15 / 16
終わりの星と巡る四季
第四章:冬
しおりを挟む
友人たちとの共同生活が始まってから一ヶ月が過ぎた。その間特に事件が起こるでも問題が発生するでもなく、至って普通の日々が過ぎていった。もちろん最初はお互いの生活ペースや習慣の違いで齟齬が生まれることもあったが、長年の付き合いのおかげもあって慣れるのはすぐだった。友人たちも各々やりたいことに没頭して楽しそうな日々を送っている。裏の森から何か拾ってきては工作に勤しんだり、部屋にこもってゲームしたり、どこからか古いドラマのDVDを探してきたり、ネットの配信をひたすら追ったり。それぞれ好きなことをして過ごしているようだった。ただ、それに熱中し過ぎて普段の生活を疎かにしたりしないあたりが友人たちらしいなと傍目に見ても感じた。生活リズムがおかしくなっている人は何人かいるので一概には言えないかもしれないけれど。それでも、基本夕食は揃って食べ、決められた家事はしっかりしてくれるので特に文句はない。まるで何年も同じ生活をしていたかのような感じすら覚えるほど、日々は何事もなく過ぎていった。
木枯らしが吹き、寒さもひとしお身にしみる頃。年の瀬が近づくにつれ空気の冷たさは厳しくなっている。本格的に冬に入り始めると、段々と世間や社会が変化する様が表層に現れ出した。都会では暴動が起き、田舎は都会から離れた人と元々住んでいた人たちの間で軋轢が起こるようになった。そんな中でも、この地域は運がいいことにそういった事件が起こることはなかった。ただ、世界的に起きた変化の波には抗えずに飲み込まれていった。世界経済の崩壊から紙幣の価値がなくなり、お金が使えなくなってしまったのだ。おかげで最後に一気に使おうと思っていた貯金の余りも無意味な紙切れになってしまった。ただ、地元の小さなネットワークが構築されていたのも幸いし、野菜などの食料品などに関してはすぐに物々交換や労働による対価として物を入手することができるようになった。機械などは会社の倒産や工場の閉鎖により手に入らなくなってしまったが、当面の生活に関しては身近な交流でやりくりできる範囲に収まってしまった。インフラに関しては国側が無償で提供する形で保証してくれたことも大きい恩恵だった。ただ、それでも生活にかなりの制限がかかるようになってしまったのは事実だった。身の回りに危険がないことはありがたかったが、これまでの何十年間という当たり前が一気に変わってしまったのは大きな衝撃だった。
ありがたいことに、カフェの経営と普通の生活だけはなんとか続けることができていた。食材はお店や農業をやっているお客さんから貰い、その代わりに無償で食事を提供するという形で落ち着いた。ただどうしても生ものや手に入らない食材などもあるので、メニューの考案には一苦労させられた。共同生活を始めるにあたって小麦粉と米を買い込んでおいたのが幸いして主食には困らなかったのだが、どうしても品数を減らさざるを得なかった。そんな状況でもカフェに来てくれるお客さんは以前より増えていった。地元の人たちの憩いの場として色々な人が入れ替わり立ち替わり来ては、食事代の代わりに野菜や余っている日用品を置いていってくれている。都会に出ていた若者が戻ってきたのもあり、いつしか幅広い年代の人が集まる交流の場になっていた。『喫茶 コット』にはかつて思い描いていた様な、ゆったりとした暖かい時間が流れていた。
社会がゆっくりと、しかし大きく変動し始めてから数週間。激変した生活にも慣れた頃には、年の変わり目がすぐそこまで近づいていた。同じく近づいてきている隕石に関しても色々と分かってきたことがあるらしい。自分自身はあまり興味がなかったので隕石関連のニュースは見ていなかったのだが、友人のうちの一人が情報を調べているようで、夕食の時間の話題に上がることもしばしばあった。話によると日本では夜の時間帯、さらに運の悪いことに日本付近に衝突するのだとか。その友人曰く「直撃で即死と余波による地殻変動で死ぬのなら直撃の方が良くない?」とのことだったが、どっちにしても変わらないだろうというのが正直な感想だった。確か秋ごろにも、隕石が衝突するのは三月の上旬だとニュースで言っていたような気がする。正確な日にちも言っていたような気がするがカレンダーに書くでもないので忘れてしまった。そもそも来年のカレンダーなど流通していないので家にないのだが。近くなったら残りの日数を嫌でも意識するだろうし、今は覚えていなくてもいいだろう。自分が覚えていなくても友人の誰かは覚えていそうだと思いながら、夕食後のスイーツに手をつけた。隕石関連で一番、というより唯一興味があったのは、段々とその姿が肉眼で見えるようになった事だった。秋ごろから夕方の空に浮かび始めた黒い影は、やがて夜の空に現れるようになった。街灯の少ない田舎なので、綺麗に星が見える中に一箇所ぽっかりと真っ暗な闇が浮かんでいる景色には本能的に違和感を感じる。隕石の方が地球に近いので、影になってしまって星が見えなくなっているらしい。学者たちもまさか、オリオン座の一部が爆発するより先に隕石の影に隠れて見えなくなってしまうとは予想もしていなかっただろう。もしかすると学者たちは隕石についてずっと前から知っていたのかもしれないが。そういった陰謀論みたいなものも散々見たが、結局のところ何が事実で何が嘘かは分からない。ただ、隕石が着実にこちらに向かってきているということだけは変わらない事実だと、誰もが実感するようになっていた。
いつもならば嫌でも耳に入る年末の騒がしさは、今年は綺麗さっぱり消え去っていた。クリスマスも大晦日も正月も、商戦を起こす企業がいなくなると無くなってしまうイベントだったらしい。そもそもみんなそれどころではないというのが実情なのだろうが。とは言っても、せっかく最後なのだから、何か楽しいことをしたいというのが個人的な心情だった。これまでクリスマスも年末年始もほとんど休みなく働いていたし、そういったイベントにかこつけてはしゃいだ記憶もなかった。別にはしゃぎたいわけではないが、のんびり過ごして美味しいものを食べるくらいのことはやりたいと思った。クリスマス以降はカフェを一旦休業にして、みんなで年末にやりたいことを出し合って決めることにした。結局のところ、五人がかりで絞り出せた案は食事の希望だけだったのだけれど。
クリスマスには七面鳥の丸焼きとケーキを作ることになった。こういう時の料理の用意はみんなで分担して作る決まりだったので準備自体はすぐに終わったのだが、想定外の問題が発生した。七面鳥は思ったより大きいのしかなく、食べきれなくて結局年末まで鶏肉づくしの生活が続く羽目に。ケーキの材料である牛乳や卵が手に入りづらくなっているので余っていたホットケーキミックスを代用に作ったところ、想像以上に甘い何かが出来上がってしまった。絞り出すタイプのクリームしかなかったのでそれも使ったが、努力虚しく甘さがひどくなる一方だった。最終的に大量に焼いたホットケーキは朝食に回すことになった。
クリスマスの食事会が散々なことになった反省から、大晦日は食材を確保してから料理を決めることにした。というよりも一度痛い目にあったせいか、料理の希望は特に誰からも出なかっただけでもある。それよりもいいお酒が飲みたいという要望が複数人から出たので、そちらを重視することにした。近くの酒屋さんにお願いしたところ、余っている日本酒やビールなどをいくつか譲っていただけた。七面鳥のあまりをお裾分けしたら大層喜んでくれて、ワインも追加してくれた。
「そんなこんなで食材と酒は集まったのですが」
「これで作れる料理って何かある?」
キッチンに並べられた食材と睨めっこしていたら、友人の一人が覗き込んできた。いくら残り少ないと言っても、まだ二ヶ月ほどは生活しなければならない。その間のカフェ経営用に持ちのいい食材は残しておきたいため、どうしても賞味期限の近いものを消費することになる。しかし、この環境下でそう都合のいい食材が大量に集まるわけもなく、結果的に酒よりも少ない食材でどう五人分の料理を作るかという問題が発生していた。
「一、二品くらいの酒のアテなら作れないこともないけど、ちゃんとした料理を作るのが難しいなぁ」
二人で首を捻りながら食材を睨んでいて、特にいい考えが浮かんで来るわけでもなく、そうこうしているうちに外に出ていた他の三人が帰宅してきた。
「どうしたの、そんなところで難しい顔して」
「今日の晩餐会の料理、どうしようかなって」
「晩餐会っていうほどのものじゃなくない?」
「気分は晩餐会だから……というかその荷物どうしたの?」
よく見ると三人とも何かが入ったビニール袋や紙袋を持っている。疑問に思いながら指を指して聞くと、三人は顔を見合わせて笑いながら一人ずつ机の上に袋を置いた。
「あ、これは近所の食料品屋さんが店じまいの片付けしていたからその手伝いのお礼に貰った」
そう言いながら置かれたビニール袋には缶詰がたくさん詰まっている。どれも賞味期限は切れかけているが、焼き鳥やカンパンなど種類は豊富だ。
「おお~どれも美味しそう。まだ食べられるのにね」
「そんなに食べないからどうぞって言われた」
「こっちはその辺で転んで困っていたおばあちゃん助けたらお礼にもらった。食べきれないからいらないって」
もう一人が差し出してきた紙袋には、お歳暮と思われる紙箱がいくつか入っていた。中身はジュースや煎餅の詰め合わせに、高そうなハムが入っていた。
「このハムいいじゃん!お歳暮のハムって食べたことないかも」
「ジュースもお店での提供に使えるかもしれないかなと思ってもらってきた」
友人たちが地域の人たちとそんなに仲良くなっていたとは知らなかったので正直驚いたが、突然の天からの恵みに対する感謝の気持ちの方が強かった。一緒に頭を悩ませていた友人も、目をキラキラさせながら袋の中をあさっている。そうこうしていると、最後の一人がおずおずと紙袋を差し出してきた。
「私のは、子供の遊び相手していたら貰ったんだけど」
そう言って机の上にあけられた紙袋の中身に、一同は釘付けになった。
「こ、これ貰ってきたの?なんで?」
「だって渡されたら断れないじゃん……」
尻すぼみに答えながら自分の戦利品から目を背ける友人の姿に笑いを堪えきれなくなったのか、誰かが声を漏らしたのを皮切りにくつくつと小さな笑い声がリビングに広がった。中心の机には、大きなポップ体で『夏の定番!』と書かれている花火セットが積み重なっていた。
最終的に大晦日晩餐会は缶詰パーティーという形に落ち着いた。元々酒盛りがメインだったのもあり、数少ない食料で作ったつまみと貰ってきた缶詰を開けて座敷の机の上に並べると十分な品数になった。年に一度の歌番組や笑ってはいけないお笑い番組が無くとも、家の中はいつも以上に賑やかだった。各々好きなお酒を嗜みながら喋っていると、いつの間にか料理はほとんど食べ尽くされ、睡魔に勝てなかった者からそのあたりに勝手に倒れ込んでいた。一度水を取りに立ち上がって戻ってくると、先ほどまで喋っていた友人もお猪口を持ったまま机に突っ伏していた。どうやら自分以外はみんな寝てしまったらしい。ぼやけかけた意識を引き戻すように冷たい水を煽ると、ほんの少しだけ生ぬるい気持ち悪さが遠のいた気がした。時計を見るとまだ日付は変わっていないようだった。久しぶりの酒盛りにテンションが上がっていたのだろうか、みんなかなりのペースで酒が進んでいたことを思い出しながらもう一口水を飲んだ。
「いつもなら年越しまで起きているのに、みんなさっさと潰れちゃったな」
先ほどまでの喧騒が嘘かのように、今は寝息だけが静かな空気に響いている。いくら暖房をつけているとは言っても隙間風が寒いだろうと思い、毛布を五人分持ってきてみんなにかけて回っているうちに自分も眠くなってきてしまった。今日くらいは片付けも後回しにしてもいいだろうと自分を甘やかして毛布に潜り込む。散らかった机の上を放置したまま、座敷で雑魚寝をするのはなんだかいい気分だった。ふと、どこからか微かに鐘の音が聞こえてくる。そういえば近くに小さなお寺や神社があると随分前に聞いたことを思い出した。明日起きたら初詣に行こう。初日の出は見られないかもしれないけれど、最後にお参りくらいは行っておきたい。残りの二ヶ月間、元気に幸せに過ごせるように神頼みしに行くくらいならバチも当たらないだろう。そして、帰ってきたら残りの料理でもう一度酒盛りをしよう。貰ってきた季節外れの花火もしよう。やりたいことを考えながら眠りにつくのがいつからか習慣になっていた。目を瞑って、ほんのり体に残った暖かくふわふわとした気持ちよさに身を委ねる。百八回の鐘の音を聞き終える前に、気づけば思考はぼやけて暗闇に溶けていった。
木枯らしが吹き、寒さもひとしお身にしみる頃。年の瀬が近づくにつれ空気の冷たさは厳しくなっている。本格的に冬に入り始めると、段々と世間や社会が変化する様が表層に現れ出した。都会では暴動が起き、田舎は都会から離れた人と元々住んでいた人たちの間で軋轢が起こるようになった。そんな中でも、この地域は運がいいことにそういった事件が起こることはなかった。ただ、世界的に起きた変化の波には抗えずに飲み込まれていった。世界経済の崩壊から紙幣の価値がなくなり、お金が使えなくなってしまったのだ。おかげで最後に一気に使おうと思っていた貯金の余りも無意味な紙切れになってしまった。ただ、地元の小さなネットワークが構築されていたのも幸いし、野菜などの食料品などに関してはすぐに物々交換や労働による対価として物を入手することができるようになった。機械などは会社の倒産や工場の閉鎖により手に入らなくなってしまったが、当面の生活に関しては身近な交流でやりくりできる範囲に収まってしまった。インフラに関しては国側が無償で提供する形で保証してくれたことも大きい恩恵だった。ただ、それでも生活にかなりの制限がかかるようになってしまったのは事実だった。身の回りに危険がないことはありがたかったが、これまでの何十年間という当たり前が一気に変わってしまったのは大きな衝撃だった。
ありがたいことに、カフェの経営と普通の生活だけはなんとか続けることができていた。食材はお店や農業をやっているお客さんから貰い、その代わりに無償で食事を提供するという形で落ち着いた。ただどうしても生ものや手に入らない食材などもあるので、メニューの考案には一苦労させられた。共同生活を始めるにあたって小麦粉と米を買い込んでおいたのが幸いして主食には困らなかったのだが、どうしても品数を減らさざるを得なかった。そんな状況でもカフェに来てくれるお客さんは以前より増えていった。地元の人たちの憩いの場として色々な人が入れ替わり立ち替わり来ては、食事代の代わりに野菜や余っている日用品を置いていってくれている。都会に出ていた若者が戻ってきたのもあり、いつしか幅広い年代の人が集まる交流の場になっていた。『喫茶 コット』にはかつて思い描いていた様な、ゆったりとした暖かい時間が流れていた。
社会がゆっくりと、しかし大きく変動し始めてから数週間。激変した生活にも慣れた頃には、年の変わり目がすぐそこまで近づいていた。同じく近づいてきている隕石に関しても色々と分かってきたことがあるらしい。自分自身はあまり興味がなかったので隕石関連のニュースは見ていなかったのだが、友人のうちの一人が情報を調べているようで、夕食の時間の話題に上がることもしばしばあった。話によると日本では夜の時間帯、さらに運の悪いことに日本付近に衝突するのだとか。その友人曰く「直撃で即死と余波による地殻変動で死ぬのなら直撃の方が良くない?」とのことだったが、どっちにしても変わらないだろうというのが正直な感想だった。確か秋ごろにも、隕石が衝突するのは三月の上旬だとニュースで言っていたような気がする。正確な日にちも言っていたような気がするがカレンダーに書くでもないので忘れてしまった。そもそも来年のカレンダーなど流通していないので家にないのだが。近くなったら残りの日数を嫌でも意識するだろうし、今は覚えていなくてもいいだろう。自分が覚えていなくても友人の誰かは覚えていそうだと思いながら、夕食後のスイーツに手をつけた。隕石関連で一番、というより唯一興味があったのは、段々とその姿が肉眼で見えるようになった事だった。秋ごろから夕方の空に浮かび始めた黒い影は、やがて夜の空に現れるようになった。街灯の少ない田舎なので、綺麗に星が見える中に一箇所ぽっかりと真っ暗な闇が浮かんでいる景色には本能的に違和感を感じる。隕石の方が地球に近いので、影になってしまって星が見えなくなっているらしい。学者たちもまさか、オリオン座の一部が爆発するより先に隕石の影に隠れて見えなくなってしまうとは予想もしていなかっただろう。もしかすると学者たちは隕石についてずっと前から知っていたのかもしれないが。そういった陰謀論みたいなものも散々見たが、結局のところ何が事実で何が嘘かは分からない。ただ、隕石が着実にこちらに向かってきているということだけは変わらない事実だと、誰もが実感するようになっていた。
いつもならば嫌でも耳に入る年末の騒がしさは、今年は綺麗さっぱり消え去っていた。クリスマスも大晦日も正月も、商戦を起こす企業がいなくなると無くなってしまうイベントだったらしい。そもそもみんなそれどころではないというのが実情なのだろうが。とは言っても、せっかく最後なのだから、何か楽しいことをしたいというのが個人的な心情だった。これまでクリスマスも年末年始もほとんど休みなく働いていたし、そういったイベントにかこつけてはしゃいだ記憶もなかった。別にはしゃぎたいわけではないが、のんびり過ごして美味しいものを食べるくらいのことはやりたいと思った。クリスマス以降はカフェを一旦休業にして、みんなで年末にやりたいことを出し合って決めることにした。結局のところ、五人がかりで絞り出せた案は食事の希望だけだったのだけれど。
クリスマスには七面鳥の丸焼きとケーキを作ることになった。こういう時の料理の用意はみんなで分担して作る決まりだったので準備自体はすぐに終わったのだが、想定外の問題が発生した。七面鳥は思ったより大きいのしかなく、食べきれなくて結局年末まで鶏肉づくしの生活が続く羽目に。ケーキの材料である牛乳や卵が手に入りづらくなっているので余っていたホットケーキミックスを代用に作ったところ、想像以上に甘い何かが出来上がってしまった。絞り出すタイプのクリームしかなかったのでそれも使ったが、努力虚しく甘さがひどくなる一方だった。最終的に大量に焼いたホットケーキは朝食に回すことになった。
クリスマスの食事会が散々なことになった反省から、大晦日は食材を確保してから料理を決めることにした。というよりも一度痛い目にあったせいか、料理の希望は特に誰からも出なかっただけでもある。それよりもいいお酒が飲みたいという要望が複数人から出たので、そちらを重視することにした。近くの酒屋さんにお願いしたところ、余っている日本酒やビールなどをいくつか譲っていただけた。七面鳥のあまりをお裾分けしたら大層喜んでくれて、ワインも追加してくれた。
「そんなこんなで食材と酒は集まったのですが」
「これで作れる料理って何かある?」
キッチンに並べられた食材と睨めっこしていたら、友人の一人が覗き込んできた。いくら残り少ないと言っても、まだ二ヶ月ほどは生活しなければならない。その間のカフェ経営用に持ちのいい食材は残しておきたいため、どうしても賞味期限の近いものを消費することになる。しかし、この環境下でそう都合のいい食材が大量に集まるわけもなく、結果的に酒よりも少ない食材でどう五人分の料理を作るかという問題が発生していた。
「一、二品くらいの酒のアテなら作れないこともないけど、ちゃんとした料理を作るのが難しいなぁ」
二人で首を捻りながら食材を睨んでいて、特にいい考えが浮かんで来るわけでもなく、そうこうしているうちに外に出ていた他の三人が帰宅してきた。
「どうしたの、そんなところで難しい顔して」
「今日の晩餐会の料理、どうしようかなって」
「晩餐会っていうほどのものじゃなくない?」
「気分は晩餐会だから……というかその荷物どうしたの?」
よく見ると三人とも何かが入ったビニール袋や紙袋を持っている。疑問に思いながら指を指して聞くと、三人は顔を見合わせて笑いながら一人ずつ机の上に袋を置いた。
「あ、これは近所の食料品屋さんが店じまいの片付けしていたからその手伝いのお礼に貰った」
そう言いながら置かれたビニール袋には缶詰がたくさん詰まっている。どれも賞味期限は切れかけているが、焼き鳥やカンパンなど種類は豊富だ。
「おお~どれも美味しそう。まだ食べられるのにね」
「そんなに食べないからどうぞって言われた」
「こっちはその辺で転んで困っていたおばあちゃん助けたらお礼にもらった。食べきれないからいらないって」
もう一人が差し出してきた紙袋には、お歳暮と思われる紙箱がいくつか入っていた。中身はジュースや煎餅の詰め合わせに、高そうなハムが入っていた。
「このハムいいじゃん!お歳暮のハムって食べたことないかも」
「ジュースもお店での提供に使えるかもしれないかなと思ってもらってきた」
友人たちが地域の人たちとそんなに仲良くなっていたとは知らなかったので正直驚いたが、突然の天からの恵みに対する感謝の気持ちの方が強かった。一緒に頭を悩ませていた友人も、目をキラキラさせながら袋の中をあさっている。そうこうしていると、最後の一人がおずおずと紙袋を差し出してきた。
「私のは、子供の遊び相手していたら貰ったんだけど」
そう言って机の上にあけられた紙袋の中身に、一同は釘付けになった。
「こ、これ貰ってきたの?なんで?」
「だって渡されたら断れないじゃん……」
尻すぼみに答えながら自分の戦利品から目を背ける友人の姿に笑いを堪えきれなくなったのか、誰かが声を漏らしたのを皮切りにくつくつと小さな笑い声がリビングに広がった。中心の机には、大きなポップ体で『夏の定番!』と書かれている花火セットが積み重なっていた。
最終的に大晦日晩餐会は缶詰パーティーという形に落ち着いた。元々酒盛りがメインだったのもあり、数少ない食料で作ったつまみと貰ってきた缶詰を開けて座敷の机の上に並べると十分な品数になった。年に一度の歌番組や笑ってはいけないお笑い番組が無くとも、家の中はいつも以上に賑やかだった。各々好きなお酒を嗜みながら喋っていると、いつの間にか料理はほとんど食べ尽くされ、睡魔に勝てなかった者からそのあたりに勝手に倒れ込んでいた。一度水を取りに立ち上がって戻ってくると、先ほどまで喋っていた友人もお猪口を持ったまま机に突っ伏していた。どうやら自分以外はみんな寝てしまったらしい。ぼやけかけた意識を引き戻すように冷たい水を煽ると、ほんの少しだけ生ぬるい気持ち悪さが遠のいた気がした。時計を見るとまだ日付は変わっていないようだった。久しぶりの酒盛りにテンションが上がっていたのだろうか、みんなかなりのペースで酒が進んでいたことを思い出しながらもう一口水を飲んだ。
「いつもなら年越しまで起きているのに、みんなさっさと潰れちゃったな」
先ほどまでの喧騒が嘘かのように、今は寝息だけが静かな空気に響いている。いくら暖房をつけているとは言っても隙間風が寒いだろうと思い、毛布を五人分持ってきてみんなにかけて回っているうちに自分も眠くなってきてしまった。今日くらいは片付けも後回しにしてもいいだろうと自分を甘やかして毛布に潜り込む。散らかった机の上を放置したまま、座敷で雑魚寝をするのはなんだかいい気分だった。ふと、どこからか微かに鐘の音が聞こえてくる。そういえば近くに小さなお寺や神社があると随分前に聞いたことを思い出した。明日起きたら初詣に行こう。初日の出は見られないかもしれないけれど、最後にお参りくらいは行っておきたい。残りの二ヶ月間、元気に幸せに過ごせるように神頼みしに行くくらいならバチも当たらないだろう。そして、帰ってきたら残りの料理でもう一度酒盛りをしよう。貰ってきた季節外れの花火もしよう。やりたいことを考えながら眠りにつくのがいつからか習慣になっていた。目を瞑って、ほんのり体に残った暖かくふわふわとした気持ちよさに身を委ねる。百八回の鐘の音を聞き終える前に、気づけば思考はぼやけて暗闇に溶けていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる