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 数日後。
 蒼は珍しく午前中で学校を早退した。普段は真面目に通っているが、今日はなぜか胸騒ぎがして、早く溜まり場に行かなければと思ってしまった。
「あれ? 総長だ。今日は早いですね」
「ああ、ちょっとな……」 
 溜まり場に着くと、いつものように皆が迎えてくれた。これはいつもと変わらない。
 あの胸騒ぎは気のせいだったのか?
 それならその方がいい。そう思いながら皆と話していると、学校が終わった上原や他のメンバーもいつの間にか合流していた。




 あれから舞が現れる事はなく、BLUEの面々はごく平和に過ごしていた。
 できれば今日も何事も無く終わりますように。
 そう願うも虚しく、やはり問題は向こうから近寄ってくる。突然、下っ端らしきメンバーが溜まり場へと駆け込んできたのだ。
「すみません!助けてください!BLACKのメンバーに絡まれて……!」
 すでに殴られた後らしく、少年の顔は腫れ上がっていた。
「どこだ!?」
「西区と東区の境です。歩いていたら突然殴りかかってきて……!」
「待ってろ!すぐ行く!」
「待て!」
「総長!?」
 チームのメンバーが我先にと駆け出そうとするのを止め、上原と視線を交わす。彼も同じ事を思ったらしく、蒼を見て頷いた。
「上原、頼む」
「みんな落ち着きなさい。ちょっと君、そいつは金髪だったか?」
 上原が問いかけると周りにいたメンバーが騒ぎ出した。
「金髪……舞か!?」
「また現れやがったか……!」
 ざわざわと言葉が飛び交い、その場が一気にうるさくなった。
「……はい、おそらく。他にも何人かいます」
 少年は絞り出すように答え、黙ってしまった。それを聞いて蒼は決意する。
「……俺が行こう。舞がいるなら確認したい」
 蒼が言い出すと上原も便乗した。
「じゃあ俺も行きます」
「お前は待ってろよ。幹部がみんな出て行ったら何かあった時に対応しにくいだろ」
「大丈夫です。速水も斉藤も大津もいますし」
「ええ!? 俺行っちゃダメなんスか?」
 速水が不満そうに口を尖らせた。好奇心旺盛な速水は、舞を見たくて仕方ないのだろう。
「速水、お前は俺について来い。上原は待機だ。俺に何かあったらお前が指揮を取れ。いいな?」
「……分かりました」
「いいんスか!? やったー!」
 蒼がいつもより声を低くして言い聞かせると、速水は両手を上げてはしゃいでいた。逆に上原は大人しくなった。
「上原?」
 そんなに行きたかったのだろうか。
「何かあったらだなんて言わないで下さい。あなたの悪い癖ですよ? 何かあったらすぐに帰って来ること。いいですね?」
「あ、ああ……悪い」
 彼なりに心配してくれているらしい。中学からの付き合いという事もあり、蒼の性格を分かっているのだ。
「総長~早く行きましょうよ~」
 速水がそわそわと落ち着かない。早く駆け出したい! と言わんばかりに身体を動かしていた。
「……上原、頼んだぞ」
「はい、お気をつけて……」
 なんだか申し訳ない気持ちになってしまったが仕方がない。あとは上原に任せ、速水と数人のメンバーと共に目的地へと急ぐ事にした。
 
 



 少年の案内する場所に着いてみると、そこは西区と東区の境にある繁華街の一角だった。表は人通りも多く明るいが、路地裏に入ると途端に暗くなり、何かあっても見つけにくい。栄えた街の、表と裏を象徴するかのような場所だ。
「あ、あそこです!」
 案内人の少年が示した場所では、チームのメンバーらしき少年達が乱闘騒ぎを起こしていた。周りを歩く人々は気づいているものの、皆が見てみぬふりだ。誰だって巻き込まれたくはないのだろう。
「おお~、やってるねえ……。総長、俺も混ざってきていい?」
「俺たちも! 総長、お願いします!」
「お願いします!」
 速水や連れてきたメンバー達は、早く行きたいとばかりに目を輝かせている。すっかり戦闘モードになってしまったようだ。
 こうなったら止められないのは蒼がよく知っていた。この人数ならば喧嘩をさせてもいいだろう。
「……ダメって言っても行くんだろ?いいよ、行って来い」
 投げやりに言葉を返すとにっこりと笑顔を返された。本当に嬉しいらしい。
「さっすが総長! 行ってきまーす!」
「じゃあ俺たちも……失礼します!」
「はいはい、頑張れよ~」
 颯爽と現れ、嬉々として乱闘の中に入ってきた速水達にBLACKのメンバーは対応が遅れたらしい。次々と倒されていく。速水達は楽しそうだった。
(舞は……もういないか)
 ケンカをしているメンバー達をよく観察してみるが、舞の特徴である、百七十センチ以下で金髪の少年はどこにもいなかった。周りを見渡してみても、そのような人間は見当たらない。もう逃げたのだろうか。
 どうやら、この騒ぎを起こした奴らは下っ端の人間らしい。速水が圧倒的な強さで一人、また一人と沈黙させていく。
 他のBLUEのメンバーもBLACKの奴らよりは強く、負けてはいない。だが、速水のスピードは別格だ。さすがはチームの幹部を任されている男である。
「ぐああああ!」
 速水が一人の人間を地面に沈めた。すると、こっちを見ながら手を振ってくる。
「総長~見てた!? 俺、カッコイイ?」
 その姿は無邪気そのもので、思わず吹いてしまった。
「プッ……お前、緊張感てモノをだな……」
「だって総長に見てもらいたいもん! カッコ良かった?」
 喧嘩に向かう前と同じキラキラした目で聞かれ、思わず素直に答えてしまう。
「あ~はいはい、カッコイイカッコイイ」
「やったー! 褒められた! 総長、愛してる!」
(あいつは一体、何歳だ……)
「おう、俺も愛してるぞー」
 ブンブンと手を振る速水に苦笑したが、反応が面白いのでこちらも同じように応え、手を振ってやる。それを確認した速水は再び乱闘の中に消えて行った。
(あっちは問題ないな……)
 ケンカは速水達に任せて他の場所を見てみよう。そう思い立ち、振っていた右手を戻そうとすると、突然背後からその手を掴まれてしまった。
「ひっ……!?」
「……愛してるって誰が誰を?」
 そして、聞こえてきたのは不機嫌丸出しの低い声。他の人間が聞けば、恐怖のあまり身が竦んでしまいそうな、そんな声だった。心なしか、背後の温度が下がったような気がする。
 しっかりと指を絡め取るように右手を繋ぎ、左手を蒼の腰に回した男は、愛おしそうに蒼の右手に口づけ、舐めていた。
「蒼ちゃん、浮気はダメでしょ?」
 ねっとりと舌を這わせ、指を口内に含まれる。舌の感触が生暖かく感じた。
 チュ……と指先を吸われると、背筋にゾクゾクと痺れが走ってしまう。
「や……やめ……」
「蒼ちゃん、感じちゃうの?」
 蒼の反応に気分を良くしたらしい男は、更に指を舐(ねぶ)ってくる。
「あ……阿知波……?」
 まさかこの男が。こんな小さな揉め事に出てくるなんてありえない。
 だが、この声は聞き覚えのある声だった。
「そうだよ、俺に決まってるでしょ? 蒼ちゃん、会いたかった」
 そう言って、その男……BLACKの総長、阿知波黒夜(あちはくろや)その人は、逃がさないとでも言うように、蒼の身体をしっかりと抱きしめた。
「蒼ちゃん……どうして会ってくれなかったの? 俺、会いたくてどうにかなりそうだった」
 蒼よりも十センチほど背が高く、体格も良い阿知波は、後ろから抱きしめながらうなじにキスを落としてくる。そして、まるで蒼の方が悪いとでも言うかのように責めてきた。
 勝手に惚れ、勝手に追いかけているのはこいつの方なのに、なんで俺が責められなければいけないのか。言い返したいがうまく言葉にならなかった。ある理由のせいで、ピンチに陥っていたからだ。
「あ、会えない、俺達は敵だ。それに俺は、お前が、」
「もう……まだそんな事言ってるの? 俺は気にしないのに。チームの奴らも黙らせるしさあ」
 首すじに顔を埋め、匂いを嗅いでくる阿知波。肩まで伸びた男の金髪が、蒼の首にまとわりついた。
「た、頼む、離……」

限界だ。このままじゃ―――。

「うん……やっぱ蒼ちゃんいい匂いだね……。相変わらず美人だし」
 大好き。愛してる。
 耳元でそう囁く阿知波の声が遠くなっていく。
「……蒼ちゃん? 震えて……?」
 急に黙ってしまった蒼の顔を訝しげに窺う阿知波。様子がおかしい事に気づいたようだ。
「……っ、」
 身体中がガタガタと震え、体温がどんどん下がって行くのが分かる。気持ちを切り替えようにも、もう遅い。
自分はもう、押し寄せる感情を振り払う事ができなくなっていた。
「蒼ちゃん……?」
 そして、眠っていたトラウマが呼び覚まされてしまった。
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