執着系上司の初恋

月夜(つきよ)

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番外編 キスとぬくもり 安藤課長編

4 対面 安藤課長編

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安藤課長視点

「お待ちしておりました。」
六本木のど真ん中、ガラス張りの高層ビルを音もなくエレベーターが上昇していく。
少し胃が持ち上がり、なんとも言えない不快感。
そんな自分とは正反対の見晴らしのいい夕焼けがガラス越しに見える。

・・なんだってこんなとこに。

後悔先に立たずとはまさに今だ。

遡ること今日の朝

「安藤課長。ちょっといいかな?」
水曜日の朝一、そう話しかけてきたのは川上人事部長。
その顔は何故か満面の笑み。
・・私、何かやらかしました?
いや、まあ・・あるにはあるのだけれど。
有無を言わさずの笑顔にドナドナされて小会議室に入ると、見覚えのある写真がはらりと机に置かれた。

「これ、安藤さんだよね?」

立ったまま小会議室の机に手をつき、これこれっと楽しそうに指を指す川上部長。
・・これって裏取られてるんでしょうね。
「お恥ずかしながら・・。」
その写真は、ここ数日ネットのみならずテレビでも見かける私とKAIの後ろ姿。
その距離感がどうにも男女の距離感で、まあ下手な言い訳なんかしないほうがいいに決まってる。
「簡単に認めちゃうんだねえ。・・まあいいけど。ここまで騒がれなきゃ基本プライベートはほっとくんだけどさ、人事部長としてはやっぱり危機管理はしとくべきじゃない?」
面白くなさそうに軽く話す素ぶりに、この人事部長の食えない人柄が伺える。
っていうか何?
まさか早速左遷?
いや、地方転勤か?
「まあ、そうですよね。」
はは、と苦笑いながらも背中にたらりと汗が浮かぶ。
「こうゆうマスメディアってしつこいだろう?ホテルにも何度も取材が来てるみたいだし?」
ご、ご迷惑を・・。
「バーにもそうゆう客が紛れ込んでるみたいでさ。」
も、申し訳ない。
「いつ、嗅ぎつけるか分からないだろう?」
うっ・・。
い、胃が・・。
「僕の提案、きける?」
人事部長様の真っ黒な笑みに「はい・・。」と頷くしかない私。
それは、聞ける?ではなく言う通りにしろという事でお間違い無いでしょうか。

という事で、ただ今エレベーターでてっぺんまで連れてかれております。

なんで。
なぜに私が芸能事務所へ?
呼び出しですか?
うちの商品に何しやがる的な?

エレベーターを降り、照明の光を反射する真っ白な廊下を歩きひときわ大きなドアの前に案内される。
「こちらです。」
爪の先から髪の先までお手入れの行き届いた女性社員に案内され、ラスボスへの扉が開かれる。
一歩踏み出したその部屋はガラス張りの真っ白な空間。
大理石のテーブル越しに黒革のチェアに腰掛ける白スーツの年齢不詳な女性。
この間2秒。
全身をくまなく値踏みされる視線に晒される。
「どうぞお待ちしてました。」
そんな視線など丸っと隠した営業スマイルで巣窟へと誘われる。

ふうん。そう来たか。

ドアを背にふっと口元に笑みを浮かべると、
「帰ります。」
そう言ってラスボスに背を向けるとドアノブに手をかけた。
「ちょっ、ちょっと!!お待ちなさいっ!」
取り澄ました笑みが剥がれ落ちた女性は狼狽えてドアの前までやってきた。
ふふ。かかった。
相手との間合いを詰める。
まずは第一関門突破かしら?

「ここへ来いと上司に言われたので来たまでです。なのでもう私には用はありません。」
「なっ、・・。そちらにはなくともこちらにはありますので、まずはお掛けになっていただけないかしら?」
内面の苛立ちを隠して、どうにか交渉の場に持ち込もうとする女社長。
ふん、どっちが優位な立場か、よりリスクがないかこれで分かったでしょう?
マウントをとって第二関門突破。

「もうっ、そちらの人事部長も食えないと思ったけど、貴方もやるわねぇ!敵陣に呼び出されて肝が据わってるわっ。ねえ?今の会社満足?うちにいらっしゃいよ?」
香り高いアールグレイが入った優雅なティーカップを片手に砕けた笑みで話しかけるのは、さっきまでと打って変わって親しみやすい女社長。
「間に合ってます。」
ここにヘッドハンティングされにきたわけではないが、女社長の腹割って話しましょうってのは伝わった。
「どうして私をここへ呼んだんですか?」
まずはコレでしょう。
どうして私の身元がバレたのかも気になるところだが。
「単刀直入ね。嫌いじゃないわ。・・悪いけどタバコを吸っても?」
了承すると、茶色のタバコに火をつけた。
すると部屋に甘い香りが広がる。
「いい香りじゃない?これ吸うと落ち着くのよねえ。」
ふうっと煙がこちらにこない様にタバコを吸う様はとてもカッコよく見える。
「ごめんなさいね。芸能界の常識は非常識って言われても文句は言えないわ。・・それでも、貴方に会いたかったのよ。」
ふふっと女社長は笑う。
会いたかったって、どうゆうこと?
「理由としては一つではないんだけど、そうね・・一つは社長として・・かしら。こんな大事な時に、何してんだって。モデルでやっと顔が売れて、映画に出て主人公の幸せを願いながら死ぬ役どころで人気が出て、そのイメージでこれからって時だったのに、貴方との一夜が面白おかしく話題になってしまった。」
うっ、少しばかり良心が・・。
「でも、女性関係なんて人気が出たら過去のものだっていくらでも出るじゃないですか。」
何も私だけじゃなく今時過去の事なんていくらでも流出する。
そんなのいちいち潰すなんて不可能じゃない?
「・・ふ、く、く。っう、んごほ、ごほ。」
笑いを押し殺そうとして失敗した感じの女社長が、むせながらごめんごめんとなぜか謝る。
「過去ねえ。そうねえ。うーん・・、まあ今回はタイミングが問題なのよ。」
やたらニコニコと笑う女社長に違和感を感じつつ、今回が問題との言葉に引っかかりを感じる。
問題?なに責任論?
一般ピーポーな私に取れる責任などないけれど。

「KAIの恋人になってちょうだい。」

「は?」

損害額?なんてことを考えていた私にとんでもないところから矢が飛んできた。
恋人!?
私が?
呆気にとられた私に女社長が詰め寄る。
「一夜の遊びってのが問題なのよ。KAIだって大人だし、二人の問題なんだけどね?そこはやっぱりイメージがあるじゃない?だから、遊びでなければいいと思って。ふふ、名案でしょう?」
真っ黒な笑みを浮かべる女社長に、やっぱりとんだ食わせ者だと思わざるを得ない。
「それはそちらの事情でしょう?わたしには関係ないじゃないですか。」
「貴方をこちらに来させる為にうちが払った代償、聞きたい?」
・・あれ、なんかすごく嫌な予感。
「御社のcmに無償でKAIが出演する契約をそちら人事部長さんとしたのよ。」
ニッコリと笑う女社長。
「!」
う、売られたっ!会社に売られてるよ!
あちゃーと眉間を抑えて考え込んでいると、
「・・何も、本当の恋人でなくてもいいわ。期間限定でもいい。その代わりメディアからは完全に守ると約束するわ。安藤さん、お願いします。」
女社長が深々と頭を下げた。
「・・。」
頭はまだ下げ続けられる。
しいんと静まり返った室内に空調の音だけが響く。
はあ・・。
こんなはずじゃなかったんだけどな。
「分かりました。で、期間と「ありがとう!!!さすがっ話がわかるっ!」
ガバリと顔を上げ両手を握る女社長に早まったかもと感じた時、ガチャっと扉が開かれる。

「「あ。」」

扉のノブを持ったまま立ち尽くしているのは腕を捲った麻のシャツにデニムのKAI。
今は驚きに目が見開かれて間抜けな様相だが、イケメンモデルはラフな格好でもひときわ目を引く。

「遅かったじゃなーいっ!!」
固まるKAIをひっ掴み、私の横に座らせる女社長。
近くに感じるKAIの熱。
・・なんか非常にいたたまれない。
「ど、うも。」
気詰まりながらも挨拶をするが返事はない。
なにこいつと隣に座るKAIを見ると、うつむき頭を抱えていた。
・・なにこれ。
なんでここにいるんだこいつ?みたいな?
でしゃばりやがって?的な?
「あの、帰りま「会いたかった。」
腹が立って立ち上がろうとした私の手首を大きな手がそっと包んだ。
会いたかった?
驚いてKAIを見ると、

そこには耳まで真っ赤に染めたKAI。
その目線は・・泳いでいる。

・・なんだこれは。
手は外されないが、目線は合わない。
会いたかったというが・・これは、、
「もう恋人期間(仮)始まってる?」
「!」
あっ、凄い勢いで顔を上げた。
・・そのすがる様な顔、嫌いじゃないから困る。


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