【短編】バレンタイン前日にチョコを渡せば「特別」になれると信じたモブ女子、主役の座には絶対になれないと悟って華麗に爆死する

月下花音

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Ep.03

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「俺、クーポンあるからポテトとナゲットな。お前は?」
「じゃあ俺バーガー。てか金ねーわ」
 タカシが財布の中身を確認しながら言う。

 男子中学生の会話。
 食欲が世界の中心にある生き物たち。
 私はそれを微笑ましく見ていた。
 この会話のBGMとして、私はそこに存在している。
「部室の風景」の一部になれていることが、今は誇らしい。

「あー、そういや」
 神谷先輩が思い出したように呟いた。
 そして、カバンの横にあった私のクッキーの袋を手に取った。

「タカシ、これ食う?」

 時が止まった。
 私の脳内の処理速度が追いつかない。
 え?
 これ食う?
 誰に言ってるの?

 タカシを見る。先輩はタカシに袋を差し出している。
「は? 何これ?」
 タカシが聞く。
「マナからもらった。クッキーらしい」
「え、いいの?」
「俺、今からマックの口になってるから、甘いのいらねーわ。やるよ」

 やるよ。
 その言葉が、私の鼓膜を突き破って脳味噌に突き刺さった。

 やるよ?
 私のクッキーを?
 私が昨日の夜、焦げないようにオーブンの前で張り付いて焼いたクッキーを?
「一番最初に渡したい」と思って、勇気を出して渡したクッキーを?

「マジ? ラッキー!」
 タカシが全く遠慮せずに受け取る。
「マナちゃん、これ俺食っていい?」

 タカシが私に聞いてくる。
 笑顔だ。
 悪気なんて1ミリもない、爽やかな笑顔だ。
 先輩もこっちを見ている。
「いいよな? どうせ俺食えねーし、腐るよりマシだし」

 腐るよりマシ。
 資源の有効活用。
 SDGs的な観点で見れば、それは正しい行動なのかもしれない。
 でも、今ここで取引されているのは「資源」じゃない。
 私の「心」だ。
 私の「自尊心」だ。
 私の「乙女心」だ。

「……あ、はい。どうぞ」
 私は答えた。
 声が震えないように必死だった。
 ここで「ダメです!」と叫んで奪い返すこともできたかもしれない。
 でも、そんなことをしたら空気は凍る。
「え、何マジになってんの?」という空気になり、私は「痛い後輩」として認定される。
 それは、私が一番恐れていることだ。

 だから、笑った。
「全然いいですよー。食べてください」
 私は「物分かりのいいマネージャー」の仮面を被り直した。
 その仮面の内側で、顔が真っ赤に燃え上がり、同時に真っ青に冷え切っていくのを感じながら。

「っしゃー! いっただきまーす」
 タカシが袋を開ける。
 ビリッ。
 乱暴な音。
 猫のシールが無惨に破れる。
「うお、結構入ってるじゃん。神谷一個くらい食えば?」
「いらね。全部食っていいよ」

 先輩は、スマホで何かの動画を見始めた。
 もう興味は完全に「マックのクーポン」か「動画」に移っている。
 さっき渡した時の、「せっかちだなー」という笑顔。
 あれは嘘じゃなかった。
 でも、あの笑顔の意味は、「好意を受け取った喜び」じゃなくて、単なる「差し入れをもらった時のリアクション」だったのだ。
 コンビニで『からあげクン』を奢ってもらった時と同じ。
「お、サンキュー」
 それだけの軽さ。

 バリッ。
 タカシがクッキーを齧る音が響く。
「ん! これうめー! マジでうめーぞ」
 タカシが大声で絶賛する。
「マナちゃんすげーじゃん。店出せそう」

 褒められている。
 私のクッキーが、絶賛されている。
 でも、それを食べているのは「彼」じゃない。
 私の想いは、宛先不明の郵便物みたいに、関係ない人の胃袋に誤配送されていく。

「へー、よかったな」
 先輩がスマホから目を離さずに言う。
 その横顔を見て、私は悟った。
 ああ、この人は悪くない。
 悪いのは、私だ。
「特別になりたい」なんていう分不相応な夢を見た、私の自意識の暴走だ。
 先輩にとって、私は「都合のいい後輩」ですらなく、ただの「背景」だったのだ。
 背景が急に自己主張をしてきても、それはノイズにしかならない。
 だから彼は、無意識のうちにそのノイズを除去したのだ。
 もっとも効率的で、もっとも平和的な方法で。

 バリバリ。ボリボリ。
 私の初恋が、嚙み砕かれていく。
 部室の乾燥した空気の中で、その音だけがやけにリアルに響いていた。
 バリバリ。ボリボリと。
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