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13 side:橘

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***


 登校して教室に行くと、クロ君がいなかった。まあ、いつもギリギリに来るか遅刻してくる人だから予想はしていたが、今日はいつもより遅い。昨日も蒼ちゃんの家に泊まると言ってたから、名残惜しくてなかなか来れないのかもしれない。心配で学校までついて行きそうな勢いだったし。
「おはよーミツ君。クロ君いないね~」
「あー……たぶん蒼ちゃん送ってってんだろ」
 ミツ君に話しかけると、俺の考えてる事と同じような事を口にした。さすがは長い付き合いだ。思考回路まで似てきたらしい。というかクロ君が分かりやすいのか。ホントマジウケる。
「クロ君本当に変わったねえ」
「まあ、蒼ちゃん絡みだけだけどな。蒼ちゃんがいないといつも通りだ」
「何それ超楽しい!」
「だろ? 笑えるよなー」
 ミツ君も色々というか、昨日の事を思い出さしたのかゲラゲラと笑っていた。あー、早くクロ君来ないかなあ。あれからの事を聞いてみたい。
 昨日は総長不在という事で、結局チームの皆には詳しい説明はしなかった。連れて行ったメンバーが少しは言ったようだが、大体の流れだけでクロ君と神影の会話や取引までは聞こえてなかったようだ。
『黒夜は急用で席を外した。詳しい話は明日するからまた集まってくれ』
 ミツ君は昨日、メンバー達にそう説明していた。何人かは不満そうだったがなんとか納得したようだ。俺もその場にいなかったからよく分からないし、クロ君がいた方が楽だろう。放課後改めて集まり、詳しく説明する事になったのだ。
「そんでさ~、他に何かあった?」
「あー……、後はなー……」
 ミツ君に他の話も聞こうとすると、教室の入り口がガラッと音を立てて開いた。視線をやればクロ君だった。心なしか眉間にしわを寄せていて、話し掛けたら殴られそうな雰囲気だった。
 クラスの奴はその気迫に気付き、あまりクロ君を見ないようにしていた。このクラスは比較的不良と呼ばれる奴が多いけど、やはりクロ君は怖いらしい。よく話す奴は挨拶をしていたが、それでもクロ君は頷いたり手を軽く上げただけで対応していた。
 クロ君はまっすぐに自分の席に向かった。場所は一番後ろの端っこだ。すかさずミツ君と共に追いかける。
「クロ君おはよー!」
「ああ……」
 机に伏せて寝ようとしていたクロ君に無理矢理話しかけると、やはりどこか機嫌が悪かった。蒼ちゃんとケンカしたのかな。やっぱいきなり家に突撃したから怒られたか?
「何だ機嫌悪いな。蒼ちゃんと何かあったのか?」
 するとミツ君がすかさず聞いていた。みんな考える事は一緒だな。
「あったと言えばあったけどー……」
「ケンカか?」
「違う……」
「じゃあ何だよ。機嫌わりいじゃん」
「そうそう、クロ君空気悪すぎ~」
「うるせえ……」
 クロ君は低く唸るような声で威嚇してきた。でも、俺らは慣れてるからこのくらいじゃ驚かない。まわりの空気は凍ってるけど。
「蒼ちゃんと何かあったんでしょ?」
「……」
 俺が聞いてみると、クロ君はピクリと眉を動かした。どうやら当たりのようだ。分かりやすいなー。
「お前分かりやすすぎ! 超やべえ」
「黙れ白坂」
「いいじゃんいいじゃん。早く話せよ。どうせ話すつもりだったんだろ?」
 ミツ君は笑いながらも続きを促した。早く知りたくて仕方がないようだ。
 クロ君はイライラを隠そうともせずに、舌打ちしながらため息を吐くと、自分の左手を俺達に見せてきた。よく結婚会見でよく見るような、手の甲を外側にしたやり方だ。
「これを見ろ」
「「ん?」」
 クロ君の左の小指には、シンプルなシルバーの指輪が輝いて……はいなかったが嵌められていた。クロ君はネックレスやブレスレットは好きで良く着けていたけど、指輪は一切していなかった。だから珍しい。
「どうしたのこれ?」
「蒼ちゃんに貰った」
「「ええーー!!!」」
 俺達はびっくりして大声を上げてしまった。だっていきなり指輪だなんて、全然蒼ちゃんらしくなかったから。
「なんで指輪……?」
「ああ……どんな状況だよ……早く聞かせろ」
 指輪を貰ったのに機嫌が悪いとか、一体何があったんだろう。
 クロ君は渋い顔をしながら話し始めた。


 



「……で、何か頂戴って言ったら、これくれた」
「「おお……」」
 まあ大体は予想通りだったが、クロ君は蒼ちゃんに縋っていた。寝ている蒼ちゃんを無理やり起こし、縋りついて何かくれと言ったらしい。何という迷惑な男なんだ。俺だったらうるせえと殴り飛ばして捨てるよ……。
 経緯的には、指輪は偶然引き出しに入ってたみたいな感じだけど、指輪って恋人達には特別な物だよな。蒼ちゃんは天然ぽいからあまり考えては無さそうだけど、これはクロ君にとってはかなり嬉しかったはずだ。今も不満そうにしながらも、指輪を見る度デレデレしてて気持ち悪い。
 ってか、何で不満そうなんだろ。
「クロ君、何で不満そうなの?」
「そうだよ。指輪貰ったんならいいじゃねえか」
 ミツ君も感じたらしく、同じ事を聞いていた。するとクロ君はため息を吐いて愚痴り始めた。
「蒼ちゃんはさあ……SHINEの総長と話すのは別に構わないとか言ってんだよ……」
「そうなの?」
「ああ、情報が入るなら別にいいじゃねえかって。舞のいたチームなら舞の事詳しく知ってんだろって」
「まあ……会った事ないならそう思うかもなあ」
 ミツ君はそう言ったが、蒼ちゃんは怖い物知らずだなあ。神影の性格や卑怯さを知った今では、俺もあまり会いたいと思わない。汚い手を平気で使う奴だし。俺も人の事言えないけど。
「神影の性格とか教えた~?」
「教えた。何されるか分かんねえし、口が上手いから騙されるかもしれない。俺の悪口ばかり言うかもしれねえし、向こうの総長に蒼ちゃんが落ちたら嫌だって言ったんだけどよ……」
「蒼ちゃんは何て?」
 クロ君は再びため息を漏らした後、頭を抱えながらぼそりと呟いた。
「……お前が最低なのは分かってるし、今さら悪口言われても気にしないから安心しろって」
「「ぶっ」」
 俺とミツ君は吹き出していた。
 やべえ。蒼ちゃん面白すぎる。確かにクロ君は最低な男だけど、心配してる相手に対してそれってなかなか言えないよなあ。まあある意味お似合いだけど。
「な、なら大丈夫じゃねえの? ぶっ」
 ミツ君はクロ君を慰めながらも、吹き出していた。まだツボに入っているらしい。俺も笑いを堪えようとしても思い出すと口元が弛んでしまう。
「あー……どうすりゃいいんだよ……」
 クロ君は頭を抱えて机に伏せてしまった。ミツ君はそれを見ながらクロ君に言う。
「一応兄貴と綾都にも言っといてやるよ。SHINEから連絡来たら知らせるように」
「……蒼ちゃんが一人であいつに会わないように言っといて」
「分かった」
「本当にクロ君心配性になったよねえ」
「うるせえ」
  クロ君は若干ふてくされてそう言ったが、実際に蒼ちゃんがSHINEに落ちたらクロ君はどうなるか分からない。この様子だと、発狂してSHINEやBLUEに乗り込んで行くかもしれないし、それだけは避けたい所だ。
 だから、俺も蒼ちゃんがSHINEと接触しないように何か考えよう。
 どう対策しようかと悩んでいると、担任の教師が教室に入ってきた。
「ホームルーム始めるぞー」
 まわりの生徒が次々に席に戻っていく。俺とミツ君も戻る事にした。
「じゃあねクロ君」
「……ああ」
 クロ君はそれから、授業が始まっても机に伏せたままずっと寝ていた。これで成績は良いのだから神様って不公平だよね。
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