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第4話 シングルベッドの攻防戦とパジャマの境界線
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その夜から、玲奈の「避難生活」が始まった。
名目はストーカー対策しつこい医学部の先輩から逃れるため。
場所は、俺の六畳一間のアパート。
「……狭い」
玲奈は部屋の真ん中に立ち、ポツリと言った。
彼女の実家は高級住宅街の一軒家だ。このアパートの全部屋合わせても、あいつのリビングより狭いかもしれない。
「文句言うなよ。嫌なら帰れ」
「嫌だ」
即答だった。
彼女は持ってきたボストンバッグを開けると、手際よく荷物を出し始めた。
化粧水、ドライヤー、着替え、そして大学の教科書。
あっという間に、俺の男臭い部屋が、女の子の香りで侵食されていく。
「健、お風呂借りるね」
「あ、ああ……どうぞ」
玲奈が浴室に消えると、シャワーの音が聞こえ始めた。
俺はベッドに腰掛け、頭を抱えた。
(どうするんだよ、これ……)
同棲。
響きは甘美だが、現実はサバイバルだ。
まず、寝る場所がない。俺の部屋にはシングルベッドが一つだけ。
床で寝るか? 俺が。
30分後。
浴室のドアが開き、湯気とともに玲奈が出てきた。
「ふぅ、さっぱりした」
俺は心臓が止まるかと思った。
彼女の姿があまりにも無防備すぎたからだ。
大きめのTシャツに、ショートパンツ。濡れた髪からは水滴が滴り、白い鎖骨が覗いている。
そして何より、あの「甘い匂い」が部屋中に充満した。
「……なにジロジロ見てるの?」
「み、見てねーよ!」
俺は慌てて目を逸らした。
玲奈はタオルで髪を拭きながら、俺の隣――つまりベッドの上に座り込んだ。
スプリングが沈む。
体温が伝わってくる距離。
「ねえ、健。お風呂あがりのプリン、いい?」
玲奈がテーブルの上の山を指差した。
お前、この状況でまだ食うのかよ。
「好きにしろよ……。っていうか、今日どこで寝るつもりだ?」
「どこって、ここ」
玲奈はスプーンを口に咥えたまま、ベッドをポンポンと叩いた。
「俺は床で寝るよ。お前はベッド使え」
「ダメ」
「は?」
「床なんて固いし、風邪引くでしょ。……一緒に寝ればいいじゃない」
俺は耳を疑った。
「お前、正気か? シングルだぞ?」
「狭いけど、くっつけば平気」
玲奈は平然と言い放った。
くっつけば平気、じゃないんだよ! 俺の理性が平気じゃないんだよ!
「い、いや、それはマズイだろ。俺たち、本当の恋人じゃないし」
「……契約書、忘れたの?」
玲奈は上目遣いで俺を睨んだ。
「『条件その二。必要ならハグも許可する』」
「寝るのはハグに含まれません!」
「緊急避難だから、特例措置でしょ」
彼女はむくれると、プリンの空カップを置いて、ゴロンと横になった。
そして、布団をめくって俺を招き入れた。
「ほら、早く来て。電気消すよ」
完全に主導権を握られている。
俺は諦めて電気を消し、恐る恐るベッドに入った。
狭い。
予想以上に狭い。
背中を向けて寝ても、少し動くだけで肩が触れる。
暗闇の中で、玲奈の寝息と、シャンプーの匂いだけが鮮明に感じられる。
(寝れるか、こんなの……! 理性が死ぬ……心臓が死ぬ……!)
心拍数が爆上がりしている俺の背中に、不意に、何かが触れた。
柔らかい感触。
玲奈の手だ。
後ろから、俺のTシャツの裾を掴んでいる。
そして、じわりと背中に温もりが押し付けられた。
「……健」
小さな、震える声。
「……逃げないでね」
その言葉は、誰に向けられたものだったのか。
医学部の先輩か。
それとも、もっと別の何かか。
俺には分からなかったが、掴まれたTシャツの感触だけが、彼女の不安を伝えていた。
俺は小さく溜め息をつくと、その手に自分の手を重ねた。
「逃げねーよ。……おやすみ」
「……うん。おやすみ」
その夜、俺たちは背中合わせのまま、少しだけ互いの体温を分け合って眠った。
境界線は、もう曖昧になっていた。
(続く)
名目はストーカー対策しつこい医学部の先輩から逃れるため。
場所は、俺の六畳一間のアパート。
「……狭い」
玲奈は部屋の真ん中に立ち、ポツリと言った。
彼女の実家は高級住宅街の一軒家だ。このアパートの全部屋合わせても、あいつのリビングより狭いかもしれない。
「文句言うなよ。嫌なら帰れ」
「嫌だ」
即答だった。
彼女は持ってきたボストンバッグを開けると、手際よく荷物を出し始めた。
化粧水、ドライヤー、着替え、そして大学の教科書。
あっという間に、俺の男臭い部屋が、女の子の香りで侵食されていく。
「健、お風呂借りるね」
「あ、ああ……どうぞ」
玲奈が浴室に消えると、シャワーの音が聞こえ始めた。
俺はベッドに腰掛け、頭を抱えた。
(どうするんだよ、これ……)
同棲。
響きは甘美だが、現実はサバイバルだ。
まず、寝る場所がない。俺の部屋にはシングルベッドが一つだけ。
床で寝るか? 俺が。
30分後。
浴室のドアが開き、湯気とともに玲奈が出てきた。
「ふぅ、さっぱりした」
俺は心臓が止まるかと思った。
彼女の姿があまりにも無防備すぎたからだ。
大きめのTシャツに、ショートパンツ。濡れた髪からは水滴が滴り、白い鎖骨が覗いている。
そして何より、あの「甘い匂い」が部屋中に充満した。
「……なにジロジロ見てるの?」
「み、見てねーよ!」
俺は慌てて目を逸らした。
玲奈はタオルで髪を拭きながら、俺の隣――つまりベッドの上に座り込んだ。
スプリングが沈む。
体温が伝わってくる距離。
「ねえ、健。お風呂あがりのプリン、いい?」
玲奈がテーブルの上の山を指差した。
お前、この状況でまだ食うのかよ。
「好きにしろよ……。っていうか、今日どこで寝るつもりだ?」
「どこって、ここ」
玲奈はスプーンを口に咥えたまま、ベッドをポンポンと叩いた。
「俺は床で寝るよ。お前はベッド使え」
「ダメ」
「は?」
「床なんて固いし、風邪引くでしょ。……一緒に寝ればいいじゃない」
俺は耳を疑った。
「お前、正気か? シングルだぞ?」
「狭いけど、くっつけば平気」
玲奈は平然と言い放った。
くっつけば平気、じゃないんだよ! 俺の理性が平気じゃないんだよ!
「い、いや、それはマズイだろ。俺たち、本当の恋人じゃないし」
「……契約書、忘れたの?」
玲奈は上目遣いで俺を睨んだ。
「『条件その二。必要ならハグも許可する』」
「寝るのはハグに含まれません!」
「緊急避難だから、特例措置でしょ」
彼女はむくれると、プリンの空カップを置いて、ゴロンと横になった。
そして、布団をめくって俺を招き入れた。
「ほら、早く来て。電気消すよ」
完全に主導権を握られている。
俺は諦めて電気を消し、恐る恐るベッドに入った。
狭い。
予想以上に狭い。
背中を向けて寝ても、少し動くだけで肩が触れる。
暗闇の中で、玲奈の寝息と、シャンプーの匂いだけが鮮明に感じられる。
(寝れるか、こんなの……! 理性が死ぬ……心臓が死ぬ……!)
心拍数が爆上がりしている俺の背中に、不意に、何かが触れた。
柔らかい感触。
玲奈の手だ。
後ろから、俺のTシャツの裾を掴んでいる。
そして、じわりと背中に温もりが押し付けられた。
「……健」
小さな、震える声。
「……逃げないでね」
その言葉は、誰に向けられたものだったのか。
医学部の先輩か。
それとも、もっと別の何かか。
俺には分からなかったが、掴まれたTシャツの感触だけが、彼女の不安を伝えていた。
俺は小さく溜め息をつくと、その手に自分の手を重ねた。
「逃げねーよ。……おやすみ」
「……うん。おやすみ」
その夜、俺たちは背中合わせのまま、少しだけ互いの体温を分け合って眠った。
境界線は、もう曖昧になっていた。
(続く)
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