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第2話 屍食の進化論
屍食の進化論 前編
しおりを挟む今宵の晩餐も佳境を迎えつつあった。
選ばれた美食家のみに許される特別な席。
そこに座るのは各界を賑わせる著名人から、表舞台には名はおろか影さえ見せない権力者まで、その顔触れは実に多彩である。
数はおおよそ50人──久々の宴に遠方からの客人も多い。
優れた味覚を持ち、凡人とは逸した消化器官を有する、選ばれた美食家たち。
集うのは静謐なる宮殿を連想させる広大な地下ホール。
果てしない暗闇へ続く長いテーブルは、純白のテーブルクロスに覆われていた。
その上に並ぶのは──夥しい極上料理の行進。
食欲を昂ぶらせる艶やかな盛り付けが、まず視覚に味わいをもたらす。
馨しき香りが鼻を衝き、濃厚な肉汁の匂いさえも濃厚だ。
真紅で満たされた瑠璃の杯、あふれんばかりの肉塊を盛られた玻璃の大皿。
肉を切り分ける白銀のナイフ、肉を刺し貫く黄金のフォーク。
その饗宴に加わるのは──凄まじき食欲を持て余す来賓の群れ。
果てが見えぬ長大なテーブルに所狭しと並べられた豪華絶品な料理。それらが瞬く間に平らげられていく。くわえた骨まで噛み砕いて貪り食らう。
飽食の虜となった者の食欲は留まるところを知らない。
皿の底まで嘗め取り、椀に垂れた一滴をも啜る。
素晴らしくも浅ましき食欲。
頬張り尽くしてもまだ足らず、頬肉が爆ぜるまで詰め込んで、食べ尽くしても飽き足らず、食道の入り口まで押し込む。
彼等は美食の探求者──甘露を飲み干す亡者の群れ。
これぞ生の快楽、これぞ生の喜悦。
生命を食い尽くす喜びを最大限に堪能していた。
だが、その食する様は上品に洗練されたテーブルマナー。
スープは音を立てず嘗めるように啜り、肉を切るナイフは人間を斬るが如く豪快に奮われるも、決して不快な音をさせはしない。
それは最低限のマナー、彼等にしてみれば当然の行為であった。
なにせ、彼等は選ばれた美食家なのだから──。
「今宵の晩餐──ご満足していただけましたでしょうか?」
闇へ続くテーブルの果てにある壇上、そこから唐突に声が響いた。
壇上に設けられているのは玉座。
薄いベールで遮られた奥には巨漢の王、その陰影がベールに透ける。
聞こえてくるのは荒々しい息遣い、肉を咀嚼する音。
王の圧倒的な威圧感に誰もが身を竦めた。
ベールの手前──壇上には1人の男が立っている。
来賓たちの鋭い視線を浴びても、その男は皮肉っぽく微笑むだけだ。
色が白く線の細い美丈夫──学者肌な匂いが漂う。
山嵐のような癖のある髪はオールバック、細い眼に薄笑みのポーカーフェイス。
それは来賓を迎え入れた時とまったく同じだった。
男は眼鏡の位置を整え、大仰な動作で来賓へと一礼する。
「我が主人の催せし宴への来訪、恐悦至極にございます。やや体調に難のある主人に代わりまして不肖、執事の白沢が皆様の歓待を仰せつかっております」
以後よしなに──白沢は深々と頭を垂れた。
「さて、今宵の持て成しは如何でございましょうか? 優れた舌を誇る御客様たちを唸らせるため、食材の調達には細心の注意を払い、現状で入手可能な最上級の品々を用意させて頂きました。当世にて最高の食材だったと自負しております」
テーブルのそこかしこから賛辞の声が届けられる。
それは食材に対する賛辞──彼らは一口でその状態を見定めたのだ。
「はい、仰る通りでございます。前菜のテリーヌには年端も行かぬ幼子の股肉に、思春期を迎えた少女の脇腹をアクセントに加えた代物です。異なる食感をご堪能いただけましたか? それは恐悦至極……はい、マダム。御察しの通り、スープには12歳の美少年の髄から取った出汁がふんだんに含まれております。よく嗅ぎ分けになられましたね、感服いたしました……はい、提督。ええ、そちらのグラスに注がれたのは、正真正銘の処女の心臓から抜いた動脈へ送り出される前の血液でございます。老廃物が混ざる前の綺麗な血をですね……」
白沢は来賓の言葉に逐一頷き、言い当てたものが正解だと明かした。
おぞましい食材の数々を──。
「いやはや、流石は選ばれた美食家のお歴々。お楽しみにと伏していた極上の素材がこうもズバズバ言い当てられてしまいますと、宴の主催を任された身としては恐縮のあまり身も心もどころか、魂まで萎縮する心持ちです」
白沢は演技っぽくハンカチで頬を拭う。
そんな仕種は場の失笑を買った。
「さて宴も酣という頃合いでございます。これより後、今宵のメインデイッシュを披露し、御賞味していただく運びになっております……が、その前に少々お腹を落ち着けていただくため、ちょっとした催しを用意いたしました」
白沢は壇上から降り、来賓へ近寄っていく。
1人1人を品定めするように、じっくり眺めながら歩いた。
「今回は派手な趣向を凝らすつもりでおりましたが……我が主人の意向と、一部のお客様からの御要望により、教養ある趣向をご用意させていただきました。いえ、私が博士号を持っていることは関係ありません……なに、学生時代の退屈な授業を思い出して、ほんの少し退屈な講義に耳を傾けていただければいいのです。勿論、そのままお食事を続けられても構いませんよ。ただし、メインの美味しさが満腹感で台無しになるのをお忘れなく……」
丁寧な口調なのに、慇懃無礼な白沢の態度。
それを咎めるでもなく、来賓一同は退屈そうに趣向へと拍手を送った。
「では失礼して、一説ばかり論じさせていただきます」
● ● ● ● ● ●
薄闇に浮かぶ様々な映像──弱肉強食の大自然、様々なグラフのデータ。
それらを引き合いに白沢は語り部を演じる。
「一般的に流布する進化論とは、結果論に過ぎません。現行の生物の生態、古生物の化石からデータ採集。その他多くの情報のみをパズルよろしく組み合わせ、最もらしく筋が通るようにまとめただけ。実際に生物がどんな進化をしてきたかなど、神様でもない限り知る由もありません」
幾億年も紡がれてきた生命の歴史──。
「それを傍観者の立場で眺められるのは神さまの特権ですからね」
だが昨今では遺伝子に関する研究により、進化の辿ってきたが道程が明らかにされつつあるのも事実だ。モニターにそうしたデータが現れては消える。
白沢は敢えて別の切り口から進化を論じた。
「自然淘汰、適者生存、ウィルス進化、遺伝アルゴリズム……進化という事象は如何様にも論ずることができます。なにせ進化論と言うのですからね。ですが、私はこうした論は進化と一切関係ないと断言いたします」
進化に必要なのは──此処。
白沢は薄い胸の下を指差して、長い人差し指をツツッと降ろしていく。
「胃腸こそが進化を促した──私はそう断言いたします」
胃腸の欲求に従い、生物は進化を果たしてきたのだ。
「生物が生命活動を維持するためには、他の生命を捕食しなければなりません。これは絶対です、喰わねば死ぬのですからね。何をさておいても、生きるには食べなければなりません。その日、その時、食える物を喰らって生物は生きてきました」
餓えが発する糧への渇望──それこそが生命の原動力。
「栄養を確保するに最も適した手段、それが進化を推し進めました」
草木のセルロースを消化吸収できるように進化した草食獣。
その草食獣を狩るのに最適な四肢へと進化した肉食獣。
「渇きと餓えを癒し、得た滋養を効率よく自身に還元する……生命の進化はその一点のみに腐心してきました。そして、あらゆる生命を育む自然界は彼等に一つのルールを強います。これこそが生態系と呼ばれるものです」
生態系に築かれたルール──それは食物連鎖のピラミッド。
弱肉強食によって築かれた三角形。絶妙なバランスで構成されたこのピラミッドは、どのような極地においても生命が存在する限り成立する。
地球という生態系が生命に強いた方程式である。
あらゆる生物がこのピラミッドに組み込まれ、抜け出すことは適わない。
「しかし、この生態系の連鎖から逸脱した生物がいます」
それこそが──人間。
人間は生態系の頂点だと思われがちだが、これは間違いである。
肉食獣は草食獣を食べ、草食獣は草木を食べる。
これはあらゆる環境で行われる基本的な食物連鎖だ。
それぞれの生物がその生涯で食べるものは、ほぼ決まっている。それ以外の食物は滅多に口にしない。いいや、食べようとしないのだ。
「ですが──人間は違います」
食物連鎖の外側から、美味なる食材を片っ端から食べる。
「効率よく栄養になれば、舌触りや喉越しが良ければ……美味であれば、どんなものであろうと食べる。これぞ悪食の極み、暴食の極地です」
謂わば人類とは──寄生虫だ。
「この地球という巨大な生態系の食物連鎖から外れるも、その生態系に寄生することで生きていく存在……ゆえに、食べられる物なら何でも食べようとします」
それが例え隣人であろうと──。
「そもそも類人猿は好んで肉を食べません。人類の始祖である原人の一種が、二足歩行を初めて知恵を持ち始めた頃、発達した大脳が栄養を欲したため、肉食を始めたのが起源とされております。当時はお粗末なものだったようですがね」
当初の肉食とは、肉食獣の食べ残した肉片を拾い食い、残された骨から骨髄を吸い出して栄養を補給したと推測される。そうして肉の味を覚えたのだ。
人間は屍の肉の味を覚え、徐々に胃腸を肉食に慣らしていった。
やがて人類は獣を狩る術を見出す。
だが狩猟に適する進化を遂げた肉食獣とは違い、知恵という進化を歩み始めた原人に狩りは困難だった。道具を用いるのは、もう少し先の話である。
では、人類はどうやって肉を手に入れたのか?
「答えは簡単──隣にいた同族を殺して、その肉を喰ったのです」
同族であるがゆえ圧倒的に警戒心の薄い原人。背後から石で殴りつけ、その割れた頭蓋から脳漿を啜り、二の腕や太股に齧り付き、臓物を掻き出す。
空腹に耐えかねた人類の始祖は、こうして肉にありついた。
油断した隣人を殺して、その屍を貪り喰ったのだ。
「これこそが食人の始まりです。そして……」
白沢は両手を広げて宣誓の如く告げた。
「これこそが我々、食屍鬼の原点。人間に似るも、人間を喰らい、人間ではない者……その始祖が誕生した瞬間なのです」
ほう、と感心の溜息を吐かれる、白沢も満足そうに頷いた。
賛同の雰囲気を感じて、その弁にも熱が入る。
「そう、我ら食屍鬼も人類も始祖まで辿れば、その根は同じ……なればこそ、我らと接触した人類が、やがて我らと同じ食屍鬼となる説明もつくのです」
食屍鬼と接する人間は、遅かれ早かれ食屍鬼となる。
この現象は食屍鬼の世界でも長らく議論されてきたが、白沢の説明はそれに一石を投じるものだった。大元が同じならば、わからない話ではない。
「いつ人類と食屍鬼は決定的に袂を分かったのか? その点に関しては今後の研究をお待ちいただくしかありませんが、人類もまた類人猿でありながら肉を喰らう快楽に酔い痴れていきました」
白沢の話は、人類の進化を紐解いていく。
「肉の味を覚えた人類は様々な肉を食べました。あのマンモスを絶滅に追い込んだのも、人類の狩猟による賜物なんて仮説があるのですから、恐るべき食欲です。まあ、食べられれば何でも良かった時期でもあったのでしょうがね」
食への欲求が肥大するほど、人類の大脳皮質も肥大化した。
肉では飽きたらず、魚介類も食べ、木の実は言うに及ばず、狩猟では足りない。
やがて人類は農耕を学び、米や麦などの炭水化物を手に入れた。
「食料の自給を学んだ人類は文明を発展させました。それを維持するため、人倫を敷きました。しかし、この人倫とは自らに課した枷でもあります」
殺人、食人、近親相姦──こうした行為をタブーとした。
「かつて平然と行われた行為は、円滑な共同体生活を疎外する要因として、厳しく戒められました。それを実行する者は咎人として糾弾されたのです」
それでも、戦となれば敵を殺すという殺人は奨励された。
それでも、濃い血筋が望まれて近親相姦は続けられた。
「それでも尚──食人は絶対的な禁忌とされたのです」
葬送儀礼の一貫として行われる食人儀礼は別として、食欲を満たすため人肉を喰らう行為は禁忌とされた。
時に精神異常者が犯す食人事件など、狂気の沙汰と扱われるまでにだ。
しかし、人間を喰らう者は確実に存在した。
「思えば人類の始祖が喰うモノに困り果て、隣にいた同じ生き物を殺して喰べた時から、それを効率よく喰らい、消化吸収するできるように進化した生き者がいたのでしょうね。それが結果として我々のような……人間の肉でしか飢餓感を解消できない食屍鬼という生物への進化を促したのかも知れません」
生き物がその生涯に食べる物は決まっている。
「食物連鎖を語る際にそう前置きしましたが、実はこれ、生態系に寄生する人間にも少なからず当て嵌まるのです。例を挙げれば民族の食文化、その差違に応じた胃腸というものがあります」
よく言われるのは日本人の腸は長い。
これは食物繊維の多い根菜を食生活の中心に置いた名残とされている。
逆に欧州の民族は他の民族より、牛乳のカルシウムを効率よく吸収できる腸を持っている。同じ人類でも暮らした環境の差があるのだ。
だから、食習慣を変えられた民族には問題が起きやすい。
「あるインディアンの部族では肥満が問題となっています。これは本来の食生活を奪われ、配給された小麦粉と蜂蜜によるパンケーキを食べ過ぎたためだそうです。質素な食生活に慣れた肉体に、かつてないハイカロリーを摂取した結果ですね」
話が脱線しました、と白沢は眼鏡の位置を直す。
「最初に申し上げた通り、生物の進化には環境への適者生存、ウイルスによる突然変異、適応の結果による変化など様々な説がありますが、それらは結果論の推考に過ぎません。進化を遂げてきた当事者にはどうでもいいことです」
「耐え難い餓えを満たして、抑えられぬ乾きを潤す──即ち、食への欲求こそ進化の源泉。そのために生物は進化してきたのです」
生物が進化をした理由は至極単純。
「人類の始祖は肉を食べることを学んだ瞬間、隣にいた自分と同じ生物さえ食べられるのだと知りました。恐らく、その時に気付いたのでしょうね」
この世に食べられぬ物などないのだと──。
「ですが同族を喰うこと──即ち、共食いという行為は胃腸に負担をかけます。生物は他の生物を喰らう、という食物連鎖の決まりがありますからね。共食いをする生物も希におりますが、それは特例です。自然界において共食いを主とする生物はおりません」
だが、空腹に耐えかねた原人は同族を食べた。
この時、それを食べた者は決定的な進化の分岐を辿っていた。
「一部の原人は人間の味を覚え、それを食することに長けてしまったのです」
同族を食うのではなく、人類を喰らうことに特化した捕食者。
死んだ人間の肉を食らい、人間の屍の味を覚えた者たち。
人間と同じ素質を持ちながら、人に勝る膂力に優れ、人の肉を噛み千切る強靱な顎を持ち、人の血でしか喉の渇きを癒せず、人の肉を食べて空腹を満たす。
もはや共食いではない──人間を食うのに特化した生物。
「我々食屍鬼は、そのように進化した生物なのです。後世、吸血鬼や食人鬼と恐れられる怪物は、我々が誇張して伝えられた結果なのでしょう」
また、史実にも有名な食人鬼は数多い。
「洞穴に住み着いて、旅人を殺しては金品を奪い、その人肉を食料源として三代に渡って栄えた人食いの一族。彼のソニー・ビーンはあまりにも有名です。恐らく我等と同族だったのでしょうが、今となっては確証がありません」
これらを引用するまでもなく、人類にも食人嗜好に目覚めた者は多い。
飢饉の果てに人肉を食べた話や、誤って人肉を食べて病み付きとなった話。
古今東西、似た話は枚挙に暇がない。
彼等が元から食屍鬼の血筋なのか? 人肉を食した結果、突然変異的に食屍鬼へと変わったのか? そこはもう見当がつかない。
だが、これだけは断言できる。
「我らこそ生粋の食屍鬼。由緒正しき人食いの血族、吸血伯爵の末裔なのです」
同族を賞賛する白沢の言葉にも力が籠もる。
来賓からちらほらと拍手を送られ、白沢は手を上げて応ずる。
「謂わば人食いのセレブですな」
軽いジョークに来賓のテーブルから上品な笑いが上がる。
「我らは人間の血で渇きを潤し、人間の肉で餓えを満たす。それ以外の飲食なんぞつまみ食いに過ぎません。人間を喰らうため、その新鮮な屍から肉を得るために、新たな進化を獲得してきたのは、皆様もご存知の通りです」
このようにね──白沢の指が尖る。
その指先の爪は普通の人間と大差ないものだったはずだが、白沢がニヤリと微笑みながら手を持ち上げると、たちまち太く鋭い鉤爪へと変わった。
来賓の者たちもほくそ笑み、呼応するように姿を変える。
ある者は白沢のように鉤爪を伸ばし、ある者は牙のようになった歯を剥いて笑い、またある者は皮膚を硬いゴム状に変えていく。
「そう、この変身能力──人間に擬態する能力です」
これはここ数十年で食屍鬼が獲得した新しい形質だった。
「恐らく、より人間社会に近付きやすくるするため、墓地や納骨堂から這い出て、もっと人間の屍を漁りやすくするために……先祖代々受け継いできた特性をゆっくり変化させてきた賜物なのでしょう」
もしくは、と白沢は意味深に言葉を切る。
「我らが神モルディギアンの恩寵なのかも知れませんね」
納骨堂の神に感謝を──白沢の声に、来賓の誰もが目礼を捧げる。
かつて信仰を忘れられた納骨堂の神だが、昨今では人間社会に紛れ込む食屍鬼たちの間で、再び信仰のムーブメントが盛り上がりつつある。
これも時代の移り変わりか──古参の食屍鬼たちは囁いた。
「この擬態能力によって、食屍鬼は人間社会に溶け込みやすくなりました。そして、人間の屍を得る機会も増えていくはず──でしたが、昨今では大っぴらに人間など食べられません。狂った愚者が妄想に取り付かれて幼女を喰らうのではなく、青髭を気取った倒錯者が美少年の血を啜るのでもありません」
我々はセレブ──食屍鬼の血族。
人間として社会に権威を持ち、高貴な理性を宿す選ばれた種族。
そんな野蛮な真似ができようはずもない。
「官憲や行政の目を盗んでは、このように機会を設けてささやかな宴を催し、皆々様で集うようになった次第です。無論、各界に影響力を誇る御客人方のご助力があって成立すること、感謝の次第もございません」
白沢は胸に手を当てて一礼する。
そこに感謝の念は微塵もなく、形式だけのものと感じられた。
「こうして皆様と会食を共にする度、私はある考えに取り憑かれます。学者としては恥ずべき疑念なのですが、食屍鬼という存在を許容するには、こう考える他ないのが現状です」
森羅万象の枠組みから外れて、食物連鎖の鎖から逃れた人類。
それゆえに繁栄を遂げ、他の生物を圧倒し、世界さえ食い潰さんとする。
「世界を圧迫する人類を減らすため、人間を喰らう功罪を背負わされた血族。それが我々、食屍鬼なのです。人間は増えすぎました。それを見越されたかのように、人類は地球上で唯一、同族で殺し合うよう遺伝子に仕組まれた生物です」
それでも人間は増える、まだ増える。減ることを知らない。
「故に、私は思うのです。そんな人類を抑制するため、我々のような食屍鬼が誕生したのではないか、そうなるように進化を促されたのではないか」
自らの食人という行為を正当化せんとする白沢の言葉。
だが、そう考えるより他にない。場の来賓たちも感慨深く頷いた。
でなければ、普通の食事で餓えが満たされるはずだ。
それが許されない。人間の血と肉でなければ、渇きと餓えが癒されないのだ。
だから、白沢の推論は正しいと思えてくる。
来賓の誰もが血に濡れる杯を傾け、いつしか彼の講義に耳を傾けていた。
白沢は肩をすくめて手を上げ、無力そうに頭を振る。
「すべてが想像の域、神のみぞ知るばかりですがね……ご静聴、ありがとうございました。それでは皆様待望のメインデイッシュに登場を願いましょう」
白沢が指を鳴らすと何条ものライトが走った。
テーブル中央の上空に、鉄格子の檻が浮かんでいる。
そこに捕らわれたのは一人の少女。
身に付けているのは透ける薄布一枚きり、その裸体は晒されたも同然。
磨かれた玉のように輝く肌、その下で息づく柔肉へ歯を突き立てる瞬間に想いを馳せる。月輪の如き円らな瞳、それの喉越しを想像して身震いする。
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折り重なるように響く唾を飲む音に、白沢は満足げに微笑む。
「今宵、皆様の腹に残された最後の隙間を埋める美しき贄……どうやらお気に召して頂けたご様子、恐悦至極にございます。こちらの少女は幼き時分より我等が食用として最高の環境で育んできた極上の素材であります。正に純粋培養、文字通りの箱入り娘です」
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あの二の腕に、あの股に、あの下腹部に、あの喉に、あの項に──。
かぶりつきたい、誰もが舌なめずりで喉を鳴らしている。
白沢はチチチと指先を振り、紳士淑女を牽制した。
「ここで彼女にかぶりつくのは犬畜生のすること。ご来賓の皆様に、そんな不作法者はおられますまい。これよりあの少女はシェフによって解体され、絶品料理へと生まれ変わります。暫し、御辛抱をお願いいたします」
白沢は控えたシェフに目配せすると、少女の檻を厨房へ運ばせた。
運ばれる少女を、白沢は微笑んだまま見送る。
白沢の笑みに、少女は現状を把握できない赤子のような笑みで返した。
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