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ブロマンス版 ハロウィン特別編
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★ 全年齢ブロマンスで書いた、ちょこっと世界が違うっぽい桐生と朝霧です。
ハロウィンの夢のようなイメージでお読みください。
この二人は親友関係です。
別枠で掲載していましたが、見落とされ過ぎるので、おまけ程度にねじ込みました。
オレは朝霧 令一(あさぎり れいいち)。
私立アヤザワ高等学校の生物教師だ。
なりたくて教師になったわけじゃない。
研究職を狙っての就職活動に軒並み失敗し、父親の伝手で縁故採用された。
この高校の素晴らしいところは、専門の臨時職員が部活顧問のほとんどを担ってくれていて、教師が定時で帰れること。
「ハロウィンの起源は、古代ケルトの収穫祭なんだってね。
今のアイルランドあたりかな。
本来は、日本のお盆みたいなものだったらしいよ」
紅茶の蒸らし時間をスマホタイマーでチェックしつつ、長身で無駄にイケメンの男がうんちくを語る。
こいつは小宮山 桐生(こみやま きりゅう)。
オレと同い年で、私立アヤザワ高等学校の国語教師だ。
人づきあいの悪いオレと仲がいいのは、教員ではこいつくらいしかいない。
教員以外では、……。
オレは無駄な付き合いが嫌いなだけだ。
「盆とは似ても似つかんな。
大の大人が仮装して乱痴気騒ぎする日だ。
もはや『ジャパニーズハロウィン』と固有名詞化したほうがいい」
「楽しいことはいいことだと思うけど、怪我や喧嘩とかは、確かにね」
桐生はタイマーを切り、丁寧にカップに紅茶を注いだ。
甘い匂いがオレの自宅マンションに漂う。
キャラメルティーという紅茶らしく、桐生談、茶葉の香りそのものが甘いとのこと。
甘党のオレは、香りだけでは物足りないのでミルクも砂糖も入れるつもりだ。
テーブルには、桐生が買ってきたハロウィンケーキ。
茶葉とケーキ持参でハロウィンを祝いにくるとは、まったく、まめな奴だ。
「昨日は宿直お疲れ様、朝霧。
ケーキで疲れを癒してね」
「ああ、遠慮なく。
しかし、なぜ同じケーキなんだ?
二つ買うなら、違う種類にすればよかったんじゃないか」
マジパンのジャックランタンが乗った、可愛いパンプキンケーキ。
買ってきてもらって文句があるわけではないが、この時期のケーキは多種多様のデコレーションがあると知っている。
「これ以外のケーキには全部、コウモリの形のチョコが乗ってて……」
「別にいいだろう」
「共食い感覚がします!」
割と本気でNOサインを出している桐生に、オレは笑ってしまった。
ヴァンパイア体質、というものがこの世に存在すると、ほとんどの人間は知らない。
この体質持ちの人間が誇張されて、ホラーな吸血鬼が創作で出来上がったらしい。
人間から生まれる劣性遺伝。基本的には人間だ。
老いるし、病気になるし、一定以上の怪我であっさり死ぬ。
身体能力が人間よりちょっと高い程度で、怪力とまではいかない。
月に一回5cc、採血程度の血を摂取しなければ飢餓状態になる。ただの生きづらい体質だ。
「朝霧、ハッピーハロウィーン!」
「ハッピーハロウィン」
桐生を生粋のヴァンパイアファンが見たら、烈火のごとく怒るだろう。
どちらかというとヘタレ系の優男。ケーキを嬉しそうに食べ、紅茶に火傷しかかっているコレがヴァンパイアなのだから。
ホラーでダークな雰囲気のヴァンパイアは、オレの前には存在しない。
ケーキを口に運ぶ。うむ、美味しい。これは駅前のあの店で買ったな。
美味い。これならもう一個くらい食べられる。
「僕のもいる?」
「お前のはお前が食べろ」
すかさず拒否する。
ヴァンパイア体質は、人間離れした部分もある。
吸血という行為があるからか、食料をあまり必要としない。
水分はいるが、食事をとらなくても生命維持が可能らしい。
空腹は感じるらしいから、オレはいつも、無理やりにでも桐生に食事をとらせるようにしている。
桐生は生まれてすぐに母を失い、父がおらず、養護施設で育った。
自分の体質におびえ、自らに恐怖した。
そんな精神状態で育った桐生は、誰かに優しくすることが当然で、見返りを求めず、自己犠牲を普通にやってしまう。
オレは毎回それを察知し、不要な自己犠牲をすっぱり断つ。
フィクションのヴァンパイアは俺様系だったり覇王系だったり、ふんぞり返っているイメージなんだがな……。
「暗くなってきたね」
明日から11月。すっかり空気は冷え込んだ。
日が落ちるのも早くなった。
カーテンの隙間からわずかに月が見えて、風流だなと思った。
ハロウィンに風流か。和洋折衷だな。
桐生といると落ち着く。もう、六年も同じ職場で働いているせいか。
互いに協力し合うのも、トラブルに対応するのも、二人で動くことが多い。
ドラマのバディものに例えたいところだが、教師の仕事は地味だ。派手で格好いいことなんてひとつもない。
オレのスマホが鳴った。
名前が表示されているが、誰だこれは。記憶にない。
とりあえず通話してみた。
『朝霧先生! よかった、電話つながった!
助けて! ウサギちゃんが、ウサギちゃんが死んじゃう!!』
生徒の声……?
もしかして、幽霊顧問であるオレの部活、生物部の生徒か。
オレはそっとスピーカーホンにし、桐生と内容を共有することにした。
「なにがあった。落ち着いて話せ」
『小屋の掃除してたら、ウサギちゃんが何匹か逃げちゃって、ほとんど捕まえたんだけど、一匹だけすごく逃げて、帰る子の自転車にぶつかって、血が、出てて』
「下手に動かすなよ。そっと寝かせるんだ。
接触した自転車の側は無事か?」
『うん、ブレーキかけてくれたし、転ばなかったよ。
その子も心配して横にいてくれてる。
先生どうしよう、ウサギちゃんぐったりして、息してるけど苦しそうでっ』
「落ち着け。焦ってもどうにもならん。
オレがすぐに行く。顧問が同伴すれば動物病院に連れていける。
お前らは、安全な場所でウサギを見守っていろ。いいな」
通話を置く。
オレが桐生を見ると、桐生は無言で頷いた。
「悪いな桐生。車、出してもらえるか」
「緊急事態なのに遠慮はなしだよ」
オレは車を持っていない。通勤には原付を使っている。
維持費がかかるだけで無駄だと思っていたが、こういう時には車が頼りになる。
桐生がうちにいてくれてよかった。
ウサギと生徒を乗せて、動物病院に連れていける。
「最短距離を調べるね」
スマホでマップ検索していた桐生の手がぴたりと止まった。
桐生はベランダに近づき、カーテンをめくって外を確認し、青ざめた。
「朝霧……。
車、無理だ」
「何故!?」
「ハロウィンの仮装が始まってる。
ネットで、交通情報の注意喚起が出てるんだ。
車道を仮装の人が歩いてて、車が動けなくなるみたい」
ベランダから見える夜景は、普段の数倍は明るく見えた。
オレンジやパープルのイルミネーション。人々が持つライトや仮装道具。
祭りを制御する存在がいないから、奴らがどこに向かい、とこで集まるのかは想像もつかない。
好き勝手に騒いで楽しみ始める、それが今夜。くるったモンスターパーティー。
「じゃあ、オレだけでも原付で」
「普段通ってる道が人で溢れてたら、安全運転する自信はある?」
「…………」
オレは歯噛みした。
なんで、よりによって今日なんだ。
小動物はか弱い生き物だ。早く駆けつけて、容体を見て、動物病院に連れて行ってやらないと。
人間の馬鹿騒ぎのせいで、助かる命が助からなくなるだろうが!
「ハロウィンなんぞクソ食らえだ、畜生!!
オレが間に合わなかったらどうしてくれる!!」
車も原付もダメなら、走るしかない。あるいはどこかで自転車でも借りられないか。
オレは乱雑にコート掛けの上着をむしり取った。
「朝霧。待って」
「待てるか! 時間がないんだ!!」
「最速の手段がある。車より早いよ」
「何!?」
振り返ったオレの目の前で、桐生はいきなり上着をすべて脱ぎ捨てた。引き締まった上半身を顕わにする。
ただの教師にするにはもったいない、端正な肉体。
その背に、ばさり、と黒い布のような両翼があらわれた。
ヴァンパイアの翼……!
ヴァンパイア体質には、大きく人間離れした部分もある。
そのひとつがメタモルフォーゼだ。
10cm程度のコウモリになれたり、こうやって、人間の姿で翼だけを出すことができる。
「僕が朝霧を抱えて屋上まで飛ぶよ。
急ぎだから、靴はいたままでいこう。
僕の服と荷物はお願い。
部屋の電気は消して。明るいと丸見えだから」
「あ、ああ」
桐生は地頭がいい。こういった緊急時の行動力は目を見張る。
背中に翼が生えた人間など、見つかったらこいつは……
いや。今日なら。今日だから。
誤魔化せるかもしれないのか?
手早く支度をし、桐生の服をリュックに詰め込むと、月だけの光に桐生が照らされていた。
裸体の半身をさらし、ベルベットのような黒い皮膜が、呼吸に合わせてゆらゆら動いている。
「準備いいね?
窓の鍵はかけられないけど、仕方ないよね。
それじゃ、よいしょっ」
「うわあ!?」
桐生は軽々とオレを抱き上げた。胸の前で。
つまりはお姫様抱っこだ。
何故って、背中に翼があるのだから、おんぶができない訳で。
安定して抱えるにはこれしかない訳で。
「僕の首につかまって。全力でしがみついて。
行くよ!」
桐生は何の躊躇もなく、ベランダから飛び降りた。
自由落下。内臓がひきつる感覚。
し、死ぬ、落ちる落ちる落ち……!!
ばさっ。
風を切り裂き、黒い翼が闇に広がる。
パラシュートを開いたように、落下速度は急速に緩まった。
ばさり、ばさりと桐生が羽ばたくたびに、今度は上昇してゆく。
「うっ、うぐっ、胃が、回転、っ……!
桐生っ! 上下揺れ、激し……!
気持ち悪っ、は、吐く!
このヘタクソ! もっとしっかり飛べ!」
「そんなこと言われたって!
人間ひとりの体重プラスで飛ぶの初めてだから!
高度が安定しなくて、今、必死で上昇してる。
もう少し上に行ったら風にのれる、それまで我慢して」
初めて、とか。おい。
ダイブの瞬間に失敗していたら、こいつはオレと投身自殺する気だったのか。
ああダメだ。考えられない、頭が揺さぶられてグラグラする……!
突如。
ふわっと自分の体重が消えたような感覚がした。
かたく閉じていた目を開いてみる。
空を飛んでいた。
桐生の翼は風にうまく乗り、ハンググライダーのように大きく広げられている。
月夜に空を飛ぶヴァンパイア。
なんて幻想的で、きれいなんだろう。
はるか眼下に夜景が見えた。知らないうちに高度が上がっている。オレたちを目視できるものはいないだろう。
さっきまで、祭り共々呪われろと思っていた馬鹿騒ぎが遠く、小さく見えた。
きらきらしている。街が輝いている。
今日という夜を遊ぶ光たち。
「ライトアップすごいね。さすがハロウィンナイト。
たまにひとりで飛ぶけど、こんな綺麗な景色、なかなか見れないな」
「そうか」
桐生は夜、たまに飛ぶんだなと思った。
ふと顔を上げると、桐生の顔が近かった。
離れたら落下する。しがみつくしかない。半裸の桐生に。
なんだこの状態は!?!?
「朝霧どうしたの? 高いの怖い?」
「怖くないから急げ」
お前はずるいな。
顔も身長も、なにもかも完璧なのに。
オレのほうがすべて劣っているのに。
そうやって平気そうに、普段通りに微笑んでいるのだから。
「そろそろだ、降りるよ。覚悟決めて!」
叫んだと同時、再び桐生は急降下した。
ヒモ無しバンジージャンプ状態……!!
桐生、人間の三半規管は、そこまで丈夫じゃ、ない……。
着地前に数回羽ばたき、桐生は緩やかに屋上へ降り立った。
へろへろ、とよろめくオレを桐生が支える。
桐生はオレと、こつんと額を合わせた。
「移動に10分もかかってない。ウサギさん、きっと助かる。
しっかりして朝霧。もう足は地面にある。
これからが本番だ。
せっかく一緒に来たんだし、僕もサポートするからね」
桐生が笑う。
一瞬でオレに、ここへ来た理由の全てを思い出させてくれる笑顔。
「行くぞ、桐生。
早く上着を着ろ。今のままだと変態だ」
「うん、リュック借りるね……へっくちん!
夜風、寒かった。さすがに半裸は堪えたなあ」
「お前、ヴァンパイアだから平気だろ」
「平気だけど、ちょっとは心配してよ?」
ウサギ一羽の命はぎりぎり助かった。
ヴァンパイアの唾液には治癒効果がある。
生徒に隠れながら摂取し、ウサギにスポイトで飲ませたことで、内臓損傷が多少は癒えたらしかった。
動物病院で手術になったが、後遺症が残ることはないと言われ、生徒もオレも桐生も胸をなでおろした。
自転車でウサギを轢いてしまった生徒は号泣していた。
ウサギの命だけでなく、人間の心も救われた。
「その子、朝霧の家で世話するの?」
「ああ。包帯や傷跡は、他のウサギに警戒されて攻撃されることがある。
元気になったら飼育小屋に戻すつもりだ」
動物病院で買ったケージで眠るウサギを抱え、オレは小声で「ありがとう」と告げた。
桐生の耳には届いていたようだ。桐生がにっこり笑う。
「ヴァンパイアでよかった、って思う時もあるんだね。
しかも、ハロウィンの夜になんて。
なんだか可笑しいよ」
「それはただの体質だ。お前は人間だ。
体質が役に立つことくらい、あってもいいんじゃないか」
ハロウィンの夜は更け、どんどん騒ぎが激しくなった。
ウサギのケージにブランケットをかけ、人の少ない道を選んで、オレたちは並んで帰った。
今宵はハロウィン。化け物達が踊る夜。
オレたちは、祭りの灯りに背を向けて歩く。
オレと桐生は、これからもずっと、人間の側を歩いていくのだから。
おわり
ハロウィンの夢のようなイメージでお読みください。
この二人は親友関係です。
別枠で掲載していましたが、見落とされ過ぎるので、おまけ程度にねじ込みました。
オレは朝霧 令一(あさぎり れいいち)。
私立アヤザワ高等学校の生物教師だ。
なりたくて教師になったわけじゃない。
研究職を狙っての就職活動に軒並み失敗し、父親の伝手で縁故採用された。
この高校の素晴らしいところは、専門の臨時職員が部活顧問のほとんどを担ってくれていて、教師が定時で帰れること。
「ハロウィンの起源は、古代ケルトの収穫祭なんだってね。
今のアイルランドあたりかな。
本来は、日本のお盆みたいなものだったらしいよ」
紅茶の蒸らし時間をスマホタイマーでチェックしつつ、長身で無駄にイケメンの男がうんちくを語る。
こいつは小宮山 桐生(こみやま きりゅう)。
オレと同い年で、私立アヤザワ高等学校の国語教師だ。
人づきあいの悪いオレと仲がいいのは、教員ではこいつくらいしかいない。
教員以外では、……。
オレは無駄な付き合いが嫌いなだけだ。
「盆とは似ても似つかんな。
大の大人が仮装して乱痴気騒ぎする日だ。
もはや『ジャパニーズハロウィン』と固有名詞化したほうがいい」
「楽しいことはいいことだと思うけど、怪我や喧嘩とかは、確かにね」
桐生はタイマーを切り、丁寧にカップに紅茶を注いだ。
甘い匂いがオレの自宅マンションに漂う。
キャラメルティーという紅茶らしく、桐生談、茶葉の香りそのものが甘いとのこと。
甘党のオレは、香りだけでは物足りないのでミルクも砂糖も入れるつもりだ。
テーブルには、桐生が買ってきたハロウィンケーキ。
茶葉とケーキ持参でハロウィンを祝いにくるとは、まったく、まめな奴だ。
「昨日は宿直お疲れ様、朝霧。
ケーキで疲れを癒してね」
「ああ、遠慮なく。
しかし、なぜ同じケーキなんだ?
二つ買うなら、違う種類にすればよかったんじゃないか」
マジパンのジャックランタンが乗った、可愛いパンプキンケーキ。
買ってきてもらって文句があるわけではないが、この時期のケーキは多種多様のデコレーションがあると知っている。
「これ以外のケーキには全部、コウモリの形のチョコが乗ってて……」
「別にいいだろう」
「共食い感覚がします!」
割と本気でNOサインを出している桐生に、オレは笑ってしまった。
ヴァンパイア体質、というものがこの世に存在すると、ほとんどの人間は知らない。
この体質持ちの人間が誇張されて、ホラーな吸血鬼が創作で出来上がったらしい。
人間から生まれる劣性遺伝。基本的には人間だ。
老いるし、病気になるし、一定以上の怪我であっさり死ぬ。
身体能力が人間よりちょっと高い程度で、怪力とまではいかない。
月に一回5cc、採血程度の血を摂取しなければ飢餓状態になる。ただの生きづらい体質だ。
「朝霧、ハッピーハロウィーン!」
「ハッピーハロウィン」
桐生を生粋のヴァンパイアファンが見たら、烈火のごとく怒るだろう。
どちらかというとヘタレ系の優男。ケーキを嬉しそうに食べ、紅茶に火傷しかかっているコレがヴァンパイアなのだから。
ホラーでダークな雰囲気のヴァンパイアは、オレの前には存在しない。
ケーキを口に運ぶ。うむ、美味しい。これは駅前のあの店で買ったな。
美味い。これならもう一個くらい食べられる。
「僕のもいる?」
「お前のはお前が食べろ」
すかさず拒否する。
ヴァンパイア体質は、人間離れした部分もある。
吸血という行為があるからか、食料をあまり必要としない。
水分はいるが、食事をとらなくても生命維持が可能らしい。
空腹は感じるらしいから、オレはいつも、無理やりにでも桐生に食事をとらせるようにしている。
桐生は生まれてすぐに母を失い、父がおらず、養護施設で育った。
自分の体質におびえ、自らに恐怖した。
そんな精神状態で育った桐生は、誰かに優しくすることが当然で、見返りを求めず、自己犠牲を普通にやってしまう。
オレは毎回それを察知し、不要な自己犠牲をすっぱり断つ。
フィクションのヴァンパイアは俺様系だったり覇王系だったり、ふんぞり返っているイメージなんだがな……。
「暗くなってきたね」
明日から11月。すっかり空気は冷え込んだ。
日が落ちるのも早くなった。
カーテンの隙間からわずかに月が見えて、風流だなと思った。
ハロウィンに風流か。和洋折衷だな。
桐生といると落ち着く。もう、六年も同じ職場で働いているせいか。
互いに協力し合うのも、トラブルに対応するのも、二人で動くことが多い。
ドラマのバディものに例えたいところだが、教師の仕事は地味だ。派手で格好いいことなんてひとつもない。
オレのスマホが鳴った。
名前が表示されているが、誰だこれは。記憶にない。
とりあえず通話してみた。
『朝霧先生! よかった、電話つながった!
助けて! ウサギちゃんが、ウサギちゃんが死んじゃう!!』
生徒の声……?
もしかして、幽霊顧問であるオレの部活、生物部の生徒か。
オレはそっとスピーカーホンにし、桐生と内容を共有することにした。
「なにがあった。落ち着いて話せ」
『小屋の掃除してたら、ウサギちゃんが何匹か逃げちゃって、ほとんど捕まえたんだけど、一匹だけすごく逃げて、帰る子の自転車にぶつかって、血が、出てて』
「下手に動かすなよ。そっと寝かせるんだ。
接触した自転車の側は無事か?」
『うん、ブレーキかけてくれたし、転ばなかったよ。
その子も心配して横にいてくれてる。
先生どうしよう、ウサギちゃんぐったりして、息してるけど苦しそうでっ』
「落ち着け。焦ってもどうにもならん。
オレがすぐに行く。顧問が同伴すれば動物病院に連れていける。
お前らは、安全な場所でウサギを見守っていろ。いいな」
通話を置く。
オレが桐生を見ると、桐生は無言で頷いた。
「悪いな桐生。車、出してもらえるか」
「緊急事態なのに遠慮はなしだよ」
オレは車を持っていない。通勤には原付を使っている。
維持費がかかるだけで無駄だと思っていたが、こういう時には車が頼りになる。
桐生がうちにいてくれてよかった。
ウサギと生徒を乗せて、動物病院に連れていける。
「最短距離を調べるね」
スマホでマップ検索していた桐生の手がぴたりと止まった。
桐生はベランダに近づき、カーテンをめくって外を確認し、青ざめた。
「朝霧……。
車、無理だ」
「何故!?」
「ハロウィンの仮装が始まってる。
ネットで、交通情報の注意喚起が出てるんだ。
車道を仮装の人が歩いてて、車が動けなくなるみたい」
ベランダから見える夜景は、普段の数倍は明るく見えた。
オレンジやパープルのイルミネーション。人々が持つライトや仮装道具。
祭りを制御する存在がいないから、奴らがどこに向かい、とこで集まるのかは想像もつかない。
好き勝手に騒いで楽しみ始める、それが今夜。くるったモンスターパーティー。
「じゃあ、オレだけでも原付で」
「普段通ってる道が人で溢れてたら、安全運転する自信はある?」
「…………」
オレは歯噛みした。
なんで、よりによって今日なんだ。
小動物はか弱い生き物だ。早く駆けつけて、容体を見て、動物病院に連れて行ってやらないと。
人間の馬鹿騒ぎのせいで、助かる命が助からなくなるだろうが!
「ハロウィンなんぞクソ食らえだ、畜生!!
オレが間に合わなかったらどうしてくれる!!」
車も原付もダメなら、走るしかない。あるいはどこかで自転車でも借りられないか。
オレは乱雑にコート掛けの上着をむしり取った。
「朝霧。待って」
「待てるか! 時間がないんだ!!」
「最速の手段がある。車より早いよ」
「何!?」
振り返ったオレの目の前で、桐生はいきなり上着をすべて脱ぎ捨てた。引き締まった上半身を顕わにする。
ただの教師にするにはもったいない、端正な肉体。
その背に、ばさり、と黒い布のような両翼があらわれた。
ヴァンパイアの翼……!
ヴァンパイア体質には、大きく人間離れした部分もある。
そのひとつがメタモルフォーゼだ。
10cm程度のコウモリになれたり、こうやって、人間の姿で翼だけを出すことができる。
「僕が朝霧を抱えて屋上まで飛ぶよ。
急ぎだから、靴はいたままでいこう。
僕の服と荷物はお願い。
部屋の電気は消して。明るいと丸見えだから」
「あ、ああ」
桐生は地頭がいい。こういった緊急時の行動力は目を見張る。
背中に翼が生えた人間など、見つかったらこいつは……
いや。今日なら。今日だから。
誤魔化せるかもしれないのか?
手早く支度をし、桐生の服をリュックに詰め込むと、月だけの光に桐生が照らされていた。
裸体の半身をさらし、ベルベットのような黒い皮膜が、呼吸に合わせてゆらゆら動いている。
「準備いいね?
窓の鍵はかけられないけど、仕方ないよね。
それじゃ、よいしょっ」
「うわあ!?」
桐生は軽々とオレを抱き上げた。胸の前で。
つまりはお姫様抱っこだ。
何故って、背中に翼があるのだから、おんぶができない訳で。
安定して抱えるにはこれしかない訳で。
「僕の首につかまって。全力でしがみついて。
行くよ!」
桐生は何の躊躇もなく、ベランダから飛び降りた。
自由落下。内臓がひきつる感覚。
し、死ぬ、落ちる落ちる落ち……!!
ばさっ。
風を切り裂き、黒い翼が闇に広がる。
パラシュートを開いたように、落下速度は急速に緩まった。
ばさり、ばさりと桐生が羽ばたくたびに、今度は上昇してゆく。
「うっ、うぐっ、胃が、回転、っ……!
桐生っ! 上下揺れ、激し……!
気持ち悪っ、は、吐く!
このヘタクソ! もっとしっかり飛べ!」
「そんなこと言われたって!
人間ひとりの体重プラスで飛ぶの初めてだから!
高度が安定しなくて、今、必死で上昇してる。
もう少し上に行ったら風にのれる、それまで我慢して」
初めて、とか。おい。
ダイブの瞬間に失敗していたら、こいつはオレと投身自殺する気だったのか。
ああダメだ。考えられない、頭が揺さぶられてグラグラする……!
突如。
ふわっと自分の体重が消えたような感覚がした。
かたく閉じていた目を開いてみる。
空を飛んでいた。
桐生の翼は風にうまく乗り、ハンググライダーのように大きく広げられている。
月夜に空を飛ぶヴァンパイア。
なんて幻想的で、きれいなんだろう。
はるか眼下に夜景が見えた。知らないうちに高度が上がっている。オレたちを目視できるものはいないだろう。
さっきまで、祭り共々呪われろと思っていた馬鹿騒ぎが遠く、小さく見えた。
きらきらしている。街が輝いている。
今日という夜を遊ぶ光たち。
「ライトアップすごいね。さすがハロウィンナイト。
たまにひとりで飛ぶけど、こんな綺麗な景色、なかなか見れないな」
「そうか」
桐生は夜、たまに飛ぶんだなと思った。
ふと顔を上げると、桐生の顔が近かった。
離れたら落下する。しがみつくしかない。半裸の桐生に。
なんだこの状態は!?!?
「朝霧どうしたの? 高いの怖い?」
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オレのほうがすべて劣っているのに。
そうやって平気そうに、普段通りに微笑んでいるのだから。
「そろそろだ、降りるよ。覚悟決めて!」
叫んだと同時、再び桐生は急降下した。
ヒモ無しバンジージャンプ状態……!!
桐生、人間の三半規管は、そこまで丈夫じゃ、ない……。
着地前に数回羽ばたき、桐生は緩やかに屋上へ降り立った。
へろへろ、とよろめくオレを桐生が支える。
桐生はオレと、こつんと額を合わせた。
「移動に10分もかかってない。ウサギさん、きっと助かる。
しっかりして朝霧。もう足は地面にある。
これからが本番だ。
せっかく一緒に来たんだし、僕もサポートするからね」
桐生が笑う。
一瞬でオレに、ここへ来た理由の全てを思い出させてくれる笑顔。
「行くぞ、桐生。
早く上着を着ろ。今のままだと変態だ」
「うん、リュック借りるね……へっくちん!
夜風、寒かった。さすがに半裸は堪えたなあ」
「お前、ヴァンパイアだから平気だろ」
「平気だけど、ちょっとは心配してよ?」
ウサギ一羽の命はぎりぎり助かった。
ヴァンパイアの唾液には治癒効果がある。
生徒に隠れながら摂取し、ウサギにスポイトで飲ませたことで、内臓損傷が多少は癒えたらしかった。
動物病院で手術になったが、後遺症が残ることはないと言われ、生徒もオレも桐生も胸をなでおろした。
自転車でウサギを轢いてしまった生徒は号泣していた。
ウサギの命だけでなく、人間の心も救われた。
「その子、朝霧の家で世話するの?」
「ああ。包帯や傷跡は、他のウサギに警戒されて攻撃されることがある。
元気になったら飼育小屋に戻すつもりだ」
動物病院で買ったケージで眠るウサギを抱え、オレは小声で「ありがとう」と告げた。
桐生の耳には届いていたようだ。桐生がにっこり笑う。
「ヴァンパイアでよかった、って思う時もあるんだね。
しかも、ハロウィンの夜になんて。
なんだか可笑しいよ」
「それはただの体質だ。お前は人間だ。
体質が役に立つことくらい、あってもいいんじゃないか」
ハロウィンの夜は更け、どんどん騒ぎが激しくなった。
ウサギのケージにブランケットをかけ、人の少ない道を選んで、オレたちは並んで帰った。
今宵はハロウィン。化け物達が踊る夜。
オレたちは、祭りの灯りに背を向けて歩く。
オレと桐生は、これからもずっと、人間の側を歩いていくのだから。
おわり
23
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漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
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父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
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冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
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鬼上司と秘密の同居
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スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
男子高校に入学したらハーレムでした!
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閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
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