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第17話「目をそらす理由」
しおりを挟む午後3時の古本屋。
透は心理学の棚を整理していた。
アドラー、フロム、マズロー。
人の行動を分析した学者たちの言葉が、静かに並んでいる。
「目をそらすのは、防衛本能だ」
透は小さくつぶやく。
見たくないものから、目をそらす。
それは、誰にでもある。
◆
五路交差点発、哲学者のほろにがログ。第17話。
店主の老人が、カウンターで目薬をさしている。
「透くん、目って不思議だよね」
「どうしてですか?」
「見たいものだけ見て、見たくないものは見ない」
透は少し考える。
「それは、心の防衛本能です。でも、時に真実から目をそらしてしまいます」
老人は小さく笑った。
「そうだね。真実は、時に痛いから」
夕方、透は川沿いを歩いていた。
橋の上で、若いカップルが言い争っている。
女性が男性を見ているが、男性は目をそらしている。
「目をそらす理由、か」
透は小さく笑う。
見たくない真実がある。
だから、目をそらす。
◆
午後11時の相談所。
透は机に向かい、新しい手紙を開いた。
便箋には、丸い文字でこう書かれていた。
『好きな人が、私から目をそらします。
話しかけても、目を合わせてくれません。
嫌われているのでしょうか?
それとも、何か理由があるのでしょうか?
目をそらす理由を、教えてください。
18歳・女性』
透はペンを取り、ノートに書き込む。
「目をそらす理由をR、嫌悪の可能性をH、照れの可能性をSとする。
だが、この式には本質が欠けている。
目をそらすのは、時に好意の証拠だ」
透の手が止まる。
窓の外、星空が見える。
星を見上げると、目が痛くなる。
でも、美しい。
「目をそらす理由、か」
透は便箋に、丁寧な文字で書き始めた。
『あなたの悩みは、目をそらされることではありません。
あなたの悩みは、「嫌われている」と思っていることです。
でも、それは違うかもしれません。
目をそらす理由は、二つあります。
1. 嫌悪:見たくないから、目をそらす
2. 照れ:好きすぎて、目を合わせられない
どちらか、分かりません。
でも、確かめる方法はあります。
観察してください。
彼は、他の人とは目を合わせますか?
彼は、あなたの話を聞いていますか?
彼は、あなたの近くにいますか?
もし答えがYesなら、それは照れです。
もし答えがNoなら、それは嫌悪かもしれません。
でも、どちらにしても、確かめる方法は一つだけです。
聞くことです。
「なぜ、目をそらすんですか?」
その一言が、すべてを変えます。
目をそらす理由は、心の防衛本能です。
見たくないものから、目をそらす。
でも、それは真実から目をそらすことでもあります。
真実を見てください。
そして、真実を聞いてください。
目をそらす理由を、恐れないでください。
藤原透』
透は手紙を封筒に入れ、棚に置いた。
棚には、少しずつ手紙が増えている。
目をそらす理由に悩む人たちの、切ない想いが並んでいる。
透は机の引き出しを見つめる。
古い星座図が、そこにある。
八年、目をそらしてきた。
「目をそらす理由、か」
透は小さくつぶやく。
見たくない真実があるから。
妹の死の記憶。
あの日の電話。
「今忙しい、後でね」
それが本当に最後の会話だったのか。
透は引き出しを開けた。
星座図に、指を伸ばす。
指先が震える。
触れる。
埃が、舞う。
雪の字が、指先に触れる。
でも、ページは開かない。
まだ、開けない。
透は星座図を閉じ、引き出しに戻した。
目をそらすのは、心の防衛本能だ。
真実が、痛いから。
透は相談所を出て、交差点に立つ。
五つの道。
風が、冷たく頰を撫でる。
星空を見上げる。
星が、静かに輝いている。
透は目をそらす。
星を見上げるのが、少し痛いから。
でも、目をそらしたままじゃ、真実は見えない。
透は一歩を踏み出す。
目をそらしたまま。
いつか、真実を見る日まで。
(第17話完 次話へ続く)
次回、透は「ふたりの境界線」について考える。
そして、誰かの手が——君の想像する「境界線」が、揺らぎ始める——。
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