『クラスで一番モテない男が、幼なじみと“仮恋人契約”したら、本物の恋に気づいてしまった件』~報酬はプリン100個。彼女が部屋でだけ甘えん坊

月下花音

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第33話 観測者からの通知

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 夏休みが明け、東京に戻ってきた。
 大学のキャンパスは相変わらず学生たちで溢れているが、俺に見える景色は以前とは違っていた。
 世界に薄い膜が張ったような感覚。
 あの地元での日々を経て、俺たちの関係が「閉じた円環」になったからだ。

 午後の講義棟の裏手。
 人気のないベンチで、俺は一人、コンビニのパンを食べていた。
 いつもなら玲奈が隣に張り付いているが、今日は教授に呼び出されているらしい。
 久々の「一人の時間」。
 だが、解放感よりも、身体の一部が欠落したような不安感がつきまとう。

 ブブブ。
 ポケットの中のスマホが震えた。
 画面を見ると、『佐久間リオ』の名前。
 玲奈の親友であり、俺たちの「偽恋人契約」を最初から知っていた唯一の人物だ。

「……もしもし」
『あ、健? 今いい?』

 リオの声はいつも通りドライだが、少し真剣なトーンが含まれていた。
 タバコの煙を吐き出しながら電話しているような、気怠さと鋭さ。

『あんたさ。今回の夏休みで、何かあったでしょ』
「……なんで?」
『玲奈の様子がおかしい。……前よりも、さらに「依存」が深くなってる。見てて痛々しいくらい』

 鋭い。
 やはり親友だけあって、玲奈の微細な変化に敏感だ。
 以前の玲奈にはあった「演じている余裕」が消え、今は俺にへばりつくことでしか呼吸ができないような必死さがあるのだろう。

『あのね、忠告しとくけど。……あんた、玲奈の「それ」に気づいてる?』
「それって?」
『空虚(カラ)っぽさだよ』

 リオは深く溜息をついた。

『あの子は中身がないの。自我が希薄なのよ。だから、何かを詰め込んでないと形を保てない。昔はそれが「誰もが羨む優等生」という役割だった。今はそれが……「藤堂健の恋人」という役割にすり替わってるだけ』
「……」
『あんたが折れたら、あの子は砕け散るよ。中身がこぼれ落ちて、二度と元に戻らなくなる。……その責任、取れるの?』

 重い問いかけだった。
 普通の大学生が背負うには、あまりに過大で、理不尽な責任。
 一人の人間の人生を丸ごと背負い込む覚悟。
 だが。
 不思議なことに、今の俺にはその重圧すらも甘美に感じられた。
 彼女には俺しかいない。俺が欠ければ、彼女は壊れる。
 それは、俺の存在価値を最大限に保証してくれる証明書でもあった。

「責任なら取るよ」
『は? 本気で言ってんの?』
「ああ。俺が折れなきゃいいんだろ。……俺が一生、あいつの支柱になってやる」

 俺は迷いなく答えた。
 電話の向こうで、リオが息を呑む気配がした。

『……あんたも、相当イカれてるわね』
「否定はしない」
『はぁ……似たもの同士か。共依存の教科書に載せたいくらいね』

 リオは呆れたように笑った。

『じゃあ、精々頑張りなさいよ。共倒れしないようにね。……私は降りるから』
「降りる?」
『これ以上あんたたちの世界には付き合ってられないってこと。……見てると、寒気がするのよ』

 プツン、と通話が切れた。
 俺はスマホをポケットにしまい、秋晴れの空を見上げた。
 空っぽな器。
 なら、俺が俺の愛で、俺の存在で、彼女を満たしてやればいい。
 彼女が俺に依存するなら、俺も彼女に依存されることに依存すればいい。
 それは誰にも理解されない閉じた関係だが、その円の中でなら、俺たちは永遠に安定できる。

「……健くん!」

 向こうから玲奈が走ってくるのが見えた。
 俺の姿を見つけた瞬間、世界が輝いたような、全開の笑顔になる。
 俺は自然と笑みを返した。
 観測者(リオ)の警告さえも、今の俺たちには「二人の強固な絆」を確認するためのスパイスでしかなかった。
 彼女が俺の胸に飛び込んでくる。その衝撃愛おしい。
 俺は彼女を抱き留め、その髪の匂いを深く吸い込んだ。
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