところは夫婦揃って私を支えてくれている。もう疲れたし、そこそこ歳も取ったから長男に玉座を譲ると言っているのだが今のところ聞き入れてくれない。

「陛下、私はまだ陛下のようにはなれません。軽挙をなさらぬよう申し上げます」

ㅤいつならいいのだ、全く。
ㅤあと今その陛下を叱らなかったか？


ㅤ平和だ。この平和は私一人が勝ち取ったものではない。数え切れないほど多大な犠牲と、魔人に勇敢に立ち向かった各地の英雄たち。最後まで付いてきてくれた冒険者たち。
ㅤそして、今まで傍にいてくれたクローディア。その全てが今に繋がっている。私一人では到底なし得なかった事だ。


ㅤ永遠に平和を。

ㅤつい微笑んでしまった。かつての平和を思い出す。未だ癒えない魔王の傷跡も、復興のモチベーションにしかなっていないのだろう。民達は強い。私などでは敵わないな。

ㅤ書類のサインにも飽きた。王城のバルコニーで少し民たちを見ていよう。
ㅤお、今川の魚が跳ねたな。ふふ、元気なことだ。空も光り輝いて見える。美しい金色の空だ。




ㅤ



「は？」



ㅤ空が金色？そんな訳がない。何だ、何が起きている。

ㅤその瞬間、空から白い鎧を着用した騎士のようなものが大量に降りてきた。全て美しい女性だった。

ㅤ一番最後に降り立った一際目立つ金色の鎧を身に纏う銀髪の女性は、背中には美しい白銀の大きな羽と、身の丈ほどもある巨大な槍を掲げ、言葉を放った。

「鏖殺せよ」

ㅤその一言で、地獄に変わった。

ㅤその鎧姿の騎士たちは、国を飲み込むようにして拡がった。私の民達を片っ端から殺していった。目の前で惨劇が作られている。なんとかせねばならないが、クロエ達が心配だ。

「クロエ！アルベール！どこだ！！」

ㅤアルベールは王太子、つまり私の長男だ。今は応接間に一緒にいるはずだからクロエを守ってくれていると信じたいが、白銀鎧のヤツらの戦力が分からない。

ㅤ応接間に到着する前に、クロエ達が部屋から出てくる所を目撃した。

「クロエ！」


ㅤ呼び掛けに気づき、クロエがこちらを視認して笑顔になったその瞬間。




ㅤ横から凄まじい速度の槍がクロエの腹を食い破った。




「…………クロエ……？」


ㅤ槍の持ち主は、鏖殺を命じた金色の鎧だ。
ㅤ私の魔術防壁を空気のように切り裂いたその一撃は、魔王の攻撃を彷彿とさせるほどだった。

「何してやがるこのアバズレ！！」

ㅤアルベールが激昂した。
ㅤ
「やめろ！」

ㅤ私の制止は叶わず、突撃したアルベールの身に降り掛かったのは神速の一撃だ。槍をただ振り下ろしただけ。それだけで、アルベールを引き裂き、その先の王城の壁も全て縦に斬り裂いていた。

ㅤなんなのだ一体。私が何をしたというのだ。

「お前たちは……魔族なのか？」

ㅤ金色鎧の女は何も答えない。顔にも一切の表情が無かった。


ㅤ私は……。


「"薄闇"」

ㅤここまで濃密な死を感じることは未だかつてなかった。魔王との戦いでもここまで鋭利な殺意を向けられてはいなかった。

ㅤただまぁ、後先考えずに力を振るうことができるというのは存外気持ちの良いものだったのだな。
ㅤ今の数瞬で感じた全ての感情を捨て、闇に身を投じる。

「……それは魔術ではないな。忌まわしき魔神の力だ」

ㅤ初めて金色鎧の女が口を開いた。煮えくり返る程の怒りを感じるが、極めて清楚な声色だ。

ㅤしかし、魔神だと？ 魔王もそのような事を言っていたことを今思い出した。魔神とはなんだろうか。何故私にそのような力があるのだ。

ㅤまぁ、そんな事はどうデもいいカ。

「"薄葉"」

ㅤ金色鎧が初めて表情を変えた。冷や汗でもかいたのだろうか。私の斬撃が想像よりも早かったか？

ㅤハハハ。

ㅤこんなもんな訳がないだろウ。

「"神斬"」

ㅤ王城はすぐに塵と化した。もはや建物として成り立ってはいない。クロエのいない城など、もはや意味の無いものだ。

ㅤ忌わしいことに金色鎧は立ち上がった。美しく輝く銀色の髪に少し陰りが差した。

「持たざる者よ。その力はお前のものではない」

「知ったこトでは……なイな。お前ハ今日、ここで……死ヌノダ」

ㅤ私も歳をとった。昔ほどこの力を扱えない。次の攻撃で私は死ぬだろう。

ㅤだが……。

ㅤ我が城を、我が仲間を、我が息子を、我が……妻を。

ㅤ私の全てを奪ったお前には、我が雷鳴が轟くだろう！


「"黒雷"」


「"聖龍の咆哮"」


ㅤ空が割れ、大地が揺れるような威力の衝突が起きた。それでも金色鎧は倒れなかった。なんという力だ。

ㅤ私はもうダメだ。全身から血が噴き出し、身体中に深い傷を負った。奴の放った魔術はそれほどまでに強大だった。もう指先一つも動かすこともできん。

「一つ……教えてくれ……」

「なんだまだ息があるのか、持たざる者よ」

ㅤ金色鎧は驚いていた。あぁ、最期に一泡吹かせただろうか。

「私は……強かった…………か？」

ㅤ最期に聞くことがそれか、と呆れられてしまった。王になって三十余年、しかして騎士の自分を忘れたことなどなかった。騎士とは難儀なものなんだよ、金色鎧。

「持たざる者よ。お前は確かに強かった」

ㅤ圧倒的強者にそう言われると誇らしい気持ちになるが、勘違いしてはいけないのだろうな。
ㅤ私が弱かったから、死んだのだ。私が弱かったから、守れなかったのだ。純粋な武力で負けたのだ。卑劣な真似をされた訳ではない。

ㅤ私は、まだ弱かったのだ。

ㅤ悔しさで顔が歪む。

ㅤ敵の素性も知らぬまま、私は死んだ。









ㅤん？なぜこうして昔話を語れているかだと？

ㅤ生きているからに決まっているだろう。

ㅤ違う違う。実は生きていた訳ではない。




ㅤ私はな、転生したんだよ。




【完】



ーーーーーーーーーーーーーーーー
お読みいただいて誠にありがとうございます。
笑顔猫と申します。

本作、私の処女作になります。
初めは短編から始めた方がいいだろうということで……。

もしよければ感想などお待ちしております。

続きの物語を描くかどうかは皆様の感想次第になるでしょうね。ね？

ご愛読ありがとうございました。

笑顔猫