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第9章 奈落の底の迷い子たち
第209話:イシュタルランドの休日 後編
しおりを挟むハルカ・ハルニルバル──趣味は衣装作り。
元々ハルカは、ミサキやジンと話が合うほどのオタク少女だった。
アニメや漫画にゲームをこよなく愛し、特に登場するキャラクターたちの現実では着こなせないようなコスチュームに魅了され、そういったコスプレ衣装作りに精を出している内に、それが趣味になってしまったそうだ。
しかし、現実世界での彼女は──進学校の学級委員。
ハルカは「進学校の生徒がオタクなんて駄目よ!」と思い込み、真面目な優等生を演じて正体を隠すようになり、ミサキたちみたいなゲームオタクの落第生にキツく当たっていたのだ。
本音としては、自分もオタク談義に混ざりたいという気持ちもあり、自由気ままなオタクライフを送るミサキたちへのやっかみもあったらしい。
そこらへんの蟠りは解消済みである。
真なる世界に飛ばされてからハルカに告白された上、彼女から「現実では辛く当たってごめんなさい」と謝罪までされた。
「今にして思えば、現実世界にいた頃にさっさと『私はオタクです』ってぶっちゃけとけば良かったなー、と思わないでもないわよね」
伸ばした糸を口にくわえたまま、ハルカは器用に喋る。
後悔とは言わないが、“もしもこうしていたら……”という今とは異なる未来図を思い描くことはあるのだろう。
「人間、誰だってそんなもんさ」
あの時こうしておけば、あそこでこれをやっとけば……。
そういう後悔は通り過ぎてから気付くものだ。
「でもまあ、今となっては真なる世界に来るまで黙ってて、ミサキくんと再会してから告白して正解だったと思ってるけどね……だって」
ハルカは何十着目かになる衣装を手早く仕上げると、一休みのつもりか傍に立っていたミサキの胸にしなだれかかってきた。
デレデレと締まりのない幸福そうなハルカの笑顔。
人前では決して披露しない、ミサキだけに見せる表情だった。
「こんな素敵でハイスペックな彼氏ができて、その彼氏がジョグレス進化して最高の旦那様になってくれたんだもの……私、今最高に幸せだわ~♪」
「ジョグレス進化って……」
現実のハルカなら絶対に使わなかった単語だろう。
地が出てきたというよりも、誰かの影響っぽい気がしてならない。
『いっえぇぇぇーい! アタシでぇーすッッッ!!』
……神剣と聖剣を二刀流で振り回すアホの子しか思いつかなかった。
ツバサさん家のミロちゃんとは仲良くしているそうなので、何らかの影響を受けているのは否めない。朱に交われば何とやらだ。
アホなところは感化されないでほしい、とミサキは密かに願ってしまう。
「はぁ~、疲れた時はミサキくんのおっぱいに限るわぁ~……」
癒やされるぅ、とハルカは胸の谷間に顔を埋める。
ミサキはこういった触れ合いにツバサさんほど拒否反応を示さないが、やはり男として思うことはひとつやふたつはある。あと、ツバサさん並に敏感な部分なので愛情を込めたタッチは控えてほしい。
うっかりすると18禁な声を漏らしそうで怖い。
しかし、幸せそうなハルカを前にすると何も言えなかった。
「彼氏のおっぱいに癒やされる彼女ってのも珍しいぞ」
ミサキは皮肉を言うも、ハルカの頭を「よしよし」と撫でてやる。
「いいのよ~……私の彼氏は素敵でカッコイイ女神さまで、最高に優しい美少年……一粒で二度美味しいリバーシブル彼氏なんだから~……」
「どっかのアホの子みたいなこと言い出すし……やれやれだな」
事あるごとに女神化したミサキの胸に甘えるのも彼女の影響だろうか?
いや、そこに関してミロちゃんは無関係だろう。
ツバサさんたちと合流する前から、ハルカは戦女神となって更に成長したミサキの巨乳にご執心なのだ。聞いた話では、ミサキを上回る爆乳になったツバサさんの乳房にも執着しているそうだ……おっぱいなら何でもいいのか?
兎にも角にも──これがハルカの素らしい。
現実世界で敵わなかったカミングアウトを経て、良くも悪くもハルカは自分らしさを取り戻してくれたようだ。
特に衣装作りへの情熱は大っぴらにするようになり、暇を見つけては新作の衣装を考案し、このように手加減なしで大量生産していた。
このハルカの趣味にイシュタル陣営は助けられていた。
ミサキたちの着ている衣装は、すべてハルカお手製なのだから──。
ツバサやカミュラの戦闘用コスチューム、ジンの作業着、レオさんのダンディなスーツやコート、アキさんの先輩悩殺セクシーランジェリー……。
これらの製作を、ハルカは一手に引き受けてくれている。
のみならず、拠点内で平穏な日々を過ごす際の普段着も、ハルカが布地から織り出してくれるので、みんな助かっていた。
反面──たまにハルカの無茶振りにも付き合わされる。
ハルカの手掛けた新作ファッションのモデルをやらされるのだ。
ミサキも清純派からエロティックなのまで、様々な女物のコスチュームも着せられたが、犠牲者という意味ではミサキに限った話ではない。
カミュラは女児向けのフリル満載なドレスやジュニアアイドルの衣装を着せまくられ、アキはミサキよりも豊満に発育したダイナマイトバディに相応しいドスケベ衣装をよく着せられていた。
これにカミュラは大喜びだが、アキは面倒臭がっていた。
『引き籠もってた時期はよく全裸でいたこともあったッスからねー』
『おまえ、その件で実の妹から散々怒られたの忘れたのか?』
割と全裸族(プレイベートでは服を着ない人)なことをカミングアウトしたアキさんに、元上司であるレオさんは渋い顔をしていた。渋面というやつだ。
以来、アキのコーディネートはハルカが管理するようになった。
彼女のみならず──男性陣もあれこれ着せられている。
レオさんは高級メンズスーツ各種を試着させられているし、ジンなど作業着から妙ちきりんな着ぐるみコスプレまで、色々と着せられまくっていた。
マスクマンなのに何を着せても意外と様になるジン。
何気に八頭身でスタイルがいいから当然かも知れないが……。
「てっきり女性向けの衣服にしか興味ないと思ってたけど、野郎向けのも差別なく作ってくれるのは素直に凄いと思うんだよな」
このホールに男物は1着もないが、ミサキはその点を感心した。
ハルカは新しい生地を道具箱から用意しつつ答える。
「あら、別におかしくないんじゃない? 誰だって甘いものばかり食べていたら、辛いものや塩っぱいもの食べたくなるでしょ?」
似たようなものだと思うの、とハルカは事もなげに言い切った。
「う~ん、わかったようなわからないような……?」
ミサキはおっぱいの下で腕を組み、感性としてはわかる気がするんだけど、理屈としては納得できずに首を傾げてしまった。
ハルカの言い分だと、「甘い女性向けの衣類ばかり作っていたら飽きてきたので、口直しに男性向けも作ってみた」ということになるのだが、飽きるほど衣類を作るっていうのは、もう趣味の範疇を超えているのではなかろうか?
勿論、自分の着る服も手作りだ。
今日はミサキのリクエストに答えてくれたため、スリット深めのチャイナドレスという扇情的なコスプレっぽい格好をしてくれている。
白地に桜模様をあしらっているのが彼女らしい。
ハルカの本名は春香──そのため、春を意識したもの好むのだ。
ハルカはおっぱいこそ貧乳……いや、バストこそ慎ましく控え目だが、腰回りや太股などは程良くムッチリしているので、ミサキはそこによく見とれる。
おっぱいなら自前で足りているし、ハルカに「これでもか!」というほど愛でられているので、最近はあまり他に求めなくなっていた。
ツバサさんの超爆乳? あれはほら──別腹ですから。
ちなみに、今日のミサキの普段着もハルカが手塩に掛けた謹製である。
ぱっと見では派手さを抑えた白いブラウス。
だが、胸回りの生地に細工を施してあるのか、必要以上にバストラインを強調しているような気がしてならない。
おまけに濃い紺色のスカートはハイウエストという種類のもので、腰回りがコルセット状になっているものだった。
一時期、『童貞を殺す服』と呼ばれて話題になったあれである。
神○屋とかアンナ○ラーズという意見もあるかも知れない。
「まさか、オレがこれを着る日が来るとは思わなかったなぁ……」
ミサキはスカートの裾を摘まんでしみじみと呟いた。
「ミサキくん、もうそれの効き目がないもんねー?」
ハルカは横目でこちらを見ると、意味深長なことを言って笑った。
確かに──ミサキとハルカは男女の仲になった。
ツバサさんと違い、ミサキは過大能力を使えば一時的に男へ戻ることができるので、ハルカと普通の恋仲にも慣れるし、そういう行為に及べるのだ。
ハルカの気分で女の子同士の行為にも付き合わされるのだが……。
それはそれでめくるめく甘美な一時なのだが、女性としての経験が浅いミサキはハルカのオモチャにされるので、男として敗北感があった。
だからこそ、一時的にとはいえ男に戻る術を編み出したのだ。
「でも、全身戻るのは大変だからって一部分だけよね」
「そこはまだ省エネってことで……いくら自分の身体とはいえ、性別を変えるってのは相当の力を消耗するんだぞ? 部分的でも大変なんだから……」
一時的かつ部分的に男に戻ったミサキを回想するハルカ。
ハサミを持ったまま細い顎に人差し指を当てて一言。
「ああなったミサキくんって肉体的にはまだ女神のままで、あそこだけ男に戻ってるわけだから、俗に言うふたな……」
「わあああーーーッ!? 女の子がそんなワード言っちゃいけません!!」
思わずハルカの口からNGワードが飛び出しかけたので、隣にいたミサキは慌てて両手で彼女の口を塞いだ。まだモゴモゴ言っている。
それでも衣装を作る手を止めないのだから、大したものである。
人間、趣味に熱中すると誰しもこうなるものだろうか?
「……あ、いや、オレも人のこと言えないか」
VR格闘ゲームでレオさんとの練習試合に没頭するあまり、寝食どころかトイレにいくのも忘れて大変なことになりかけたのを思い出すミサキだった。
「しかし……これはやり過ぎじゃないのか?」
大広間を見渡すミサキは、それ以上のコメントが出なかった。
体育館よりも広い大型ホールみたいな大広間には、イベントでごった返した人の群れみたいに、たくさんのマネキンやトルソーが立ち並んでいる。
ハルカは持てる限りの縫製系技能を用いて、立ち尽くすマネキンやトルソーへ服を着せるように衣装を作っているのだ。現実世界ならば、どれほど腕の立つ服飾師でもできない、神族だからこそできる神業である。
真っ裸だったマネキンは次々と衣装を着せられ、素のままだったトルソーも続々と派手な衣類で飾られていく。
もうすぐ、何も身につけていないものがなくなりそうな勢いだ。
侵食するかのよう勢いに、ミサキは戦いでは覚えることのない不思議な戦慄を覚えてしまう。こういうのを畏敬というのだろう。
「そりゃあツバサさんは『今回の戦争で頑張ったご褒美』って、1日ハルカの専属モデルをする約束をしてくれたけど……こんなに着られないだろ?」
ツバサさんは戦争に先駆けて、キョウコウ一派の調査に向かった。
同盟関係にあるイシュタル陣営とククルカン陣営も協力し、それぞれの陣営から1人ずつ派遣したのだが、ミサキが送り出したのがハルカだった。
ハルカは過大能力によって“人形たち”という自分の分身を大量に創り出すことができるので、それを期待しての人選だった。
これにハルカは見事なくらい応えてくれたらしい。
敵陣営への偵察、監視、盗聴、盗撮……味方陣営での連絡網の役割を務め、伝達役も果たした。人形たちはこの手の仕事に打って付けなのだ。
そして、最終局面では巨大蕃神に対抗するための戦力として、ミサキとアハウさんという助っ人を独自の判断で呼び寄せた。ツバサさんはこの功績をとても買っていたので、ハルカに「ご褒美を上げなきゃな」と約束したのだ。
(ツバサさんは今回の遠征&戦争に参加した全員に、労いの意味を込めてご褒美を与えている。カズトラ君やジンも貰っているはずだ)
これを言質と取ったハルカは「ギラーン!」と濁音混じりのオノマトペが聞こえそうなくらい瞳を輝かせ、ツバサさんに願い出たのだ。
『じゃあ、1日だけでいいから私の専属モデルになってください!』
『えっ!? あ、う……うん、い、いいよ……?』
あんなしどろもどろになって逡巡して、答えるにも時間を掛けるほど躊躇するツバサさんなんて初めて見た。苦い顔で動揺しきりだった。
ツバサさんは既に──ハルカのモデルを何度かやっている。
その度に豊潤な女性美をひけらかすデザインの衣装を着せられたツバサさんが、おもいっきり辟易していたのはミサキも知るところだ。
ハルカのお願いに戸惑ってしまうのも頷ける。
しかし約束してしまった手前、もう後には引けなかったのだろう。
吐いた唾は飲めない──というやつだ。
「ひいふうみい……もう100着はあるんじゃないか? ツバサさんがモデルしてくれるのは1日って約束なんだから、もっと数を抑えとくべきだろ」
「何を言ってるのミサキくん、着るとか着られないとかじゃないの」
着てもらうのよ──ハルカはほくそ笑んだ。
そして、自分の発言を正当化するような弁論を捲し立てる。
「知ってる、1日って24時間あるのよ? テレビの番組表なんかじゃ26時とか28時なんて放送時間も設定されてるんだから、1日48時間換算ぐらいでも大目に見てもらえるんじゃないかしら?」
「おい、1日の時間計算がおかしなことになってるぞ!?」
ブラック企業もドン引きの時間換算だ。
だが、ハルカの耳はミサキのツッコミをスルーした。
「そうよ、1日48時間ってことでツバサさんが了承してくれたら、この倍の衣装を着てモデルをしてもらっても余裕でお釣りが来るから、もっと試着してもらえるわよね! そうと決まったらマネキンとトルソー追加しないと!」
「アカン、こっちの正論が届いてない……」
ミサキが渋い顔で頭を抑えている間にも、ハルカは意気揚々と新たな布地や素材を道具箱から取り出した。それからパチンと指を鳴らす。
「工作者カモン! マネキンとトルソーの追加を頼むわ!」
この呼び掛けにイシュタル陣営が誇る、工作の変態が飛び出してきた。
「「──まさかの時のイシュタル宗教裁判!!」」
ジャーーーン!! という効果音と共に現れる2つの影。
さっきまでミサキが寝転がっていた寝椅子の下から、ジンとカミュラが飛び出してきた。どちらも位の高い枢機卿みたいな赤い僧衣をまとっている。
枢機卿らしい身なりのジンは、大袈裟な身振り手振りで喋り出す。
「我らの武器は唐突な登場! そして恐怖! この2つに冷酷さと脅迫! あ、4つか……我らの武器は4つ! そして、戦女神イシュタルへの狂信!」
「ジン兄、それだと合計5つじゃぞ、算数できとるか?」
ジンに付き合ったのか、同じような枢機卿っぽいコスプレをしたカミュラがツッコミを入れる。幼い彼女がそれを着る姿は、幼女が真っ赤なローブを着ているようにしか見えなかった。とっても愛らしい。
「おっと計算違い、我らの武器は5つ、えーと、恐怖、脅迫、登場……」
指折り数えるジンだが、ド忘れしたっぽい演技をする。
「ごめんちゃい、最初から出直していい?」
ペコペコ謝りながら、カミュラと共に寝椅子の下に戻ろうとする。
「戻らんでいい! 話が長くなる!」
そんなジンの尻をミサキはヤクザキックで蹴っ飛ばした。
「おおっほう♪ ナイススタンプ……あぁん、でも繰り返しな天丼はギャグの基本なのにぃ……ミサキちゃんも大好物でしょ、天丼?」
蹴られた瞬間、法悦の声を上げながらジンは四つん這いで身悶える。
「食べる方はな。ギャグの天丼も嫌いじゃないが……話の腰を折られたところで長々やられると鬱陶しいんだよ。さっさと話を進めてくれ」
それとだな、とミサキは追い打ちとばかりにジンの顔を踏み潰した。
「また人間椅子ゴッコやって、オレの女体を堪能してやがったなテメェ!?」
「アハァーン! もっと踏んでぇ! 拷問みたいなお仕置きをををーッ!」
あの寝心地いい寝椅子に、ジンは(カミュラもだが)潜んでいたのだ。
「出てきた枢機卿が拷問される側って斬新ね」
「わらわは拷問やだぞ! ミサ兄のお仕置きハンパないからな!」
踏みつけられるジンを見下して、各々の感想を述べるハルカとカミュラ。
その侮蔑の視線すら快感に変えるジンは弁解する。
「いや、ツバサさんやミロちゃんとファーストコンタクトした時も、人間椅子だったのを思い出していたらつい……おふぅおぉーん♪」
ジンの頬を貫通させるつもりで、ミサキは踵をねじり込ませていく。
「それ通報されてレオさんのお縄になったの忘れたか!?」
保護者代わりだと、ミサキまで運営に呼び出されたのは苦い思い出だ。
(第10話から第11話参照)
ミサキとジンが親友同士いつも通りの交流を深めていると、ハルカは作業の手を止めて、カミュラと話していた。カミュラはローブをはためかせている。
「ハル姉、これ作ってくれてありがとな! 似合っとるか?」
「前にみんなで見た古い喜劇の衣装を作ってくれ、って頼まれたのはこういうことだったのね……なんだっけ、モンティ・パ○ソン?」
イシュタル陣営の引きこもり──アキ・ビブリオマニア。
彼女の過大能力は情報処理に長けているのだが、その能力は現実世界にまで根を伸ばすことができ、電子情報なら持ち帰ることも可能だという。
その能力で電子書籍や映像媒体を取り寄せてくれるので、娯楽の少ないこの世界ではミサキたちも有り難がっていた。
最近、ジンが「ちょっと古めの喜劇が見たいの」というリクエストを受け、ドリフ○ーズとかモンティ・パイ○ンをよく見ているのだ。
団欒の時にみんなで観たが、腹を抱えて爆笑してしまった。
「あれ面白かったじゃろ? 真似しようってジン兄と打ち合わせたのじゃ」
「だからって、ここでやらんでも……まったく」
まだ寝椅子の下に戻ろうとするジンを何度も踏みつけながら、ミサキは時と場所を選ばないジンのギャグ癖について「矯正するべきか?」と頭を悩ませる。
「そんなことよりジンくん、マネキンとトルソーの追加お願いね」
「はいはい、ただいま……50と50で、もう100体ぐらいいっとく?」
それでいいわ、とハルカは追加注文をする。
注文を受けたジンはマネキンやトルソーをあっという間に作り出し、大広間の空いているスペースへ並べていく。無論、どの体型もツバサさん準拠である。
追加の100体が出来上がるまで、ハルカはこれまでに作製した衣装の出来映えを再チェックする。ミサキやカミュラもせっかくだから見せてもらう。
「おお~……エッチでおっぱいでっかいのばっかりじゃな。ねえねえハル姉、これ全部、マリちゃんのお母さん用じゃよな?」
カミュラはツバサさんを「マリちゃんのお母さん」と呼ぶ。
ツバサさんが面倒を見ているマリナという女の子と、現実世界では同級生だったらしい。そのため、彼女の母親だからお母さんと呼んでいる。
正しくは母親役なのだが、カミュラはあんまり理解してない。
なかなかどうして、この娘もアホの子なのだ。
「そうよー、これぜーんぶツバサさん用のコスチュームなの。エッチなのは仕方ないわよね。ツバサさん、自他共に認めるドスケベボディの持ち主だから」
「いや、他はともかく自分で認めてたっけ?」
むしろ、あの“母性的女体”とか“女神的女体”などと、いやらしいレッテルを貼られそうな女体には恥ずかしさを募らせていた気がするんですけど?
「そう、そこなのよ──ツバサさんの魅力は!」
ミサキの指摘を受けて、ハルカがここぞとばかりに力説する。
「本当は20歳の青年なツバサさんが、あんな母性の権化にして、原初的な母性のエロティシズムを醸し出す地母神に見合った女体になったことで、精神の男性性と肉体の女性性に不和が起こってしまった。本来なら相容れない矛盾とも言える存在になろうとも、心と体の不一致を引き摺ったまま、爆乳な女神として、神々の乳母として、娘さんたちと共に生きて行かざるを得なくなってしまったツバサさんには男と女のミスマッチなエロスが……」
「長い長い、力説するのはいいけれど……要約すると?」
ミサキが制すると、ハルカは要約で断言する。
「自分のグラマラスボディを恥ずかしがるツバサさん──超可愛い!!」
これには激しく同意できる。
ミサキ、ジン、カミュラの3人は同時に頷いてしまった。
「というわけで、そんな女体を恥じらうツバサさんの魅力を最大限に引き出すべく、私なりに考案してみた新作衣装のラインナップがこちらです」
「ラインナップはいいが、どこかで見たのがいっぱいあるような……?」
ミサキは気になる点を挙げてみた。
ハルカがこの半日で作り上げた──100着余りの衣装。
ツバサさんのはち切れそうなほど発育した女体を模したマネキンは、それぞれ見覚えのある女性キャラの衣装を着せられていた。
「これ、衣装は衣装でも──コスプレ衣装じゃないか?」
「そうね、紛う事なきコスプレ衣装よ」
ミサキのツッコミにハルカは平然と返してきた。
そして、衣装の元となったキャラ名を列挙していく。
「──グラーフ・ツェッペリン」
「ドイツの空母の名前だな……」
「──ハンコック」
「人の名前だな。そういうヒーローの映画もあった……」
「──関羽」
「三国志の武将として有名だな。神さまにもなってる……」
「──カトレア」
「花の名前だな。ラン科の植物だったかな……」
「──源頼光」
「平安時代に妖怪退治で名を馳せた武将の名前だな……」
「はい、ここでミサキくんに質問です」
ハルカは貧乳の上で腕を組み、したり顔で尋ねてくる。
「そうした名前をツラツラと挙げた上で、ミサキくんの脳内に結ばれた画像は今、一体どんな具合になってるのかしらねぇ……?」
「……背が高くて髪も長くて爆乳なお姉さんばっかり思い浮かぶ」
ミサキの脳内検索エンジンは、すっかり汚染されていた。
特に画像検索がえらいことになっている。
そして、どのキャラもツバサさんがコスプレしたら似合いそうだと思ってしまい、ハルカの問い掛けにぐうの音も出ないほど納得してしまった。
「まあ、そんなわけよ」
“カトレア”と名札のつけられた、どう見ても裸エプロンにしか見えない衣装に手を添え、ハルカは持論を語り出す。
「ミサキくんもそうだけど、いきなりモノホンの女物を着せられるよりは、遊び感覚でこういったコスプレ衣装を着る方が抵抗なかったでしょ?」
ミサキは散々なくらい、ハルカの衣装モデルに付き合わされた。
愛しい彼女のため……とか自分を慰めつつ、あまり着たくない女物の衣類を着せられたものだが、そこから得られた経験を活かしているらしい。
「うん、そうだな。オレの場合、VRゲームでは女性キャラばっかり使ってたのがあるから、尚更そういう傾向があったというか……」
ミサキの場合──ゲームキャラのコスプレには抵抗がない。
ミサキはVRキャラだと見た目を重視して、可愛くて綺麗な女性キャラばかり選んでいた。別に女性化願望とかはない。なかったはずだ。
ない……と思う、多分……ない……うん、どうなんだろう?
「だからまあ、ハルカの作ってくれた衣装も、格ゲーとかのヒロインが着てそうなスーツなんかはすんなり着てたよな。あんまり恥ずかしいとも思わんし」
マネキンを用意していたジンも話に加わってくる。
「そもそもミサキちゃんは、俺ちゃんデザインのあんないやらしい対○忍っぽいスーツを着てたんだから当然だよね……あ、でもでも」
いきなり頭からスライディングしてきたジンは、ミサキのスカートの中を覗き込んできた。喋っている途中だが遠慮なく踏み潰してやる。
「以前、俺ちゃんが単行本発売記念で用意したバニースーツを着た時には、初心な女の子みたいに顔を真っ赤にしてた……むぎゅる!?」
「女物になれたオレでも、あそこまで女性を意識するコスは恥ずかしいんだよ!」
「なるほどォ……アハーッ! 目はやめて眼球はダメェーッ!?」
構うことなく顔面をゲシゲシ踏み潰してやる。
「つまり──そういうことよ」
ミサキとジンがドツキ漫才で遊んでいると、ハルカはコスプレ衣装を大目に用意した理由がそこにあると説明する。
「ツバサさんはミサキくんよりも『自分は男だ!』って意識が強いのよ。だから、女物を着るのに抵抗がある。そこがまあ魅力なんだけど……その抵抗を薄めるためには、まず遊び感覚でコスプレから入ってもらった方がいいと思って」
「それは理に適っているな。うん、一理ある」
この理屈がツバサさんに通じるか否かは別として──。
「そうやってコスプレ衣装に慣れてもらいつつ、合間合間にこういった恥ずかしい衣装を挟んで、段々と女性物を着ることに抵抗をなくさせて……」
「割とえげつないこと企んでるな、オレの嫁」
ハルカが用意した恥ずかしい衣装に、ミサキは一抹の不安を覚える。
横からおっぱいがはみ出しそうなチアの衣装、一世を風靡したとある魔法少女の衣装、バブル時代に流行ったようなラメ入りのボディコン……。
ネタ物っぽくもあるが、ちゃんと着たら羞恥心を煽るものばかりだ。
ハルカもそれを狙っているのだろう。
「そして極めつけは……この3着をツバサさんに着てもらうこと!」
目玉商品とばかりにハルカがお披露目した3着の特注品。
ひとつ──胸の部分が露骨に空いているタートルネック。
ふたつ──ミサキも着ている、清楚なる童貞を殺す服。
みっつ──背中と脇が丸出しになる、妖艶なる童貞を殺すセーター。
「おま……これ、ツバサさんに着せるの!? やばいだろこれ、ツバサさんのボリュームでこれを着たら……やばいだろ、色々とはみ出るだろこれ!?」
ミサキは語彙力を失うほど狼狽してしまった。
どの衣装も二次元業界で一時期かなり流行った物で、ちゃんとツバサさんの体型に合わせて作られているが……かなり攻めたデザインになっている。
タートルネックは胸の空いている部分が従来のものより45%ほど大きくなっている。下手に動いたら中身がこぼれ落ちてしまいそうだ。
童貞を殺す服は、胸部分をいわゆる“乳袋”みたいに誇張しており、ハイウエストなスカートは丈が短すぎる。あれではお尻が覗けてしまう。
童貞を殺すセーターに至っては、ただでさえ少ない布面積が大幅にカットされていた。あれでは背中や脇どころか前さえ隠せそうにない。
わざとだ──わざとこんな扇情的なデザインに仕立てたのだろう。
張本人たるハルカは、勝利を確信して微笑んでいる。
「そういったアクシデントがあるかも知れないと、縫製を担当した私が危惧するくらい、ツバサさんの極上バディは危険よね……はみ出したらそこはそれ、サービスと思ってありがたく拝ませていただきましょう」
「そんな『ポロリもあるよ!』みたいなノリで言うなよ!? ポロリを誘発させるつもりで、わざとギリギリのデザインにしたんだ……ん?」
ハルカにお説教をかまそうとしたら、携帯の着信音が鳴った。
ミサキが胸の谷間に収めているスマホではなさそうなので、辺りをキョロキョロと見回していると、どうやらハルカのスマホらしい。
すぐに通話ボタンを押したハルカは、スマホを耳に当てた。
「はい、もしもし──ミロちゃん? どうしたの? 明日からツバサさんにモデルしてもらう件について? 衣装ならほぼ準備万端…………えええッ!?」
ハルカの語尾から、愕然とした絶望感が漂ってきた。
「……ええ、うん、そう……わかった、連絡待ってるね……うん」
ミロとの電話なのにテンション駄々下がりのままハルカは話を続けると、頬ずりしながら慰めたくなるくらい意気消沈してしまった。
「ど、どうしたんだ、ハルカ? 何かトラブルでもあったたのか?」
心配になって尋ねると、ハルカは泣きそうな顔で答える。
「うん、なんかね……ツバサさんが激おこぷんぷん丸で、ハトホルの谷が崩壊しかねないくらい怒ってるから、モデルの話は先延ばしにって……」
結局──ツバサさんのコスプレ大会は無期延期になったという。
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