執着系上司の初恋

月夜(つきよ)

文字の大きさ
上 下
83 / 110
絆を結う

慶び満ちる日

しおりを挟む
雲一つない青空の日、ついにその日を迎えた。
「大変お美しいです。」
アイボリーと木のぬくもりが感じさせる花嫁専用の支度部屋では、大きな鏡越しにチークのブラシを持ったメイク担当が満足げに言いい、花嫁の頭上にティアラを固定するヘア担当もうなづく。
プロとしていつも花嫁様は美しいと思うが・・、今日の花嫁様はとても目が奪われると後ろに控えるスタッフ達はニッコリとした笑みの下で悶えていた。
鏡の中にはサテンのリボンに縁取られたベールをティアラに取り付けられた今日の主役の花嫁様。今はベールを後ろへと流している。
艶めく黒髪は複雑に編み込まれながらもエレガントに結い上げられ、耳元にはパールとダイヤのイヤリングが揺れる。身を包むサテンの白く輝くマーメイドラインドレスは、胸元の美しいカットが女性らしいデコルテを際立たせ、胸元は虹色の光がまばゆいスワロスキーが贅沢に使われる。そして流れる様に目線を落とせば、キュッと絞られたウエストから腰にかけては美しい曲線美、膝上からはタイトなサテンのドレスの上から繊細な刺繍の美しいオーガンジーが覆う。シースルーのロングテールが床へ広がり、華やかさと気品を感じさせる。
ここまででもつい見入ってしまうのだが、後ろから花嫁を見ているとその美しい肩甲骨から背中のラインもつい見惚れてしまう。露出する首筋から背中には繊細なレースが白い肌を際立たせるが、なんだかここばかりは艶かしさを感じてしまう・・。
「あ、、ありがとうございます。」
そんな清廉さと上品な色香を感じさせるご新婦様は緊張してますっ!!というのが滲み出てしまっているから、なんとも可愛らしいとほっこりしてしまう。
あのなかなかお目にかかれないほど素敵な新郎様の担当は争奪戦だったが、こうして花嫁様を飾り立てるのはやはりやりがいがあるというもの。
「ではご家族の方々をお呼びいたします。」

華視点
「華、すっごい綺麗。・・あのイケメンにももったいないくらいよ?」
「っ・・きれいよ。」
鏡越しにはからかう姉と式の前に既に何度か目の涙を流す母。
「もうっ、お母さんたら。今日はこれからなんだからね?」
振り返ると、マタニティ用の黒のサマードレスを着た姉と黒の留袖に金の帯をした母。
「お姉ちゃんは無理しないでね。気持ち悪くなったらすぐ言って?ブランケットは・・「はいはい、大丈夫、大丈夫。先週安定期入ったって言ったでしょう?今日は私より、自分の事!せっかく綺麗にしてもらったんだから、今日は楽しみなさいよ。」
ふふと笑う姉のお腹は少し膨らんでいて秋にはサトシさん(姉の旦那)待望の赤ちゃんが生まれる予定だ。
「楽しむって無理でしょ・。」
今日ばかりは一体どうなるのか。今までになく緊張する。
いつもより高い10センチヒールでバージンロードですっ転んだりしないか、
指輪交換は手が震えてころっと指輪を落としたりでもしたらっ・・とか、
おそらく素敵過ぎるユウマさんのタキシード姿の隣という、罰ゲームにも似た視線に耐えられるだろうか・・。
考え出したら口から何かが出てきちゃいそう。。うう、胃が痛い。
「ふふ、まあ緊張するわよね。でもあっという間に終わっちゃうのよ?
式の進行はスタッフの人がしてくれるし、披露宴なんてニコニコしてたらもうほんとにあっという間。
だからね、今日は笑って、幸せなんだぁって顔でいたら良いの。
私はそれが一番嬉しい。」
「おねえ、、ちゃんっ。」
「やだ、こんなところで泣かないで?せっかく綺麗にしてもらったんだから。」
出されたハンカチで目元を抑えるが、そんな優しい顔で言われたらついウルウルしてしまう。
ダメだなぁ。今日は泣かないって思ってたのに。
「はあ、、そうだよね。
今までいっぱい心配かけてごめん。あの時だってちゃんと説明もせずに身体を壊すまで働いて、お母さんの作ってくれたご飯も食べれなくて・・どれだけ心配かけてるか気にもできなくてっ・・。」
滲む視界。それでもこれだけは伝えたい。
「色々あったけど、ちゃんと幸せになるからっ。。」
震える声と声にならない吐息。
目の前の二人はよく似た泣き笑い顔で何度もうなづく。
「もう、、困ったわねぇ。。」
赤い鼻と光る涙はきっと今日の思い出。
ははと互いに涙を拭いていると、そこに新たな入室者。
「そろそろ時間だそうだ・・ぞ。・・大丈夫か?」
入ってきたのは、離婚した父。三人ともに明らかに泣いた後の様子にいつもは冷静な父がはオロオロとしている。
「ふふっ。さあっ時間だって!たくさん笑って楽しんできて。」
そう姉に送り出され、途中メイクさんに化粧を直されながらも、手を貸されながらチャペルへ通じる階段を登っていく。今日も足元には灯がともされ暖かな雰囲気を醸し出している。
「では合図が出るまでお待ちください。」
荘厳な雰囲気漂う大きなドアの前で父と手を組み、その時を待つ。
中からはざわざわと人の声。
おおうっ。き、緊張・・。
どっきんどっきんと心臓が太鼓を鳴らし始めた時、
「そんなに緊張するな。。今日は・・誰より自慢の娘だ。自信を持ちなさい。」
腕を組み隣に立つ父が言う。
緊張を和らげようとする父に笑いが漏れる。なぜって・・。
「お父さん、腕、腕震えてるっ・・。」
「しょうがないだろっ。バージンロードを娘と歩くのなんて初めてなんだから。」
小声で焦る父に、さっきまでの緊張が和らいでいく。
「ありがとう、お父さん。今日はお願い聞いてくれて。」
離婚したのに晴れの日にしゃしゃり出るのは・・と私がいくら頼んでも式への参加を渋る父をユウマさんが説得してくれた。
「感謝するのは俺の方だ。父親らしいことなんて大してできなかったのに。」
すまないと謝る父の組んでいる腕をポンポンと叩く。
「寂しかった日もあったけど、でもそばにいないだけで、お父さんが私たちのこと大事に思ってるのは分かってた。だから、離婚しててもお父さんは、私のお父さんだよ。
・・今まで、ありがとう。」
普段言えない事も、今日のこの日なら伝えたいと思う。
「・・。幸せになってくれ。」
声を詰まらせた父との会話はそこで終わった。それ以上はまた泣いてしまいそうだったから。
それに声を交わさなくても、久しぶりに腕から伝わる父の温度は昔と何も変わっていなかったのが分かったから。

「お時間です。」
両開きのドアが勢いよく開けられた。

チャペルでは・・

天井の半分がガラスでできた二階のチャペルには夕日が差し込み、先程までチャペル全体があかね色に染まっていたがそろそろ日が沈み室内をランプの光が照らし出す。チャペルの中心には赤い絨毯がひかれ、左右に長椅子が並び、夏の季節に合わせた濃紺のリボンと白い薔薇や百合と色鮮やかなグリーンがチャペル全体を飾る。その赤い絨毯の先、祭壇の前には光沢のある薄いグレーがかったタキシード姿の新郎が日が暮れ始めたチャペルで新婦の入場を待っていた。
今日はいつも流してる前髪も後ろへきっちりと流し額をすっきりと見せていて、素敵な大人男子の余裕が一層漂う。身を包むタキシードはふだん着慣れないはずだが、その長身と程よく鍛えられた身体が気品溢れるグレーのスリーピースのタキシードを際立たさせる。

ユウマ視点

パシャパシャと写真を撮るスマホの電子音と、式場お抱えのフォトグラファーの至近距離での連写音。
「リアル王子!」との抑えた黄色い声がどうにも聞こえる。
うるさいなと思いつつも、今日はめでたい日、そしてここにいる人達は互いの親族や会社の人間、そして友人達。俺のはともかく華の出席者には愛想を振りまくべきとにこやかな営業スマイルを浮かべている。すると目に入るのは、笑いを堪えた母親と弟ショウマと父。そこに和田部長が続き、ニヤッと笑みを浮かべるのは川上夫妻。なぜか納得顔の一課部下の山田、岸と二課山城。その後方にはキラキラしてカメラを構える忠犬宮本と佐々木女史。

・・結婚式  男にとっては  修行です・・
一句できた。

いいんだ。
華が一生の思い出として楽しんでくれたら。
いいんだ。
華のウエディングドレス姿を見たいから。
いいんだ。
周りの人間に華は俺のって見せびらかせるから。
爽やかな王子スマイルを浮かべるちょっと腹黒イケメンがそんな事を考えているとは、、知ってる人は知っている。
どうにか自分の欲望と現実に折り合いをつけた頃、

「ご新婦様、入場ですっ!」
ギイっと大きな両開きのドアが開き、そこに待ちかねた人。
白く薄いベールを被った美しい花嫁とその父。
わあっと声を抑えた歓声が上がる。
ゆっくりと少しづつ一歩一歩と進む度、小声での祝いの言葉がかけられ、それにうなづく花嫁。
オレンジ色の照明に照らされた白く輝く華が近づく。
胸が苦しくて、息がしづらい。
まるで現実ではない様な何度も夢に見たこの瞬間。
花嫁姿の華を見つめ、プロポーズした時とは比べられないほどの喜びが胸を締め付ける。
フラッシュバックするかの様にいろんな華が浮かぶ。
互いの指にリボンを絡ませてプロポーズした時の華
俺といて毎日が幸せだと声を震わせた華
俺を守りたいと目を潤ませる華
俺の嫉妬に駆られた暴言に泣いて怒った華

俺が好きだと告げる華

そして・・

「よろしくお願いします。」
華のお父さんが組んでいた腕をそっと外し、俺に頭を下げる。
「・・はい。」
胸がつまって、気の利いた言葉も出ない。
俺は華の手を握り隣へと立たせる。
誓いの言葉に返事をし、やっと華のベールを挙げた。
ベールをめくり後ろへ流すと、下を向いていた華がこちらを見上げた。
「っ・・。」
どんな華より・・美しかった。
緊張、感動?で涙に潤む瞳で真っ直ぐにこちらを見上げ微笑んでいた。
白く輝くドレスと相まって、女神の様に美しかった。
「誓いのキス・・を」
自然と体が動いたのが先か、神父の声が先かはわからないほどに気がつけばキスをしていた。
すると、
日がすっかり暮れたチャペルがぱっと明るい光に包まれる。
ガラス越しに夜空を見上げれば空一面に花火。ぱあっと広がっては次々と花を咲かせていく。
「「きれー。」」
ガラス越しの花火に皆が夢中でスマホを向けている時、花火の光に染まる華の腰に手を当てもう一方の手で華の顔に手を添えると、我慢できずに深いキスをした。
「っ!!」
驚き目を見開く華が細めた瞳の先に見える。
舌を絡ませて、上あごを舐め唇の内側をツウッと舐めるとビクッとする華の身体。
もっと味わいたいが、、ここまでだろうな。
すっと唇を離すと真っ赤な顔で俺の胸に手をプルプルとつく華。
「二人に祝福をっ。」
花火が止んだ瞬間、呆れ顔の神父がそう告げると花火に見入っていた参加者達がわあっと歓声をあげ拍手する。
すると恥ずかしそうに皆に笑みを向ける華。しかし、その足は必死に立とうとプルプルだ。
ひょいっ。
「きゃあっー!!」
華をお姫様抱っこした途端、黄色い歓声がチャペルに響く。
「ユウマさん!?」
華は驚きと羞恥で真っ赤になりながら降りようとするが、残念ながら無理だろう。
「華。諦めて?」
甘く笑う俺に、苦笑う華。
出口へと向かう俺たちに色とりどりのフラワーシャワーが降り注ぐ。
「おめでとう」
「おめでとう」
空中を舞う花々越しに沢山の祝いの言葉と笑顔が溢れる。
「ありがとう」
皆に恥ずかしがりながらも会釈をしては幸せそうに微笑む華。
腕に感じる華のぬくもりと漂う色香に胸が詰まりそうなほどの幸福感に包まれる。
見送られドアが背中の後ろで締められると、どうにも離れがたいがこれから一階で披露宴だ。
抱き上げた華を下ろし、そっと耳元で囁く。
「このまま、どこかに二人で篭りたいな。」
「っな、なん・・」
赤く染まるほおに今日の終わりを待ち遠しく感じた。
「では、ご案内いたします。」
二人のいちゃつきに顔色一つ変えずにスタッフは新郎新婦を披露宴会場であるレストランへと案内する。
ライトの輝く階段を二人手を繋ぎ並んで降りていく。
階段を下り切ると、階段上からフォトグラファーから「こっちに目線ください。」と声がかかる。
互いの顔を見つめてから、二人は振り返る。
オレンジ色のライトの光がグレーのタキシードとサテンのドレスを優しく包む。
写真に収められた二人は幸せに溢れたお似合いの二人。
絡められた手をより一層強く握る。
これから続く二人の道で迷子にならない様に。
離れない様に。
毎日、その温もりを感じていたいから。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界迷宮のスナイパー《転生弓士》アルファ版

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:177pt お気に入り:584

鉱夫剣を持つ 〜ツルハシ振ってたら人類最強の肉体を手に入れていた〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,073pt お気に入り:159

【完結】転生後も愛し愛される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:631pt お気に入り:860

タブーの螺旋~Dirty love~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:108

仲良しな天然双子は、王族に転生しても仲良しで最強です♪

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,679pt お気に入り:307

【R-18】愛妻家の上司にキスしてみたら釣れてしまった件について

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:81

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,470pt お気に入り:3,013

処理中です...