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48話 ヴァンパイア殺しの武器
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「僕は無防備に出てきたわけではありませんよ?」
今にも飛び掛かりそうだった下坂が、姿勢を戻して一歩引いた。
警戒してくれている。よし、これでいい。まだ距離は保っていたい。
「何? ナイフでも持ってきた? 殺される前に俺殺す?
ガッコーのセンセイのくせに人殺すんですか~?」
「僕は、殺人者であるあなたを許すことはできません。
それでも僕は教師です。
人の命を奪うことはしない」
ひとを殺めない。それは、ヴァンパイア体質の境界線だと思う。
吸血衝動が襲い来るたびに、『いっそ化け物になってしまえ』とささやく自分の声が聞こえた。
甘い誘惑。人間として生きることを捨てて自由になる選択。
何度も、何度も、僕は自身の悪魔を垣間見た。
なぜ踏みとどまったのかと言われたら、理性とかそんなものじゃない。偶然と奇跡がそうしてくれただけ。
だから僕は、彼のことが少しだけ理解できた。
そちらの世界にいたかもしれない僕の姿。
それがあなただ。下坂昂司。
「偽善者! 超偽善者!! おめでたすぎてありがたいぜ!!
結局なんだよあんた、くだらねえ話しにきただけか!?
これからも何人だってぶっ殺す。吸って殺して捨ててやらあ!!
止められるもんなら止めてみろ!!」
「ええ。そうします。
僕は、あなたを止めに来たのですから」
僕は左手を空に向かって掲げた。
オーバーアクション気味で動いたため、下坂は後ろに飛びずさった。
僕の左手に握られたのは、光量強めのペンライト。
瞬時にできる合図として、あらかじめ打ち合わせていたもの。
僕の十メートルほど後方で待機している令一は、僕の合図で『仕掛け』を起動させてくれた。
静かだった。僕たち以外には。
『誰にも聞こえない凶器』が猛威を振るう。
彼はきっと、まともに悲鳴すら出なかっただろう。
「は、ぐ、……ぁがっ……!!」
息が喉奥に詰まったような呻き。体をくの字に折り曲げ、下坂は頭や耳を掻きむしって暴れた。
「ぐあ、がっ…っ、がふっ、がっ」
声にならない苦悶を漏らし、下坂はたった数秒で地面に倒れ込んだ。
それでも意識はあるようで、ばたばたと手足を動かし苦しんでいる。
「……く、……」
僕も苦しかった。
イヤーウィスパーをしていても、ノーダメージでは済まない。
全身が内側から震えるような錯覚。
脳内に狂気が突き刺さり、激しくかき回されるような。精神が、こわされていくような。
僕は僕自身を知りたくて、一時期、様々な専門家の元を訪れた。
そうして偶然見つけた『武器』だった。
当時の僕は、情けなくも一瞬で気を失った。
二度と聞くものかと思った。実は今でもトラウマだ。
『 狂犬病末期 野生ルーセットオオコウモリが発する超音波 』
狂犬病。
その致死率は、発病後はほぼ100%。
激痛に苦しみ精神錯乱を起こす病。
命ある最期の最期まで、幻覚から逃れられないという。
全身を痙攣させながら死に至るまで、終わりなく続く死神の夢を、叫ぶ声。
「げ、ほっ…!
あぐ、が、はっ…!!」
彼が激しく嘔吐している。
この音が鳴っている間は動けないだろう。
彼の聴覚は、僕より数段優れているはずだ。
「あなたを拘束します。
生きたままでも、無力化は可能です」
僕は彼に近づいた。
苦悶の表情を浮かべながら、彼は赤い瞳で僕を睨んだ。近づくすべてを噛み殺しそうな殺気だ。
僕はウエストポーチから、医療用拘束ベルトを取り出した。溝口医師からの借り物だ。
ヴァンパイアの力をもってしても、拘束を目的として作られたこれを外すことは難しいだろう。
僕が接近すると、下坂は音に苦しみながらも抵抗を試みた。
傍に落ちていたビール瓶を拾い、投げつけてくる。
狙いも何もあったものではない。あさっての方向に投げられた瓶は、僕にはかすりもしなかった。
そう思ってしまったから、僕は気づくのが遅れた。
僕の横を素通りしたビール瓶はカーブを描いて、曲がり角の向こう……令一が隠れている路地へ吸い込まれて。
「……うぐっ!」
「令一!?」
思わず叫んでしまった。
下坂は、超音波の発信源を狙って瓶を投げたんだ!
超音波は鳴りやまない。でも、下坂は発信源を特定してしまった。
下坂は折りたたみナイフを取り出し、自らの二の腕に刺した。
強い痛みで音のダメージをかき消したのか。彼は立ち上がり、令一のいる路地に向かって駆け出した。
体幹はよろめいていたが、それでも一般人程度の素早さはあった。
「行かせない!!」
僕は下坂にタックルし、腰にしがみついた。一緒に砂利をごろごろ転がる。
僕はウエストポーチから防犯ブザーを取り出した。
下坂は防犯ブザーを一瞥し、僕の手をナイフで切りつけた。
「痛っ!」
深くは刺さらなかったが、ブザーを鳴らす前に落としてしまう。
くそ、こんな至近距離で使うつもりじゃなかったのに!
しゃにむにしがみつく僕を、下坂は容赦なく何度も蹴った。
耐え抜こうとしたが、顔面を殴られ、一瞬手の力が抜けてしまった。
下坂は起き上がって走り出した。
「令一! 逃げて!!」
僕の叫びに令一は答えない。
令一も防犯ブザーを持っている。せめてそれを鳴らしてくれれば。
僕の見えないところで、令一は立っているのがやっとだった。
遠距離から投げつけられたビール瓶は運悪く令一の側頭部に当たり、脳震盪を起こしかけていた。
手にしたボイスレコーダーを握りしめ続けたのが奇跡なくらいに。
壁に寄りかかって朦朧としている令一に、殺人鬼が襲い掛かった。
つづく
今にも飛び掛かりそうだった下坂が、姿勢を戻して一歩引いた。
警戒してくれている。よし、これでいい。まだ距離は保っていたい。
「何? ナイフでも持ってきた? 殺される前に俺殺す?
ガッコーのセンセイのくせに人殺すんですか~?」
「僕は、殺人者であるあなたを許すことはできません。
それでも僕は教師です。
人の命を奪うことはしない」
ひとを殺めない。それは、ヴァンパイア体質の境界線だと思う。
吸血衝動が襲い来るたびに、『いっそ化け物になってしまえ』とささやく自分の声が聞こえた。
甘い誘惑。人間として生きることを捨てて自由になる選択。
何度も、何度も、僕は自身の悪魔を垣間見た。
なぜ踏みとどまったのかと言われたら、理性とかそんなものじゃない。偶然と奇跡がそうしてくれただけ。
だから僕は、彼のことが少しだけ理解できた。
そちらの世界にいたかもしれない僕の姿。
それがあなただ。下坂昂司。
「偽善者! 超偽善者!! おめでたすぎてありがたいぜ!!
結局なんだよあんた、くだらねえ話しにきただけか!?
これからも何人だってぶっ殺す。吸って殺して捨ててやらあ!!
止められるもんなら止めてみろ!!」
「ええ。そうします。
僕は、あなたを止めに来たのですから」
僕は左手を空に向かって掲げた。
オーバーアクション気味で動いたため、下坂は後ろに飛びずさった。
僕の左手に握られたのは、光量強めのペンライト。
瞬時にできる合図として、あらかじめ打ち合わせていたもの。
僕の十メートルほど後方で待機している令一は、僕の合図で『仕掛け』を起動させてくれた。
静かだった。僕たち以外には。
『誰にも聞こえない凶器』が猛威を振るう。
彼はきっと、まともに悲鳴すら出なかっただろう。
「は、ぐ、……ぁがっ……!!」
息が喉奥に詰まったような呻き。体をくの字に折り曲げ、下坂は頭や耳を掻きむしって暴れた。
「ぐあ、がっ…っ、がふっ、がっ」
声にならない苦悶を漏らし、下坂はたった数秒で地面に倒れ込んだ。
それでも意識はあるようで、ばたばたと手足を動かし苦しんでいる。
「……く、……」
僕も苦しかった。
イヤーウィスパーをしていても、ノーダメージでは済まない。
全身が内側から震えるような錯覚。
脳内に狂気が突き刺さり、激しくかき回されるような。精神が、こわされていくような。
僕は僕自身を知りたくて、一時期、様々な専門家の元を訪れた。
そうして偶然見つけた『武器』だった。
当時の僕は、情けなくも一瞬で気を失った。
二度と聞くものかと思った。実は今でもトラウマだ。
『 狂犬病末期 野生ルーセットオオコウモリが発する超音波 』
狂犬病。
その致死率は、発病後はほぼ100%。
激痛に苦しみ精神錯乱を起こす病。
命ある最期の最期まで、幻覚から逃れられないという。
全身を痙攣させながら死に至るまで、終わりなく続く死神の夢を、叫ぶ声。
「げ、ほっ…!
あぐ、が、はっ…!!」
彼が激しく嘔吐している。
この音が鳴っている間は動けないだろう。
彼の聴覚は、僕より数段優れているはずだ。
「あなたを拘束します。
生きたままでも、無力化は可能です」
僕は彼に近づいた。
苦悶の表情を浮かべながら、彼は赤い瞳で僕を睨んだ。近づくすべてを噛み殺しそうな殺気だ。
僕はウエストポーチから、医療用拘束ベルトを取り出した。溝口医師からの借り物だ。
ヴァンパイアの力をもってしても、拘束を目的として作られたこれを外すことは難しいだろう。
僕が接近すると、下坂は音に苦しみながらも抵抗を試みた。
傍に落ちていたビール瓶を拾い、投げつけてくる。
狙いも何もあったものではない。あさっての方向に投げられた瓶は、僕にはかすりもしなかった。
そう思ってしまったから、僕は気づくのが遅れた。
僕の横を素通りしたビール瓶はカーブを描いて、曲がり角の向こう……令一が隠れている路地へ吸い込まれて。
「……うぐっ!」
「令一!?」
思わず叫んでしまった。
下坂は、超音波の発信源を狙って瓶を投げたんだ!
超音波は鳴りやまない。でも、下坂は発信源を特定してしまった。
下坂は折りたたみナイフを取り出し、自らの二の腕に刺した。
強い痛みで音のダメージをかき消したのか。彼は立ち上がり、令一のいる路地に向かって駆け出した。
体幹はよろめいていたが、それでも一般人程度の素早さはあった。
「行かせない!!」
僕は下坂にタックルし、腰にしがみついた。一緒に砂利をごろごろ転がる。
僕はウエストポーチから防犯ブザーを取り出した。
下坂は防犯ブザーを一瞥し、僕の手をナイフで切りつけた。
「痛っ!」
深くは刺さらなかったが、ブザーを鳴らす前に落としてしまう。
くそ、こんな至近距離で使うつもりじゃなかったのに!
しゃにむにしがみつく僕を、下坂は容赦なく何度も蹴った。
耐え抜こうとしたが、顔面を殴られ、一瞬手の力が抜けてしまった。
下坂は起き上がって走り出した。
「令一! 逃げて!!」
僕の叫びに令一は答えない。
令一も防犯ブザーを持っている。せめてそれを鳴らしてくれれば。
僕の見えないところで、令一は立っているのがやっとだった。
遠距離から投げつけられたビール瓶は運悪く令一の側頭部に当たり、脳震盪を起こしかけていた。
手にしたボイスレコーダーを握りしめ続けたのが奇跡なくらいに。
壁に寄りかかって朦朧としている令一に、殺人鬼が襲い掛かった。
つづく
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