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ノア ハヴェスの日常

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この世界は4つの大陸があり、俺の住むエルトリアはフォルテドラコという大陸にある。フォルテルドラコは5つの国で成り立っている。
竜人の国ラトドラ
魔力の高い人間が多い魔術の国ウィドックス
そして食料庫と言われる農業国ファミヴェント
工業製品からインフラ事業など技術の進んだ商業国コミシャルド。
およそ200年前までこの4国は支配と略奪を繰り返していた。
主な戦いは竜人対人間の構図だ。
繰り返される戦いに人間の国3国は協定を結び竜人に戦いを挑んだ。
力で劣る人間達はウィドックスの魔術師による魔法攻撃と最大の特徴である防御魔法で竜人達の攻撃を凌いだ。
そして食料、商業の流通を竜人国ラトドラはストップされ、追い詰められた竜人による世界への攻撃はより激しさを増した。
そして各国の土地が荒廃し多くの竜人と人間が犠牲を払った時、世界はやっと平和条約を結んだ。その時、後世に同じ過ちを繰り返さない為、四つの国の真ん中に竜人と人間が共生する国エルトリアが誕生した。

大陸の中心部となったエルトリアには各国から王族、貴族、豪商、それらに雇われている者達が母国を出てここへと移り住んだ。各国が平等に話し合いで解決出来るよう議員も選出され、議会で貿易や国防などの議題が話し合われる。貴族の頂点に立つのは竜人の王族。なぜならこの世界で一番歴史のある貴族だからだ。

竜人は祖先が竜で、進化の過程で今は見た目は人間と変わらぬ身体をしているが、優れた容姿に膨大な魔力を持ちそれを攻撃に組み合わせる事で圧倒的な力を持っている。
一方、人間も皆魔力を持っているが個別の力としては竜人に到底かなわない。
そのかわり、人間の中には魔力を多く持った魔術師がいて、治癒魔法や防御と言った術に優れているものが多い。
そして研究を重ね地道に作物を育てる者、生活を豊かにする為に働く者など人間は地道で勤勉な者が多い印象だ。

どうしても竜人をピラミッドの頂点とした力関係が働き、大戦から200年たった今でも寿命も人間より長く力を持つ竜人は人間を見下す者も少なくない。そして人間は竜人の圧倒的な魔力に畏れを抱くとともに高圧的な竜人を嫌う者も多い。結果として竜人と人間が混在するエルトリアにおいても竜人は竜人同士で番を持ち、人間は人間同士での婚姻が常識だ。

つまり、共生など夢でしかないという事だ。

・・ある一組の夫婦を除いて。

竜人である夫は、史上最強といわれたラトドラの竜人騎士団団長で、妻はエルトリア城に勤める高位の魔術師であった。その夫婦こそが俺の両親であり、俺は唯一の竜人と人間の間に生まれた・・ハーフだ。
そしてその両親も今はもう居ない。
幼き頃に一人になった特異な俺を引き取ってくれたのは母親の兄であるキース ハヴェス。
人間社会の中では身分の高い侯爵家の長男。そして類い稀な頭脳を持つ彼は、この国エルトリアの宰相だ。
そして俺、第3騎士団団長ノア  ハヴェス。
国の国防を担うのは、竜人からなる第1騎士団、別名白の騎士団。主に近衛など城や王族を守る。
人間の貴族からなる第2騎士団、別名赤の騎士団。主に城下の警備。
そして、身分も国籍も問わない実力主義の第3騎士団、別名青の騎士団。主に辺境警備、魔物退治を担う。


俺の毎日は、朝日が登る前に起床し、広大な敷地練習所内で剣の素振りから始まる。
そして、日が昇った頃食堂へ行く。この時、少しでも時間がずれると・・、
「「っ!お、おはようございます!!」」
と人間の新人騎士達は顔を真っ青に染め、恐怖心からぶっ倒れそうになる自身の脚に力を入れて、どうにか挨拶をしてくる。
新人として、第3とはいえ団長に挨拶しないわけにはいかないのだろうが、そんなに無理はしなくていいと思わざるを得ない。
「・・おはよう。」
「っ!(ペコペコと何度もお辞儀する。)」
ガタイのいい男達が真っ青な顔でペコペコとお辞儀をする列の前をさっさと歩いて通り過ぎていく。
何も俺は日頃から傍若無人な態度を取っているから怖れられるのではない。俺の膨大な魔力に生物としての恐怖心が煽られるからだ。
そして人もまばらな食堂に着くと、
「今日も早いですね。」と話しかける男が一人。
長い黒髪を三つ編みし妖艶に笑うこの男、マドック。
中性的というより女性的な身のこなしで男所帯の騎士団では人目をひくが、母国ウィドックスでも一、二を争う魔力保持者で高度な術を使いこなす曲者だ。
魔力の膨大さと、性格の難もあり俺を怖れぬマドックは第三騎士団所属の魔術師だ。
スープやサラダにパンと肉料理など代わり映えしないメニューを食べていると、
「おや、今日は早く起きてしまったな。クオド(半端者)がいる。」
『クオド』とは半端という意味のラトドラ語で、俺に向けられた言葉だ。侮蔑な表情を浮かべそう言ったのは第1騎士団の竜人達だ。
竜人の耳はよく聞こえる為、残念ながら俺にも聞こえているが敢えて反応はしない。面倒だからだ。
「今日一日不幸になる魔術でもかけてやりましょうか?」
こそっとマドックが言うと、遠く離れた竜人達は顔色を変えそそくさと離れていく。
それを見て悪人並みにニヤリと笑うマドックに、
「ほどほどにしておけ。」と忠告しておく。
きっと彼らに今日は地味に災難が起こり、明日には第3騎士団に言いがかりをつけるに決まっている。
食堂を出れば中庭を通って執務室へと向かう。
チラリと見れば白の軍服を翻し軍馬を走らせる第1。寸分の狂いもなく整然と並び剣の素振りをする赤の第2。
そして、、青の軍服を着た騎士達はかったるそうに練習所のすみっこで座り込み話している。
・・今日の午後は走らせるか。。
そんなことを考えながら通り過ぎていく。

それが俺ノア ハヴェスの死ぬまで繰り返される毎日・・のはずだった。

ある日から俺は不思議な夢を見るようになる。
いつも通りの毎日を過ごし、執務室兼私室で寝落ちぎりぎりまで仕事をしていると、いつのまにか寝てしまったのか声が聞こえるようになった。
小さかった声は、日に日に大きくなっていった。
夢か現実か分からない、うたた寝するような少しの時間の出来事。
だから誰にも言っていなかった。
だが、その状況が変わったのは・・。



「くそっ!時間差で魔物が大量発生するなど想定外だっ!」

つい30分前まではいつも通りの魔物退治だった。

俺が率いる第3騎士団の前には野生動物が魔物へと進化してしまった無数の群れ。それらがエルトリアの国境付近に発生したとの連絡を受け現地へと到着すると、もう辺境の村のそばまで無数の魔物の群れが迫ってきている。軍馬を走らせ、魔物の群れの行く先に横一列に皆を配置し魔物が突っ込んでくれば周囲をぐるっと囲い、行き先をなくした群を空中から魔術師に攻撃させ、弱ったところを一網打尽にするつもりだった。
しかし、魔物達を袋叩きにしていると背後にゾッとするほどの魔力を感じ、振り返ると一際大きな魔物とそれに続く魔物の群れがこっちに向かって猛進してきていた。
今、魔物を袋叩きにしている皆を撤退させれば、抑え込んでいた魔物達は村へ襲いかかるだろう。
そして、たとえこのままでも背後から迫るボスと思われる魔物に第3騎士団が攻撃されればここが血の海となる。
まさに自分達が袋の鼠。
「・・魔物ごときが。」
「「っ!!」」
自分に混じる竜の血が戦を求め沸騰し、竜人特有の縦長な瞳孔が開くのを感じる。全身を巡る血液は、体外に抑えきれない魔力を放出し、足元の地面はひび割れていく。
感じるのは、溢れる力によって相手を滅多打ちにする事しか考えられなくなった残虐な思考と戦いの前の高揚感。
剣を鞘から抜くと、いつもは抑えている魔力を最大限に解放し剣に纏わせれば、剣は青白く光る。
「マドック!あとは頼んだっ!」
俺の中に残ったなけなしの人間の部分が叫んだ。

そして俺は一人ボス率いる魔物の群へと飛び込んでいった。


「っ・・ハヴェス団長っ!ご無事ですか!?」
傷だらけになった団員が一人こちらへ近づこうと歯を食いしばった。
「・・大丈夫だ。」
ひと暴れし敵もいなくなった今、残されたのは無数の屍。
その真ん中におびただしい血を流した俺が魔物の血に染まる剣を片手に立ち尽くし、戦いの余韻から魔力を抑える事が出来ず、周囲に息苦しいほどの圧力を与えていた。
「団長、怪我を治癒しますっ・・から。」
流石のマドックも今の俺には近づくことができない。
「皆のけがをみてやってくれ。」
俺はそう言うとボロボロの身体でどうにか軍馬にまたがり騎士団の詰め所へと向かった。
馬が走るたびに傷が開いて血がボタボタと流れ俺の通った道には黒い道ができる。血の匂いに誘われて小物の魔物が集まり、それを倒すと、また腕から血が流れる。そしてそれは再び魔物をおびき寄せる。
終わりのない無意味な戦い。
あと、どれだけ血を流せば俺は死ねるんだ。。
そう思い手元を見れば小さな傷はもう既に塞がり始めていた。
「そう簡単には死ねぬか。」
軍馬を走らせながら自嘲の笑みがこぼれた。

ああ、今日も生き残ってしまった。

執務室の中にどうにかたどり着き、疲労と魔力を失った俺は気を失うように床へと崩れ落ちた。。はずだったが。
気配に気づき声を上げれば、黒目、黒髪の・・少女と見まごう少年が立っていた。
黒目で黒髮な人間を初めて見たからか、言い表せない胸苦しさを感じた。
黄色味を帯びた白い肌は、日焼けなどしたことがないように滑らかで、黒い瞳は光を纏い引き込まれるようだった。
・・・天使・・か?
血を流しすぎた俺の頭にそんな言葉がよぎった。
しかし、天使は「???!」と耳をつんざく大声で叫んだ。
防音魔法をかけているとはいえ、誰かが来るかもしれないと思った俺は、天使を引き寄せ膝の上に乗せて口を押さえた。
触れた手から、何かが流れ込んできた。
いや、俺の身体から流れていく?
その間にもくるくると表情を変える天使は、俺の髪を洗い、無駄だと思われた包帯をすると目の前から消えてしまった。

優しい夢の終わりを感じ目を開ければ血で汚れた床に・・包帯に巻かれた腕が目に入った。
驚き腕を持ち上げると、
「っ・・。」
自分の銀髪がさらりとなびいた。
・・夢ではなかったのか!?

そう、それが始まりだった。

そして、天使はまた俺の前に現れた。
今度は剣を振りかざし魔物を切り裂くタイミングで。間一髪間に合わず、魔物の強烈な体液を浴びた天使は気を失ってしまった。
よく見れば頭も脚も血だらけの天使は顔を青白くさせ、瞳は閉じられてしまった。

死ぬのか?

寒気を感じるぐらいの絶望感が俺を襲った。
今抱きかかえている軽い身体も消えてしまうのか?

「・・。」
「団長、大丈夫です?超ヤバっ、くさっ!」
「うわっ、だ、団長、、ちょっとまっ魔力がっ!」

周囲の声は何も聞こえなくなった。
この腕の感じる温もりと重さが怖い・・ってなぜ?分からない。混乱する頭は魔力を暴走させ竜巻を起こしかけたところで、
「ま、待って団長っ?」
「っ!!」
起こりかけた竜巻がふっと消えた。
なぜなら、俺の暴走する魔力は天使の中に吸収されていく。
・・甘い快感とともに。
「っ・・治癒魔法を・・。」
いまだかつてない快感に息苦しさが増す。
「えっ?あ、ち、治癒??」
震える声で取り乱すマドックに指示を出すと俺と天使が柔らかな光に包まれる。
すると天使の顔に朱がさした。

安心した俺は急いで騎士団の俺の部屋へと天使を急いで連れ帰った。
また消えてしまう前に。

目を覚ました天使は俺を見ると〈嬉しい〉と笑み崩れた。
こんな顔を向けられた事のない俺は自身の魔力が体内で暴れるのをどうにか押さえ込んだ。周りは天使の放つ異臭にダメージを受けているが、魔法薬を飲んだ俺にはなんだか甘い香りさえ感じる。
強力な魔法薬で嗅覚は機能しないというのに。

この天使は・・何者だ?


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