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第15話 微熱の予兆と隠しきれない本音
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講義中、俺の視線は黒板ではなく、斜め前に座る玲奈の背中に釘付けになっていた。
背筋はいつも通りピンと伸びている。
ノートを取る手も止まっていない。
完璧な優等生、白石玲奈の姿だ。
だが、俺には分かる。
時折、小さく肩が揺れていること。
そして、何度も髪を耳にかける仕草をしていること。
あれは彼女が集中できていない時や、何かを我慢している時の癖だ。
(……やっぱり、無理してんじゃねえか)
昨日の朝、「喉がイガイガする」と言っていた。
薬は買ったし、昨夜は早めに寝かせたはずだが、どうやら悪化しているらしい。
チャイムが鳴り、講義が終わる。
学生たちが一斉に席を立ち、ざわめきが戻る。
「……玲奈」
俺は彼女の席に近づいた。
玲奈はゆっくりと顔を上げた。
「ん……? あ、健。お昼、どうする?」
その顔を見て、俺は確信した。
頬が少し赤い。
瞳が潤んでいるのは、眠気のせいじゃないだろう。
それに、いつもならすぐに片付ける教科書が、まだ机の上に広げられたままだ。
「お前、熱あるだろ」
俺は低い声で言った。
玲奈はドキッとしたように目を丸くし、すぐにふいっと視線を逸らした。
「……ないわよ。ちょっと教室が暑いだけ」
「嘘つけ。顔赤いぞ」
「チークよ。今日のメイク、いつもより濃いめにしたの」
頑固だ。
昔からそうだ。こいつは弱っている姿を人に見せるのを極端に嫌う。
特に、俺の前では完璧であろうとする。
それが「仮恋人契約」のせいなのか、それとも昔からのプライドなのかは分からないが。
「手、出せよ」
「は? なんで?」
「いいから」
俺は玲奈の手を取り、強引に立たせようとした――その時だ。
「っ……」
玲奈の体がぐらりと揺れた。
膝の力が抜けたように、俺の胸に倒れ込んでくる。
「おいっ!?」
俺は慌てて彼女を支えた。
華奢な体が、驚くほど熱い。
服越しにも伝わってくるその体温に、俺は背筋が凍る思いがした。
「……ごめん、ちょっとめまいが……」
玲奈が俺の服を掴んで、荒い息を吐く。
その吐息すらも熱い。
周囲の視線が集まる。
「え、どうした?」「貧血?」
ヒソヒソという声が聞こえるが、そんなこと構っていられない。
「帰るぞ」
俺は短く言った。
「で、でも午後の講義……必修だし……」
「知るか。今の顔、鏡で見てみろよ。そんな状態で出ても意味ないだろ」
俺は彼女の肩を抱き寄せ、支えるようにして歩き出した。
玲奈は少しだけ抵抗しようとしたが、すぐに諦めたように力を抜いた。
「……契約違反よ」
ぽつりと、玲奈が呟いた。
「は?」
「彼氏は……彼女の意思を尊重するものでしょ……」
熱のせいか、論理が破綻している。
普段の彼女なら絶対に言わないような、子供っぽい屁理屈だ。
俺はため息をつきながら、彼女の耳元で囁いた。
「契約書、よく読めよ。『甲は乙の健康管理に協力すること』って項目があったはずだ」
「……そんなの、書いてない……」
「今追記した。文句あるか」
玲奈は悔しそうに口を尖らせたが、それ以上は何も言わなかった。
その代わり、俺の腰に回した手に、ぎゅっと力を込めてきた。
まるで、溺れる子供が浮き輪にしがみつくように。
俺たちはタクシーを拾い、早々にアパートへ戻った。
部屋に入ると、玲奈はそのままベッドに倒れ込んだ。
靴を脱がせ、上着を脱がせている間も、彼女はうわ言のように何かを呟いている。
「……プリン……」
「はいはい、あとで買ってきてやるから」
「……じゃない……健……」
ドキリとした。
熱に浮かされた瞳が、俺をじっと見つめている。
「……いなくならないでね……?」
その声は、あまりにも弱々しく、そして切実だった。
いつもの強気な“氷の女王”の欠片もない。
ただの、一人の不安げな少女がそこにいた。
「……いなくなんねーよ。水、持ってくる」
俺は逃げるようにキッチンへ向かった。
心臓が早鐘を打っている。
卑怯だ。
そんな顔を見せられたら、もう誤魔化しようがないじゃないか。
俺は冷蔵庫からペットボトルを取り出しながら、額に手を当てた。
熱があるのは、玲奈だけじゃないかもしれない。
俺の顔も、十分に熱かった。
(続く)
背筋はいつも通りピンと伸びている。
ノートを取る手も止まっていない。
完璧な優等生、白石玲奈の姿だ。
だが、俺には分かる。
時折、小さく肩が揺れていること。
そして、何度も髪を耳にかける仕草をしていること。
あれは彼女が集中できていない時や、何かを我慢している時の癖だ。
(……やっぱり、無理してんじゃねえか)
昨日の朝、「喉がイガイガする」と言っていた。
薬は買ったし、昨夜は早めに寝かせたはずだが、どうやら悪化しているらしい。
チャイムが鳴り、講義が終わる。
学生たちが一斉に席を立ち、ざわめきが戻る。
「……玲奈」
俺は彼女の席に近づいた。
玲奈はゆっくりと顔を上げた。
「ん……? あ、健。お昼、どうする?」
その顔を見て、俺は確信した。
頬が少し赤い。
瞳が潤んでいるのは、眠気のせいじゃないだろう。
それに、いつもならすぐに片付ける教科書が、まだ机の上に広げられたままだ。
「お前、熱あるだろ」
俺は低い声で言った。
玲奈はドキッとしたように目を丸くし、すぐにふいっと視線を逸らした。
「……ないわよ。ちょっと教室が暑いだけ」
「嘘つけ。顔赤いぞ」
「チークよ。今日のメイク、いつもより濃いめにしたの」
頑固だ。
昔からそうだ。こいつは弱っている姿を人に見せるのを極端に嫌う。
特に、俺の前では完璧であろうとする。
それが「仮恋人契約」のせいなのか、それとも昔からのプライドなのかは分からないが。
「手、出せよ」
「は? なんで?」
「いいから」
俺は玲奈の手を取り、強引に立たせようとした――その時だ。
「っ……」
玲奈の体がぐらりと揺れた。
膝の力が抜けたように、俺の胸に倒れ込んでくる。
「おいっ!?」
俺は慌てて彼女を支えた。
華奢な体が、驚くほど熱い。
服越しにも伝わってくるその体温に、俺は背筋が凍る思いがした。
「……ごめん、ちょっとめまいが……」
玲奈が俺の服を掴んで、荒い息を吐く。
その吐息すらも熱い。
周囲の視線が集まる。
「え、どうした?」「貧血?」
ヒソヒソという声が聞こえるが、そんなこと構っていられない。
「帰るぞ」
俺は短く言った。
「で、でも午後の講義……必修だし……」
「知るか。今の顔、鏡で見てみろよ。そんな状態で出ても意味ないだろ」
俺は彼女の肩を抱き寄せ、支えるようにして歩き出した。
玲奈は少しだけ抵抗しようとしたが、すぐに諦めたように力を抜いた。
「……契約違反よ」
ぽつりと、玲奈が呟いた。
「は?」
「彼氏は……彼女の意思を尊重するものでしょ……」
熱のせいか、論理が破綻している。
普段の彼女なら絶対に言わないような、子供っぽい屁理屈だ。
俺はため息をつきながら、彼女の耳元で囁いた。
「契約書、よく読めよ。『甲は乙の健康管理に協力すること』って項目があったはずだ」
「……そんなの、書いてない……」
「今追記した。文句あるか」
玲奈は悔しそうに口を尖らせたが、それ以上は何も言わなかった。
その代わり、俺の腰に回した手に、ぎゅっと力を込めてきた。
まるで、溺れる子供が浮き輪にしがみつくように。
俺たちはタクシーを拾い、早々にアパートへ戻った。
部屋に入ると、玲奈はそのままベッドに倒れ込んだ。
靴を脱がせ、上着を脱がせている間も、彼女はうわ言のように何かを呟いている。
「……プリン……」
「はいはい、あとで買ってきてやるから」
「……じゃない……健……」
ドキリとした。
熱に浮かされた瞳が、俺をじっと見つめている。
「……いなくならないでね……?」
その声は、あまりにも弱々しく、そして切実だった。
いつもの強気な“氷の女王”の欠片もない。
ただの、一人の不安げな少女がそこにいた。
「……いなくなんねーよ。水、持ってくる」
俺は逃げるようにキッチンへ向かった。
心臓が早鐘を打っている。
卑怯だ。
そんな顔を見せられたら、もう誤魔化しようがないじゃないか。
俺は冷蔵庫からペットボトルを取り出しながら、額に手を当てた。
熱があるのは、玲奈だけじゃないかもしれない。
俺の顔も、十分に熱かった。
(続く)
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