道参人夜話

曽我部浩人

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第二夜   応声虫

終章 腹の虫が治まらない

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 病室のベッドには、鮮やかな血肉の華が咲いていた。

 血肉を嘗める蟲たちは、人面ではなく百足にそっくりだ。

 人語を解することもなく、キチキチと啜り泣くだけ。

 闇などどこにもない。天井には血飛沫の着いた蛍光灯が光っている。

 すべて幽谷響の術──音霊おとだまによる幻覚だ。

 部屋にいたのも幽谷響と若頭だけではない。

 大病院の広い個室には腕っ節に自信のある組のヤクザたちと、彼等を従えている初老の組長。それと壁際には白山や信一郎も控えていた。

 何人かは呆然と現場を眺め、数人は吐き気を抑えるのに一生懸命だ。

 修羅場を経験した者でも、この光景には無惨さを覚えるのだろう。

「ま、そんな寸法さ……俺はずっとこの若頭を内偵ないていしてたんだ」

 白山は小声で信一郎に教えてくれた。

「前から挙動不審だった若頭を調べてた矢先、あんな大事件に巻き込まれてテメエだけ無傷で帰ってきた。こりゃ怪しいってんで……こうなった寸法さ」

 白山の大雑把アバウトな説明を聞かずとも信一郎は察した。

 獅子身中の蟲という言葉にも納得させられてしまう。

 ──あれは若頭を指していたのだ。

「でも、あの蟲たちは一体……?」

「あの『精螻蛄しょうけら』とかいう娘さんの仕業でやすよ」

 幽谷響は白山が聞いた話から、なんとなく見当をつけていたという。

「最初の蟲は若頭から精気を吸って徐々に衰弱させるようでやしたが、その蟲がしくじって若頭が正常な状態を取り戻した場合、体調の変化に反応して卵だったあの蟲たちが孵化ふかする……つまり、二重に蟲を憑かせてたんでやすよ」

 それを今回の始末に利用したようだ。

 幽谷響は網代笠を取ると組長に深々と頭を垂れた。

「今回の始末、これにて終いでございやす」

 ヤクザの組長とは思えぬ品の良い初老の紳士も頭を下げた。

「……身内の恥だというのに、手に負えぬと助力を請うた次第。礼を申すのは我々の方です。不遇の目に遭った若い衆に代わり、感謝いたします……」

 涙目の組長が頭を下げると、ヤクザたちも礼儀正しく頭を下げる。

 せめて事後処理だけでも……と言うので、後は任せて幽谷響と信一郎は病室を後にする。白山は組長と今後のやり取りを話し合うので残った。

 夜明けまでにはまだ間がある。

 非常灯が瞬く廊下を行く信一郎は、闇夜の道を彷徨っている気分だった。

 外道──人の道を踏み外した存在。

 人はどこまでも道を踏み外せるのだと、幽谷響と付き合ってからは何度も見せつけられた。だが、その度に陰鬱な気分にさせられる。

 ──妖怪なんぞこの世にはおりやせんよ。

 かつて幽谷響が言った通り、そんなものはいない。

 たとえ異能な者がいたとしても、それは人に過ぎないのだ。

 数多に伝わる妖怪の伝承も、紐解ひもといてみれば人の因果がつきまとう。

 だからこそ殊更ことさらに妖しいのかも知れない。

『人間がいるから妖怪が湧く──人間が死に絶えれば妖怪も滅びる』

 ふと、そんな先輩の一言が脳裏を掠める。

 深夜の薄暗い廊下を行く中、信一郎はなんとなく呟いた。

「……応声蟲おうせいちゅう

 信一郎の呟きに、幽谷響は耳を振るわせて反応した。

「何でございやすか、それは?」

「ん? ああ……今回の事件でふと思い出した話だよ」

 奇説を載せた古書にはいくつか似た話があるが、どうやら原典は中国伝承に由来するらしい。人体に寄生する妖しい蟲の話だ。

 ある日、患者の腹に異様な腫れ物ができる。

 それは人の口の形になり、口に入る物は何でも食べる悪食振りで、少しでも食えなくなると罵詈雑言を喚き散らす。

 本人にも抵抗できず、家族さえ腹の口の従うしかない。

 やがて家族は名医を探し出して治療を頼む。名医は口が食べるのを嫌がるものを調べて、そこから薬を見つけ出し、腹の口に無理やり飲み込ませる。

 それを数日続けると腹の口は次第に勢いをなくしていき、患者は蜥蜴とかげに似た角のある蟲を排泄した。それを打ち殺すと、患者が治って一件落着。

「なるほど、よく似ておりやすね。蟲も絡んでおりますし、どこか皮肉めいたモンが散りばめられてる。腹の蟲に悩まされるなんざそっくりだ」

 たった今起きた哀れな末路は、できれば思い出したくはない。

 別のこと考えようとした信一郎はある疑問を抱く。

「そういえば……あの『精螻蛄』って女の子は、『陰陽龍』が採用するはずの若頭に無断で蟲を取り憑かせたんだよね? なんでそんな真似をしたんだい?」

「ああ、そのことでございやすか──」

 信一郎が疑問について、幽谷響はつまらなそうに答えた。

 白山が睦魅から聞いたところ、その理由はシンプルだという。

 ──吉良きら睦魅むつみは生まれついての蟲使いである。

 彼女は蟲を愛しており、蟲は彼女に慕ってくれる。それは家族愛にも似た関係であり、その絆を彼女はとても大切にしているという。

 だからこそ、身内を平気で裏切り、仲間を売り飛ばした若頭のような奴は大嫌いとのこと。ゆえに独断で蟲を憑かせて殺そうとしたのだ。

 つまり、彼女の行動理念は単純明快。



「なぁに──腹の蟲が治まらなかったんでやしょうよ」


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