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第19話「まだ言葉にならない」
しおりを挟む午後3時の古本屋。
透は言語学の棚を整理していた。
ソシュール、チョムスキー、ヴィトゲンシュタイン。
言葉を探求した学者たちの言葉が、静かに並んでいる。
「言葉にならない想いがある」
透は小さくつぶやく。
心の中にあるのに、言葉にできない。
それは、誰にでもある。
五路交差点発、哲学者のほろにがログ。第19話。
店主の老人が、カウンターで何かを書いている。
「透くん、言葉って難しいよね」
「どうしてですか?」
「心の中にあるのに、言葉にできないことがある」
透は少し考える。
「言葉は、心の一部しか表現できません。でも、言葉にすることで、心が整理されます」
老人は小さく笑った。
「そうだね。だから、言葉は大切なんだ」
夕方、透は川沿いを歩いていた。
橋の上で、若い女性が一人で立っている。
何かを言いたそうだが、言葉が出ない。
「まだ言葉にならない、か」
透は小さく笑う。
想いは、あるのに。
言葉に、ならない。
午後11時の相談所。
透は机に向かい、新しい手紙を開いた。
便箋には、丸い文字でこう書かれていた。
『長年の片想いを、諦めるか迷っています。
彼のことが好きです。
でも、その想いを、言葉にできません。
告白する勇気もありません。
諦める勇気もありません。
まだ言葉にならない想いを、どうすればいいですか?
28歳・女性』
透はペンを取り、ノートに書き込む。
「想いの強さをL、言葉にする勇気をC、諦める勇気をGとする。
だが、この式には本質が欠けている。
言葉にならない想いは、時に一番強い」
透の手が止まる。
窓の外、星空が見える。
星は、何も言わない。
でも、輝いている。
「まだ言葉にならない、か」
透は便箋に、丁寧な文字で書き始めた。
『あなたの悩みは、諦めるか迷っていることではありません。
あなたの悩みは、「言葉にできない」ことです。
でも、それは正常です。
想いは、言葉にならないことがあります。
好きという言葉では、足りない。
愛してるという言葉でも、足りない。
心の中にある想いは、言葉の外にあります。
でも、言葉にしなければ、伝わりません。
長年の片想い。
それは、美しいです。
でも、それは、苦しいです。
諦めるか、告白するか。
どちらかを選ばなければ、前に進めません。
まだ言葉にならない想いを、どうすればいいか?
言葉にしてください。
完璧な言葉じゃなくていいです。
「好きです」
その一言でいいです。
言葉にならない想いは、時に一番強いです。
でも、言葉にしなければ、伝わりません。
勇気を出してください。
言葉にする勇気を。
もし、言葉にできないなら、諦めてください。
諦めることも、勇気です。
どちらを選んでも、あなたは成長します。
まだ言葉にならない想いを、恐れないでください。
その想いを、大切にしてください。
そして、いつか、言葉にしてください。
藤原透』
透は手紙を封筒に入れ、棚に置いた。
棚には、少しずつ手紙が増えている。
言葉にならない想いを抱える人たちの、切ない想いが並んでいる。
「まだ言葉にならない、か」
透は窓の外を見る。
透も、言葉にできない想いがある。
過去への想い。
それは、何だろう?
「俺は、何を感じてるんだ」
透は小さく笑う。
言葉に、ならない。
透は机の引き出しを開ける。
古い何かに、手を伸ばしかける。
指先が震える。
言葉にならなかった想いが、そこにある。
透は引き出しを閉めた。
まだ、触れられない。
透は相談所を出て、交差点に立つ。
五つの道。
どれを選んでも、言葉にならない想いがある。
風が、優しく吹き抜ける。
星は、何も言わない。
でも、輝いている。
透は一歩を踏み出す。
言葉にならない想いを、抱えたまま。
あの日、言えなかった言葉。
「ごめん」
その一言が、言えなかった。
今日は、他人の言葉にならない想いを聞く日だ。
(第19話完 次話へ続く)
次回、透は「最初のキスはたぶん嘘だ」という真実に向き合う。
そして、第1章のクライマックスが——君の想像する「真実」が、動き始める——。
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