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夏休み旅行編 その1
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期末テストの採点と返却、通信簿の最終チェック等の慌ただしい日々が過ぎ去り、ようやく一学期が終わった。
アヤザワ高校は、一学期さえ終われば山場は越える。
教師一同、終業式後にほんのり笑顔なのはそのせいだ。
しかし、いつもながら死相が浮かぶ教師が一人いる。
教頭の西村先生だ。
彼はいつも、ありえないほどの業務を抱えて書類に追われ、走り回っている。
54歳はベテラン、どっしりかまえていい年齢。しかも教頭だというのに。
「西村先生、ご無事ですか」
「ははは、今年も一学期が終わったね。
終業式の挨拶も噛まなかったし、来賓と理事長が揉めることもなかったし、穏やかだったよ」
終業式の挨拶は、ふつう校長がするものだろう。
アヤザワ高校では違う。行事の挨拶や重要な場に立つのは、すべて西村先生だ。
なぜって、校長は基本的に校内にいないからだ。
学校の七不思議に『透明校長』という話があるらしいが、実話だから笑えない。
理事長が天下であるこの私立高アヤザワでは、理事長が無茶を言えばだいたう通ってしまう。
オレが赴任した時、すでに校長を見かけたことはなかった。
籍はあり、名前もある。校長は一応いる。
その実態は、かつて大会社の社長であった理事長が引き抜いた営業部長。
私立高の財務を一手に担い完璧にやりくりし、気難しい教育関係の大御所連中の心を掴んで強いパイプを作り、国内国外問わずにあちこち赴いては、部活の顧問にふさわしい臨時職員をスカウトしてくる。
教育に関する知識はゼロでも、運営という立ち位置からすると、なくてはならない存在だ。
理事長&校長に教職的な知識が皆無なため、学校が学校であるための運営すべてが、教頭である西村先生にのしかかっている。
教育指導計画の編成。
時間割の決定。
非常変災時による臨時休業の決定、報告。
修学旅行、対外試合などの学校行事の実施。
クラス担任、教科担任の決定。
入学、転学の許可、退学、休学の許可。
過程終了および卒業の認定。
生徒の懲戒。
所属職員の監督。
教職員の人事に関する意見まとめ。
職員の休暇の承認。
職員の出張命令。
勤務場所を離れての研修の許可。
予算書の作成、備品購入計画の作成。
旅費、設備費その他の運営経費の計算。
それからそれから……。
来賓の接客は、暇を持て余している理事長が嬉々として行っているのが唯一の救いか。
西村先生は宿直室利用率ナンバーワン。泊まりで業務に明け暮れる日も多い。
いつか過労死しないかと、誰もがヒヤヒヤしている。
「夏休みは、皆さん、ゆっくり休みましょうね。
宿直当番だけは忘れないように」
西村先生は宿直当番を免除されているが、不満に思う者はいない。
夏休み、一番ゆっくり休んでほしい人だ。心から。
そうして、オレたち教師もひととき、仕事から解放される。
夏休み中にも業務やら研修やら宿直やらがあるにせよ、ここまで長い休みをもらえるのは、教職のありがたみ。
さて。
オレは桐生に言わねばならない。
『夏休みに旅行に行く』と言ったオレの言葉が本気であることを。
まず相談を持ちかけてから、オレは桐生に先制攻撃をした。
「旅行、行きたいところはお前が決めろ。
でないとオレは行かない」
「あさ、……令一が行きたかったんじゃないの?」
「お前と二人で行きたいという意味だ。
どうせお前、オレが行きたいところならどこでもいい、って言うんだろ。
お前が行きたいところでなければ、オレは行かない」
オレと桐生は、お互いの宿直当番が重ならない日を選び、一泊二日で旅行に出かけることになった。
「わあー!! 京都だ!! 京都だ!!」
「そんなに来たかったんだな」
新幹線を降り、駅を出るなりはしゃぐ桐生。
普段見られない姿が新鮮だ。
「昔はよくひとり旅してたんだ。
教師になってからは、なかなかできなくて。
歴史が息づく場所、幸せ!」
そういえばこいつ、古典の教師でもあったな。
オレが生物や科学的なものに興味があるように、こいつは古典が好きなのか。
まずは、バスの一日乗車券を買う。京都はバスでの移動が一番便利だ。
どこを回るかはもう決めてある。最初の場所は桐生が絶対に行きたいと主張した場所だった。
長く長くバスに揺られる。景色がどんどん田舎になっていく。
バスの乗客が次々降りていって、バスは終点にたどり着いた。
「くそ暑いな……」
「ソフトクリーム売ってるよ。食べる?」
「抹茶味!」
ギラギラと照り付ける真夏の太陽に悪態をつきつつも、ソフトクリームは美味だった。
通常の抹茶味アイスとは比較にならない濃さ、コク、深み、まろやかな苦みとすっきりした後味。さすが京都。
「オレはこれを食うためだけに京都に来ようかと思う」
「あはは、ほんと?
僕もぜひお供させてね」
桐生が案内した先は、観光地なのかと疑問に思う辺鄙な場所だった。
山と石垣らしきもの、小さい売店を抜けたアスファルトの先に、細くて長い階段がある。
この暑さをものともせず、階段に人が並んでいた。
「ここが華厳寺(けごんじ)か」
「鈴虫寺って名称でも有名だよ。
一年中鈴虫が鳴くように飼育しているんだ。
エアコンがなかった時代に成功したらしいよ」
「エアコンなしで!? 鈴虫を!?
なんだこの寺の坊主、天才か!?」
生物の話に食いつくオレを、桐生は楽しそうに笑った。
つづく
アヤザワ高校は、一学期さえ終われば山場は越える。
教師一同、終業式後にほんのり笑顔なのはそのせいだ。
しかし、いつもながら死相が浮かぶ教師が一人いる。
教頭の西村先生だ。
彼はいつも、ありえないほどの業務を抱えて書類に追われ、走り回っている。
54歳はベテラン、どっしりかまえていい年齢。しかも教頭だというのに。
「西村先生、ご無事ですか」
「ははは、今年も一学期が終わったね。
終業式の挨拶も噛まなかったし、来賓と理事長が揉めることもなかったし、穏やかだったよ」
終業式の挨拶は、ふつう校長がするものだろう。
アヤザワ高校では違う。行事の挨拶や重要な場に立つのは、すべて西村先生だ。
なぜって、校長は基本的に校内にいないからだ。
学校の七不思議に『透明校長』という話があるらしいが、実話だから笑えない。
理事長が天下であるこの私立高アヤザワでは、理事長が無茶を言えばだいたう通ってしまう。
オレが赴任した時、すでに校長を見かけたことはなかった。
籍はあり、名前もある。校長は一応いる。
その実態は、かつて大会社の社長であった理事長が引き抜いた営業部長。
私立高の財務を一手に担い完璧にやりくりし、気難しい教育関係の大御所連中の心を掴んで強いパイプを作り、国内国外問わずにあちこち赴いては、部活の顧問にふさわしい臨時職員をスカウトしてくる。
教育に関する知識はゼロでも、運営という立ち位置からすると、なくてはならない存在だ。
理事長&校長に教職的な知識が皆無なため、学校が学校であるための運営すべてが、教頭である西村先生にのしかかっている。
教育指導計画の編成。
時間割の決定。
非常変災時による臨時休業の決定、報告。
修学旅行、対外試合などの学校行事の実施。
クラス担任、教科担任の決定。
入学、転学の許可、退学、休学の許可。
過程終了および卒業の認定。
生徒の懲戒。
所属職員の監督。
教職員の人事に関する意見まとめ。
職員の休暇の承認。
職員の出張命令。
勤務場所を離れての研修の許可。
予算書の作成、備品購入計画の作成。
旅費、設備費その他の運営経費の計算。
それからそれから……。
来賓の接客は、暇を持て余している理事長が嬉々として行っているのが唯一の救いか。
西村先生は宿直室利用率ナンバーワン。泊まりで業務に明け暮れる日も多い。
いつか過労死しないかと、誰もがヒヤヒヤしている。
「夏休みは、皆さん、ゆっくり休みましょうね。
宿直当番だけは忘れないように」
西村先生は宿直当番を免除されているが、不満に思う者はいない。
夏休み、一番ゆっくり休んでほしい人だ。心から。
そうして、オレたち教師もひととき、仕事から解放される。
夏休み中にも業務やら研修やら宿直やらがあるにせよ、ここまで長い休みをもらえるのは、教職のありがたみ。
さて。
オレは桐生に言わねばならない。
『夏休みに旅行に行く』と言ったオレの言葉が本気であることを。
まず相談を持ちかけてから、オレは桐生に先制攻撃をした。
「旅行、行きたいところはお前が決めろ。
でないとオレは行かない」
「あさ、……令一が行きたかったんじゃないの?」
「お前と二人で行きたいという意味だ。
どうせお前、オレが行きたいところならどこでもいい、って言うんだろ。
お前が行きたいところでなければ、オレは行かない」
オレと桐生は、お互いの宿直当番が重ならない日を選び、一泊二日で旅行に出かけることになった。
「わあー!! 京都だ!! 京都だ!!」
「そんなに来たかったんだな」
新幹線を降り、駅を出るなりはしゃぐ桐生。
普段見られない姿が新鮮だ。
「昔はよくひとり旅してたんだ。
教師になってからは、なかなかできなくて。
歴史が息づく場所、幸せ!」
そういえばこいつ、古典の教師でもあったな。
オレが生物や科学的なものに興味があるように、こいつは古典が好きなのか。
まずは、バスの一日乗車券を買う。京都はバスでの移動が一番便利だ。
どこを回るかはもう決めてある。最初の場所は桐生が絶対に行きたいと主張した場所だった。
長く長くバスに揺られる。景色がどんどん田舎になっていく。
バスの乗客が次々降りていって、バスは終点にたどり着いた。
「くそ暑いな……」
「ソフトクリーム売ってるよ。食べる?」
「抹茶味!」
ギラギラと照り付ける真夏の太陽に悪態をつきつつも、ソフトクリームは美味だった。
通常の抹茶味アイスとは比較にならない濃さ、コク、深み、まろやかな苦みとすっきりした後味。さすが京都。
「オレはこれを食うためだけに京都に来ようかと思う」
「あはは、ほんと?
僕もぜひお供させてね」
桐生が案内した先は、観光地なのかと疑問に思う辺鄙な場所だった。
山と石垣らしきもの、小さい売店を抜けたアスファルトの先に、細くて長い階段がある。
この暑さをものともせず、階段に人が並んでいた。
「ここが華厳寺(けごんじ)か」
「鈴虫寺って名称でも有名だよ。
一年中鈴虫が鳴くように飼育しているんだ。
エアコンがなかった時代に成功したらしいよ」
「エアコンなしで!? 鈴虫を!?
なんだこの寺の坊主、天才か!?」
生物の話に食いつくオレを、桐生は楽しそうに笑った。
つづく
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