趣味だけどなにか?

ぽんぽこ

文字の大きさ
4 / 5
1章

4話

しおりを挟む
意識がふわふわと深い場所から上ってくるのを感じ、ゆっくりと慎重に瞼を開く。ぼやけて見えていた何かの輪郭を正確に認識する頃には私の意識もはっきりする。

私が眠っていたのは黒の革で出来たモダンなクイーンベッド。枕もフカフカで二度寝の誘惑に負けそうになる…。
壁紙は白で床にはかなり大きめの黒のラグマットが敷かれている。ベッドの後ろには大きな窓があり、白のレースカーテンとグレーの遮光カーテンが日の光を良い塩梅で遮ってくれる。


「おぉー、綺麗な紅葉」


窓の向こうには赤、黄、茶色に色づいた綺麗な森が広がっている。人が手を加えた形跡もなく、ありのままの姿を楽しめそうだ。絶対紅葉狩りする。

ベッドを下りて部屋の外へ向かうがそこに扉はなく、そのまま進めばそこには前の世界で持っていた数以上の服や鞄が並んでいた。初めて見たが、恐らくこれはウォークインクローゼットと言うやつだ。
広さは前に住んでいたマンションの廊下より広い。色んな服があるのかと思ったが、よく見ると私の服の趣味をよく理解した実用的かつセンスのあるものばかりだった。スカートもちらほらあるがどれもロング丈だから履けないことはない。中には一見スカートに見えるパンツもあった。あの夫婦は私の好みを恐ろしい程把握していたらしい…。
自分の恰好もよく見ると高級ホテルにありそうなシルク生地で出来た紺色ネイビーのロングバスローブだった。着心地の良さから良質なのは十分理解出来たので、金額とかは考えないようにする。


「はぁー…凄い数。今は秋らしいけど、冬の服は自分で調達しろってこと?」


何も考えずに独り言を呟くと、今までそこにあった服が一瞬で壁の中に消えて別の服が出てきた。
え、何これ。今までの服が、壁に吸い込まれた!?


「はぁ!?何だこれ!?」


思わず叫ぶと、今度は壁から硝子のパネルが出てきた。最初は何も書かれていなかったのに、サラサラと知らない筈の文字が記されていく。ペンも何もないのに書かれた文章を、私はどういう原理か読めてしまった。


《初めまして、葛様。私はこのやしきの管理を任された者です》
「は?管理?」


文字が読めることに驚いたが、文の内容にも驚かされる。つまりこの家には私以外のもう1人が居るという認識になってしまう。そんなの承諾した覚えはないんだけど。


《私はこの邸に与えられた自我であり、人とは異なります。どちらかと言えば精霊に近いものです》
「へぇ、そう。で、私はアンタに四六時中監視もしくは覗きみたいなことされないといけないのか。やってらんねぇな…」
《ご不快に思われるのでしたら私は自分を抹消します》


………は?今なんて言った?抹消?抹消ってあれでしょ?消えるって意味で…


《短い間でしたがありがとうございました。では失礼致しま…》
「待て待て待て!!落ち着け!!早まるな!!!」
《しかし私は葛様の為に生まれた自我です。葛様が不要と仰るのでしたら、私が存在する意味はありません。ですから直ちに抹消を…》
「やめろ、寝覚めが悪くなる!!」
《では、抹消をキャンセルさせて頂きます》
「意外とアッサリ…」


なんか、ドッと疲れた…。妙なモンが付いてるなー、この家。
ひとまずこの自我とやらの件は受け入れることにして、さっき起きた事象について尋ねる。


「…あー、服が壁に吸い込まれたんだが、これもお前が?」
《はい、秋服から冬服に衣替えさせて頂きました。他にも春、夏のそれぞれに適した服は勿論、葛様のご趣味に相応しい服も揃えております》


何、この至れり尽くせり感。軽く引くんだけど…。
まぁ、どうせあの神様夫婦が張り切って準備してくれたんだろうな。そう考えれば嬉しいプレゼントだ。
…最低限の衣食住が揃っていれば十分だったんだけど、貰っちまったし…いいか。

衣替えはまだ必要ないから元の秋服を出してもらい、私はウォークインクローゼットを出てリビングに向かう。その間ずっとパネルがついて来るのは鬱陶しいし、読むのも面倒なので声を出してくれと頼んでみた。すると…。


《あー、あ゛~、アァー…、ア~アア~》
「何で最後ター○ンなんだよ」
《お茶目です》
「唐突すぎる」


初めて声を出したと言う自我だが、発声は問題ない。問題なのは最初の印象を覆すレベルで遊び始めたこと。
楽しそうで何よりだけど。


《葛様、現在の時刻は午後16時13分49秒で御座います。ご入浴の準備を始めさせて頂いてもよろしいでしょうか?》
「え?あー…そうだな。家の中を確認して夕飯食べてから入るわ」
《かしこまりました。では僭越ながら私が邸のご案内をさせて頂きます》
「あぁ、頼む」


最初は戸惑いや不安があったが、いざ受け入れてみると思っていたのと違って大変便利なものだと理解した。
家(にしては広すぎる建物)について分かりやすく説明してくれたお蔭で間取りや機能なんかを大体把握出来た。と言っても、前世の一般家庭より画期的かつハイセンスな造りの家を案内されているだけなんだが。

リビング、トイレ、客間、風呂場、キッチン、来客用の部屋と色々な部屋とそのセンスの高さに段々場違い感をひしひしと感じていた私は、ふとあることに気がついた。


「…なぁ、お前名前はないの?」
《名は御座いません。私はまだ生まれて数時間の存在ですので。葛様が宜しければ、お好きなようにお呼びください》
「好きなように、か…」


さて、なんと呼ぼうか。
私にネーミングのセンスがあるかと聞かれると正直自信はない。ペットを飼ったこともない私に何かに名付ける機会なんて今まで1度と言っていいほど無かったんだからな。これは自慢でも開き直りでもなく、ただの事実である。


「ん~…じゃあ、エトーレ」
《"エトーレ"…。はい、私は今日からエトーレで御座います》


こうして私は、自分には勿体無いぐらい超優良物件の豪邸とハイテクな見えない同居人を手に入れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

【第2部開始】ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜

月森かれん
ファンタジー
 中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。 戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。 暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。  疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。 なんと、ぬいぐるみが喋っていた。 しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。     天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。  ※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~

楠ノ木雫
ファンタジー
 IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

魅了魔法の正しい使い方

章槻雅希
ファンタジー
公爵令嬢のジュリエンヌは年の離れた妹を見て、自分との扱いの差に愕然とした。家族との交流も薄く、厳しい教育を課される自分。一方妹は我が儘を許され常に母の傍にいて甘やかされている。自分は愛されていないのではないか。そう不安に思うジュリエンヌ。そして、妹が溺愛されるのはもしかしたら魅了魔法が関係しているのではと思いついたジュリエンヌは筆頭魔術師に相談する。すると──。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

処理中です...