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第18話「ふたりの境界線」
しおりを挟む午後2時の古本屋。
透は哲学書の棚を整理していた。
カント、ヘーゲル、ハイデガー。
境界を探求した哲学者たちの言葉が、静かに並んでいる。
「境界線は、関係を守る」
透は小さくつぶやく。
近すぎても、遠すぎても、関係は壊れる。
◆
五路交差点発、哲学者のほろにがログ。第18話。
店主の老人が、カウンターで線を引いている。
「透くん、境界線って大事だよね」
「どうしてですか?」
「線があるから、こっちとあっちが分かる。でも、線がなければ、混ざってしまう」
透は少し考える。
「境界線は、関係を守ります。でも、時に関係を壊すこともあります」
老人は小さく笑った。
「そうだね。線の引き方が、難しいんだ」
夕方、透は公園のベンチに座っていた。
サンドイッチを頬張りながら、人々を眺める。
若いカップルが、ベンチに座っている。
距離が、微妙だ。
近すぎず、遠すぎず。
「ふたりの境界線、か」
透は小さく笑う。
関係には、境界線がある。
その線を、どこに引くか。
◆
午後11時の相談所。
透は机に向かい、新しい手紙を開いた。
便箋には、丁寧な文字でこう書かれていた。
『恋人との距離感が分かりません。
近づきすぎると、重いと言われます。
離れすぎると、冷たいと言われます。
ふたりの境界線は、どこにあるのでしょうか?
27歳・女性』
透はペンを取り、ノートに書き込む。
「距離の適切さをD、相手の期待をE、自分の快適さをCとする。
だが、この式には本質が欠けている。
境界線は、固定ではない」
透の手が止まる。
窓の外、星空が見える。
星と星の間には、境界線がある。
でも、その線は、見えない。
「ふたりの境界線、か」
透は便箋に、丁寧な文字で書き始めた。
『あなたの悩みは、距離感が分からないことではありません。
あなたの悩みは、「境界線を固定しようとしている」ことです。
でも、それは無理です。
境界線は、固定ではありません。
境界線は動きます。
相手の気分によって動きます。
状況によって動きます。時間によって動きます。
近づきすぎると重い。離れすぎると冷たい。
その境界線は、毎日変わります。
では、どうすればいいか?
観察してください。
相手の表情を。相手の言葉を。相手の行動を。
そして、調整してください。
今日は、近づく。明日は、離れる。
境界線は、ふたりで作るものです。
あなただけが、調整するものではありません。
相手にも、聞いてください。
「今、どれくらいの距離がいい?」
その一言が、すべてを変えます。
ふたりの境界線は、どこにあるのか?それは、ふたりで決めることです。
固定しないでください。柔軟に、動かしてください。
境界線は、関係を守ります。
でも、境界線は、関係を育てるものでもあります。
藤原透』
透は手紙を封筒に入れ、棚に置いた。
棚には、少しずつ手紙が増えている。
境界線に悩む人たちの、切ない想いが並んでいる。
「ふたりの境界線、か」
透は窓の外を見る。
人と人の境界線は、どこにある?
相談者と相談所の主。
その境界線を、越えてはいけない。
「俺は、線を引けているのか」
透は小さく笑う。
でも、時に曖昧になる。
透は机の引き出しを開ける。
古い何かに、手を伸ばしかける。
指先が震える。
境界線を越えられなかった記憶が、そこにある。
透は引き出しを閉めた。
まだ、触れられない。
透は相談所を出て、交差点に立つ。
五つの道。
どれを選んでも、境界線がある。
風が、優しく吹き抜ける。
星と星の間には、境界線がある。
でも、その線は、見えない。
透は一歩を踏み出す。
境界線を、意識しながら。
人との距離。
過去との距離。
自分自身との距離。
すべてに、境界線がある。
今日は、他人の境界線を聞く日だ。
(第18話完 次話へ続く)
次回、透は「まだ言葉にならない」という想いに向き合う。
そして、——君の想像する「言葉」が動き始める——。
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