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5 side:白坂

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 SHINEとの話し合いの当日、時刻は夕方に差し掛かる頃。
 黒夜は面倒くさそうにしながらも、溜まり場に集まったメンバー達に指示を出していた。
「SHINE幹部の前に出るのは俺と白坂、それと当事者だけでいい。他の奴は橘と風間と一緒に隠れていてくれ。もし交渉が決裂したら合図をする」
「「「はい!!」」」
 選ばれたメンバー達はすでにそのつもりなのか、いつもより落ち着かない様子だった。無理もない。ここまで緊迫しているのはBLUEとの抗争以来だから。
 どうやら今回の作戦は「下手に出るが相手次第」という事らしい。こちらからは何もしないが、もし相手側が手を出した場合はそれなりの報復をするつもりだと言っていた。
 共に連れていくメンバーを厳選し、そう告げた黒夜は呑気にタバコを吸っていた。本当にこいつは余裕がありすぎて緊張感が足りない。まあ、トップがこのくらい余裕があれば下の奴らも安心なんだろうが、こいつは昔から何かが欠落しているとしか思えなかった。灰路も同じ事を思ったのか、黒夜を見て苦笑している。
「クロ君余裕ありすぎ~もっと緊張感てものをさあ……」
「あ? 焦ったって状況は変わんねえだろ。俺は早く片付けて蒼ちゃんとこに行きてえ」
 そう零す黒夜は本当に迷惑そうだった。
 本来ならば、自分が出なくても良かった事件だ。望月に想いが通じた今、不安定になっている彼のそばにいてやりたいんだろう。彼がそれを望んでいるかは別として。
「そういえば蒼ちゃんは? 学校行ったのか?」
 昨日望月はあれから眠り続け、俺と灰路が帰る頃になっても起きなかった。
 ちなみに、黒夜と綾都は心配だからとそのまま泊まっていた。過保護すぎる気もするが、まあ、確かにあの状態で一人にするのは心配だよな。
「熱がまだ高かったから休ませた。今は上原がついてる」
「上原も休んだの?」
「いや、今日は西高が午前中で終わりなんだとさ。数時間なら一人にしても大丈夫だろうって。さっき電話したら上原が出たんだけどよ、あいつが行くまでずっと寝てたらしい。また飯を食ってなかったって言ってた」
「……」
 心配なのは分かるが、数時間なら一人にしても大丈夫って……なんか望月が子どもみたいな扱いだな。今の弱ってる状態がそうさせるのか?
「すげえな……」
「うん……クロ君、なんか別人みたい……」
 黒夜も綾都も他人の事を心配するような人間ではない。それは今までの付き合いからよく知っている。二人をそこまで心配させる望月の偉大さを改めて実感した。 





「そろそろそいつら起こしとけ」
 何本目かのタバコを吸い終わった後、黒夜が一番近くにいた奴らに向けて命令した。
 視線の先には、腕を縛られたまま放置された複数の少年……SHINE幹部に暴力を働いた、今回の大元の原因になった奴らが転がっていた。知らなかったとはいえ、勝手に他のチームの人間に手を出し、あまつさえ、総長自ら出るほど事を大きくしたその罪は大きい。自分達のした事を自覚させるため、それから、この件はこちら側の幹部も不本意であり、きちんと詫びる気持ちがあるのだとSHINEへ分からせるため、黒夜自ら制裁をした。
 舞の仲間の時と同じように、少年らは全身に殴られた痕が残っていた。自力で歩くだけの体力は残しているはずだが、黒夜に制裁された時点で刃向かう気力は残っていないだろう。その証拠に、皆がぐったりとしたまま身体を起こされていた。
「前言撤回。相変わらずクロ君酷いよねえ。変わったと思ったけど変わってなかったわ」
 灰路はそれを見ながら感心している。そういえば、こいつは舞の仲間の時はまだいなかったっけ。
「ああ……お前あの日はまだ入院中だったもんな」
「あの日って?」
「黒夜と蒼ちゃんが初めてキスした日」
 そう言った途端、灰路の目が輝き出した。
「何それ~! 超見たかった!」
「まだ黒夜も余裕なかったからな。面白かったぞ」
「どんな風に?」
「こいつ、蒼ちゃんに全然信用されてなくてな。舞の事はこいつの差し金だと思われてた」
「うはっ! 超ウケる~! 良かったねえ誤解が解けて」
 灰路は憐れむような目を黒夜に向けていたが、心底楽しそうだった。
「白坂ぁ……余計な事言うんじゃねえよ」
「「だって楽しいじゃん」」
「チッ……てめえら後で覚えてろ……」
 黒夜は忌々しそうに舌打ちした後、新しいタバコを吸い始めた。何を言っても聞かないと諦めたらしい。
「恋人ができると俺もこうなるのかなあ……考えられない」
「俺も」
 黒夜を見ながら灰路がぼそりと呟くが、俺も全く同じ気持ちだった。今まで何人かと付き合った事はあるが、ここまで相手中心になった記憶はない。付き合っても女は面倒な生き物だと再認識するだけで、今ではもう付き合いたいとも思わなくなっていた。身体だけの方が楽だし。
 灰路は黒夜とは違って女は大事にするタイプだが、やはり今まで誰かと正式に付き合った事がない。どうやら博愛主義らしく、「みんなの橘君でいたい」とふざけた事を言っていた。それでも女に不自由した事がないのだから、似たような思考の女が集まるんだろう。それはそれで楽しそうだった。
 すると、灰路が好奇心丸出しで黒夜に聞いた。
「ねえねえクロ君、蒼ちゃんとのエッチはどうなの? そんだけ蒼ちゃんにハマったって事は、やっぱエッチが凄いんだよね?」
「あ? まだヤってねえけど」
「……」
 灰路は無言で黒夜の額に手を当てた。
「……ない」
「熱なんかねえよバーカ」
「え~? ありえない~クロ君がエッチ以外で惚れるなんて……なんで惚れたのさ」
 灰路は絶句しながらも食い下がり、なんとか二人の馴れ初めを聞き出そうとしていた。そういえば詳しく言ってなかったっけ。
「あ~……去年だな。ほら、俺が薬盛られた時。お前も遊びに来てただろ」
「薬……ああ、クロ君の食事に混ぜてあったヤツ?」
「そう……その後SHINEとぶつかっただろ? あの後」
 黒夜は去年、何者かに薬を盛られて体調を崩した事があった。しかも、運が悪い事に、その日はSHINEとの交戦の日で、すこぶる機嫌が悪かった黒夜は、悪鬼の如く手当たり次第にSHINEの奴らを潰していた。体調のせいで総長だけは引き分けになっていたが、チームのメンバー達は「あの日の総長を思い出すだけで震えが止まらなくなる」と口々に言っていた。初めて望月と戦った日と同じように、もはや伝説になりつつある。
「あの後何があったの?」
「帰りに偶然蒼ちゃんに寄りかかって、倒れそうになって、そのまま介抱してもらった」
「え? 初対面だよね?」
「ああ。そのまま一晩付き添ってくれた。それから忘れらんなかった」
「……蒼ちゃんすげえ……お人好しというか……優しすぎっつーか……」
 灰路は望月の優しさを改めて実感したのか、脱力しながら感心している。確かに、初対面の奴に一晩付き添うなんてなかなかできないよな。俺だったら無視して帰るし。
「うっせーな……それがあいつの長所なんだからいいんだよ。まあ、それが俺限定じゃねーのがムカつくけどな……」
 黒夜は不満そうに零しているが、みんなに平等な優しさがなかったら、自分も相手にされなかったと分かっているらしい。それ以上文句を言う事はなかった。
「ま、その話はこのくらいにして……そろそろ行くか」
 黒夜に言われて時計を見れば、指定された時刻より一時間前だった。ここから目的地までは四十分ほどかかる。今から出れば充分間に合うだろう。
「そうだな……」
「じゃあ、行きますか!」
「お前ら! そろそろ準備しろ!」
 灰路は気合いを入れてやる気になっている。黒夜もチームの皆に準備を促していた。俺もそれに続こうと腰を上げたが、兄貴の店へと続く扉がキィ……と音を立てて開いたのに気づいた。 
 その瞬間、辺りがさらにざわめいた。次いで聞こえてくるのは、しっかりとその人物に挨拶をする声。
「こ、こんにちは!」
「雅宗さん! お疲れ様です!」
 扉の向こうから現れたのは兄貴だった。皆の声に頷きながら、まっすぐに俺達の元へ向かってくる。
 ほとんどのメンバーは兄貴が初代総長である事を知っている。敬意を払うのは当然の事だった。それでも、当時を知らない奴の中には「今はただのバーの店主」と見下し、舐めてかかる奴もいた。いつも柔らかい微笑みを浮かべているせいだろう。そういう奴は、決まってものの五分で考えを改める事になる。
 …逆らってはならないと、拳で身体に覚えさせられるのだ。しかも、兄貴自らの手によって。
 兄貴は黒夜よりも強い。幹部ですらないただのメンバーが勝てる訳がなかった。
 それは、メンバーが増えると定期的に起こる現象で、俺達にとってはある意味イベントのような物になっていた。
 メンバー達の視線をものともせず、俺達の前まで来た兄貴は、いつものように微笑みを浮かべていた。
 引退してから今までの間、チームに関して口を挟む事はなかったというのに、一体どういう風の吹き回しか。
「お前達、ちょっといいか?」
「どうしたんですか?」
 黒夜も珍しく敬語で話している。こいつも兄貴に逆らえない一人だった。昔は何度か果敢に挑んでいたが、絶対に勝てないと思い知ってからは諦めたそうだ。
「これ、俺からの餞別」
 はい、と兄貴は黒夜に紙袋を渡した。
「「「これは……」」」
「もしもの時に使いな。相手は頭が切れるんだろ? SHINEの頭は代々そういう奴が多いからな……念のため」
 袋の中には、スタンガンと催涙スプレー、さらに伸縮式の特殊警棒など、武器になりそうな物がいくつか入っていた。ある意味反則のような商品ばかりだ。
「うわ~……雅宗さんえげつないね~」
「素手よりは心強いだろ?」
 悪びれもせずにそう零す兄貴は、楽しそうに笑っている。その笑顔が本当に怖い。
 こいつ、絶対に楽しんでる。
 ここ数年は丸くなったと思っていたが、やはり本質は変わっていないらしい。まあ、性格は何があっても変わんないよな。 
 「ありがとうございます。もしヤバかったら使います」
「ああ、頑張れよ……と、あともう一つあったんだ……忘れてた」
「何ですか?」
 兄貴はごそごそとポケットからスマホを取り出したかと思うと、どこかに電話を掛けた。
「「「……」」」
 少しの呼び出し音を鳴らした電話はすぐに繋がった。一体誰に掛けたんだろう。
「あ、今大丈夫か? 起きてる?」
『……』
「ああ……ちょっと代わってくれ」
 誰かに代われと頼んだ兄貴は、すぐに黒夜にスマホを渡した。
「誰ですか?」
「まあいいから。とりあえず出てみな」
「……はあ」
 相手が誰だか分からないまま、黒夜は渋々といった感じで電話に出ていた。兄貴の頼みは断れないんだろう。
「もしもし……」
『……?』
「……え」
『……、……?』
「う、うん、今から……」
 なぜか電話に出た途端、黒夜の口調が変わった。この喋り方はもしかして……。
「兄貴、蒼ちゃんか?」
「ああ。さっき起きたって綾から連絡があってな」
 兄貴は黒夜を見ながら「本当に喋り方が変わるんだな」と笑った。黒夜はさっきまでの態度が嘘のように、嬉しそうに話している。
「うん……身体は大丈夫?」
『……』
「うん……終わったらすぐ行くから」
『……』
「なんで!?」
『……』
「うん……頑張る……上手くいったらご褒美くれる?」
『……』
「……うん、またね」
 途中わずかに声を荒げた黒夜だが、会話が終わったのか兄貴にスマホを渡していた。最後には納得していたが、何の話をしてたんだろう。 
 「ありがとうございます」
「ああ……やる気になったか?」
「はあ」
「お前が面倒くさがってるって聞いてな。景気づけだ」
 黒夜はばつが悪そうに頭を掻いている。きっと綾都あたりが詳しく言ったのかもしれない。
「クロ君、蒼ちゃんなんだって? 終わったら行くの~?」
「……来てもまともに相手してやれないから、今日は来るなだって」
「「ぶはっ」」
 ヤバい。やっぱりツボすぎる。灰路も同じ事を思ったのか、同じように吹いていた。
「あはは~蒼ちゃんらしいね!」
「まあ、体調悪い時にあんなに構われたくないだろうしなあ……」
 昨日見ていて思ったが、黒夜の蒼ちゃんの構い方は異常なほどしつこい。相手からすれば疲れるだけだと思う。体調が悪い時なら尚更だ。
「うるせえぞお前ら……でも、ちゃんと頑張れよって言ってくれたし」
 黒夜はいきなりデレデレし始めた。よほど嬉しかったんだろう。今まで望月に頑張れなんて言われた事ないだろうから。
 すると、兄貴が笑いながら俺達の肩を叩いた。
「ま、頑張って来いよ。俺は蒼君の家に行ってくるから」
「は!? なんでですか……」
「何かあったらまずいから一応な。BLUE側の詳しい話も聞きたいし」
「……」
「あとは夕飯作り? 蒼君に栄養のあるもの食べさせないと。綾は料理できないからさ」
「……」
 黒夜は羨ましそうに兄貴を見つめていた。本当はSHINEの所など行かず、自分がそばにいたいんだろう。その気持ちは分からなくはないが、お預けされた犬みたいで本当に笑える。
 というか、望月の中の優先順位が知りたい。確実に兄貴と綾都は黒夜よりも上っぽいけど。
「……て事で、こっちは任せて行ってこい!」
 兄貴は俺達の背中を勢いよく叩いて押し出した。黒夜はまだ不満そうにしていたが、兄貴に言われては仕方ないと諦めたらしい。
「じゃあ……行ってきます……」
「兄貴、よろしくな」
「雅宗さんまたね~!」
 にこやかに手を振る兄貴に見送られ、俺達はそれぞれバイクに跨がった。ちなみに、事件の当事者は車の免許を持っているメンバーが運ぶ事になっている。
「よし、目的は隣街、SHINEの溜まり場だ。相手は一筋縄では行かない連中だ。みんな心してかかれ。いいな?」
「「「はい!!」」」
 黒夜の号令と共に、いくつものバイクのエンジン音が鳴り響いた。さあ、いよいよ出発だ。
「頑張れよ~」
 次々と出発する俺達の背に、兄貴ののんびりとした声が聞こえてきた。それに手を振って応えながら、これから始まる修羅場に向けて意識を集中させていった。 



***


 SHINEの溜まり場は、街の中心部から少し離れた場所にあった。倉庫だらけと言えばいいのか、周りには住宅や施設などが何もない。これならどれだけ暴れたとしても迷惑をかける事はないだろう。
 指定された場所は三番倉庫。建物の壁に大きく「3」と書いてある。
「じゃあ、橘達はここで待機な」
 黒夜は早く済ませたいのか、さっさと行こうと促した。さっき兄貴が「望月の家に行く」と言ったせいか、かなり不機嫌になっている。自分はダメで兄貴はいいというのが納得いかないらしかった。ウケる。
 こんな日にSHINEも気の毒だなあと心の中で爆笑していると、灰路が手を上げた。
「ねえクロ君、質問があるんだけど~」
「なんだよ」
「さっきさ、雅宗さんが言ってた“綾”って誰? 雅宗さんの女? 女なんか作るような人だったっけ?」
「「お前知らなかったっけ?」」
 いかん。つい黒夜とハモってしまった。
「聞いてないよー! 俺の知らない間にいろいろありすぎ!」
「……」
 そういえば、黒夜にも言ったばかりな気がする。もしかしたら言ってなかったかも。
 自分の記憶力に疑問を抱きながら、憤慨している灰路に教えてやった。
「綾ってのは綾都の事だ。上原綾都」
「上原? なんで雅宗さんと知り合いなのさ。チームも違うし……あれ? でも昨日、上原も雅宗さんて言ってたような……」
 灰路は首を捻りながら考えている。二人の接点が見つからないらしい。
「まあ……いろいろとあったみたいだぞ? ちなみに二人は恋人同士だ」
「はあ!?」
 灰路は絶句している。兄貴に恋人というのも信じられないらしいが、相手が綾都という事でさらに混乱していた。
「うう……馴れ初めが知りたい……」
「お前そればっかだな……俺らの時も言ってたし」
 黒夜が茶化すように呟くが、灰路は口を尖らせていた。
「だって気になるし! みんなありえない組み合わせばっかりなんだもんよ~」
「まあ……それは言えてるけどな……」
 黒夜も兄貴も、選んだのは予想外の相手だった。しかも男。二人の性格を知っている人間からすれば、絶対にありえない事だ。
「ま、詳しい話は後でな。白坂、行くぞ……そいつら連れて来い」
「ああ」
 黒夜の視線の先は、連れてきた当事者五人。すでに顔は青白くなっている。それを無理やり立たせて背中を叩くと、五人はびくりと姿勢を正した。
  「これはお前らが招いた結果だから。自分達の行動が、どんだけチームに迷惑を掛けたのか、しっかり見とけよ」
 俺が脅すように言ってみると、全員の顔が青白いを通り越して真っ白になった。きっと何も考えずにした行動だったんだろう。
 黒夜はもうこいつらを見てはいない。無表情のままSHINEの溜まり場へと歩いて行く。それがさらに恐怖心を煽ったようで、全員が身体中をガタガタと震わせたまま動けなくなっていた。
 すると、それに気づいた黒夜が振り向いた。
「……何してる。早くしろ」
「は、はひ!!!」 
 まさに鶴の一声。いや、鬼の一声といった所か。黒夜の声は一段と低く、今にも殺されるんじゃないかと思うくらい怖かった。





 目的の三番倉庫のシャッター前に近づくと、入口の前で数人の男が立っているのが見えた。きっとSHINEのメンバーだろう。見た所幹部ではなさそうだ。
「……阿知波さんですね?」
「ああ」
「少々お待ち下さい。中へ入られますか?」
「幹部が望んでいるのか?」
「いいえ、一応聞くようにと言われていました。拒否されたならそれで構わないそうです」
「そうか」
 黒夜が興味なさそうに一言言うと、男はフフっと笑い、お待ち下さい。とだけ残して奥へと入っていった。
 残りの数人は落ち着きなく身体を動かしている。もしかしたら下っ端なのかもしれない。
 それを見ながら黒夜が聞いてくる。
「どう思う?」
「まあ、あんま関係ねえんじゃねーの? 中に入れば向こうが有利になるけど、素直に聞くとは思ってないだろうしな」
「だよな」
 黒夜は納得したのか、再び倉庫を眺めていた。
「ん?」
 そのまましばらく待っていると、何かが軋む音がした。するとシャッターが上がり始め、中の様子が見えるようになった。
「……黒夜」
「ああ……やられた」
 中には幹部を中心に、SHINEのメンバーが勢ぞろいしていた。
 こちら側はほとんど黒夜と俺だけのようなものだ。もしこのままケンカになれば、苦しい展開になるのだけは分かった。
 シャッターの内側から出てきたメンバー達は、俺達から数歩離れた場所に移動し、囲むように配置されている。逃げられないようにという事だろう。思わず舌打ちしてしまった。
 黒夜を見ると、さっきよりも無表情になっている。
「……」
 これはヤバい。
 頼むから冷静に対応しろよと祈りつつ、これが終わったら、望月に頼んでこいつを宥めて貰おうと心の中で考えていた。 





 囲まれた俺達の前に、ようやくSHINEの幹部四人が姿を現した。一人は包帯を巻いていて、こいつが被害に遭った男だろうと推測できた。他のメンバーは険しい顔つきのままだ。
「あ」
 全員の姿を見た途端、なぜか黒夜が声を上げた。
「どうした?」
「いや……なるほどな」
「なんだよ」
「あの一番背の高い奴いるだろ? あいつ、蒼ちゃんを迎えに行った時に店にいた。蒼ちゃんに告白してきた奴の友人」
 黒夜は驚くべき情報を耳打ちしてきた。そんな偶然あっていいのか。
「マジ?」
「ああ……友人にSHINEのメンバーがいるって言ってて……自分がそうだったのか」
 黒夜は感心したように頷いている。そして一言こう呟いた。
「面白いから黙ってるか」
 とだけ言った。いざという時の為だろう。敵対している人物と知り合いだと分かれば、そこからチームの綻びが始まる可能性もある。
「了解っと」
 そんな面白そうな事に飛びつかないわけがない。しばらく見守る事にした。


―――。


「……打ち合わせは終わったか? ずいぶんと余裕だな」
 俺達がこそこそ話していると、SHINEの総長が話し掛けてきた。
「……まあな」
「久しぶりだな……阿知波」
「……」
 黒夜の不機嫌そうな答え方にも動揺せず、淡々と話す男は笑みを浮かべた。
 神影瑛貴。SHINEの総長であり、今は夕禅学園の生徒会長を兼ねているらしい。学園内では誰にでも愛想の良い優等生だという話だが、腹の底では何を考えているか分からない男だ。
 その証拠に、こいつの卑劣な手段にBLACKが負けそうになった事が何度もあった。黒夜の機転のおかげで罠には掛からなかったものの、それがなければ俺も負けていた可能性がある。そんな奴が総長になったのだ。警戒するのは当たり前だった。
 身体を強ばらせた俺を見ながら、神影が笑った。
「阿知波、お前の連れはずいぶん警戒しているな」
「まあ、こんだけ囲まれてちゃな……話し合うだけの筈だが……ちょっと大袈裟なんじゃねーの?」
「念のためだ。お前らは何をするか分からん」
「はっ! 本気で言ってんのか? 自分の事を棚に上げやがって……その台詞、そっくりそのままお返しするぜ」
「貴様……」
「なんだ図星か? また卑怯な手でも使うつもりだったか?」
 黒夜は馬鹿にしたように鼻で笑っている。神影の顔からも笑顔が消えていた。
 おいおい、初っぱなからこれかよ。
 睨み合う黒夜と神影。
 まわりの連中は、早くもバトルを開始した二人を真っ青な顔で眺めている。俺達が連れてきた奴らはすでに失神寸前だ。
「……」
 ここに望月がいてくれたら。
 そう思わずにはいられなかった。いたら少しは黒夜も落ち着いていたかもしれない。
「誰か何とかしてくれー……」
 俺の呟きは夜の空へと消えていった。 
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