論理で恋を解く男が、星のように揺れる夜

月下花音

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第5話 「僕はまだ、触れていない」

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午後4時の古本屋。

透は青春小説の棚を整理していた。

住野よる、本田健、有川浩。

初恋の甘酸っぱさを描いた作家たちの言葉が、静かに並んでいる。

「触れたいのに、触れられない」

透は小さくつぶやく。

距離感は、難しい。



五路交差点発、哲学者のほろにがログ。第5話。

店主の老人が、カウンターで本を読んでいる。

「透くん、若い頃は恋してたかい?」

「まあ、少しは」

透は曖昧に答える。

恋の記憶は、遠い。

でも、触れたいのに触れられない感覚は、今でも覚えている。

夕方、透は川沿いを歩いていた。

桜並木の下、高校生のカップルが並んで歩いている。

少し距離がある。

手を繋ぎたそうだが、繋げない。

そんな空気が、見ているだけで伝わってくる。

「初恋の距離感、か」

透は小さく笑う。

触れたいのに、触れられない。

その距離が、一番甘い。



午後11時の相談所。

透は机に向かい、新しい手紙を開いた。

便箋には、丸い文字でこう書かれていた。

『好きな人がいます。クラスメイトです。

でも、彼が私に気があるのか分かりません。

時々、目が合います。時々、話しかけてくれます。

でも、それだけです。

私はまだ、触れていません。手も、心も。

どうすれば、彼の気持ちが分かりますか?

16歳・女性』

透はペンを取り、ノートに書き込む。

「好意の確率をP、目が合う回数をE、会話の頻度をCとする。

P=f(E, C, その他の変数)

だが、この式には本質が欠けている。

恋は、確率ではない。恋は、勇気だ」

透の手が止まる。

窓の外、星空が見える。

星は、遠い。

でも、手を伸ばしたくなる。

触れたいのに、触れられない。

「距離感、か」

透は便箋に、丁寧な文字で書き始めた。

『あなたの悩みは、彼の気持ちが分からないことではありません。

あなたの悩みは、触れる勇気がないことです。

でも、それは正常です。

初恋は、いつも距離感に悩みます。

近づきたいのに、近づけない。

触れたいのに、触れられない。

その距離が、一番甘いのです。

でも、問いを変えてみましょう。

「彼の気持ちが分かれば、私は行動できるか?」

答えがNoなら、まだ知る必要はありません。

答えがYesなら、あなたはすでに答えを知っています。

彼の気持ちを知る方法は、一つだけです。

聞くことです。

「私のこと、どう思ってる?」

その一言が、すべてを変えます。

怖いですか?

怖いのは、正常です。でも、怖いからこそ、価値があります。

触れる前の距離が、一番ドキドキします。

でも、触れた後の温もりが、一番幸せです。

どちらを選ぶかは、あなた次第です。

僕はまだ、触れていない。その言葉が、切ないです。

でも、その切なさこそが、初恋の美しさです。

星空を見上げてください。

星は、遠いです。

でも、手を伸ばしたくなります。

触れられないけど、輝いています。

恋も、同じです。

触れられなくても、輝いています。

でも、いつか触れたいなら、一歩を踏み出してください。

彼に話しかける。彼の隣に座る。彼の目を見る。

小さな一歩が、大きな距離を縮めます。

僕はまだ、触れていない。

でも、いつか触れたい。

その想いを大切にしてください。

そして、勇気を出して一歩を踏み出してください。

距離は、縮められます。

あなたの手で。

藤原透』

「触れていない、か」

透は小さくつぶやく。

触れたいのに、触れられない。

透は手紙を封筒に入れ、棚に置いた。

棚には、少しずつ手紙が増えている。

距離感に悩む人たちの、切ない想いが並んでいる。

そして、星のイラストが描かれた封筒。

透は窓の外を見る。

星空が、静かに輝いている。

星は、遠い。

でも、手を伸ばしたくなる。

触れたいのに、触れられない。

その距離が、一番切ない。

透は相談所を出て、交差点に立つ。

五つの道。

夜風が、優しく吹き抜ける。

ふと、空を見上げた。

無数の星が、繋がっている。

見えない糸で。

僕たちも、そうなのかもしれない。

「僕はまだ、触れていない」

透は小さくつぶやく。

でも、誰かは触れた。

夢に。

そして、誰かに。

(第5話完 次話へ続く)

次回、透は「無意識の距離」について考える。
そして、誰かの一歩が——君の想像する「距離」が、動き始める——。
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