『クラスで一番モテない男が、幼なじみと“仮恋人契約”したら、本物の恋に気づいてしまった件』~報酬はプリン100個。彼女が部屋でだけ甘えん坊

月下花音

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第34話 最適化された幸福

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「健くん、あーん」
「……あーん」

 学食のいつもの席。
 昼時の混雑の中、俺たちは隔離されたような甘い空気を纏っていた。
 玲奈がフォークに巻いたパスタを、俺の口に運んでくる。
 以前は周囲の視線を気にして「恥ずかしいからやめろ」と抵抗していたが、今はもう何も感じない。
 これが俺たちの「日常」としてシステム化され、最適化されてしまったからだ。

「おいしい?」
「ああ、美味いよ」
「よかった。……口元、ソースついてる」

 玲奈はナプキンで俺の口元を拭こうとはしなかった。
 自分の親指で俺の唇を拭い、そしてその指を自分の口に含んだ。
 ペロリ、と舐め取る。
 あまりに自然で、そしてあまりに艶めかしい仕草。
 隣の席の男子学生が、顔を真っ赤にして視線を逸らすのが見えた。

「……玲奈」
「ん? 間接キス、したかった?」

 彼女は悪戯っぽく笑い、首を傾げる。
 その瞳には、一点の曇りもない。
 俺といる時の彼女は、IQが下がったように幸せそうだ。
 外部からの干渉(ノイズ)を完全に遮断し、俺というフィルターを通して世界を見ている。
 俺が白だと言えば黒いカラスも白になる。そんな全肯定の世界。

 ブブッ。
 テーブルの上のスマホが震えた。
 画面に通知が出る。
 『橘彩香:健くん生きてる? 玲奈さんに食われてない? ゼミの資料まだー?』
 彩香だ。
 心配してくれているのだろうが、今の俺にはその気遣いすら「余計なお世話」に感じられた。

「誰から?」

 玲奈の声が、一瞬で温度を失う。
 絶対零度。
 さっきまでの甘い笑顔は消え失せ、無表情な「氷のクイーン」の仮面が戻っていた。
 俺のスマホ画面を覗き込む目は、獲物を狙う猛禽類のように鋭く、冷たい。
 そこには明白な敵意と、排除の意思がある。

「彩香だよ。ゼミの連絡。資料送ってくれって」
「……ふーん。橘さん、最近やけに絡んでくるわね」
「同じゼミだからな」
「返信、今しなきゃダメ?」

 玲奈の手が俺のスマホの上に置かれた。
 白い綺麗な手。だが、その圧力は強い。
 「返信するな」という無言の命令。
 彼女の指が、俺の手の甲に食い込んでいる。

「……あとにするよ。食べてからな」

 俺はスマホを裏返して置いた。
 通知の光が見えなくなったことを確認すると、玲奈の表情が瞬時に春の陽射しに戻った。

「いい子。……ご褒美あげる」

 彼女はテーブルの下で、俺の太ももに手を置いた。
 ゆっくりと、内股を撫で上げる。
 公衆の面前での、秘密の接触。スカートの中で何が行われているか、周囲には見えない。
 指先が際どい場所を掠めるたびに、俺の身体が強張る。

「……家帰ったら、いっぱいイチャイチャしよ?」
「……分かった」

 俺は頷いた。
 自由はない。プライバシーもない。交友関係も厳しく制限される。
 GPSは常時監視され、スケジュールは管理されている。
 客観的に見れば、これは「束縛」であり、DVの一種かもしれない。
 だが、この束縛が生む絶対的な安心感が、今の俺には何より心地よかった。
 誰かに完全に管理され、所有されることの安らぎ。
 自分で考えなくていい。迷わなくていい。
 
 選択肢なんていらない。
 彼女を選び続けることだけが、俺の幸福の唯一の解なのだから。
 俺は思考停止の甘い海に、自ら沈んでいった。
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