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54話 完膚なきまで
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「はっ…! がふっ、かっ…!!」
まともに息ができずうずくまる下坂の頭上めがけ、僕は両手を組んで頚椎へ振り下ろした。
くぐもった悲鳴。しかし気絶には至らない。
力加減がわからないな。もっと強く、もっと速くか。
ぐらぐらの体勢だというのに、下坂が足払いをかけてきた。素早く後ろに飛んだ自分に驚いた。
本気を出せば、僕はこんな動きができたんだ。
抑え込んでいたものを解放すれば、こんなにも楽だった。
これでいい。この高揚感に飲まれてしまえば。
「……きりゅ、……」
思わず振り向いた。
令一が、うっすらと目を開けていた。
泣き腫れた瞼の内側で、愛しい人が僕を見ていた。
「らしく、ないぞ……?」
僕のコートで隠されて、ほとんど表情は見えない。
かすれきった声が痛々しかった。
令一。じっとしていて。すぐ助けるから。無理に喋らなくていいから。
すぐ助けるから。
そんな状態になってまで、僕を案じないで!
「くっ!!」
今度は僕の隙をつかれた。下坂が僕の顔面に拳を放ってきた。
僕は両腕を交差して受けた。長身の僕の体躯が後ろにブレるほどの怪力。
僕はダッキングして、下坂の胸に肘鉄をうった。下坂は痛みで声をあげたが、肋骨が折れた音はしなかった。
呼吸に関する場所。器官、肺、横隔膜を中心に潰す。あの超音波を放てないように。
イヤーウィスパーは今もつけているけど、僕は、それ以外の事前準備はなにもしていない。
あ、思い出した。
令一を見つけたら、溝口先生と杵島さんに連絡する予定だったっけ。
中を確認しながらすぐには飛び込まず、話し合ってこれからを決めるって、そういう予定だった。
この惨状を眺める忍耐力は、僕にはなかった。
ごめんなさい、二人とも。
僕は、連携をだめにしてしまいました。
「げほっ、げほ……。
いいのかよ、センセー。
コイツいたぶった一部始終、俺、スマホで録画しちゃってんだけど……?」
後ろの令一が体をこわばらせたのを、空気の振動で感じた。
今の僕は、五感も異常に高まっているようだ。
「ここまで、されちゃったらさ。
俺も……、キレるわ……。
動画配信、しまくっちゃうかな……?」
胸を押さえ、途切れ途切れに悪態をつく下坂。
もしかしたら彼は、的確な急所突きを受けたのは始めてなのかもしれない。
超人的な身体能力。人間に負けることはないという自信と慢心が彼にはあった。
残念ながら、僕はヴァンパイアだ。
僕はあなたより劣っているけれど、近い能力を持っている。
僕はまっすぐ下坂に走りこんで、顔面に殴りかかった。
胸のダメージで避けられない下坂は、腕で防御しようとしたが、僕の姿はどこにもない。顔面攻撃はフェイントだから。
下坂が目を見開いた時には、僕は下坂の背後に回り込んでいて、遠心力を込めた回し蹴りを背中に打ち込んだ。
ノーガードで食らった下坂は床を転がり、資材に頭をぶつけて「うがあっ!」と間抜けな悲鳴をあげた。ゲホゲホ咳き込んでいる。
これで、あの超音波はしばらく出せないだろう。
僕の背中には、片方だけ出したコウモリの翼。
空気抵抗を利用し、直進の力の片側だけブレーキをかけて背面に回り込んだ僕は、彼にはまるで消えたように映っただろう。
「ちなみに、下坂さん。
あなたのスマホは今どこです?」
僕は静かに告げた。
鈍い下坂でも、その意味を理解したようだった。下坂は「スマホのあった場所」を振り返った。
スマホは崩れた資材に埋もれてしまっている。掘り出せそうにないし、きっと使用できる状態ではないだろう。
なぜ、僕が最初にコンクリートブロックを投げたのか。
廃材を崩して、スマホを埋もれされるためだった。
こんな姿の令一にまっすぐ向けられたスマホ。その意図がわからないほど馬鹿ではない。
「く、そっ!! テメエ、ちくしょう……!!
お前なんか、出来損ないのくせにっ!!」
「逆ですよ。下坂昂司さん。
ヴァンパイア体質という先天性疾患の、さらに奇形。
あなたは、歪んで生まれた哀れな人だ」
僕の言葉に、下坂はあからさまに怯んだ。
彼の長い人生で、それを指摘した人はきっといなかった。
彼の年齢から察すれば、戦後の苦しい時代を生きたのだろう。
今よりもっと厳しい孤独と迫害の中、彼は、自らを優れた種だと思い込んだ。
弱い人間を見下すことが、下坂の生きる糧だったのかもしれない。
「んなワケねえだろおおおお!!!!
俺は、俺は純血だ!!!
お前らが、劣ってて、俺のほうが強い、だから俺が上で、俺が……!!」
「本当に哀れです」
僕は、倒れこんだまま動けない下坂に近づき、左腕を掴んだ。
僕自身がくるっと反転する。護身術の応用だ。
これだけで相手の腕をとらえ、動けなくできる。
だから、この状態でかかる力を、さらにこうすれば。
ぼきっ。
鈍い音がして、下坂は絶叫した。
大袈裟だ。脱臼しただけなのに。
折ろうと思えば折れたけどね。
下坂は激痛に震えて肩を押さえていた。
目にはうっすら涙が見える。怯え切っているようだ。
負けた、と理解した顔。
生まれて初めて、なぶられる側になった顔。
「きりゅ……、もう、……いい、
これいじょ、……」
令一の声がする。
僕はもう一度、令一を振り返った。
令一はほとんど全裸だった。全身に色濃く残る噛み傷と内出血。
僕は、令一に微笑んだ。
「大丈夫だよ。僕は彼を殺さない。
『とどめ』をさすだけだから」
つづく
まともに息ができずうずくまる下坂の頭上めがけ、僕は両手を組んで頚椎へ振り下ろした。
くぐもった悲鳴。しかし気絶には至らない。
力加減がわからないな。もっと強く、もっと速くか。
ぐらぐらの体勢だというのに、下坂が足払いをかけてきた。素早く後ろに飛んだ自分に驚いた。
本気を出せば、僕はこんな動きができたんだ。
抑え込んでいたものを解放すれば、こんなにも楽だった。
これでいい。この高揚感に飲まれてしまえば。
「……きりゅ、……」
思わず振り向いた。
令一が、うっすらと目を開けていた。
泣き腫れた瞼の内側で、愛しい人が僕を見ていた。
「らしく、ないぞ……?」
僕のコートで隠されて、ほとんど表情は見えない。
かすれきった声が痛々しかった。
令一。じっとしていて。すぐ助けるから。無理に喋らなくていいから。
すぐ助けるから。
そんな状態になってまで、僕を案じないで!
「くっ!!」
今度は僕の隙をつかれた。下坂が僕の顔面に拳を放ってきた。
僕は両腕を交差して受けた。長身の僕の体躯が後ろにブレるほどの怪力。
僕はダッキングして、下坂の胸に肘鉄をうった。下坂は痛みで声をあげたが、肋骨が折れた音はしなかった。
呼吸に関する場所。器官、肺、横隔膜を中心に潰す。あの超音波を放てないように。
イヤーウィスパーは今もつけているけど、僕は、それ以外の事前準備はなにもしていない。
あ、思い出した。
令一を見つけたら、溝口先生と杵島さんに連絡する予定だったっけ。
中を確認しながらすぐには飛び込まず、話し合ってこれからを決めるって、そういう予定だった。
この惨状を眺める忍耐力は、僕にはなかった。
ごめんなさい、二人とも。
僕は、連携をだめにしてしまいました。
「げほっ、げほ……。
いいのかよ、センセー。
コイツいたぶった一部始終、俺、スマホで録画しちゃってんだけど……?」
後ろの令一が体をこわばらせたのを、空気の振動で感じた。
今の僕は、五感も異常に高まっているようだ。
「ここまで、されちゃったらさ。
俺も……、キレるわ……。
動画配信、しまくっちゃうかな……?」
胸を押さえ、途切れ途切れに悪態をつく下坂。
もしかしたら彼は、的確な急所突きを受けたのは始めてなのかもしれない。
超人的な身体能力。人間に負けることはないという自信と慢心が彼にはあった。
残念ながら、僕はヴァンパイアだ。
僕はあなたより劣っているけれど、近い能力を持っている。
僕はまっすぐ下坂に走りこんで、顔面に殴りかかった。
胸のダメージで避けられない下坂は、腕で防御しようとしたが、僕の姿はどこにもない。顔面攻撃はフェイントだから。
下坂が目を見開いた時には、僕は下坂の背後に回り込んでいて、遠心力を込めた回し蹴りを背中に打ち込んだ。
ノーガードで食らった下坂は床を転がり、資材に頭をぶつけて「うがあっ!」と間抜けな悲鳴をあげた。ゲホゲホ咳き込んでいる。
これで、あの超音波はしばらく出せないだろう。
僕の背中には、片方だけ出したコウモリの翼。
空気抵抗を利用し、直進の力の片側だけブレーキをかけて背面に回り込んだ僕は、彼にはまるで消えたように映っただろう。
「ちなみに、下坂さん。
あなたのスマホは今どこです?」
僕は静かに告げた。
鈍い下坂でも、その意味を理解したようだった。下坂は「スマホのあった場所」を振り返った。
スマホは崩れた資材に埋もれてしまっている。掘り出せそうにないし、きっと使用できる状態ではないだろう。
なぜ、僕が最初にコンクリートブロックを投げたのか。
廃材を崩して、スマホを埋もれされるためだった。
こんな姿の令一にまっすぐ向けられたスマホ。その意図がわからないほど馬鹿ではない。
「く、そっ!! テメエ、ちくしょう……!!
お前なんか、出来損ないのくせにっ!!」
「逆ですよ。下坂昂司さん。
ヴァンパイア体質という先天性疾患の、さらに奇形。
あなたは、歪んで生まれた哀れな人だ」
僕の言葉に、下坂はあからさまに怯んだ。
彼の長い人生で、それを指摘した人はきっといなかった。
彼の年齢から察すれば、戦後の苦しい時代を生きたのだろう。
今よりもっと厳しい孤独と迫害の中、彼は、自らを優れた種だと思い込んだ。
弱い人間を見下すことが、下坂の生きる糧だったのかもしれない。
「んなワケねえだろおおおお!!!!
俺は、俺は純血だ!!!
お前らが、劣ってて、俺のほうが強い、だから俺が上で、俺が……!!」
「本当に哀れです」
僕は、倒れこんだまま動けない下坂に近づき、左腕を掴んだ。
僕自身がくるっと反転する。護身術の応用だ。
これだけで相手の腕をとらえ、動けなくできる。
だから、この状態でかかる力を、さらにこうすれば。
ぼきっ。
鈍い音がして、下坂は絶叫した。
大袈裟だ。脱臼しただけなのに。
折ろうと思えば折れたけどね。
下坂は激痛に震えて肩を押さえていた。
目にはうっすら涙が見える。怯え切っているようだ。
負けた、と理解した顔。
生まれて初めて、なぶられる側になった顔。
「きりゅ……、もう、……いい、
これいじょ、……」
令一の声がする。
僕はもう一度、令一を振り返った。
令一はほとんど全裸だった。全身に色濃く残る噛み傷と内出血。
僕は、令一に微笑んだ。
「大丈夫だよ。僕は彼を殺さない。
『とどめ』をさすだけだから」
つづく
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