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Ep.04
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「うわ、これマジでうまいわ。店で売れるレベル」
タカシが二枚目のクッキーに手を伸ばしながら言う。
「ありがと。自信作なんだ」
私は笑顔で答える。
口角を持ち上げる筋肉がつりそうだ。
「神谷も食えば? マジでうまいって」
タカシがお節介にも勧めてくれる。
やめて。
もうそっとしておいて。
これ以上、私の傷口に塩を塗らないで。
先輩は気のない様子で画面から目を離した。
「あー、いいわ。俺腹減ってんの甘いのじゃないんだよな」
拒絶。
いや、拒絶ですらない。
ただの「気分の問題」。
私が込めた想いとか、時間とか、そういう文脈は一切関係なく、ただ単に「今、口の中に入れたい成分ではない」というだけの理由で、私のクッキーはスルーされた。
「じゃあ俺全部もらうわ。マナちゃん、これラッピングの袋もらっていい?」
「うん、いいよ」
「よっしゃ。後で部室で食お」
タカシは残りのクッキーを袋に戻し、丁寧に口を縛った。
その袋には、私が選んだ猫のシールが貼ってある。
「かわいいシールじゃん」
タカシが笑う。
その笑顔が無邪気すぎて、私は泣くことさえ許されない。
もしここで私が、「なんで先輩食べてくれないんですか!」と泣き出したらどうなるだろう。
きっと先輩は引くだろう。
「え、何? 重っ」
そう思われるのがオチだ。
だって、私たちは付き合っていない。
告白したわけでもない。
ただ「受験お疲れ様」という名目で渡しただけだ。
だから、彼がそれを食べようが、友人に譲ろうが、彼の自由なのだ。
所有権は彼に移ったのだから。
私は、完璧な論理で自分を説得した。
私は間違っていない。
彼も間違っていない。
間違っていたのは、「ドラマみたいなことが起こるかもしれない」と期待した、私の幼稚な脳味噌だけだ。
「じゃあな、サンキュ」
先輩が立ち上がる。
「マナちゃん、ご馳走様!」
タカシも続く。
二人は部室を出て行った。
マクドナルドへ向かって。
私のクッキーよりも魅力的な、塩気と脂質を求めて。
後に残されたのは、私一人。
そして、彼らが座っていたパイプ椅子の冷たい感触だけ。
シンとしている。
さっきまでの騒がしさが嘘みたいだ。
私は深く息を吐き出し、その場にしゃがみ込んだ。
「……はは」
虚しい。
怒りなんて湧いてこない。
ただひたすらに、自分がちっぽけで、滑稽で、価値のない存在に思える。
私は「物語の登場人物」になりたかった。
でも、なれなかった。
私はただの「いい仕事をしたスタッフ」だった。
「美味しいクッキーを提供したマネージャー」として、タカシには感謝された。
でも、神谷先輩の物語には、私の名前は刻まれなかった。
エンドロールの協力者リストに、小さく名前が載るかどうかのレベルだ。
カバンの中には、まだラッピングの切れ端が残っていた。
それをゴミ箱に捨てる。
パラリ、と軽い音がした。
私の初恋の重さは、たったこれだけだったのだ。
ゴミ箱の底で、ピンク色のリボンが少し汚れて見えた。
それが、今の私の心の色だった。
タカシが二枚目のクッキーに手を伸ばしながら言う。
「ありがと。自信作なんだ」
私は笑顔で答える。
口角を持ち上げる筋肉がつりそうだ。
「神谷も食えば? マジでうまいって」
タカシがお節介にも勧めてくれる。
やめて。
もうそっとしておいて。
これ以上、私の傷口に塩を塗らないで。
先輩は気のない様子で画面から目を離した。
「あー、いいわ。俺腹減ってんの甘いのじゃないんだよな」
拒絶。
いや、拒絶ですらない。
ただの「気分の問題」。
私が込めた想いとか、時間とか、そういう文脈は一切関係なく、ただ単に「今、口の中に入れたい成分ではない」というだけの理由で、私のクッキーはスルーされた。
「じゃあ俺全部もらうわ。マナちゃん、これラッピングの袋もらっていい?」
「うん、いいよ」
「よっしゃ。後で部室で食お」
タカシは残りのクッキーを袋に戻し、丁寧に口を縛った。
その袋には、私が選んだ猫のシールが貼ってある。
「かわいいシールじゃん」
タカシが笑う。
その笑顔が無邪気すぎて、私は泣くことさえ許されない。
もしここで私が、「なんで先輩食べてくれないんですか!」と泣き出したらどうなるだろう。
きっと先輩は引くだろう。
「え、何? 重っ」
そう思われるのがオチだ。
だって、私たちは付き合っていない。
告白したわけでもない。
ただ「受験お疲れ様」という名目で渡しただけだ。
だから、彼がそれを食べようが、友人に譲ろうが、彼の自由なのだ。
所有権は彼に移ったのだから。
私は、完璧な論理で自分を説得した。
私は間違っていない。
彼も間違っていない。
間違っていたのは、「ドラマみたいなことが起こるかもしれない」と期待した、私の幼稚な脳味噌だけだ。
「じゃあな、サンキュ」
先輩が立ち上がる。
「マナちゃん、ご馳走様!」
タカシも続く。
二人は部室を出て行った。
マクドナルドへ向かって。
私のクッキーよりも魅力的な、塩気と脂質を求めて。
後に残されたのは、私一人。
そして、彼らが座っていたパイプ椅子の冷たい感触だけ。
シンとしている。
さっきまでの騒がしさが嘘みたいだ。
私は深く息を吐き出し、その場にしゃがみ込んだ。
「……はは」
虚しい。
怒りなんて湧いてこない。
ただひたすらに、自分がちっぽけで、滑稽で、価値のない存在に思える。
私は「物語の登場人物」になりたかった。
でも、なれなかった。
私はただの「いい仕事をしたスタッフ」だった。
「美味しいクッキーを提供したマネージャー」として、タカシには感謝された。
でも、神谷先輩の物語には、私の名前は刻まれなかった。
エンドロールの協力者リストに、小さく名前が載るかどうかのレベルだ。
カバンの中には、まだラッピングの切れ端が残っていた。
それをゴミ箱に捨てる。
パラリ、と軽い音がした。
私の初恋の重さは、たったこれだけだったのだ。
ゴミ箱の底で、ピンク色のリボンが少し汚れて見えた。
それが、今の私の心の色だった。
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