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53話 闘争本能
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コウモリの飛び方は、紙飛行機に近いと言われる。
自力で高度を上げた後は、ほとんど音を立てずに滑空できる。
僕は羽ばたきを最低限に控え、左右の羽のわずかな角度だけで貸倉庫の窓へ近づいた。
窓の位置は、地上から3メートル以上。窓ガラスはかなり昔に割れてなくなっているが、この高さから侵入しようとする人間はほぼいないだろう。
このあたりは貸倉庫が横一列に並んでいる。倉庫と倉庫の合間から見上げても、この窓は視認しにくい。
その分、空からだと、窓は無防備だった。
令一を連れ込むには最適な場所だ。
僕は隣の倉庫の屋根に降り立った。
なるたけ呼吸を浅くする。ドラマや映画みたいに「気配を殺す」なんてやったことがない。これでいいんだろうか。
「……、あぅ……」
小さな呻き声がした。
それは、令一の声で間違いなかったのだけれど。
嬌声だった。
僕はふわりと空を舞い、窓枠の出っ張りに手をかけた。
できるだけ中に姿が見えないよう、半身になって片手でぶら下がる。
ヴァンパイアの筋力にも限界はある。この格好は数十秒が限界だ。
自分の姿を隠しつつ、僕は倉庫の中を覗いた。
令一は椅子に縛り付けられていた。
服は破られたか切り裂かれたか。床には着衣だったものが散乱している。
令一の首筋の両側に。
両肩に。
両の二の腕に。
両手首に。
胸元に。
脇腹に。
太股に。
ふくらはぎに。
至る所に、吸血の噛み痕が残されていた。
「あ、……。
は…、ぁ……」
「あー、またトんじゃった?
何度目だっての~。 また殴って起こすか。
ああ、貧血かもな。
まあいいや。生きてるし」
何をされているのか、どういう状況であるか、僕は把握した。
僕は慎重なほうだと思っていた。いつも、ある程度先を予測し、脳内で対策してから動いていたように思う。
なのに、体が先に動いた。
僕は窓枠から体を滑り込ませ、令一と下坂の間に着地した。
「おおっと!?」
驚いて飛び退きはしたけれど、下坂はいつもの余裕の表情だった。
僕がここを見つけることくらい、予想していたのだろう。
「ははは、びっくりした!
えーと、コミヤマセンセー?
目ーまっかっかじゃん。
ヤバイヤバイ、光ってるのはマジヤバいってw
通報されちゃうぜ?」
「そうでしょうね。
僕は、感情むき出しで怒るという経験が少ないので。
きっと今、僕はとても怒っているんでしょう」
他人事のような、淡々とした声が自分の耳に聞こえる。
僕は凪のように静かな表情だった。
なのに、両眼はらんらんと真紅に輝いているらしい。
それはまるで、地中を荒れ狂うマグマのような。
下坂が生物的危険を感じ、後ずさるには十分な覇気だったようだ。
僕は後ろ手で、そっと令一に触れた。
令一がぴくりと動いた。ほとんど意識がなさそうだった。
噛み痕の数から、『拷問』を受け続けた時間を予想する。
脱水症状が懸念される。早く手当てをしたい。この下衆な拘束を解きたい。
早く、目の前の アレ を 排除しなければ。
全身の血が騒ぐ。
獣になったような不思議な錯覚。闘争本能というのだろうか。
おかしなことに、とても爽快に感じられた。
目の前の アレ を 噛み砕き 引き裂き ばらばらに。
内なる声に素直に従いたい。なんて心地いいんだろう。
僕は、やっぱり人間ではなかったみたいだ。
僕は人間じゃない。
こいつも人間じゃない。
たとえ殺し合っても、人間じゃない。
僕は視線を下坂に向けたままコートを脱ぎ、令一の頭からそっとかけた。
そして僕から仕掛けた。
全力で走り込み、姿勢をかがめて肝臓の真上を殴る。手応えが軽かった。
下坂は大きくバックステップして、笑いながら下腹を撫でている。
「驚いた! 俺と闘る気なんだあんた!?
マジで!? おっもしれえ!!
喧嘩なんざ縁なさそうな、虫も殺さねえ顔してんのに!」
「縁が無いのは事実です。
あなたも、ごろつき相手の喧嘩程度しか経験なさそうですね。
素人加減は同等ではないでしょうか」
「何だとテメェ!?」
僕は深呼吸した。
格闘技の経験なんてない。スポーツも、好きだったのは走ることくらい。
誰かを打ちのめす行為を、僕は知らない。
人体について、知識をひととおり知っているという程度。
僕は傍に落ちていたコンクリートブロックを拾って、下坂の足元あたりに投げつけた。
下坂は軽々とジャンプして避けた。
がしゃんがしゃん、と後ろの廃材が音を立て、一部が崩れた。
下坂がその音でに振り向いた。大きな隙だ。跳躍から着地したばかりの不安定な体幹も全部見える。
今度は確実に当たるよう、僕はショルダーアタックで下坂の横隔膜を狙った。
鈍い手応え。かはっ、と下坂があえいだ。そのまま下坂は両膝をついた。
横隔膜殴打の呼吸困難は、ヴァンパイアにも効いたようだ。
急所を的確に狙えば、力の劣る僕でも勝てる。
つづく
自力で高度を上げた後は、ほとんど音を立てずに滑空できる。
僕は羽ばたきを最低限に控え、左右の羽のわずかな角度だけで貸倉庫の窓へ近づいた。
窓の位置は、地上から3メートル以上。窓ガラスはかなり昔に割れてなくなっているが、この高さから侵入しようとする人間はほぼいないだろう。
このあたりは貸倉庫が横一列に並んでいる。倉庫と倉庫の合間から見上げても、この窓は視認しにくい。
その分、空からだと、窓は無防備だった。
令一を連れ込むには最適な場所だ。
僕は隣の倉庫の屋根に降り立った。
なるたけ呼吸を浅くする。ドラマや映画みたいに「気配を殺す」なんてやったことがない。これでいいんだろうか。
「……、あぅ……」
小さな呻き声がした。
それは、令一の声で間違いなかったのだけれど。
嬌声だった。
僕はふわりと空を舞い、窓枠の出っ張りに手をかけた。
できるだけ中に姿が見えないよう、半身になって片手でぶら下がる。
ヴァンパイアの筋力にも限界はある。この格好は数十秒が限界だ。
自分の姿を隠しつつ、僕は倉庫の中を覗いた。
令一は椅子に縛り付けられていた。
服は破られたか切り裂かれたか。床には着衣だったものが散乱している。
令一の首筋の両側に。
両肩に。
両の二の腕に。
両手首に。
胸元に。
脇腹に。
太股に。
ふくらはぎに。
至る所に、吸血の噛み痕が残されていた。
「あ、……。
は…、ぁ……」
「あー、またトんじゃった?
何度目だっての~。 また殴って起こすか。
ああ、貧血かもな。
まあいいや。生きてるし」
何をされているのか、どういう状況であるか、僕は把握した。
僕は慎重なほうだと思っていた。いつも、ある程度先を予測し、脳内で対策してから動いていたように思う。
なのに、体が先に動いた。
僕は窓枠から体を滑り込ませ、令一と下坂の間に着地した。
「おおっと!?」
驚いて飛び退きはしたけれど、下坂はいつもの余裕の表情だった。
僕がここを見つけることくらい、予想していたのだろう。
「ははは、びっくりした!
えーと、コミヤマセンセー?
目ーまっかっかじゃん。
ヤバイヤバイ、光ってるのはマジヤバいってw
通報されちゃうぜ?」
「そうでしょうね。
僕は、感情むき出しで怒るという経験が少ないので。
きっと今、僕はとても怒っているんでしょう」
他人事のような、淡々とした声が自分の耳に聞こえる。
僕は凪のように静かな表情だった。
なのに、両眼はらんらんと真紅に輝いているらしい。
それはまるで、地中を荒れ狂うマグマのような。
下坂が生物的危険を感じ、後ずさるには十分な覇気だったようだ。
僕は後ろ手で、そっと令一に触れた。
令一がぴくりと動いた。ほとんど意識がなさそうだった。
噛み痕の数から、『拷問』を受け続けた時間を予想する。
脱水症状が懸念される。早く手当てをしたい。この下衆な拘束を解きたい。
早く、目の前の アレ を 排除しなければ。
全身の血が騒ぐ。
獣になったような不思議な錯覚。闘争本能というのだろうか。
おかしなことに、とても爽快に感じられた。
目の前の アレ を 噛み砕き 引き裂き ばらばらに。
内なる声に素直に従いたい。なんて心地いいんだろう。
僕は、やっぱり人間ではなかったみたいだ。
僕は人間じゃない。
こいつも人間じゃない。
たとえ殺し合っても、人間じゃない。
僕は視線を下坂に向けたままコートを脱ぎ、令一の頭からそっとかけた。
そして僕から仕掛けた。
全力で走り込み、姿勢をかがめて肝臓の真上を殴る。手応えが軽かった。
下坂は大きくバックステップして、笑いながら下腹を撫でている。
「驚いた! 俺と闘る気なんだあんた!?
マジで!? おっもしれえ!!
喧嘩なんざ縁なさそうな、虫も殺さねえ顔してんのに!」
「縁が無いのは事実です。
あなたも、ごろつき相手の喧嘩程度しか経験なさそうですね。
素人加減は同等ではないでしょうか」
「何だとテメェ!?」
僕は深呼吸した。
格闘技の経験なんてない。スポーツも、好きだったのは走ることくらい。
誰かを打ちのめす行為を、僕は知らない。
人体について、知識をひととおり知っているという程度。
僕は傍に落ちていたコンクリートブロックを拾って、下坂の足元あたりに投げつけた。
下坂は軽々とジャンプして避けた。
がしゃんがしゃん、と後ろの廃材が音を立て、一部が崩れた。
下坂がその音でに振り向いた。大きな隙だ。跳躍から着地したばかりの不安定な体幹も全部見える。
今度は確実に当たるよう、僕はショルダーアタックで下坂の横隔膜を狙った。
鈍い手応え。かはっ、と下坂があえいだ。そのまま下坂は両膝をついた。
横隔膜殴打の呼吸困難は、ヴァンパイアにも効いたようだ。
急所を的確に狙えば、力の劣る僕でも勝てる。
つづく
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