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23話 無価値にホームラン
しおりを挟む「上条さんのお母さんは、今どうしてるの?」
「上条の母親は、現在日本を離れている。
他者に正体がばれかけて、家族で海外へ移住したと。
高校入学を機に、父親と上条だけが日本に戻ったそうだ」
「正体がばれたら、やっぱり逃げるしかないんだね」
桐生は不運だったが、幸運でもあった。
ウサギ小屋での吸血を見つけたのがオレであったこと。
オレは好奇心が勝り、桐生の人柄も知っていて、桐生を理解しようとしたこと。
今考えれば、それは奇跡に等しいもので。
見つけたのが他の誰かだったら、桐生はきっと今頃、遠いどこかに旅立っている。
「これも上条から得た情報だ。
ヴァンパイア体質の者は、吸血衝動を抑えるため、『パートナー』と呼ばれる存在と共に暮らす。
未成年のパートナーは親や兄弟が担い、注射器で血を採ってヴァンパイアに飲ませる。
成人後は、結婚する相手にカミングアウトし、生涯の『パートナー』にするそうだ。
血液提供者というだけではなく、理解者として、ヴァンパイアを守るものとして」
「そっか。
上条さんは『パートナー』を見つけたんだ。
だから結婚するんだね。
とても素敵で……
羨ましいなあ」
自分とは縁のない話と言いたげに、桐生は寂しく笑った。
「僕の母さんは、命と引き換えに僕を産んだそうだよ。
申し訳なくなってきちゃった。
母さん、僕なんて諦めたらよかったのに。
僕は一人で生きられもしない、化け物まがいなのにね」
「桐生」
目を伏せる桐生は、そのままどこかに沈んでしまいそうだった。
こいつはこんなに見目も優れていて、性格もよくて、オレから見たら完璧なのに。
桐生は自分が無価値で、存在に意味がないと、たまに口にする。
オレはその度に怒って否定したが、桐生の心の闇は、想像以上に深いようだった。
桐生が天涯孤独なのは知っている。
クソみたいな風評被害で、前の学校を辞めさせられたことも知っている。
それは桐生のせいではない。
でも桐生は、すべてを受け入れているようだった。
他人事みたいに笑っていた。
自分の傷が見えていないようで。
愛されて守られるヴァンパイアの例外。
愛されず守られなかったヴァンパイア。
たったひとりで自分の正体を隠し、抗いきれない吸血衝動に自力で対処して。
吸血衝動は、13歳から始まったと桐生は言っていた。
まだ中学生の子どもが、誰にも守られず生きて体質と戦った。
オレに見つかるまで、ひとりきりで。
「ねえ朝霧。まだ教えてないことがあったんだ。
見る?
たぶん一番、化け物らしい姿だよ」
桐生が上着を脱いだ。
オレに背を向けて立ち上がる。
桐生が体に力を入れると、肩甲骨のあたりから、ばさり! と大きな黒い布? が……。
コウモリの皮膜だった。
桐生が息をするたびに上下する動きは、つくりものでない証。
少し広げた翼は漆黒で、とても大きく、艶めいて美しかった。
「コウモリになるだけでも化け物だけど、これ、おかしいよね。
コウモリの翼は人間の手だから、この状態って、手が四本なんだよ。
いろいろおかしいよね。
あと、朝、日の出の直後から30分間の直射日光を浴びると皮膚に火傷が」
「桐生!!」
オレは桐生の背中を抱きしめた。
翼が邪魔だったが、翼の下に手を潜り込ませて抱きしめた。
コウモリ姿の時とそっくりな翼は、やわらかだった。
桐生が翼を消した。肩甲骨に吸い込まれるように一瞬で消えた。
「朝霧。
恋人になれたこと、嬉しかった。
でも、僕の生涯を背負わせるなんて、そんな重荷は考えていなかった。
ごめんね。ごめん。ごめん。
僕は一人でも大丈夫。朝霧の人生まで奪おうとは思わない。
こんな化け物にはもう近づかず、平穏に暮らしてほしい」
「夏休みに旅行に行くぞ!!」
しーん……。
だいたい30秒くらい、空気が止まっていたように思う。
「……朝霧?」
「オレはちゃんと返事したのに、お前は手の怪我で!
そのあと一学期の行事が目白押しで!
恋人ってなんだ!? オレは放置プレイされているのか!?
一泊二日で、旅行に行くぞ!!
恋人らしいことをさせろ!!」
「ええと、僕の言ったことは聞いてたよね?」
「生涯がどうとか、重荷がどうとか、化け物がどうとか、
お前はいつも御託が長い!!!!
オレはそんなもの、今はどうだっていい。そのうち考える。
答えろ桐生。オレと恋人になったのなら、恋人らしいことをするのか、しないのか。
オレと旅行に行くかどうか!!」
桐生はゆっくり振り向いて、微笑った。
「馬っ鹿だなあ、相変わらず……」
桐生は、オレの頬に優しく唇で触れた。
「君は何回、僕から逃げるチャンスを棒に振るの」
「何回でもだ。
オレは棒を振っているのではなく、フルスイングしてホームランを狙っている」
「なにそれ」
桐生は、オレの唇にバードキスをした。
やわらかくて熱い感触。
桐生の目が、少しずつ色を変えている。
吸血衝動や怒りの赤ではなく、うすく黒が残った桃色。
陽が落ちる直前の空みたいな、夜帳の瞳。
「旅行……
行きたいな。ふたりで。
それから」
桐生はオレの額に口づけ、ダスティピンクの瞳にオレを映した。
「今晩、泊ってもいい?」
つづく
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