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12 side:阿知波

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side:阿知波


***


 蒼ちゃんに飯を作ってもらう約束をなんとか取り付けた。最初は嫌がっていたが、頼み込んで過去の話をしたらほだされてくれたらしい。
 蒼ちゃんは押しに弱い。それが俺限定ならいいのに、みんなに対してそうだから心配になってしまう。
 その優しさで何人を虜にしてきたんだろう。本当に罪な奴。
 蒼ちゃんは俺が飯を食ってる間に、風呂に入る事にしたようだ。「一緒に入ろう」と言ったら「来たら殺す」と言い残して風呂場に消えて行った。覗いてやろうと思ったが、今までの苦労が水の泡になりそうで我慢した。
 蒼ちゃんの心が確実に俺に向かっている自信はある。キスを許してくれたのがいい証拠だ。以前ならば言っただけで殴られていたから。
 抱きしめても嫌がらず、触れても「嫌じゃないかも」と言ってくれた。黙って胸の中に収まってくれるのが嬉しかった。
「……はあ」
 思い出すだけで頬が緩んでしまう。ああ、本当に重症だ。俺がこんな事を思う日が来るなんて。
「責任、取ってもらわねえとなあ……」
 そう誓いながら、蒼ちゃんに思いを馳せた。






 まずは腹ごしらえをしようと目の前に置いた肉じゃがに箸を伸ばす。
 さて、どんな味がするんだろう。蒼ちゃんが作ったものなら多少不味くても我慢するつもりだった。
 だが、俺の予想は外れた。
「……何これ、めちゃくちゃ美味い」
 蒼ちゃんの作った肉じゃがは、高校生男子が作ったとは思えないほど美味だった。
 すごい。お店でも出せるんじゃないだろうか。
 味付けも完璧で、家庭的な味だが一度食べたら病みつきになる。今まで食べたどの肉じゃがよりも美味かった。ビールにもよく合い、食が進んでしまう。あっという間に平らげてしまった。
 蒼ちゃんにこんな才能があっただなんて驚きだ。美人で、優しくて、強くて、料理も上手くて家庭的。
 まさに理想の嫁。女でもなかなかいないだろう。
「やべえ……蒼ちゃん最高……」
 感動して思わず口に出してしまう。出会えた奇跡に感謝した。
 感動に打ちひしがれていると、風呂場の扉が開く音がした。
 タオルで頭を拭きながら出てきた蒼ちゃんは、白いTシャツに黒いジャージという普通の格好なのに色気が半端なかった。濡れた髪のせいだろうか。
 思わず箸を落としてしまうと、蒼ちゃんが怪訝な顔をした。
「おい、箸落としたぞ? どうした間抜けな顔して……」
「あ……ごめん」
 慌てて拾うが、蒼ちゃんから目が離せない。あまりの色香に落ち着いていた下半身が疼き出しそうだった。
 でも、ここでまた襲ったら、せっかく近づいた蒼ちゃんとの距離が離れてしまう。必死に自分を鎮めて落ち着かせようと試みる。
 そんな俺に気づく事なく、蒼ちゃんは冷蔵庫に冷やしておいたチョコレートをつまんでいた。口の隙間から覗く赤い舌がやたらエロい。食べてるだけなのにエロいってどういう事だ。首にタオルを巻いてるのにエロいってどういう事だ。
「ヤりてえ……」
「何?」
「何でもない」
 そう思ってるのがバレたら、蒼ちゃんが怒るのは間違いない。慌てて知らないふりをした。
「じゃあ、俺寝るから。片付けとけよ」
 そう言って蒼ちゃんは棚から袋を取り出し、何かの薬を飲んでいた。風邪だろうか。
「何の薬?」
「……精神安定剤と睡眠剤。飲まないと眠れねえんだ。体調も悪くなるし」
「あ……ごめん」
 また地雷を踏んだようだ。申し訳なさに眉を下げると、蒼ちゃんは気にすんなと首を振った。
 けど、薬を飲むほどだなんて相当酷いのではないだろうか。
「その……いつから……?」
「中学から。あの事件の後だな」
「……ごめん」
「いや、お前はもう知ってるし構わねえよ」
 蒼ちゃんは淡々と話すが、罪悪感が心を占めていく。気まずそうな俺を見て、そういえば。と蒼ちゃんが手を叩いた。
「今日は薬飲む前から眠かったんだよな。お前に初めて会ったあの日も。お前さ、一緒にいると眠くなるって言われた事ある?」
 蒼ちゃんが聞いてくるが、今まで生きてきてそんな事言われた覚えはない。
「ないけど……」
「そうか……じゃあ何なんだろな」
「初めて会った日って……カラオケ?」
「そう。俺気づいたら寝てただろ? 薬なしで寝れたの久々だったからびっくりしてさ」
 薬が無いと眠れないのに、俺がいると眠れる……蒼ちゃんは気づいていないが、それはものすごい告白だ。だって、俺がいると安心できるって事じゃないのか?
 思わず顔がにやけてしまった。
「へえ……添い寝してやろうか?」
「却下」
 やっぱり蒼ちゃんはつれなかった。





「じゃあ、入ってくんなよ」
 そのまま寝室に入ってしまった蒼ちゃんだったが、何かを思い出したようでもう一度顔を出した。腕には布団を抱えている。
「これ、布団」
「ああ、サンキュ。あとさ」
「何?」
「着替え貸して? 何にも持ってきてない」
 今日は財布しか持ってきていなかった。
「……そのまま寝れば?」
「だって汗かいたし、風呂も入りたい。蒼ちゃんだってこのまま汗まみれで寝られるの嫌でしょ?」
「……」
 蒼ちゃんは無言で寝室に戻り、着替えを出すと俺に投げつけた。見事に顔にヒットする。
「ぶっ」
「サイズとか小さくても我慢しろ」
「うん」
「じゃ」
 パシンと音を立てて戸は閉まってしまった。何も言わなかったって事は風呂に入っていいって事だよな。
 渡された着替えは、黒いTシャツとジャージだった。蒼ちゃんはモノトーンが好きなんだろうか。
 広げてみると、Tシャツは俺の体格でも入りそうなサイズだし、ジャージもなんとか大丈夫そうだ。適当に渡しても良かったのに、俺に合わせて選んでくれたのが嬉しくてたまらない。本当に世話焼きなんだな。
 Tシャツに顔を埋めると、蒼ちゃんの匂いがした。思わず下半身が反応してしまう。
「ヤバ……」
 急いで食器を片付け風呂へと向かう。
風呂まわりも綺麗に整えられていて、カゴの中には蒼ちゃんが脱いだらしき服が入っている。
「……」
 そっと手に取り匂いを嗅ぐと、蒼ちゃんの体臭と汗の匂いがした。なんというか、幸せな気持ちになった。
「はあ……ほんとヤバい……」
 結局、蒼ちゃんを思いながら二回ほど抜いてしまった。匂いだけでイけるなんてバカか俺は。
 でも、いつか風呂場でセックスしたい。膝に乗せて、後ろから突き上げたらきっと気持ちいいに違いない。向かい合わせに乗ってもらうのもいいよな。ついつい妄想が膨らんでしまう。
 いろんな意味ですっきりしてから風呂場を出ると、脱衣所の棚に俺があげたブレスレットが置いてあるのに気づいた。風呂に入る時に外して忘れたんだろう。
「あれだけ言ったのに……蒼ちゃんのバカ」
 普段着けるクセがないなら仕方ないのかもしれない。けど、ちょっと悲しい。
 ブレスレットを手にして脱衣所を後にすると、家主が寝てしまったためか静けさが部屋中を包んでいた。蒼ちゃんが起きてくる気配はない。
「ん?」
 テーブルの下で何かが光っていたので近づいてみると、蒼ちゃんのスマホだった。寝室に持って行くのを忘れたらしい。
 誰かからメールか着信があったようだが、勝手に見たら怒られそうな気がした。だから放っておいたが、時間を置いて再びスマホが震え出してしまう。
「うるせえな……」
 止まっても何度も震え出すのでうるさくて仕方がない。誰からなのか確認するだけならいいよな。もしかしたら雅宗さんか上原かもしれないし。
「蒼ちゃんごめん」
 スマホが震え出した時を見計らって、それを手に取り開いてみる。画面には電話番号と同時に「梢」と表示されていた。
「こずえ……? 女か?」
 蒼ちゃんの周りに梢なんて名前の男はいないはずだ。調べたから分かる。だとしたら女……。
 そう思ったら通話ボタンを押していた。
「……」
『あ、もしもし蒼君!? 良かったあ出てくれて……もう出てくれないかと……』
 やはり女だった。何か慌てているような気もするが、話し方はやけに馴れ馴れしかった。
「……お前、誰」
『え!?』
「誰って聞いてんだけど」
 蒼ちゃんと女という繋がりが許せなくて、つい不機嫌になってしまう。
『これ……蒼君のスマホですよね?』
 いきなり聞こえた蒼ちゃん以外の声に驚いているらしい。女はうろたえている。
「そうだけど、あいつもう寝てるから。こんな夜遅くに何度もかけるなんて非常識じゃねえの?」
『あ……』
「用件は?」
『あの、蒼くんに大事な話が……』
「そうか、伝えとく」
『あの……!』

 ピッ。

 女が何かを言いかけていたが、構わず切ってやった。こんな遅くにかけてくるなんてろくな用事ではないだろう。
「梢、ねえ……」
 着信履歴を見てみると、先ほどからの着信は全てこの女だった。そんなに大事な用なんだろうか。
「蒼ちゃん、浮気はダメって言ったよね」
 俺はスマホを置いて寝室の扉に向かう事にした。
 スライド式の扉を静かに開けて中を窺うと、向かって右奥に備え付けられたベッドに蒼ちゃんは寝ていた。こちらを向いているが、身動き一つしていない。
 近づいてみると、規則正しい呼吸音が聞こえ、胎児のように丸まった体勢で眠っていた。なぜか右手でタオルケットの端を掴んでいる。
「可愛い……」
 その仕草と穏やかな寝顔がなんだかあどけなくて、思わず笑みが浮かんでしまった。
 ベッドの側に座り、蒼ちゃんの寝顔を観察するが、ここまで近づいてみても起きる気配はない。薬が効いてるんだろうか。
「う……ん……」
 持っていたブレスレットを蒼ちゃんの左手首に嵌めた後、ずっと見ていたら蒼ちゃんが身動きして上を向いた。少し口が開いていて色っぽい。
 ああ、この唇に吸い付きたい衝動が止まらない。
「……」
 頬を指先でつついてみても反応はない。
「ちょっとだけ……」
 起きたら謝ればいいか。無防備すぎる蒼ちゃんが悪いのだ。
 音を立てないようにベッドに上がり、蒼ちゃんに跨がった。やっぱり起きる気配はない。
 蒼ちゃんの顔をじっと見ると、頬がさっきよりも腫れていた。手を当てると熱を持っている。
『一度ヤればそれで終わり……違うのか?』
 聞いた瞬間、カッとなって思わず叩いてしまったが、思いのほか力が入っていたらしい。罪悪感に心が沈む。
 そう思われていたのが何よりもショックで、情けなさに涙が出そうだった。自分のしてきた事を後悔するなんて生まれて初めてだ。
「ごめんね蒼ちゃん……」
 蒼ちゃんの過去は衝撃だったが、それを知っても尚、この気持ちが褪せる事はない。それどころか、より一層守りたいという気持ちが強くなった。
 そっと唇を寄せて頬に口づけると、蒼ちゃんが身をよじって顔を背けた。くすぐったいらしい。
「可愛すぎ……」
 こんな些細な事まで可愛いと思えるなんて、俺はもうどうしたらいいんだ。
もし、蒼ちゃんが自分から誘ってくれる日なんて来たら……。
「ヤバい……」
 考えただけで下半身に震えが走った。
「好き……」
 蒼ちゃんの顔にキスの雨を降らせ、時には舐めたりしながらその味を堪能する。汗のせいで少ししょっぱかった。本当は舌まで入れたいが、そこまでしたらさすがに起きてしまうだろう。抑えるのに苦労した。
 前から思っていたが、蒼ちゃんはキスが上手い。こっちから仕掛けておきながら危うく翻弄されそうになってしまう。
もし、あれが無意識ならばタチが悪い。
 抱きしめて首に顔を埋め、蒼ちゃんの匂いを堪能する。なぜだか分からないが、蒼ちゃんはいつも良い香りがした。香水とはまた違った、安心するような、心が落ち着くような不思議な香りだ。
「は……たまんね……」
 すんすんと匂いを堪能していると、蒼ちゃんが身じろぎして何かを呟いた。
「……ん……、あ……ちは……」
「……!」
 蒼ちゃんが寝言で俺の名を呼んでくれている。これは夢ではないのか?
 嬉しさに心が躍った。
 もう一度聞きたくて耳を澄ましてみると、今度ははっきり聞こえてきた。
「……阿知波……死ね……」
 だが、それは甘い言葉とはほど遠かった。こんなに尽くしているのにあんまりだ。
「酷い……蒼ちゃんのバカ……」
 蒼ちゃんは気持ち良さそうに眠っている。自分だけが振り回されているのが悔しくて、少しだけ困らせてやろうと思った。
「いたずらしてやる……」
 蒼ちゃんの首に吸い付いてきつく吸うと、くっきりと赤い痕がついた。服を着ても隠れない位置だ。
 今の季節は薄着が多いから困るに違いない。起きないのをいいことに、他にも腕と腹や背中など、蒼ちゃんが自分で見れない位置にたっぷりと付けてやった。
「おやすみ蒼ちゃん……」
 もうこのまま一緒に寝てしまおう。入るなと言われたが構わない。蒼ちゃんが魅力的すぎるのが悪いのだ。
 蒼ちゃんの胸にしがみつくように顔を寄せると、心臓の音が規則正しく聞こえてくる。それがすごく心地良くて、そのまま眠りに落ちていった。

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