鬼の乙女ゲーム世界で裏チートで生き残りたいだけなのに

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出会い

甘酒と最後の日

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 狼の一味になって二週間ぐらいが経ち、未だに逃げ出せずにいると一年の最後の日がやって来た。

「二週間以内には脱出する予定だったのに…」

 明朝、私は藁の上で一人で膝を抱えながら絶望感に打ちひしがれていた。

 まだ武器を使う訓練や山に来た人の物を奪ったりとか実戦形式で椿と銀色の髪の少年と戦う命令しかされてないけど、この先は人を斬る命令もされるかもしれない。早く逃げ出さないと、取り返しがつかなくなる前に…‥

「はぁ…逃げ出す隙さえあればいいんだけど」

「あるぞ」

「え…?」

 朝食を食べる為に魚や木の実を採って戻って来た銀色の髪の少年の言葉に瞬きをする。

「いつから聞いてたの…?」

「最初から」

それって、岩壁の前に居たくせに入らないで盗み聞きしてたって事だよね?

 淡々と返す銀色の髪の少年に内心イラッとしつつも先程の言葉の意味を問いかける。

「逃げ出す隙があるって言っていたけど、どういう意味?」

「今日を含め新年が明けた十一日間は新鬼月祭しんきげつさいがある」

 新鬼月祭…ゲームでも出てきた行事の一つで鬼が新年を祝う事を意味する祭りだ。夜は鬼の仮面を付けて歩くとその一年は悪い事が起こらないとされており規則として、鬼は人間を傷つけてはならないというものがある。

「狼は毎年、一年の最後の日と次の日の新年の初めは仕事をしないで街で遊んでは夜は山で酒を飲み明かして次の日は夕方まで起きない」

「その隙に逃げ出せるって事?」

「ああ」

 銀色の髪の少年は頷きながら手に持つ黒い風呂敷を藁の上に置き開けると木の実と笹の葉で包まれた焼き魚を手にし食べ始めた。

「じゃあ、逃げ出すなら明日の朝って事になるね…あ‥っ‥」

 広げられた黒い風呂敷に手を伸ばし焼き魚を取ると口に頬張った。

「だけど、狼が起きないと言っても注意して山を降りないと気づかれる可能性もある」

「分かってる。そんな失敗はするつもりはないよ。それに、あなたもいるし気づかれる可能性は低いと思うから」

「俺は逃げ出すつもりはない」

「え…?」

‥ボトッ…

 予想外の言葉に食べていた魚の白身が膝の上に落ちた。

「一緒に行かないの?」

一緒だったら逃げ出せる可能性が高くなるのに…

「前にも言ったが、俺は狼に復讐する為にここにいる。だから、一緒には行けない」

「それは、分かってるけど…‥」

 放っておけない…ゲームで狼と共に桜鬼城を襲撃するのは四年後。その間に、少年が狼に復讐する事はなかった。もし、私が逃げ出せたら少年は一人になりまた前みたいに自分自身を傷つけるようになるのだとしたらそんなのは嫌だ。どのみち、四年後には桜鬼城に行く事になるんだから今逃げ出しても大丈夫だよね…?

「…それでも、一緒に行こう」

「だから、俺には復讐が‥」

「私が一緒に行きたいの。あなたと一緒にいたいから」

「っ…」

 前のめりになって懇願こんがんすると水晶の様な水色の瞳が小さく揺れた。

「…逃げ出す手伝いならしてやる」

顔を背け小さく呟いた少年に、私は渋々頷いた。

「分かった。それで、十分」

桜鬼城まで行って別れそうになったら力尽くにでも連れて行こう…

 ❋

 一年の最後の夜、深夜だと言うのに彩り豊かな明かりが満月と共に街を照らし祭囃子まつりばやしの音が山奥まで響き渡る中で狼達は調達した食料や酒を飲み食いし騒ぎまくっていた。

「おい、もっと酒を寄越せ」

「はい!只今、お持ちします!」

「この魚も一緒にどうですか?」

「ああ、いいな。寄越せ」

「はい!」

 狼を囲んで男達が酒や料理を渡す姿を遠目で見ながら呆れた視線を投げかけた。

 うわぁ…会社でよく見る上司に部下が胡麻ごまる光景に似てる

「飲むか?」

 銀色の髪の少年が近付くなり白い瓶に入ったお酒らしい物を目の前に差し出した。

「お酒…?」

…って、六歳の子供にお酒なんて駄目じゃん!

「だ、駄目!そんなのはまだ早い!」

 差し出された瓶を奪い睨みつけると、銀色の髪の少年は呆れた視線を投げかけた。

「お酒だけどお酒じゃない」

「え…?」

 思わず奪った瓶を見つめると少年は話を続けた。

「甘酒。お酒が入っていないから子供でも飲めるって言われた」

「甘酒…って、言われたって誰に?」

「酒屋の婆さん」

「…?」

何故、酒屋の人に言われたんだろう?まさか…

「奪ったの?」

「はぁ…ここでは説明出来ないからこっち来て」

グイッ‥

「わっ…!?」

 少年は周りにいる男達を見渡しながら瓶を持っていない手を引くと隅の方へ歩き出した。

「座って」

「…うん」

 促されるがままに隅にあった中くらいの二つの岩の一つに座ると、銀色の髪の少年は隣の岩に腰を下ろした。

「初めてこの山に来た頃、酒を奪う任務で酒を運んで山に来た婆さんを狙ったんだけど婆さんが驚いた拍子で乗せてた酒を落としたんだ。だから、それを拾って奪おうとしたらお礼を言われて…奪えなくなってそのまま返した。その後、街に行った時にその婆さんに偶然会って飲み物や食べ物をくれたんだ。それからも、たまに会って色々貰ってた」

「じゃあ、この甘酒もそのお婆さんが?」

「ああ」

あれ?…って事は、最初に洞穴で貰った白米のおにぎりも?

「もしかしてだけど、最初に貰ったおにぎりもそのお婆さんから貰ったものなの?」

「作り過ぎたからって言われて貰った」

「そうだったんだ…」

良かった、奪ったものじゃなくて…

 空腹の為とは言えおにぎりを食べた事への罪悪感が消えていった。

「そのお婆さん、多分あなたがお酒を拾ってくれたからお礼の気持ちで色々くれたんじゃないかな?現に、この甘酒も」

 甘酒の入った白い瓶を見せながら言うと、少年は顔を背けて小さく呟いた。

「…勘違いしただけだろ」

素直に嬉しいって言えばいいのに

「そうかな…‥ゴクンッ‥」

 甘酒の蓋を開けてそのまま飲むと口の中で甘さが広がった。

「…美味しい。飲む?」

「…‥」

 少し飲んだ甘酒を差し出すと、少年は無言のままそれを受け取った。

‥ヒュー…ドオォンッ!

「…綺麗」

 突然、夜空に上がった花火に感嘆の声を上げた。

「そうだな」

 明日、無事に脱出出来るといいな…二人で一緒に…………

「………」

「手伝おうか?」

 狼の所から抜け出し近付いてきた椿は、銀色の髪の少年の肩に寄りかかって眠る黒髪の少女を見ながら問いかけた。

「いい…俺が運ぶ」

「そう」

 起こさない様にそっと背中に乗せて歩き出す少年に、椿は小さく笑を零した。

「おい、もう帰るのか?ヒックッ!」

「まさか、その嬢ちゃんを持ち帰りか?やるな~ガキのくせに」

 お酒を片手に絡んで来た男達に水晶の様な水色の瞳を細め眉間に皺を寄せ睨みつける。

「…失せろ」

「ひっ…!?」

ドサッ‥

「わ、悪かったよ」

「……」

 腰を抜かして倒れ込む男達を無言で一瞥いちべつすると山の中を歩き出した。

 最初は自分と似てると思ったから嫌いだった。その場から逃げ出したいのに目の前の狼が憎くて仕方ないという目に自分と同じなんだと思った。だから、いつかこいつも俺みたいに人を傷つけても何も思えなくなるんじゃないかってそう思ったのに…こいつは俺とは違った。人を傷つけないだけど、自分の命も諦めないそんな変な奴だった。だから、俺は…

 黒髪の少女の重みを背中に感じながら風で揺れる黒髪に感じた事のない感情が心の中を掻き乱す。

「こんな筈じゃなかったのに…」

 俺は、復讐の為に狼の仲間になった。だから、ここから逃げ出すなんて事はありえない。だけど…‥

『私が一緒に行きたいの。あなたと一緒にいたいから』

「っ…」

 ふと、黒髪の少女の言葉を思い出し唇を噛み締めた。

こいつの傍にいたいって思うのは何でだろう…?

「…馬鹿みたいだ」

 銀色の髪の少年の自嘲する様に呟かれた声は未だに響き渡る狼達の騒ぎ声に掻き消されていった……



































































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