鬼の乙女ゲーム世界で裏チートで生き残りたいだけなのに

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始まりの城

雨の右腕、その者の名は『冷』

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 鬼衆王の一人である時雨の後を追って先に桜鬼城の城内に入った銀色の髪の少年は、黒漆で塗られた木造の建物や黒い床板にも眼中に無くただひたすらに黒道に言われた言葉を考え込んでいた。

 女嫌いだから俺を選んだのか?だが、男色だから気をつけろってどういう事だ?女嫌いなのに男にも容赦がないって事なのか?

「何をしているのですか?早く中に入って下さい」

「っ‥!?…はい」

 悶々と考え込んでいるといつの間にか目的地に辿り着いたのか突然、掛けられた時雨の声に我に返り促されるがまま室内に入った。

パタンッ…

「そこに座って下さい」

「はい」

 時雨に促されて敷かれた青色の座布団に座り当たりを見渡す。十二畳の和室の室内には物は少なく木製の箪笥や引き出し付きの机に唯一飾られた水色の花瓶に入った百合の花、二枚の青色の座布団があった。

「まずは、自己紹介からですね。私の名前は時雨といいます。鬼衆王の一人です」

 向かい合って淡々と話す時雨と名乗る腰まである水色の長い髪に藍色の瞳を持つ十四歳ぐらいの少年を見ながら息を呑む。

 さっきも思ったが、この人強い。鬼衆王というだけはあるな…

 向かい合わせでいるからこそ尚更ピリピリと肌を刺す感覚を強く感じた。

「では、次はあなたの番です」

「…?」

「あなたの名前は何と言うのですか?」

「名前…?」

「そうです。私が名乗ったのだから次はあなたの名前を教えて下さい」

名前…‥

時雨の言葉に視線を下に向け考え込む。

 父さんと母さんが生きていた頃は氷って呼ばれてた。でも、父さんと母さんが亡くなって復讐の為に狼の仲間になった時に氷という名前は捨てた。だから、今はもう名乗る名前なんてない…‥

「どうしたのですか?もしかして、自分の名前が言えませんか?」

黙り込む姿に時雨は訝しげに問いかけた。

「違います。名前は…‥ありません」

 少しの間の後に素直に言うと、時雨は目を見張り固まった。

「……」

「あの…?」

「…ないとは、思いませんでした。では、少し待っていて下さい」

「…?」

 時雨はそう言うなり背を向け机の引き出しから紙と墨と筆を取り出すと何かを書き出した。

…カタッ‥

「…これでいいでしょう」

 時雨は筆を置くと書いた紙を手に取り振り返った。

「今日から、あなたの名前はれいです」

「冷…」

…俺の名前

「気に入りませんか?」

「いえ、冷で構いません」

「それなら、良かったです。これ、入りますか?」

 冷と書かれた紙を差し出され一瞥するなり口を開く。

「いえ、貰っても後で捨てる事になりそうなので」

「そ、そうですか…」

 その言葉に、時雨は戸惑いながらも差し出した紙を机の上に戻し振り返った。

「コホンッ!…では、冷」

「はい」

「あなたはこれから私の侍従となり右腕になってもらいます」

「右腕?」

「私の手足として動く者であり一番信頼している人間と言う事です」

「信頼…」

でも、俺はこの人を信じていない

「右腕にはなれません。俺はあなたを信頼していないので」

「はい…?」

 否定した言葉に、時雨は目を見開いたまま固まると少しの間の後に再度口を開いた。

「…では、こういうのはどうでしょう?」

「…?」

「私の事を信頼していなくても構いません。なので、信頼していなくても私の右腕になって下さい」

「でも、それじゃ…」

「信頼なんてものは私の傍にいれば直ぐに生まれるものです」

 余りにも自信満々に言う時雨の姿に戸惑いが隠せなかった。

「何でそんな事が分かるんですか?」

「それは、冷…あなたが一番分かるのでは?」

「っ…」

一瞬、物凄い威圧感に襲われ息を呑む。

「それでも、私から簡単に言えばそうですね…あなたより私の方が強いと言う事です」

「それは…」

 身に染みて分かってる。体も腕も細そうなのに目の前にいてピリピリと肌を刺す様な感覚が太刀打ち出来ないと頭のどこかで思ってしまう…

「ですので、これから右腕として私の傍にいながらあなた自身で見極めて下さい。私が信頼出来る人なのかを」

「…はい」

 渋々頷くと、時雨は背を向けまた机の引き出しから何かを取り出し振り返る。

「右腕の証としてこれをつけてもらいます」

時雨は水色の短冊の様なピアスを差し出した。

「絶対ですか?」

「絶対です」

「…‥」

 拒否権のない時雨の返答に渋々目の前のピアスを受け取る。

「つけるのは私がしましょう。そう、出て来なさい」

「は~い」

 時雨が声に気の抜けた返事と共に戸から薬箱を手にした青色の短冊の様なピアスを左耳につけた青色の髪に黒い瞳の十三歳ぐらいの少年が出て来た。

…パタンッ‥

「その気の抜けた返事は何ですか?」

「ふぁ~、仕方ないじゃないですか。この所、ずっと時雨様の命令で例の人相書の源元を探し回ってて寝不足なんですよ!それなのに、こんな朝早く呼び出されて眠いに決まってるじゃないですか!」

「人相書?」

「あなたには伝えておくべきですね」

 蒼の言葉に首を傾げていると、時雨が向き直り話を続けた。

「実は、ここ最近世間で噂になっている私と似た人相書が出回っていまして…噂の内容はさておき、私と似ている人相書が出回っているのは非常に不愉快なので源元を探し出しているのです」

 そう言えば、あいつが言ってた人物ってこの人によく似てる様な…?まさか、あいつが言ってた人物ってこの人だったのか!?

「ですが、中々足取りが掴めず探し出せていない状況でして…見つけたら必ず締め上げて消します」

「あ……」

やばいっ!広めたのがあいつだってばれたらあいつも俺も絶対に牢屋行きだ!

「どうしました?もしかして、何か知っているのですか?」

「いえ、何も知りません」

「そうですか…」

 問いかけに直ぐに否定すると、時雨は不思議そうな顔をしながらもそれ以上問い詰める事は無かった。

「では、耳飾りをつけましょうか。少し痛みがありますが我慢して下さい」

 そう言うと、距離が近づき水色の髪が目の前で揺れ藍色の瞳が交差すると指先が右耳に触れた。

…ズキッ!

「っ…」

 右耳の耳たぶに針で刺された様な痛みが走り瞼を閉じる。

「蒼、薬を」

「はい」

 傍に居た蒼は手に持っていた薬箱を開け消毒液を清潔な白い布切れに掛け時雨に渡すとそれを、穴を開けた右耳に当てた。

「っ…」

「数日は、この様に消毒して薬を塗って下さい。決して、自分で治してはいけませんよ」

 時雨は、消毒した後渡された塗り薬を塗ると冷が持っていた水色の短冊の様なピアスを開けた右耳につけた。

「これで正真正銘、あなたは私の右腕です」

 身を引いて柔らかな笑みを浮かべる時雨を真っ直ぐに見つめる。

 不思議だ…強い奴って皆威圧感が強く目に見えて支配欲がある奴ばかりだと思っていたのに、この人は強いけど悪い感じはしない…

「蒼、冷の事を頼みます」

「はい」

…パタンッ…

 時雨は蒼に声を掛けるなり室内から出て行った。

「はぁー…んじゃ、俺達も行くか」

「どこに行くんだ?」

 深い溜息の後に背伸びをしながら出て行こうとする蒼に疑問に思い問いかけると、蒼は着ている衣服を一瞥するなり口を開けた。

「その服のままじゃ駄目だろ?」

 その言葉に、自身の服を見ると使い慣れた古びた小袖に手甲や太腿にある刃ノ葉にどこが駄目なのか分からなかった。

「ここでは、使える鬼衆王の人ごとに着る色が違うんだよ。現に、時雨様に使える俺は青色と水色が混じってるだろ?」

 そう言われて、蒼の服を見つめると青色と水色が混じった市松模様の着物の姿に小さく頷く。

「柄は侍従や女中は皆同じだけど、側室やその子供は自由なんだ。そういう事だから、お前の服をやるからついてこい」

「分かった」

…パタンッ‥

 ❋

「んーと…この辺にあったよーな?お!あった!これだ!」

 時雨の部屋から出るなり蒼について行くと、二階にある侍従の部屋だと言う場所で押し入れの中から竹編みの箱が取り出された。

「…?」

「合うか分かんねぇけど、取り敢えず着てみろよ」

 竹編みの箱を開けると蒼が着ている服と同じ青色と水色が混じった市松模様の服がありそれを手に取り見つめる。

「どうした?着方が分かんねぇか?」

「いや、久しぶりに柄付きの服を着るから何となく…‥」

「…?」

 狼の所にいた時はずっと地味な無地の物ばかりだったから柄付きなんて久しぶりだ

 不思議そうな顔で見つめる蒼を他所に着ている服を脱いでいく。

「そう言えば、俺の自己紹介はまだだったよな?俺は、蒼。時雨様の左腕だ」

「左腕?」

胡座をかきながら言う蒼の言葉に首を傾げる。

「右腕と同じくらい時雨様の信頼出来る侍従って事だ。まぁ、右腕の次にって事でもあるけどな」

「何で、俺が右腕なんだ…?」

「それはお前が俺より強いって事だからだろ?現に、俺より妖力が強いし」

「妖力が強い?」

「ぷはっ!お前、分かってなかったのか?」

「何が?」

「妖力を持つ奴は皆、互いに妖力を持つ奴が分かるんだよ。相手の妖力が強いとか弱いとか」

「そうなのか…」

 だから、時雨やあの女やこいつの強さが感じるんだな…

 時雨を前にした時に感じたピリピリした感覚や目の前にいる蒼に城門で会った夜ノのモヤモヤした感覚に納得がいった。

「だから、それ…自分で治しとけよ」

 蒼は上半身が露わになった背中を見るなり真剣な表情で言った。

「時雨様もお前が妖力持ちだってとっくに気づいてる。だから、その背中は治しても誰も疑わねぇから」

「…‥」

 蒼の言葉に瞼を閉じると背中にある無数の切り傷が一瞬で消えていった。

 背中にある無数の切り傷…狼の所にいる時は妖力持ちだと疑われないようにする為に治す事は出来なかった。だけど、もう治しても誰も俺を疑わないんだ…

 鬼や妖力を持つ人間はその妖力で自身の傷を治す事が出来た。強い妖力を持つ者なら小さい傷を一瞬で、弱い妖力を持つ者は小さい傷しか治せないという差があるがどちらも普通の人間には出来ない力だった。

「冷って言ったか?これから、よろしくな。冷」

「…よろしく」

 青色と水色が混じった市松模様の着物に袖を通し右耳の水色の短冊の様なピアスが揺れた。

「そう言えば、聞きたい事があるんだけど‥」

「ん?何だ?」

「時雨様が女嫌いの男色って聞いたんだが、男色って何だ?」

「うわっ、きっと黒道様が言ったんだな…」

 蒼は苦虫を噛み潰したような顔で呟くと顔を上げ笑みを浮かべた。

「まぁ、その…今のところは誰も食われた事はねぇから、気にすんな!」

食われる…?


























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