【短編】「はじめまして」と君は笑う。僕の愛が死んだことも知らずに。~記憶リセット系彼女との、終わらない徒労と情熱~

月下花音

文字の大きさ
5 / 5

第5話:愛さないという、唯一の愛し方(最終話)

しおりを挟む
 三十一回目の放課後。
 屋上の風は、今日も変わらず吹いている。
 夕日は赤く、彼女の涙を宝石に変える準備をしている。
 
 九条紗季が口を開く。
 「ずっと……篠崎くんのこと、見てました」
 
 その言葉が紡がれる瞬間、俺は動いた。
 今まで三十回、ただ受け入れるか、拒絶するかしかなかった俺が、初めて第三の選択肢を選ぶ。

「待って」

 俺は彼女の唇に、自分の指を当てた。
 柔らかい感触。
 彼女が驚いて目を見開く。

「……え? 篠崎くん?」
「それ以上、言わなくていい」

 俺は震える声を押さえ込み、できるだけ穏やかな声を出した。

 この瞬間、俺の中で新しい戦略が起動した。
 三十回の失敗から学んだ、最後の可能性。
 愛することでも、拒絶することでもない、第三の道。
 それは、永遠の「未完成」を選ぶことだった。

「九条。俺は、お前とは付き合えない」

 彼女の顔が絶望に染まりかける。
 また、涙が溢れ出そうになる。
 だが、俺はそれを許さない。
 俺はすぐに言葉を継いだ。

「でも、お前のことが嫌いなわけじゃないんだ。むしろ逆だ」
「え……?」
「俺は、お前のことをもっと知りたい。恋人としてじゃなく、一番仲のいい友達として、隣にいたいんだ」

 詭弁だ。
 そんなの、ただのキープ宣言じゃないか。
 最低の男のセリフだ。
 だが、これしか方法がない。

 俺はこの一ヶ月で仮説を立てた。
 リセットのトリガーは「交際成立」もしくは「好感度がMAX(恋人レベル)に達すること」ではないか。
 俺が彼女を突き放してもダメだったのは、彼女の愛が「拒絶されても揺るがないレベル」まで高まっていたからだ。
 ならば、逆に「好感度を寸止めする」ことはできないか?
 恋人にはならない。でも、赤の他人他人に戻るわけでもない。
 「友達以上恋人未満」という、曖昧で、不安定で、でも一番楽しいあやふやな領域(バッファ)に、彼女の感情を留め続けること。

 これは、愛の形を変えることだった。
 完成された愛ではなく、永遠に成長し続ける愛。
 システムが検知できない、未完成の愛。
 俺は、彼女を愛することで彼女を失うのではなく、愛さないことで彼女を守ることを選んだのだ。

「友達……?」
「ああ。俺、まだ誰かと付き合う自信がないんだ。だから、まずは友達から始めたい。ダメかな?」

 彼女は少し迷うように視線を泳がせた。
 告白を保留された形だ。
 だが、「拒絶」されたわけではない。希望は残されている。
 彼女の思考回路が、新しいルートを計算しているのが分かる。

「……ううん、ダメじゃない。嬉しい」

 彼女は涙を引っ込め、少しはにかんだ笑顔を見せた。
 安堵の笑顔。
 これだ。この「満たされきっていない笑顔」が必要だったのだ。

「じゃあ、これからは『相川くん』じゃなくて、『相川』って呼んでいい?」
「ああ、いいよ。俺も『紗季』って呼ぶ」
「えへへ……なんか、照れるね」

 彼女は嬉しそうに身をよじった。
 キスはしない。
 ハグもしない。
 手も繋がない。
 ただ、夕日の中で並んで笑い合うだけ。

 家に帰る途中、俺はずっと祈っていた。
 明日の朝、リセットされませんように。
 この「友達契約」が、システムの監視をすり抜けてくれますように。

 俺の心臓は、希望と恐怖で破裂しそうだった。
 これまでの三十回とは違う。
 今度こそ、彼女を救えるかもしれない。
 俺たちの愛を、永遠に続けられるかもしれない。
 
 だが、それは同時に、俺が一生「恋人」になれないことを意味していた。
 俺は、愛する人と結ばれることを永遠に諦めることで、愛する人を守ることを選んだのだ。

 ◇

 翌朝。
 六時のアラームで目が覚めた。
 心臓が痛いほど早鐘を打っている。
 もし、通知がなかったら?
 もし、『はじめまして』なんてメッセージが来ていたら?

 恐る恐るスマホを見る。
 通知ランプが光った。

『おーい、相川! 今日もいい天気だね。学校で会えるの楽しみ!』

 ……!
 『相川』になっている。
 文面が、昨日の続きだ。
 リセットされていない。
 彼女は、俺のことを覚えている!

「っしゃあぁぁぁ……!」

 俺は布団の中でガッツポーズをし、声を殺して泣いた。
 勝った。
 俺たちは、システムの穴を突いて、明日への切符を手に入れたのだ。

 この瞬間、俺は理解した。
 愛とは、完成させることではない。
 愛とは、永遠に未完成のまま育て続けることなのだ。
 俺は、彼女を「手に入れる」ことを諦めることで、彼女を「失わない」ことを選んだのだ。
 
 これは、新しい愛の形だった。
 満たされることのない、でも決して枯れることのない愛。

 ◇

 それから数ヶ月。
 俺たちは「親友」として過ごしている。
 一緒に弁当を食べ、ふざけ合い、休日は遊びに行く。
 ただし、絶対に「一線」は越えない。

 彼女が甘い雰囲気になりそうになったら、俺はおどけて茶化す。
 彼女が俺の手を握ろうとしたら、さりげなく避ける。
 彼女の好感度メーターを、常に「友情99%、恋愛1%」のギリギリで維持し続けること。
 それが、彼女の記憶を次の日へ繋ぐための唯一の生存条件だからだ。

 俺は、愛のエンジニアになった。
 彼女の感情を精密に調整し、システムの検知を回避し続ける技術者。
 それは、世界で最も高度で、最も切ない恋愛技術だった。

「ねえ、相川」
「ん?」
「なんで、私のこと好きになってくれないの?」

 放課後の教室で、彼女が不満げに頬を膨らませて聞いてくる。
 その瞳には、隠しきれない好意と、少しの焦りが見える。
 俺はそれを真っ向から受け止めることはできない。

 俺だって、お前が好きだ。
 今すぐ抱きしめたい。キスしたい。「愛してる」と叫びたい。
 でも、それをしたらお前は消える。
 俺たちの思い出ごと、全部消えてしまう。

 だから俺は、苦しいほどの愛を込めて、嘘をつく。

「さあな。お前がもっと魅力的になったら、考えるよ」
「むー! 一生懸命アピールしてるのに! この鈍感!」

 彼女はポカポカと俺の肩を叩く。
 その痛みさえも、愛おしい。

 俺は決めたのだ。
 一生、彼女とは恋人にならない。
 一生、片思いの距離で生きていく。
 それが、俺が彼女に捧げられる、唯一にして最大の愛の形だから。

「また明日な、紗季」
「うん、また明日!」

 彼女が笑顔で手を振る。
 俺はその笑顔を脳裏に焼き付けながら、明日もまたこの場所で会える奇跡を噛みしめる。

 彼女は攻略対象じゃない。
 攻略してはいけない、世界で一番大切な「友達」だ。

 俺は心の中でそっと呟く。
 「愛してるよ」と。
 その言葉だけは、永遠に彼女には届かないけれど。
 それでもいい。君が明日も、俺の名前を呼んでくれるなら。

 これは、愛の新しい定義だった。
 手に入れることではなく、守り続けること。
 完成させることではなく、育て続けること。
 そして、諦めることではなく、形を変えて愛し続けること。
 
 俺たちの愛は、永遠に未完成だ。
 だからこそ、永遠に続いていく。
 それが、システムに勝利した俺たちの、新しい愛の物語なのだから。

(おわり)
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です

くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」 身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。 期間は卒業まで。 彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。

『さよなら、彼に依存していた私―30日間の失恋回復ストーリー』

月下花音
恋愛
別れた日から30日。毎日、少しずつ「本当の私」に出会っていく 「嫌いになりたくないから、別れよう」 2年間付き合った彼氏・優也にそう告げられた日、私の世界は色を失った。 コーヒーは苦く、鏡に映る自分は知らない女で、スマホの通知音に心臓が跳ねる。 彼の好きだったチョコミントを避け、彼の痕跡が残る部屋で、ただ泣いていた。 でも、私は決めた。30日間で、私を取り戻す。 Day 1、苦いコーヒーを飲み干した。 Day 5、スマホを遠ざけた。 Day 7、彼のSNSを削除した。 Day 9、部屋の模様替えをした。 Day 13、彼のための香りを捨て、私の香りを選んだ。 Day 17、自分のために、花を買った。 Day 22、長い髪を切り、新しいスマホに変えた。 Day 29、新しい出会いを、恐れずに楽しめた。 Day 30、ストロベリーアイスを食べながら、心から笑っていた。 小さな「さよなら」を積み重ねるたび、私は変わっていく。 「彼に依存していた私」から、「私自身でいられる私」へ。 これは、失恋から立ち直る物語ではありません。 誰かのために生きていた女性が、自分のために生きることを選ぶ物語です。 【全31話完結】こころの30日間を追体験してください。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ

月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。 泣くのも違う。怒るのも違う。 ただ静かに消えよう。 そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。 画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。 相手に気付かれた? 見られた? 「未練ある」って思われる!? 恐怖でブロックボタンを連打した夜。 カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

処理中です...